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第三王女エドウィーナ

 ルシールは混乱した私に鏡と白い服を残し、部屋から出て行った。


 王女の専属メイド。ルシールは確かそう言っていた。


 そう思って改めて部屋の中を見ると、どことなく気品があるようにも見える。


 暗い茶色の片開き扉は雰囲気のある見た目をしているし、部屋の中を彩る家具はどれも手作りの一品物に見えた。


 私は掛け布団を剥いで真四角のベッドから降りると、自分の姿を改めて確認する。


 視点が高い。身長が伸びているのか。更に手足が長く、指も細長い。腹についていた脂肪はごっそりと無くなっており、代わりに筋肉が浮いて見えている。つまり、腰に布を巻き付けただけの格好で、殆ど裸だったのだが。


 そして、鏡で確認すると自分の髪は確かに赤く、年齢も若返っているようだった。


 私は鏡をベッドの上に置くと、ルシールが置いていった白い服を広げた。ローブのような形状で手の裾が広い服だ。どうやら、腰のあたりで布製のベルトみたいな物で固定するらしい。


 私がその服を着て鏡で確認していると、外から扉が開かれた。


 顔を上げると、そこには一人の中年の鎧を着た男と、ルシール、そして薄い水色のドレスを着た美しい少女が立っている。見たことも無い銀色の髪を腰まで伸ばしている、目を見張るほどの美少女だ。抜けるような白い肌と合わさって何処か非現実的な雰囲気を感じる。その少女が、私を見て微笑んだ。


「まぁ、よくお似合いですわ」


 薄い水色のドレスを着た少女がそう言うと、ルシールと兵士らしき男は警戒心を滲ませた目で私を見ていた。


 私は一緒、少女の雰囲気に気圧されてしまって言葉が出なかったが、すぐに笑みを浮かべて少女に向き直る。


「ありがとうございます。エドウィーナ王女様、でいらっしゃいますか?」


 私がそう尋ねながら軽く低頭すると、少女は首を可愛らしく傾げながら目を丸くし、兵士の男は口を真一文字に結んだ。


「あら? 記憶を失ってしまったと聞いて急いで来てみたのですが……あ、私のことをルシールから聞いていたのですね?」


「名前だけはお伺いしておりました。そのルシールさんがお側で警護するようにいらっしゃいますので、恐らくエドウィーナ王女様に違いない、と」


 私がそう答えると、少女は頷いて笑った。


「はい。私がメルヴィンク王国の第三王女、エドウィーナ・サリ・フラク・キレデリクですわ。もし覚えていらっしゃるなら、貴方のお名前を教えていただきたいのですが……」


 エドウィーナにそう言われ、私は難しい顔を貼り付けて唸った。


「レイジという言葉だけは覚えています……ですので、恐らく私はレイジという名前なのでしょう」


 私がそう言うと、エドウィーナは悲しそうに微笑む。


「まぁ、やはり記憶を……でも、名前だけでも覚えていたのなら幸いですわ。名前から何とか出自を辿ることも出来るかもしれません。さぁ、気持ちを切り替えてお食事を運ばせましょう。どうぞ、ご静養くださいね」


 エドウィーナはそう言うと、優雅な礼をとって兵士と共に部屋から退出した。


 そして、ルシールが私を見上げて口を開く。


「それでは、食事を用意させていただきます。魚か肉、どちらが良いですか? あと、お酒が呑めるようでしたら葡萄酒がございますが」


 ルシールにそう聞かれ、私は悩む素ぶりを加えながら頷き答えた。


「多分、肉も魚も食べられると思うが、酒は分からない。水はあるだろうか?」


 私がそう聞き返すと、ルシールは静かに私の言葉を反芻し、頷いた。


「はい。では、そのように」


 そう言い残してルシールも部屋から退出する。鍵を掛ける音はしなかったが、部屋の外には兵士か誰かが居る気配を感じる。


 私はベッドに腰を下ろし、顎を親指と人差し指で撫でた。


「……記憶喪失という、何処の誰かも分からない私を厚遇する理由は何だ? エドウィーナは無邪気そうだったが、他の二人は警戒をしていたのだから、直接会わせるようなことはしないと思うが……」


 私は口の中でだけ小さくそう呟き、思考を纏める。昔からの癖で、深く物事を考える時は様々な情報を口にしてしまう時があった。


 自分の姿形が変わったことや、自分が何処にいるのかも大切なことだが、今緊急を要するのは自分の立場と待遇だ。


 変な疑惑を掛けられて処罰などされては堪らない。私の大望の為には生き残らなければ意味は無いのだから。


 私がそんなことを考えていると、ルシールが食事を持って戻ってきた。


「魚と葉野菜、芋のスープです。パンと果物も用意しております」


 そう言って、ルシールは壁際に目立たないように置いてあった丸い小さなテーブルに食事を並べた。


 他は普通の見た目だったが、果物らしき丸い物だけが少し特殊だった。レモンのような形状で、色は赤っぽい。


 私はとりあえずスープからいただくことにした。薄くてあまり美味しいものでもないが、身体には優しいのかもしれない。病院食に近いだろう。


 パンは普通である。少し硬いが問題なく食べられる。


 そして俺が果物に手を伸ばした時、俺の手をルシールが掴んだ。


 思わず驚いてルシールを振り返ると、ルシールが無表情に俺を見ていた。


「……申し訳ありません。そちらの果物ですが、手違いで違う物を持ってきてしまいました」


「違う物?」


 私がそう尋ねると、ルシールは果物を白い布で包んでから掴み、頷く。


「黄色の物は香り、味ともに良いのですが、赤い物は強い毒性があります。一欠片飲み込むだけで死ぬ人もいるといいますから、かなり強い毒なのでしょう」


 ルシールにそう言われ、私はルシールから距離をとった。


「……私を、試したのか」


 私がそう言うと、ルシールは静かに首を左右に振り、口を開く。


「いいえ、そのようなことはありません。こちらの手違いですから、しっかりと謝罪させていただきます。これからはこのようなことが無いよう徹底させましょう」


 ルシールはそれだけ言うと、私の返事も待たずに食器を片付けて退室していった。


 部屋を出て行くルシールの背中を見送った私は、ベッドに座って溜め息を吐いた。


「……私を試すとは、恐ろしいことをする。記憶を失っているか調べる為だけにそこまでするか……」


 私はそう呟くと、ベッドに横になる。疲れがあったのか、私はそのまま気付かぬ内に眠りに落ちていた。



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