第46話 第3章-第7話
20170422公開
3-07
5頭の『災獣』を倒せたとはいえ、安心するには早かった。
まだ8頭が生き残っている。
伏射ちの上、発砲音も消しての奇襲だったせいでヤツラが自分達がどの様な攻撃を受けたのかを掴むのに10秒程の時間が掛かっただけだ。
言い換えれば、もっとも弱点を晒した状態で10秒間も横撃を加え続けても、たった5頭しか殺せなかったと言える。7.62x51mm NATO弾を500発くらい撃ち込んでも戦果がこれという事は、どれだけヤツラがタフなのかという話だ。
かと言って7.62x51mm NATO弾高速弾を使えばいいのかと言えば、意外と使えない。
確かに初速を上げた分、運動エネルギーは2乗して上がる。例えば1.4倍に上げればほぼ2倍の1.96倍の運動エネルギーを弾頭に与える事が可能になる訳だ。
だが、消費ピコマシンは1.4倍でも2乗でも無く3乗になってしまう。1発当たり2.7倍になる。
連射速度の低下も考えると、使いどころを考えざるを得ない。
ごく単純に考えて、普通に連射モードで1秒間に7発の7.62x51mm NATO弾を命中させて得られる効果を7とした場合、7.62x51mm NATO弾1.4倍高速弾なら、1.96×1.2発(深雪のiP6s級やレジッ娘たちのiPSE級のCPU性能と即自の6人のiP6級のCPU性能を考えるとこれくらいに落ちてしまう)=2.35となる。結果的に与える効果が落ちてしまう。
更に弾頭自体がその様な高運動エネルギー下での着弾を想定していない。着弾と共に裂けて小片になってしまうだろう。それでも脂肪層を突破出来れば良いが、無理だった場合は更に効果が薄いという結果になりかねない。
だから1発当たりの威力を上げようとして高速弾を使っても、ロクヨンを使っている即自の6人では逆効果だ。
高速弾は深雪やレジッ娘たちのハチキュウやウィンチェスターM1873の様な低威力の弾頭を使っている人間にとっての底上げにしかならない。
生き残った『災獣』は、今は完全に俺たちの位置を把握している。俺たち目がけて丘を登って来ている為に、最も装甲の厚い前頭部が邪魔になって7.62x51mm NATO弾がかなり弾かれていた。
もちろん、顔面は装甲の厚い部分だけではない。耳や眼球、鼻などの感覚器官は柔らかいので当たれば潰せるが、そろそろ潮時だ。
「射撃止め! 陣地転換するぞ!」
俺の命令に合わせて全員が起き上がった。
俺は小沢士長、奥田一士を連れてヤツラから見て左側に向けて丘を駆け降りる。
川島三曹、佐々木士長、八木士長、岡一士の4人は逆方向に向かって駆け降りた。
俺たちの優位性は遠距離から与える事が可能な火力と機動力だ。
遠距離火力の行使から機動力の行使に切り替えて、叩き続ける作戦だった。
『災獣』の生き残りがどう動くかを睨み、進路を左に修正しながら速度を調整すると、俺たちの方に全頭が食いついて来た。
『川島三曹、任せた!』
『了解です』
俺たちの軌道の内側に回りこもうとするのを、速度を上げる事で躱す。ヤツラは体重が重いせいで急角度で方向転換出来ない為に俺たちの後方10㍍を走り抜けた。
「止まれ! 連射! 撃て!」
ヤツラの左後方から射撃を加える為に急停止して、嫌がらせの様に7.62x51mm NATO弾を撃ち込んだ。
やはり手応えが弱い。
命中と共に黒い血が飛び散り、着弾のショックで縮れた剛毛が揺れるが致命傷を与えている気はしない。
1秒後にはヤツラの姿が丘の向こう側に消えた。
そのまま逃走に移る可能性は捨てきれないが、ヤツラが再度現れてもすぐに対応出来る様にロクヨンを構える。
傾斜した斜面で且つ上に向けて構えるせいでバランスが悪い。『球体観測機(試Ⅱ型B)』の画像を確認しながら、前に出している左足の位置を修正して、後ろ足の右足にワザと重心を掛け直した。
これでいざとなれば反転が楽になる。
「ヤツラの先頭を叩く。俺の発砲と同時に顔面に1秒間の連射。効果は無視してすぐに逃げ出すぞ」
小沢士長と奥田一士の復唱を聞きながら、俺は川島三曹たちの位置を確認した。予定通りだ。
『災獣』の群れが、丘の向こうで方向転換に移る姿が『球体観測機(試Ⅱ型B)』のカメラに捉えられた。どの様な意思疎通を行っているのかは不明だが、横隊を組もうとしている。
「標的変更。左端のヤツに集中させる。来るぞ。用意・・・・」
丘は左側に下っている為に身体を晒すのは左端の『災獣』が最初だ。
5秒後に稜線から何対かの耳が見えたが、ぐっと我慢をする。
一拍置いて左端の『災獣』の上半身が稜線から現れた。
俺の発砲とタイミングを合わせて、3丁のロクヨンから放たれた7.62x51mm NATO弾が『災獣』の顔面を叩く。4つ在る目の内2つを潰されて嫌がる様に顔を下げたせいで速度が落ちた。
「逃げるぞ!」
念の為に命令を声に出してから、身を翻した。
身を翻してすぐの所がヤツラの通った場所だった。
ゴロゴロと転がる石や、重量級の『災獣』の足跡で乱れた赤土にヤツラが流した黒い血が帯の様にラインを描いていた。
少なくとも出血を強いている事は確かだが、懐に入られると厄介なだけに気は抜けない。
視線を外すと足を取られそうなので、『球体観測機(試Ⅱ型B)』の映像を確認しながら微妙に降る速度を調整する。ヤツラを引き連れて丘を降る。
『そろそろかな?』と思ったタイミングで川島三曹たち4人が発砲を始めた。
100㍍の距離から放たれた完璧な横撃だ。遂に左の端を走っていた『災獣』が力尽きて足が止まる。その『災獣』を無視して更に容赦なく連射が続くが、ここでヤツラが想定外の行動に出た。俺たちを追い掛ける事を止めて、川島三曹たちの方向に進路を切ろうとしたのだ。
いや、ここで進路を変えるという事は折角乗った速度を殺す悪手だ。川島三曹たちが陣取っているのは丘の上の方だから高度差が有る。そうなる様に俺たちは走っていたのだ。
ヤツラの意図を知る為に振り返って直接見たが、その姿を見た瞬間にヤツラの考えが分かった。
もう、このままではヤツラは俺たちに勝つ事は不可能なのだ・・・
生き残っている7頭全てが満身創痍と言っても良いくらいに被弾したせいで失った血が多過ぎたのだ・・・
このまま俺たちを追い掛けても追いつけそうにない・・・
丘の上の方に居る小癪な食料どもは走っていない・・・
ならば・・・・・
逃げられる前に肉薄すれば、逆転の可能性が有るかもしれない・・・
「合図とともに停止! 用意・・・ 今! 反転! 連射、撃て!」
最後の『災獣』が崩れ落ちたのは20秒後だった。
『お兄ちゃん、ちょっとマズイ事になりそうや』
深雪の言葉が届いたのはその2秒後だった。
『こっちにも7頭向かって来てるんや。これから迎撃するけど、ちょっとだけ急いで戻って来てくれるか?』
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m




