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危険思想の男、異世界へ  作者: 井上みつる/乳酸菌/赤池宗


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憤怒と妄執

 喜劇だ。いや、この国にとっては悲劇といえる。


 徐々に衰退していく未来しか見えないこの国で、舵をとる筈の王が変化を恐れているのだ。安穏とした、楽天的思考故か、それともああ見えて独裁的なまでの一点権力主義か。


 革新的な考えは忌避されることが多いのは分かるが、まずは検証すべきだろう。国王ならば国の行く末にこそ眼を向けなければならない。


 だが、あの国王は何を考えたのか、大して話を聞かずに私の考えを切り捨てた。それはあまりにも浅慮であったと言わざるを得ない。


 同じ一族が血筋のみを重要視して独裁政治を続けるよりも、その時代に合わせた優秀な代表を選出した方が国は栄えるだろう。


「……何より、爆発的に私の教えを広める機会を逸してしまったのが許されざる愚行といえる」


 低い声でそう呟き、窓の外に目を向ける。城から眺める景色は王都を広く視界に入れることが出来、なかなかに良い光景である。


 昨日は景色に目を向ける余裕も無かったが、丸一日も城内で過ごしていればそういったゆとりも生まれてくるのだろうか。


 緩やかに日が落ちていく様は、何処か国の滅亡を暗示しているようで切ない。


 と、感傷的になっていると部屋の扉をノックする音が響いた。


「失礼致します」


 入ってきたのはエドウィーナだった。その後ろには無表情にこちらを見るルシールの姿もある。


 エドウィーナはこちらに歩み寄ると、私が何かしらの言葉を発する前に頭を下げた。


「申し訳ありません! 父ならばレイジ様のことを理解してくださると思ったのですが……!」


 頭を下げた格好でそう言うエドウィーナに私は苦笑を向け、首を左右に振る。


「いえ、仕方のないことですよ。国王という立場を鑑みれば、そう簡単に私の言うことを鵜呑みには出来ないでしょう。私はこれまで通り、子供達に勉強を教えることに致しましょう」


