第8話 第1章-第8話
20160928公開
1-8
「全てはプラント様の御神託故に」
そう答えた少女は微笑みを浮かべた。ただし目が笑っていない。アルカイック・スマイルの様な笑みだった。
「その神託の内容をうかがっても構いませんか?」
「ええ、勿論構いません。プラント様から、魔法を超える加護を授けるので待つ様に、とのお告げが早朝に有りました。我らはそのお告げに従い礼拝所にて祈りを捧げておりましたが、一刻程前にまたお告げが有りました。こちらに移動して《召喚者たち》の主導者のオダノブユキ様の指示の下、行動を共にする様に、と・・・」
タイミング的に考えて、全員のアクティベイトを待ってから指示したという事だろう。
ついでに言うと、さりげなく厄介な事を押し付けられた気がする。
『説明シーケンス』では一言も出て来なかった『プラント様に仕えし至高巫女様』だが、どれ程の影響力を持つのだろう。わざわざ危険に晒してでも俺たちと合流させる意味も気になる。
「我々はこちらの世界に詳しくないのですが、『プラント様に仕えし至高巫女様』はどういう立場なのかを訊いても構わないですか?」
「勿論です。プラント様を信仰する信徒は数多く居れど、御声を聞ける者はごく僅かです。数年に一度、御神託が降るので、万が一にも聞き逃す事が無い様に、その様な者を教団が保護しております。今は私だけが御声を聞ける様ですが・・・」
なるほど、宇宙船は宗教を利用して間接的に人類に干渉しているという訳か。
俺たちを使って、更に干渉の度合いを深める積りなのかもしれない。
それと、直接的な干渉は何らかな理由で避けていると考えて良いだろう。これも後で確認しておこう。
「それで行動を共にするという事ですが、我々はこれからこの都市から脱出する予定です。構いませんか?」
「勿論、お供する事が御神託ですから従います」
「ところで荷物を持って来ていない様ですが?」
「先に教団専用の馬車に乗せて少し先の厩舎にて待機させております。ただし、今も無事かどうかは行ってみないと分からない状況ですが・・・」
「分かりました。少し時間を下さい」
「勿論構いません」
俺は今の話を伝える為に富田様とカルロスを呼んだ。
「では、先に教団の厩舎に寄って馬車と合流、その後に脱出と言う流れでいいですね? カルロスもそれで構わないか?」
「こっちは問題無い。というか、俺たちもそっちにくっついて行くんだから反対のしようも無い」
説明を含めて、1分で結論が出た。
これで28人が逃避行に加わった。総勢102人に膨れ上がったという事は、それだけ護衛が難しくなるという事だ。新たに加わった28人と言う数字は、3列で進んでも5~6㍍ほど隊列が伸びるという意味だからだ。
装甲車も輸送車も無く、徒歩での脱出となれば、出来れば2個以上の普通科小隊が欲しい。
それを7人でこなすのだから、難易度は途轍もなく高い。
こちらの結論を伝えると、リリシーナは初めて心からの笑顔を浮かべた。
立場上、表情を読ませまいとしてのアルカイック・スマイルだったのだろう。
心情の入った笑顔を浮かべた彼女は、初めて歳相応の幼さを見せた。
街から聞える発砲音は少なくなっていた・・・・・
「店長、準備が整いました。いつでも出発出来ます」
田中副店長の声が聞こえたのは、深雪と神崎君、それと松浦君の3人にハチキュウの実射訓練をさせていた時だった。更に上がった難易度に備えて、使える戦力を増やそうという悪足掻きだ。
3人はもう弾倉3個分の射撃をこなしていた。
その横で黙々とウィンチェスターライフルを撃っていた松永君も最初の頃よりも遥かに速く撃てる様になっていた。実弾射撃に慣れたんだろう。彼の射撃速度は俺が知っているスピードよりも速い。
みんなにコルト・ガバメントを勧めたのには幾つか理由が有る。
喫緊の問題はこれから行われるのが市街地戦だという事だ。
自然と交戦距離は短くなり、下手をすれば白兵戦紛いの戦いになる。
そんな状況では『長物』は不利になる。俺の様にCQB(クロース・クォーター・バトル、 Close Quarters Battle、近接戦闘)の訓練をみっちりと受けていれば別だが、普通は見通しが効かない市街地戦で素人が『長物』を使おうものなら、下手すれば1発も撃てずに殺されてしまう。
