第7話 第1章-第7話
20160925公開
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深雪たちが〈戦闘装着セット(戦闘服2型)〉着用に《変身》すると、深雪と佳澄ちゃんの会話が聞こえた周囲から始まって、最終的にはみんなが同じ様に《変身》をした。人数だけだと2個小隊の普通科部隊が居るかの様な錯覚に陥る。
もっとも、60人居る《召喚者》の内、13人すなわち2割強を占める小学生以下の子供まで《変身》したから一種、仮装集団というかコスプレ集団というか、異様な集団になってしまった。
みんなが次々と《変身》する姿を、カルロス始め、こちら側の住人が口を開けて見ていた。
まあ、傍目から見たら驚き以外の何物でも無いだろう。
次に、簡単なコルト・ガバメントの講習に移った。
いつ『害獣』や『災獣』がやって来るか分からないだけに焦る気持ちは有るが、安全面の注意だけは徹底的に教えて、射撃訓練自体はそれぞれ弾倉1つ分だけで済ませる事にした。
10発にも満たない試射だったが、成果は上々だった。みんな、これまで実弾を撃った事が無いとは思えないほどにガバメントの反動を抑えていた。やはり遺伝子操作の効果は表れている。
むしろ実体験で実射訓練を経験していた即応予備自衛官の6人の方が感覚のズレに見舞われたのかも知れない。
もちろん、本来非武装で守られるべき市民に武装を強いている事に良心の呵責が無いとは言えないし、元自衛官としては忸怩たるものが有る。
だが、今の状況は日本で考えられるレベルの危機では無かった。
なんとしてでも、全員を無事に安全地帯まで連れて行く。
今はそれしか考えられない。
ここで面白い事が分かった。空薬莢が出なかったのだ。思わず俺のハチキュウの空薬莢受けを確認したが、確かに空薬莢は残っていなかった。
更に面白い現象が続いた。ガバメントの弾倉には7発の弾丸が入っているのだが、面白がって連射をした人が弾倉を換えずに8発目や9発目もそのまま撃てたのだ。
宇宙船に確認したら、魔法を使って実在化させているので、弾倉を換えなくても銃ごとの規定のピコマシンの容量さえ有れば撃ち続けられるとの事だった。
「どうやったら、ピコマシンの残量が分かるんだ?」
『個体名織田信之の質問を確認。「設定」内の「picomachine」を選択後、「残量表示」で%表示、容量表示、併記表示の方法で、魔法使用領域の残量表示方法を選択可能』
さっそく俺は併記表示を選択してみた。
ホーム画面の最上段に有るバッテリー表示の横に2つの表記が現れた。
『p-Remain107.1GB』と『p83%』だった。
「89式小銃30発分でどれだけ使うんだ?」
『個体名織田信之の質問を確認。30発で6.0GB消費』
かなりの残弾が有る事が分かったが、時間が惜しいので詳しくは後で聞く事にした。
事件は直後に起こった。
誰かが「あっ」と声を上げて、ざわめきが起こった。
俺の所からは見えなかったので急いでそちらに向かうと、深雪が1人の女性の右腕の手首を掴んでいた。
「どうした、深雪?」
「あ、お兄ちゃん。拳銃を自分の頭に向けたから止めただけや」
深雪が事もなげに言った。
腕を掴まれている女性はうな垂れている。周囲はどうしていいのか分からないのだろう、オロオロとしていた。2人のすぐそばに小学生低学年の女の子が泣きそうな顔をして立っていた。女性の子供かな?と思ったら、その女の子がいきなり深雪に殴りかかった。
まあ、殴りかかったと言っても、ポカポカという擬音が聞こえそうな殴り方だ。深雪も痛くないのか、女性の手首を掴んだまま殴られ続けている。
「おかあさんをはなせ! おかあさんをいじめるな! おかあさんだいじょうぶ? いま、加奈がたすけるから!」
みんなが沈黙する中、涙声で叫んでいる女の子の声だけが響いた。
殴られながら深雪が女性に話し掛けだした。
「子供の方がお母さんを守る為に必死や。本当は逆やないんか? うちは香澄ちゃんを死んでも守ると誓ったんや。でも、うちが死んだら香澄ちゃんを守る人間が減るから勝手に死ねん。おばちゃんが死んだら、誰がこの子を守るんや? お兄ちゃんは強いけど人間や。自衛隊の人たちかて人間や。映画の様に全員を守るなんて無理なんや。 で、最悪の状況になった時に誰がその子を守るんや? おばちゃんしか居らんやろ? おばちゃんが勝手に死んだら、その子は死ぬかも知れんのやで? それでも勝手に死ぬんやったら好きにしたらええ。おばちゃんが死んだら、代わりにその子はうちが守ったる。でも、そのせいで佳澄ちゃんが死んだら、うちはあんたを死ぬまで恨んだるからな。それでも死ぬんやったら、もう何も言わん」
それまで、黙って聞いていた女性が初めて顔を上げた。
視線が深雪を殴り続けている女の子に向いた。ほとんど聞き取れない様な掠れた声で何かを言った。
その言葉が聞こえたのだろう。深雪を殴る事に必死だった女の子が女性の方を見た直後に号泣しながら抱き付いた。
