入学編4
(京極....まさか、アノ人に妹がいたとは)
世界最強であり、地上最強であり、怠け者の彼と同じ家系の子がいた。
湊は少なからず驚いた。
接点は....ある事はあるが面識は殆ど無い。
(なら彼女は俺を知らない)
そこまで考えて内心自虐的に笑ってしまう。
(そもそも俺は一応軍事機密だから話せないか)
「ねぇ!」
思考に気を取られていた湊は不意に後ろから聞いた声に現実に引き戻される。
「ん?どうした」
顔だけを後ろに向けて声のする方に湊が向くと、少し焦った様子の凛子が湊の視界に映る。
「どうした?じゃなくて、呼ばれてるよ」
ボソボソっと耳元に顔を近付ける凛子の、呼ばれたっと言う発言に一瞬疑問に感じた湊は檀上に目線を向ける。
(呼ばれた?....さっきの話しか)
「新入生の神楽湊君、いませんか?」
沙綾の透き通った声が幾らか困った様子で呼びかけていた。
一瞬、面倒だから居ない事にすれば?っと考えた湊だったが、行かないと後でめんどくさい事になるだろうと考え渋々檀上に向かった。
檀上に向かう道中ちょっとした好奇の視線が湊に向かうがご愛嬌だろうっと考え敢えて気にせず檀上に上がる。
スロープがある檀上も珍しいと思ったが、能力者学校ならそう言うのもあるのかっと敢えてこの場に似つかわしくない思考をする。
「神楽湊君ですね?」
「そうですが、一体何をするんですか?」
檀上に上がったのは湊だけ、それが嫌な予感を駆り立てる湊だったがあくまで冷静に沙綾と呼ばれた少女に視線を合わせる。
「では、今年の新入生、トップの能力者である湊君には突然ですが少し能力を披露して頂きます」
(....は?)
あくまで無表情だが、内心驚いている湊は一瞬何を言ってるのか理解できず思考が止まってしまった。
それは、在校生、新入生も例外では無く、皆異様に騒ぎ始める。
そこら中で『嘘だろ?』や『どういう事?』っと言った困惑が浮かぶ。
毎年、演武は行っているが今までこんな事は一度も無いからだ。
「静粛にお願いします。今年から入学試験能力トップ成績を収めた者と在校生で能力干渉力を演武で競う....と言ったプログラムを導入する事を決めました。よって彼と、今年は副会長である私とで競って頂きます。」
そういう事かっと湊はこの意味を理解した。
この学校には素行の悪い生徒もいる。
そう言った生徒は総じて能力が高いのだろう、だからこそ出る杭は早めに打つっと言った意味合いがこれにある。
湊は瞬時に、意味を理解した。
更には、湊の成績、つまり能力も知っている生徒会と能力を知らない俺ではある意味相手に分がある。
生徒会が主体となるなら、それも今年からの導入であれば出鼻を挫きたくない筈。
生徒会会長では無く、副会長が相手をする。
その意味する所は正確に理解した。
(つまり...水、もしくは氷系統能力者か)
相手の土俵での能力対決など本来結果が見えている。
事象は自然法則に従う。
これは、能力であっても例外はない。
「彼は、自然系能力、火、ステージ4能力者ですので今回の干渉能力は彼が出した火を私が消す事が可能か?否か?を競います」
(ステージまで教える事は無いだろう)
少し苛立ちを覚えたがそれよりも在校生からの憐れみが窺えた。
新入生からは驚きが。
(まぁ本来は最高ステージの8、ワールド・エンドだが....これなら手を抜かない方がマシだったな)
「質問があるのですが」
無難に終わらす方が良いだろうと考えた湊が沙綾に沙綾にだけ聞こえる様に問いかける。
「何でしょうか?」
「この試合が勝利か敗北した際に何か不都合が起こりますか?」
正直既に、どうやって拒否しようか考えた湊。
それは、恐らく沙綾にも理解できている様子だ。
「いえ、勝敗の優劣はありません。あくまでも演武です、ですが演武を受けた場合、勝敗に限らず生徒会に入る事が可能です」
生徒会に入る。
普通の学校であれば特別良い事でも無いのかも知れないが、この学校ではそれはかなり有利になる。
卒業後、能力者大学、または軍人、警察、あらゆる可能性が飛躍的に有利に働くからだ。
だが、それは人生設計とでも言うべき物が無い者が切望する特典でありレールの上を進む者には意味が無い。
特に、湊の様に望んでレールの上を進む者にとっては。
「拒否する事も可能ですよね?先程の言い方では」
「えぇ勿論可能です。ですが、拒否すれば目立ちますよ?」
ニッコリと笑顔を浮かべた彼女だったが、それは『拒否すれば悪目立ちするぞ?』っと暗に言っている。
当然それは湊にも理解出来た。
だからこそ退路を断たれた事に苦笑いを浮かべた。
(美人だが....頭も良いのか)
ため息を吐きたい状況だが、この際当たり前を行えば良いだけの話し。
「良いですよ受けます」
諦めにも似た感情で勝負を受けたが、周りの生徒は湊の事を調子の乗った生徒と思った者は少数だ。
勝つ見込みの本来無い勝負なのに受けたのは逃げたら目立つからだ。
(いや、もう既に目立ってるが)
手を抜くのは当然なのだが、分からない様に手を抜くのは比較的難しい。
それは湊自身が理解している。
「では、早速お願いします。一応、この講堂は耐熱加工が施されていますが、あまり無茶はしないでくださいね?」
笑顔を浮かべながら沙綾は湊から少し距離を置く。
湊も少し離れて精神力を高める。
(さて....無難に行きたいが、まぁ大丈夫だろう)
あそこまで自身満々でいるのだからっと考え少しだけ手を抜いて、二人の丁度中間に火球を出現させる。
能力を使いこなせないとスムーズに行う事の出来ない技術だけあって、手際の良さに生徒の実力者と言われる者達は少しだけ驚いた様子だ。
未だにザワザワと騒がしい講堂だったが、火球が出た事で次第に静かになり、火の熱気と燃える音が辺りに響き始める。
沙綾は、火球に神経を集中させると、精神力を研ぎ澄まして無の場所から水を出現させる。
それが見る者を魅了するかの様に火球の周りを螺旋状に渦巻いて行くと次第に火球を包み込む。
(....自信ありそうだったが、使い方が下手だな)
鋭い視線を向けながら湊は沙綾の能力を評価し直す。
だが、それは、この場に置いては沙綾と湊しか気付いていなかった。
事象は自然法則に従う。
それは変えられない。
だが、能力でも異質は存在する。
湊の出した能力による火は、一瞬、ほんの一瞬だが、確かに沙綾の出した水を消し飛ばそうとした。
だが、その前に湊がワザと、ほんの少し加減を緩めた事で直ぐに自然法則に従って消滅する。
派手ではない。
だが、この湊のやった事に気付いた沙綾は驚愕と困惑が存在していた。
静かだった講堂には二つの声が聞こえた。
一つは在校生による、当たり前だと騒ぐ声。
一つは新入生による、諦めやため息の声。
その二つの声を聞きながら失敗した、と湊は少し反省した。
(まさか、あの京極の家系の人が此処までとは)
見誤っていたと強く認識した。
それは強い....という認識では無い。
寧ろ、正反対、弱い....という認識だ。
湊は此処まで弱いのかと落胆した。
学生の域を超えていない彼女。
(もう少し慎重に行くべきだった)
目立てば必ず奴が目を付けるのだから。
エースが再び来れば湊は今度こそ死ぬ事は理解してたのだ。