第59話 第4章-第4話
20170624公開
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「オダ様は今回の件をどの様にお考えですか? いえ、ただ、『プラント様が遣わした援徒』様のご意見も聞いておいた方が参考になるかと考えただけですが」
そう言って、真剣な顔をこちらに向けているのは、ホセ・クレスポ1等教士だ。
馬車は順調にベルト帯を進んで、そろそろ宿泊する予定の宿に着く頃だった。
52歳と聞いているが、とても俺の一回り半上の年代とは思えない。下手すれば俺と変らない年代にしか見えない。
しかも例によって渋い感じで顔の造作も整っている。
同じ馬車に乗っている、やや若い2人の2等教士も真剣な表情で俺を見ている。
「そうですね、プラント神から直接教えられていたから知的生命体の存在そのものは知っていましたよ。でも、詳しい内容では無かったから、実際には知らないに近いですね。そして、自分が生きている間に接触するとは思っていなかった、というところですね。それだけに、細心の注意を持って事に当たる必要が有るでしょう」
漂着したと聞いた時には、300年も有れば帆船を造れるくらいには進化してもおかしくないと思ったが、よく考えれば地球と比べて条件が悪い割には進化の速度が速い気がする。
宇宙船に強制的に見せられた『人類変革計画』によって行われた植民に関する概要では、この惑星で発生していた文明は軽く触れられた程度だ。かなりの部分をこの島での出来事に当てていたからだ。
概要説明では、知的生命体の文明はオーストラリア大陸位の大きさの大陸の海沿いで発達し、覚えている限りでは川沿いに内陸を目指して版図を広げようとしているところで終わっていた。
もしかしたら、300年でオーストラリア大陸相当の面積を制覇した可能性が有る。その上で海洋進出を図っているなら、種族の気質というか文化次第ではかなり厄介な事態になる可能性は高い。
例えば、新たな領土や資源を求めて大海原に乗り出した貪欲で野心的な知的生命体ならば、武力的な侵略を伴う可能性は有る。
最悪の場合、大航海時代に行われたヨーロッパ人による侵略の様な悲劇が起こらないとも限らない。
最良なのは、友好的に交易が行われる様な状況だ。
目的は同じでも話し合えば分かる様な理性的な種族なら、時間を掛ければ友好的な交流は可能だろう。
「地球の歴史を参考にすると、彼らはヘキサランドの文明レベルを超えている可能性が高いでしょう。例えば、陸が見えない大海原を渡るには羅針盤は必須だけど、こちらでは開発されていない。長期の航海に耐えられる帆船も造られていない。これらに関しては沿岸航路で事足りるヘキサランドでは必要なかったから仕方無いとも言えますけどね」
「ラシンバンですか? どの様な物なのでしょう?」
ホセ・クレスポ1等教士は初めて聞く言葉を日本語の発音で訊いて来た。
宇宙船の翻訳力はなかなかのものだが、ヘキサランドに無い物をこちらの言葉に変換出来ない時は有る。テレビやアニメなどもそのままの日本語の発音で伝わっていたし。
「方位磁針を海でも使える様に改良した道具ですね。液体を使って浮かべたり、荒れた海でも使える様に宙吊りにしたりしていた記憶は有るけど、実際に見た事は無いかな。まあ、羅針盤だけでは遠洋航海には不足で、換算表みたいなものも必要だったと記憶が有りますが」
その辺の事をあまり細かく説明しても理解し難いだろうし、俺も他人様に自信を持って説明出来るほど詳しくないので、話題を次の段階に進めた。
「そして、技術や知識に大きな格差が有る文明同士が接触した場合に起こる事態は悲劇や従属関係になるケースが多いというのも地球の歴史が証明しています。そういう意味では、余り知識や技術に格差が無ければ良いなと思っていますよ」
ここまで話を進めた時に、或る考えが頭の片隅を過った。
『もしかすれば、宇宙船が俺たちをコピペ召喚したのはこれを見越したのかもしれんな』
この惑星で生まれた知的生命体に関する情報を意図的に隠している事が心に引っ掛かっていたが、そう考えると、辻褄が合う。
害獣や災獣を相手にする場合、交流という事は有り得ない。
生存競争の相手でしかない。
だが、文明を築ける相手の場合は、交流も有り得る。
先程も言った通り、技術や知識に大きな格差が有る文明同士が接触した時には悲劇が起き易い。宇宙船が足枷を填めているせいで、人類が滅ぼされる可能性も無いとは言えない。
そこで、俺たちの出番だ。
少なくとも、俺たちは帆船よりも進んだ船を知っている。この惑星の知的生命体よりも文明が進んだ世界を知っている。
言い換えると、俺たちが居る事で悲劇を回避出来る可能性が上がる訳だ。
そして、俺たち自身もファイノムに頼らざるを得ない為に足枷を填められている。
えぐいと言えばえぐいが、効果的な手だと言わざるを得ない。
まさに宇宙船にとって最適な状況だ。
「なるほど、さすが『プラント様が遣わした援徒』様です。示唆に富んだお話です。正直に申して、今回の大役を任されたのは名誉な事なのですが、想像も出来ない事が多過ぎて途方に暮れていた部分も有るのです」
クレスポ1等教士の正直な言葉に2等教士2人も真剣な表情なままで頷いた。
「そこで、想像や推測で良いので、どの様な相手とお考えですか?」
正直なところ、情報が少な過ぎて全く正解に辿り着けそうにない。
だが、幾つかの推測は出来る。
「そうですね、完全に頭の中での想像でしか有りませんが、幾つかの推測は出来ます。まず第一に、海中には住んでいないという事は確実です。でなければ船を造りません。第二に、我々と同等かそれ以上に器用な手を持っている事。これは帆船を造っている事から分かります。第三に外見は害獣や災獣、益獣などと違うだろうと言う事。ヤツラが文明を持たない理由が分かりますか?」
「その様な事を考えた事など一度も有りませんでした。ベルエト教士、ブラナ教士、分かりますか?」
「その様に生まれたとしか、思い付きません」
43歳と、3人の教士の中では1番若いブラナ教士が答えた。2つ上のベルエト教士も首を捻っている。
「まあ、確かにその通りなのですが、答えは簡単です。文明を持たなくても種族が生き延びられるからです」
やはり3人ともピンと来ていない。
「我々人類は、本来はそれほど強い生物では有りません。大昔の地球でも長らくは最強の生物では有りませんでしたしね。身体能力だけで行くと、勝てない相手だらけでしたから。ですが、偶々かも知れませんが直立歩行に進化したおかげで、脳の容量を大きく出来たのですよ。害獣にしろ災獣にしろ、あの体形では脳を大きく出来ません。ですが文明を持たなくても食べていけるなら脳を大きくする必要は有りません。人間は劣った身体能力を知恵や道具を使って克服出来る能力、すなわち大きな脳を得た事で、最強の生物になれたと言えます。今回の知的生命体も大なり小なり同じ進化の過程を経ている可能性が高いと睨んでいます」
3人の顔にほんの少しとはいえ、理解したという表情が浮かぶ。
「まあ、『大型災獣』が我々並みの文明を築けば、我々は絶滅するしかないでしょうけどね。ヤツラがこれ以上進化しないことを祈らざる得ませんね」
自らの生来の革鎧に加えて、鉄製の鎧や兜や剣などを装備した『大型災獣』など悪夢そのものだ。
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