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ヤバい人の異世界転移

「何故だ!?」


 私はそう叫びながらテーブルを叩いた。何度も何度もテーブルを叩き、今度は椅子を壁に向かって投げ付ける。


「何故、私が詐欺師などと……!」


 私は肩で息をしながらそう口にすると、片手で自分の頭を掻き毟る。


 執行猶予は得た。だが、刑期がどうとか、そういった話では無い。


 私は十二畳のワンルームの部屋の中を歩き回りながら、テーブルを見た。テーブルの上には新聞が開かれたまま置かれており、その紙面を視界に入れたせいで再び怒りに駆られる。


「くそ! せっかく順調に形になっていたのに!」


 私はテーブルをひっくり返すと、窓へと近付いた。鮮やかな緑色のカーテンを捲ると、途端にカメラのフラッシュが私に向けられる。


 目が痛くなるような連続した光に、私は顔を顰めて外を睨み、カーテンを閉めた。


 もう駄目だ。どうあってもこれまで通りにはいかないだろう。


 せっかく、私の教えを信奉する信者達が千人を超えたというのに、たった三人の信者の自殺によって私は破滅した。寄付のし過ぎで一家離散など、私の知ったことか。


 だいたい、私の本当の教えをきちんと理解していたらこんなことにはならなかった筈だ。


 何を勘違いして私を恨むなどという行為に辿り着くのか!


「なんと愚かな!」


 私はもうこの世にはいない裏切り者達に罵声を浴びせ、押入れを開けた。


 もはや、この世には未練などない。


 間違った宗教が蔓延り、本当の教えを人々に伝えようとする私が迫害される。


 そんな腐った世の中にいったい何があると言うのか!