 そう答えると、エドウィーナは口惜しそうに顔を歪めて俯いた。一方ルシールは何を考えているのか、黙ったまま顎を引いた。





 二人が部屋を後にして数時間ほど経っただろうか。


 風の音がやけに大きく聞こえるような静けさの中、部屋の扉が小さな音を立てて開いた。


 窓の外には厚い雲のせいで星も殆ど見えないような暗闇が広がっており、灯りを消した部屋の中は歩くのにも苦労しそうな状態だ。


 だが、扉を開けた何者かは僅かな衣擦れの音だけを出しながらこちらに近付いてくる。


 その何者かが私の寝るベッドの傍に来た。物盗りでは無いらしい。


「何か用でも?」


 窓の方を向いたまま振り向きもせずにそう口にすると、何者かが驚くような気配を感じた。


「……お眠りではありませんでしたか」


「ルシールか」


 声を聞き、私は上半身を起こしてそう口にする。声のした方向に顔を向けると、そこには暗い闇の中にぼぅっと立つルシールの姿があった。


 手には、鈍く光るナイフが握られている。


 無表情にこちらを見るルシールを眺めると、ルシールは私が何か聞いたわけでもないのに勝手に口を開いた。


「……今日の午後、姫様が陛下に直接意見を伝えに行かれました。内容は、レイジ様の仰る様にすることがこの国が生き残ることの出来る唯一の道である、というお話です」


 ルシールはそう告げると、ナイフを握り直す。


「恐らく、陛下は姫様のその必死な姿を見て、姫様にとってレイジ様は劇薬と成り得ると判断されたのでしょう」


「それで私を秘密裏に葬るつもりか? 短慮と言わざるを得ないな」


 私がそう言ってルシールに体の正面を向けてベッドに座ったような形になると、ルシールは一歩後ろに下がって腰を落とした。


 ナイフを体の前に上げ、刃先が私の方を向く。


「……陛下の判断は正しいでしょう。これまで私が最もレイジ様のことを見てきたと思われますが、陛下のお考えは良く理解出来ます」


「悲しいな、ルシール。君は私の良き理解者になると思っていたのだが……」


 芝居掛かった言い方でそう返し、私はベッドから腰を上げて立ち上がった。


 また一歩、ルシールは後ろには下がる。


「お冗談を。私は一度たりともレイジ様の側に立ったことはありません。私は常に姫様にのみ付き従っているのですから」


「エドウィーナ王女が私の味方をしたから、お前も私の味方のような立ち位置にいた……そういうことか?」


「ええ、その通りです」


 そんなやり取りを終えると、一瞬の間が空いた。


 私が刺客ならば、この瞬間対象の首に刃を突き立てるだろう。そんなタイミングだ。


 だが、ルシールはまたナイフを握り直し、臨戦態勢のまま私を睨んでいる。


「……どうした? 私を殺すんだろう?」


 そう口にしても、ルシールは眉根を寄せるだけだ。


 殺せない筈は無い。ルシールと私の戦闘における力量差は覆し難いほどだろう。


 しかしそれでも、ルシールは動かなかった。


 私は口の端を上げて、ルシールに片手を伸ばす。


「動くな!」


 ルシールが叫んだ。


 まるでナイフを持って構えるルシールが、素手の私に怯えているかのような、そんな図式だ。


「何故躊躇う? 何故そのナイフを使わない? 何故、その手は震えている?」


 ゆっくりと、だが返事をする暇も与えずに問いかけると、ルシールは目に見えて動揺し、自らの握るナイフを見た。


 ナイフの刃先は小刻みに震え、ルシールはもう片方の手を使って腕の震えを止めようとする。


 その様子に、自然と口の端が上がる。


「……私を殺さないのか? 殺したくないわけでは無いだろう。お前にとって、私は主人を害する存在である筈だ」


 そう口にすると、ルシールは顔を上げて困惑した表情を晒した。


「まさか、自分でもわからないのか。私を殺せない理由が」


「……殺せない理由?」


 額から一筋の汗を流したルシールがそう聞き返す。その疑問に、私は笑みを浮かべて肩を竦めた。


 ルシールは何故完全な味方にならないのか。


 これまで相談室にて様々な形で味方を作ってきたのだから、私に洗脳の力があることは間違いない。特に、三回四回と多く会話する機会があった人物は間違いなく私の教えを信奉している。


 だが、ルシールだけは私に懐疑的な目を向けていた。長い時間を掛けて私の教えを話し、回数も重ねたが、結局これ以上距離を詰めることは出来なかった。


「……色々と仮説は立てていたが、今回のことで判明したな」


 端的にそう呟くと、ルシールは殺意の篭った目で私を睨む。


「何が言いたいのですか?」


 冷たいその声に苦笑し、私はルシールの後方に顔を向けた。


「入ってきて構いませんよ、エドウィーナ王女様」


 私がそう口にすると、ルシールは息を呑んで背後を振り返る。


 すると、扉がひとりでに開き、エドウィーナが姿を現した。


「ひ、姫様……!?」


 ルシールは明らかに狼狽し、顔色を変える。その顔を哀しそうに見つめ、エドウィーナは部屋の中へと入ってきた。


「……何故なの? ルシールは、私の、私だけの従者だと思っていたのに……」


 エドウィーナのその台詞に、ルシールはハッとした顔になり、こちらを振り返る。


「分かっていたのですか? 私が、今夜ここに来ると……!」


 ルシールのその怒りの滲む声に、エドウィーナは眉根を寄せてこちらへ歩き出した。


「……私はお父様に話を突っぱねられた時、これまで抱いていた父への尊敬と愛情、そして国王としての信頼に疑惑を持ちました。この国が滅びようとしているというのに、指を咥えて見ているだなんて……国を先導していく者としてあり得ない所業ですわ」


「そ、そんな姫様……」


 ゆっくりと近付いてくるエドウィーナが哀しげに言葉を連ねていくと、それに合わせてルシールの血の気は引いていった。


 エドウィーナはそんなルシールを憐れむように見下ろし、その正面に立つ。


「そして、お父様へ向けていた信頼が崩れた時、私は自らの愚行に気が付きましたわ。私の行動によりお父様がレイジ様の命を狙う可能性があるかもしれない、と」


 そう言って、エドウィーナは呆然と立ち尽くすルシールの隣を横切り、私の前へと歩み寄った。


 私の首筋に手のひらを添えて、私の胸元から腰に掛けてなぞっていく。


 冷たい手のひらの感触に僅かに体を震わせていると、エドウィーナは薄っすらと微笑み、ルシールの方へ向き直った。


「……私はレイジ様に謝罪し、お逃げになるように伝えました。すると、レイジ様はこの城に残り、命懸けでお父様を説得したいと言って下さったのです。そして、レイジ様のお命を狙う刺客がルシールならば、手出しはするな、と」


 エドウィーナはそう言って、私に背中を寄せる。私はエドウィーナの肩に片手を置き、ルシールを見た。


「ルシールならば、多少は話が出来るだろうと思ってな。主人であるエドウィーナ王女が控えていれば、何かあっても止められるだろう?」


「私以外だったなら、姫様を人質にして逃げるつもりだったのですか?」


「その通りだ。だが、私が警戒しない相手を選ぶだろうと踏んでいた」


 私の返答に、ルシールは歯を嚙み鳴らしてこちらを睨む。


「……姫様は陛下を心から尊敬し、愛しておられました。お聞かせください、レイジ様」


 ルシールはナイフを私の顔に向けた。


「姫様に、何をした……!」


 ルシールのその怒鳴り声に、エドウィーナが驚いて身を硬くする。


 私は憤怒に眼を血走らせるルシールを見下ろし、頷いた。


「その姿は、まるで居場所を守ろうとする獣だな。いや、母親を失うまいと泣き叫ぶ子供のようでもある……」


 そう言って溜め息を吐き、再度口を開く。


「ルシール。お前は狂信者だったのだな。それもこの国に対してでは無く、エドウィーナという個人を盲目的に崇める唯一信仰者だ……だから、直感的に私を殺せばエドウィーナが狂うかもしれないと悟った。これが、お前が私を殺せない理由だ」


 私がそう告げると、ルシールは眉間に深い皺を作って押し黙った。



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