しばらくの間、女性が我が子抱き締めながら、ごめんね、ごめんね、と呟く声だけが辺りに響いた。
「慣れへんことをするんやないな。精神的に疲れた・・・・・」
俺の横にやって来た深雪が疲れた声で呟いた。直後に溜息を吐いて一瞬だけ下を向いたが、すぐに顔を上げてお互いにしがみ付きながら泣いている親子を見た。
本当はフレンドリーファイヤーを防止しているので実害はなかった。
だが、それが彼女が自殺する事を完全に止める事は不可能だ。人間は死のうと思ったら割り箸でも死ねる。
時々、口が悪い時もあるが、深雪は心根は真っ直ぐに育ってくれている。
唯一残された家族として安心とともに誇らしい気持ちが湧いて来た。
俺は自然と深雪の頭を撫でた。
多分、俺が深雪の頭を撫でるのは、深雪が小学生の低学年以来だろう(ある時いきなり嫌がり出した時は結構堪えたのを思い出した)。
深雪は大人しく、撫でられていた。
佳澄ちゃんが深雪の右手を握って、励ますように覗き込んだので、俺は撫でていた手をポンと頭に置いた後で言った。
「よく気付いたな」
「射撃練習の途中から挙動が変やったからな。こっそりと近付いておいたんや」
「助かった」
「かまへん。当然の事をしただけや」
「俺も深雪と佳澄ちゃんを死んでも守る」
「なら安心や。でも死なんといて。これ以上家族が居らんようになるのはさすがに堪らんから・・・」
「そうだな・・・ 無茶しない様にする」
「頼むで」
決して死なないと約束した訳では無かった。
深雪も分かっていて返事をした。
この事件は大きな影響を齎した。
悪い方にでは無い。良い方にだった。
深雪の言う通りなのだ。
いくら理不尽な状況に放り込まれて絶望しようとも、自分の子供を最終的に守れるのは親なのだ。
守るべき存在が居ると認識し直した子供連れの親の空気ががらりと変わった。
俺たちは脱出の準備に入った。
最低限の武装は済ましている。
となれば、次にすべきは生き残る為に必要な物資の確保だった。
俺たちのスーパーに有った5台の台車に保存食を中心に積んで運ぶ事にした。
もっとも最悪の場合、これらの物資は捨てて行く。
だから、大人の男性の背嚢には装備品はそのままで入るだけの食料を詰め込んだ。この時に宇宙船に無理を言って、大人の〈戦闘装着セット(戦闘服2型)〉をレンジャー仕様に換えてもらった。これなら40㌔までの荷物を入れて背負える。普通ならば過酷な訓練を経たレンジャー徽章持ちくらいしか身動き出来なくなるだろうが、全員が身体能力を向上させられていたから可能な荒業だった。
女性陣には、女性ならではの視点で選んだ物資を背嚢に収めて貰った。選択はお任せにする。売れ線の商品は知っているが、この様な状況でどれを選ぶかまでは男の俺には無理だ。
子供たちには好きなお菓子を選ばせた。
この星でみんなが意識を取り戻してから、初めて歓声と笑い声が起こった。
子供の弾んだ声と笑い声がこれほどに人々に希望を抱かせるとは、そして、これほどに守って上げたいと思わせるとは考えてもいなかった・・・
川島君の注意喚起の声が響いたのは、物資確保作業の中盤から終盤に差し掛かった頃だった。
台車に乗せた段ボール箱が崩れない様に梱包用のヒモで固定しているところだ。
「店長! 誰か来ます!」
「周囲警戒を厳となせ!」
彼のMINIMIの銃口の先を確認すると、カルロスたちが使ったドアとは違う場所が開いたところだった。
恐々とグランドを覗く顔が見えた。
すぐに引っ込んだが、どう見ても人間の顔だった。
それから10秒程で、今度は一目で宗教的な衣装を連想せざるを得ない衣装に身を包んだ綺麗な顔立ちをした白人の少女が姿を現した。歳は中学生になったかどうかというところだろう。
その後ろからも少女よりは簡易な印象の衣装を身に纏った人々が続いた。こちらは結構バラバラの構成だが、共通しているのは全員が美男美女だという事だ。
「『プラント様に仕えし至高巫女様』! 何故まだ脱出をされていないのですか!」
カルロスが驚いた声を上げた。
その問い掛けに応える事無く、少女は真っ直ぐに俺の方に歩いて来た。
俺の目の前まで来た少女は俺の目を真っ直ぐに見ながら、涼やかな鈴の様な声で訊いて来た。
「貴方がオダノブユキ様ですか?」
「その通りですが、貴女は?」
「『プラント様に仕えし至高巫女様』をさせて頂いている35代目『コミュニケーションズ・プロトコル』です。個人名はリリシーナ、よろしければリリーとお呼び下さい」
ツッコミたいが、ツッコんだら負けだ。
「先ほど、カルロスが言っていた様に、どうして逃げないのですか? 少なくとも優先的に逃げる立場にある地位の方と思われるのですが?」
少女はニッコリと微笑みながら答えた。
「全てはプラント様の御神託故に」
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m