第42話 第3章-第3話
20170331公開
【注意:第2章と第3章の間に閑話を挿入しました】
3-03
その後の会議で、出発は昼過ぎと決まった。
偵察に出た3人が戻ってからという意見も有ったが、初動を遅らせるよりは拙速で構わないから可能な限り早く動く事にした。
害獣掃討後に始まったデメティール地帯の疎開自体も未だ継続中だったので、避難民が襲われる事態を避けるという理由も有った。保護された2人の子供や輸送している職員たちも危険だから援護する必要性も有る。
それに、帰還する偵察隊とは途中で交差する筈なので、その際に情報を貰えばいい。
とはいえ、疎開作業進行でフル稼働に近い馬車の内、偵察に回せる馬車の手配や(昨日まで乗っていた馬車は早くも疎開作業に回されていた)、それに積み込む食料や生活用品の準備と積み込みだけで1時間から下手すれば2時間は掛かる。
それと先に食事を済ませてから出発した方が先を急ぎ易い。
「深雪、この時間を使って、彩君たちレジっ娘の実力を確認したい。グランドに来て貰っていいか?」
「うん、ええで。実はもう待機してるねん」
「えらく手回しがいいな?」
「置いてけぼりは嫌やったからな。みんな、ウチの連絡にすぐに反応して志願して来たで」
「頼もしいと考えるべきか、それともみんなが平和から遠のいてしまったと嘆くべきか、悩んでしまうな」
「そこは良い部下ばかりで助かったな、と思うべきやと思うで」
「そうだな」
途中で川島三曹たち即応自衛官メンバーと合流して、グランドに着いた頃には全員が集合していた。
俺は6人に声を掛けようとしたが、先手を取られた。
「おはようございます、店長」
「ああ、おはよう」
まあ、挨拶は大事だよな。
自衛隊ならまず敬礼ありきだが、彼らは全員が民間人だ。
店では出勤して来た時の挨拶は昼を過ぎていても「おはようございます」だ。
いくら異星に居ようとも、異常な状況に直面していようとも、異常な能力を手に入れようとも、異常な敵に晒されようとも、基本的に人間はこれまでの習慣に従う。
一瞬だが、現在身に纏っている迷彩服では無く、店で散々見慣れた制服を着ている彼らの姿が脳裏を過った。
それを振り払って、声を掛ける。
「深雪からみんな志願したと聞いたが、今回の遠征はこれまで以上に危険かもしれない。もし、仲間外れが嫌だからと言う理由で参加するなら、残って欲しい」
そういう理由で、生命の危険を冒してまでも参加するのは反対だ。
代表して答えてくれたのは彩君だった。
まっすぐに俺の目を見て口を開いた。
「店長、誰かを助けたり、守ったりする能力が有るのですから志願は当然です。ちょっと違うけど『ノブレス・オブリージュ』の一種だと思います」
うん、ちょっとどころか、全く違うな。
何故なら、彼ら彼女らには社会的立場も無いし、貴族でもなんでもない市民だからだ。差し出すモノに見合う特権も恩恵も無い。
「彩君、かなり違うと思う。君達が奉仕しなければならない義務は無い」
「では、『正義感』という事で」
なんとも厄介な言葉を出して来た。
だから、意地が悪いと思いながらも答えざるを得ない。
「正義とは立場によって変わる。災獣にも災獣なりの正義が有る」
彩君が困った顔をした。
「お兄ちゃんも意地悪をせんと、素直にありがとうと言えばええのに。アヤッチは賢過ぎると言うか堅過ぎるで。『やらないでする後悔よりもやってする後悔』の方が気が楽や、って素直に言えばええんや」
「ミユキ、どっちにしても後悔する事が前提なの?」
「それくらいの覚悟はしとく方がええんちゃうかな? ウチは覚悟してるで」
「うん、そうね。改めて覚悟する。店長、改めて志願します」
残りの5人も覚悟を決めた表情で頷いた。
人間の本性や価値はこういう場面でこそ剥き出しになるのだろう。
だから、
「分かった。同行を許すでは無く、こちらからお願いする」
俺は7人に深く頭を下げた。
「ありがとうございます。でも、無茶はしません。却ってご迷惑を掛けるでしょうから」
「理解してくれて助かる」
彼ら彼女らに何か有れば、俺は絶対に後悔するだろう。
そういう所に気付けるのだから、さすがだ。彩君は本当に出来た子だ。
「話もまとまった事やし、そんじゃ、ウチらの実力を見て貰おうか」
深雪はそう言うと、スタスタと射撃訓練をする時に使われる長テーブルの方に向かった。
途中でハチキュウを召喚する。
標的は100㍍先に設置された正面から見た時の等身大の『害獣』と『災獣』の的だった。
風は左から右に1㍍といったところか・・・
「最初は1.4倍の初速で撃つで」
そう宣言してから深雪がハチキュウの槓桿を引いた。
ハチキュウを持ち上げて、切換えレバーを単発の位置に回す。直後に発砲した。
ここまでの動作が板に付いている。無駄な部分が全く無い。
発砲音は通常の速度時に比べて若干甲高く思える。
銃弾もさすがに速い。俺の場合、普通のハチキュウの場合は結構飛んで行くのが見えるが、明らかに速度が上がっている。
風の影響は普通よりも少なく感じる。
「連射が出来ん様になってるけど、単発でどれくらい速く撃てるかやってみるな」
10発撃つのに5秒程掛かった。
意外と速い。
「次に、2倍に上げるで」
発砲音は明らかに甲高くなっている。
秒速1,880㍍(マッハ5を超える)で飛んで行く銃弾は辛うじて捉えられた。まあ、横から弾道を見た場合はさすがに無理だろう。
弾道を見る限りさっきよりも風の影響は少ない。初速が2倍という事は運動量は4倍になるから6,800ジュール。ロクヨンの2倍の運動量になるのだ。口径5.56㍉の小銃が出せる様な威力では無い。
とはいえ、300㍍とか400㍍先まで威力が残るか?という事と、弾道が安定するのか?といえば微妙な気がする。口径5.56㍉のハチキュウの弾頭はロクヨンの10㌘に比べて4割の4㌘でしかない。いくら初速を上げて運動量を増やしても、空気抵抗で速度が落ちれば運動量も落ちる。
反動もかなり上がっているが、深雪はコントロールし切っていた。
発射間隔は少し開いたかな? というレベルで収まっている。
「どう、お兄ちゃん? これなら通用するんとちゃうかな?」
「そうだな。思っていたよりも発射間隔が短い」
「みんなもウチのiP6s級と同じCPU性能やから、みんなもこれくらいは速く撃てるで。まあ、こんな速さで撃ったら照準が甘くなるけどな。その分、当たるまでの時間が短くなるから、±ゼロかな?」
ニューランドを包囲していた『災獣』を殲滅した時にも深雪は2倍速を使っていた。
その時の威力を考えると、100㍍を少し超えたくらいの距離なら巨大になった『災獣』にも通用すると思う。
だが、M1873ウィンチェスターライフルは微妙だ。
初速が2倍になっても運動量は4,000ジュールを超えた辺りだ。ハチキュウの6,800ジュールには及ばない。
だが、弾幕という点では有効だろう。突進して来る『災獣』に対して引き付けて100㍍の距離から射撃を開始しても、懐に入られるまでに7人合わせれば100発以上は余裕で発砲出来る。3頭くらいまでの群れなら対処は可能だろう。
その後、偵察任務の予定や注意すべき点などを話し合ったが、それは昼食の時まで続いた。
1時過ぎには、俺たちは馬車4台に分乗して出発した。
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m