入学編5
喫茶店―入学編
演武が終わった後は湊にとってはある意味想定内の出来事が待っていた。
新入生、つまり同学年の生徒からの励まし(?)の声だ。
中には当然『もっと大きな火を出せば良かったのに』と言う声もあったのだがそれでも結果は変わらない。
いや、変えるつもりの無い湊だったので、当たり障りの無い返答をしていた。
上級生、特に生徒会メンバーからも声が掛かったが初日と言う事もあってか、生徒会に入るか?っという事は後になった。
その際に沙綾からは声を掛けられなかったが、湊にはその意味は理解出来ていたので今後を悩ませる事になるだろうと感じていた。
そして、学校から出て、当初の約束通り三人で学校を出た湊達は取りあえず腹ごしらえ、とばかりに近くの喫茶店を見つけ、店内に入る。
「いやーそれにしてもスゲーよ湊は」
「突然どうしたんだ?」
席に着いて早々に優が湊を褒める。
突然過ぎた為に何を言っているか検討は付いていても疑問形で湊は返した。
「そうよねー。まさか新入生トップ....それもステージ4なんて滅多に居ないんじゃない?」
便乗する様に凛子も頬杖を突きながら優の意見に乗る。
(まぁ学生なら珍しいのか?)
「いや、それでも副会長には負けたんだし凄く無いさ」
此処で謙遜しておくのは当然だろう、本来の力であれば負ける事はあり得ないのだが、それは今言っては単に負け惜しみと思われるだろう。
事実、言うつもりの無い湊は、苦笑いを敢えて浮かばせながら答えた。
「でも、アレは無いよね~。だって負ける事前提の勝負だし、受けなかったら皆からチキン呼ばわりされるでしょ?」
「だよな。意外と沙綾って人腹黒そうだぜ」
「言えてる!全く....飛んだ災難だったね~」
二人共、アレの意味は理解しているようだと思いながら返事はせず、適当に相槌を打った湊。
「あ、そう言えば湊君に聞きたいんだけどさ?あの時、手を抜いてたの?」
つまらなそうにしながら聞いてきた凛子に、内心かなり驚きながら無表情を貫いた。
(気付かれた?....いや違う)
「いや、そんな訳ないだろう。全力だったさ」
そう答えると、やっぱりね~と、当然の様に答えながら目の前に置いてあるメロンソーダを飲んだ凛子。
「どうしてそう思ったんだ?」
不思議そうに優が尋ねると、思い出す様に凛子は腕を組み、テーブルに身を乗り出した。
「いやね?私の前、ほら、湊君の隣に居た女の子、えーっと....そうそう七海 茜ちゃんって子が変な事言ってたんだよ」
(変な事?)
「変な事って?つーかやっぱ凛子って人の名前覚えるの早いよな」
「まかせてよ!....ってそんな事より、湊君が能力を使った時に『やっぱり彼は学生の域を超えてる』ってしかも、火を消される直前に言ったから」
「いや、そりゃ、普通に考えてあそこまで手際よく能力発動すれば誰だってそう思うって」
「だよね~。だから湊君が手を抜いてるかもって思ったんだけど....って湊君?」
「ん?あぁ手際の良さに自信があるからね。でもあれは全力だ」
二人の会話を聞いた湊は警戒心を一層強めた。
(七海 茜....知らない名だが、気を付けるべきか)
心の中で警戒を強めながら表面上は悟られない様に笑顔を浮かべた。
(いや、京極沙綾、彼女も注意するべきだな)
「そう言えば、優と凛子はステージは幾つなんだ?」
話しを変える方が良いと感じた湊が適当に話題を変えた。
とは言え、これも学生生活を無難に行う為の情報収集だと湊は考えていたのだが、二人には気付かれていない様だ。
「あーそういや、そうだな。俺はステージ2の雷撃系だ」
「えーっと、私はステージ3の強化系....まぁ湊君から見たら落ちこぼれって所だよ」
(どういう判断基準だそれは?)
そう思っても声には出さない。
「いや、雷撃系も強化系も充分だろう。能力発動の効率を上げれば充分戦闘できる能力だ」
能力には固有名称が存在する。
それは他人に教えるのはタブーである為、判断材料にはステージを使う。
(優は、精神力が少ないと予測すれば、能力が強力なんだろう。逆に凛子は精神力が多いんだろうな)
正確に分析した湊の予想は当たっていた。
だがそれの答え合わせは今するべきでは無いと考えていたので湊は言葉を選ぶ。
「二人は幼馴染なのか?」
これは単に好奇心で聞いた事なのだが二人は、当然の様に頷いた。
「そうだぜ。家が隣通し、小学校から今までずっと一緒だからなぁ」
「だよね。しかも許嫁と来たもんだからある意味特殊なのかも」
(許嫁....まぁ能力者との間では普通かもしれないが)
「湊君には婚約者とかいないの?」
ニヤニヤと悪戯っ子の様な笑みを浮かべた凛子に冷静さを崩さない湊。
「いや、いないよ。そもそも見た目が良くないからな」
「えー?そこまで悪くないと思うんだけど?」
「そうそう、それに、湊ならモテるって」
湊にとっては新鮮は会話だったが、学生には普通なのだろう。
それが、湊にとっては嬉しくもあったのだが二人は知らない。
「いや、それは無い...が、まぁ褒め言葉として受け取っとくよ」
目の前に置かれた紅茶を飲みながらふと外を眺めた。
それ自体に意味は無い。
だが、それは偶然か必然か、似つかわしく無い存在が目に入った。
(あれは....ヨーロッパ?いや、それよりも)
外に映った見た目は只の観光客に見える男性を湊は不審に思った。
この時代でも観光客は珍しくない。
だが、それが普通の観光客ならだ。
(あの雰囲気、歩き方、視線....軍人、あるいはスパイか)
湊の直感は自身の経験から来るモノだったが、どうにも嫌な感覚がした。
だが、今の自分は高校生、それに下手に騒げば厄介な事になる。
そう考えた湊は、様子見を決め込んで、二人の話しに乗っかる。
今はまだ動く時ではない、そう思っていた。