 ならば、私は死して生まれ変わり、次の世にて本当の神の教えを広めよう。


「ふ、ふふふ! 今世に生きる者達は、もう永久に私の教えを受けることは出来ないのだ。愚か者どもめ!」


 私はそう叫び、押入れからガソリンの入った赤い携行缶を取り出した。


 金属製の蓋を手で回して開け、その中身を室内にぶちまけていく。


 独特なガソリンの臭い。


 その臭気の真っ只中に立ち、私はカーテンを開け、窓も開いた。


 一斉に発光するフラッシュの光を睨み据え、私はジッポライターを取り出した。


「その目に刻め、愚かな民草達よ! 今、本当の神の教えを聞く機会を永久に失ったのだ! これが、世界の出した答えだと知れ!」


 私はそう叫び、気化を続ける大量のガソリンの中でジッポライターに火を付けた。


 ジジッという音がした次の瞬間視界は光に包まれ、後に暗転する。






 体が軽い。


 今どこを向いているのかも分からない。いや、目が開いているのか、手足が動いているのかすら分からない。


 もしかしたら、私は肉体を失い、魂だけとなっているのかもしれない。


 ならば、これが死の世界か。


 私は何も見えず、何も聞こえない中で目を閉じた。目を閉じたと言っても、何も感じない中で閉じようと意識しただけだが。


 と、その時、近くに何かの気配を感じた。


 音も光も無いこの空間で、確かにすぐ隣に何者かが居ると分かる。


 〔……田中令司(れいじ)……〕


 音の無いこの世界で、私はそう呼ばれた気がして意識をそちらへ向けた。


「誰だ」


 私が念じると、言葉は返ってくる。


 〔……お前に一つ力をやろう……〕


「……力?」


 私が疑問に思うとまた言葉が返る。


 〔……求める力を念じよ……〕


 その言葉に、私は気付いた。


「神か……! そうか、神がついに私の前に……!」


 私がそう言うと、また言葉が降ってくる。


 〔……神……確かに……神と呼ばれることもある……〕


 一瞬ノイズが走った。一部の言葉が聞き取れなかったが、一番大切な部分はしっかりと聞こえた。


 そう、神だ。神がようやく私を選んだのだ。


 そして、力をくださるという。


 私は狂喜に頭がおかしくなりそうになった。やはり、神は憂いていた。世界は腐っていると憂いていた。


 ならば、その神の声を聴く者として、求める力は一つだ。


 人々に、私の教えを伝え、広める力だ。


 伝えたいのに伝わらない。あまつさえ、何もしていないのに敵意を持たれる。


 そんな馬鹿な話があるか。


 だが、私の意思を伝え、共有出来るのならば、それは最高の力である。


「人々に私の教えを伝え、理解させる力が欲しい……! 私の意思を、考えを、知識を共有出来たなら……!」


 私がそう念じると数秒の空白を置き、言葉が降ってきた。


 〔……意思……魂……共感……共有……同調……理解……〕


 言葉は単語単語を断続的に発し、最後にこう告げた。


【契約を完了した】


 その言葉を最後に、私は意識を失った。






 暖かい。


 花か何かの香水のような香りがする。


 瞼越しに、陽光を感じる。


「う……」


 私は小さく声を出して呻き、ゆっくり目を開けた。


 石を積み重ねたよう壁が見える。煉瓦の壁では無い。色の差異はあるが、ブロック塀に近い感じだ。


 私はどうやら横向きに寝ているようだ。壁の上の方には窓もあり、寝返りをうって仰向けになると、梁の出た木の板ばりの天井が見えた。


「気が付きましたか?」


 若い女の声がして、私は首だけを動かして声のした方向へ顔を向ける。


 そこには、こちらを無表情に見下ろす女の姿があった。細身の、二十前後ほどに見える女だ。髪は栗色で肩にかからないほどの短さだ。そして、女はメイド服を着ていた。


 コスプレにしては随分と凝った作りのメイド服だが、その女は普段着のように自然体でその服を着込んでいる。


 女は私を見下ろすと、私の額に手のひらを置いた。冷たく柔らかい女の手のひらの感触が気持ち良い。


「……大丈夫そうですね」


 女はそう呟くと、私の額から手のひらを離し、私の体の上にある布を重ねたような薄く重い掛け布団を整えた。


 そして、背筋を伸ばして真っ直ぐに立ち、また私を見下ろす。


「私はエドウィーナ王女の専属メイドで、名前をルシールといいます」


 ルシールと名乗る女はそう言って、私の顔を凝視する。


「貴方は、大変珍しい真紅の髪をしていますが、どちらの生まれでしょう? 姫様に御目通りする前に色々と質問に答えて頂きたいのですが」


 そう言われ、私は首を傾げた。


 真紅の髪?


「……どういうことだ? 髪の、色?」


 私がそう呟くと、ルシールは目を何度か瞬かせ、無言で俺から離れていった。


 そして、ルシールの顔のサイズほどの板を持ってこちらへ戻って来る。


「……どうぞ」


 そう言ってルシールは板を掲げた。板は鏡だった。まるで金属を磨き上げたような写りの悪い鏡だ。


 そして、その鏡の中には、赤い髪の若者の姿があった。


「……これは、誰だ。私、なのか?」


 私がそう口にすると、ルシールは眉根を寄せて困ったような顔をした。


「……演技では無さそうですね。記憶を失っている……困りました。質疑の意味も無くなりますね」


 ルシールはそう言って、鏡を下ろした。


「私は……いや、ここは何処だ? 私は何処にいる」


 私がそう尋ねると、ルシールは溜め息を吐いて壁に目を向ける。


「ここはメルヴィンク王国の王都。貴方は姫様の孤児院視察での道中、橋の上で倒れていました」


 ルシールは真面目な顔でそう言うと、俺の反応を確かめるように見つめてきた。


 メルヴィンク王国?


 そんな国は知らない。なにしろ日本を出た記憶もないのだ。それに、赤い髪だと?


 分からないことばかりだ。私はいったいどうなったんだ?



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