連射速度の違いも大きい。
西部劇で有名なウィンチェスターライフルはレバーアクションライフルだ。次弾装填の度ごとにレバーを押し下げる必要が有る。どうしても一瞬の間が空いてしまう。ガバメントならばその点で有利だ。
更に言うなら、ウィンチェスターライフルは習熟に時間が掛かる点だ。慣れていなければ射撃した後のレバーを下げる動作に気が取られてしまう。結局、よく狙って撃った方が良いと考えて更に発射間隔が開く事になる。
では、どうして松永君がウィンチェスターライフルを選んだかと言えば、地球に居た頃に購入して持っていたからだった。勿論、実銃では無く、BB弾を発射する玩具だ。結構精巧に出来ていて、気に入ったからよく触っていたと言っていた。
確かにレバーアクションが最初から様になっていた。
深雪、神崎君、松浦君、松永君の4人と、即応予備自衛官6人とを合わせた(岡一士は大人全員が武装した事で近距離での火力が上がったので64式7.62㎜小銃に装備を変えて貰っていた)10人で中距離から近距離をカバーして貰う事にしていた。正直に言えばスカスカの防衛ラインだが、無いものは無い。いざという時は素人のみんなが装備しているガバメント頼りというゾッとしない状況だった。
「分かりました。では自分が先導しますので、皆さんは少し後を付いて来る様にして下さい」
事前に打ち合わせておいた通りに、アメリカ本土の研修時に試させて貰った〈戦闘装着セット(戦闘服市街地用)〉とSOPMOD-BlockⅡ用キットで固めたM4carbineの組み合わせで武装した斥候役の俺を先頭に、即応予備自衛官の6人とカルロスたち4人が側面を固めて、深雪、神崎君、松浦君、松永君の4人は更にその内側に配置したフォーメーションでスタジアムを出発した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
-45m42s 川島 遼 viewpoint
先頭を行く織田店長の動きに一切の迷いは無かった。
いつ怪物(恐竜もどき)が襲って来るのか分からない重圧を感じていないかの様に、すばやく左右にM4carbineの銃口を振って、周囲の警戒をこなしながら淡々と大通りを進んでいる。
少なくとも地元採用の三曹止まりの俺や、他の5人の同僚が市街地戦訓練で身に付けた練度とは次元が違うのがその動作から分かった。スムーズなのだ。隙が無いとも言える。上下動を抑える様に歩くのだが、俺たちだとついついその事を意識してしまって、速度は上がらない。足音を立てない為にも仕方ない面も有るが、店長は全てをこなしながらも普通の歩行よりも若干だけ遅い速度で進んでいた。
きっと店長は敵を視認した瞬間には発砲するだろう。
それに対して、俺たちは敵かどうかを確認してからやっと発砲する気がする。
この差はこういう状況では大きな差を生む。
なんせ、今警戒している相手は獣でありながら毒を含んだ牙を飛ばして来る地球では考えられなかった未知の化け物なのだ。命の危険が迫った中で例え普段通りのパフォーマンスを発揮したとしても、対処し切れる自信は無い。
交差点の手前で店長が右手を上げた。曲がり角の手前で立ち止まった店長から幾つかのハンドサインが送られて来た。
それに合わせて、小沢君が『停まれ』のハンドサインを《お客様》に送った。
出発前の簡単な打ち合わせで教えられたハンドサインは10種類だった。全員が腰をかがめながら待機状態に移行した。
店長が素早く交差点に移動したと同時に発砲した。銃声は6発か? 7発かもしれない。
ぐるりと360度を警戒した後で、またハンドサインが送られて来た。今度は『前進』だ。
視界の端にカルロス准尉が見えた。信じられないという顔をしている。
そりゃあ、西部劇の時代のライフルと現代兵器のカービンライフルを比べれば、連射性能の差は歴然だ。
ましてや俺が見ても異常と言える技量の店長が扱うのだ。
交差点に差し掛かったので、ちらりと『害獣』の死骸を見た。7頭が頭を撃ち殺されていた。
どうやったら、フルオート並みの速度で撃ちながら照準を合わせられるんだ?
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m