第39話 第2章-第20話
20170318公開
2-20
ファーストランドへの帰路1日目は、『災獣』には遭遇しなかった。
『害獣』2頭と遭遇したが、俺のアプリ『球体観測機(試Ⅱ型B)』によって視界に入る前に捕捉して、バレットM82A3(M107)で狙撃して終わりだった。
協議団の往路と違って、復路は1泊2日と余裕を持って進んでいる。
元々、協議団の予定でもその様なスケジュールが組まれており、宿泊場所も交渉済みだった。
官僚5人を継続協議の為に残して来たとはいえ大所帯の俺たちだったが、宿泊場所はそれなりの大きさの宿泊施設を2棟借り上げていて、全員が屋根の下で泊まれるとの事だった。
「ミユキ、宿に着いたらお風呂に入れるよ。自分達で薪をくべれば、使って良いって聞いてるから」
「それは有り難いな。でも、お湯を沸かして、それを湯船に持って行くんは結構しんどいちゃうん?」
「それくらいお風呂に入れることに比べたら、どうって事ないよ。汗と汚れを洗い流さんと気持ち悪いし」
「どうせなら、生活魔法(Lファイノム)でなんとかできたらええのにな」
「その発想、もう乙女辞めます、って言ってるのと一緒・・・」
「そう?」
どうやら、深雪は歩兵稼業に馴染み過ぎてしまったみたいだ。
確かに普通科では野外演習で1週間くらい風呂に入れない事が有る。
もう、そこまで行けば、汗と脂と垢と土と泥水の汚れで迷彩服がエライ事になるが、最後の方は正直鈍感になる。迷彩服にこびり付いた泥が乾いてパリパリと剥がれようが、脇周りが常に濡れていようが気にならなくなる。
演習後に、それを洗わされる洗濯機が可哀想になった事は内緒だ。
そういえば、俺は演習前に髪を刈り込む派だったので気にならなかったが、女性自衛官は演習中は髪の毛がエライ事になっていた。ちょっと可哀想だったな。
あまり知られていないと思うが水虫の方が実は深刻な問題だ。靴下の替えを多めに用意して、湿気らない様に袋に入れておいて、何回も履き替えてもこればかりは悪化を食い止める事は不可能だった。
隊を辞めて大阪に帰った頃は、スリッパやバスマットを別に用意して絶対に自分用以外は使わない様にして、深雪に水虫が移らない様に気を付けたのも今では良い思い出だ。
夕方になる前に到着した宿泊施設内は、すぐに帰れない可能性も考慮して、経営者がロビーや食堂のテーブルなどにはシーツを掛けていた。
ニコラス・ソウザ中尉が率いる軽槍兵小隊がそれらを取り除いて使用可能にしてくれる間に、俺たち被召喚者やリリシーナたち協議団は各自の部屋に荷物を置きに行った。
部屋は個室だ。それほど大きくは無いが、野宿に比べれば天国みたいなもんだ。
荷物を置いただけですぐに食堂に集まる。
バウティスタ・ゴンザレス少佐率いる重槍兵中隊の姿は無い。今は外で警戒に当たってくれている。
俺たち被召喚者とニコラス・ソウザ中尉が率いる軽槍兵小隊が先に食事をして、その後で交代して食事を摂る予定だ。
ニューランドで調達した保存食を手早く食べて、重槍兵中隊と歩哨を交代する。
食事を交代で摂った後は、3交代で歩哨に就く予定だ。
最初の歩哨は俺と深雪と軽槍兵小隊8名の10人だった。
軽槍兵小隊だけではいざという時に戦力不足の為に俺たち兄妹が助っ人として員数に入れてある。
深雪には気配を感じる特技が有るし、俺には個人用の暗視装置が有る。
俺だけが使えるアプリ『球体観測機(試Ⅱ型B)』はかなり役に立つが、夜間の飛行能力が無い為に陽が出ている間しか使えない。その点、深雪の生体レーダーというか、ソナーというか、気配察知の能力はかなり便利だ。
そういえば『球体観測機(試Ⅱ型B)』は運用試験に付き合った時に話したTRDIの研究員の話では、近い将来には熱赤外帯域を利用した暗視装置を搭載する予定と聞いたので、試作Ⅲ型くらいまで進化していれば夜間運用能力を持っているかもしれない。こっちで実際に運用してみた感想を教えて上げれば喜ぶんだろうが、残念だ。
まあ、正直なところ、そういう事情もあって俺たち兄妹だけでも間に合うのだが、それでは人員的なバランスが悪くなるのでこの割振りにした。
宿泊施設の反対側に割り当てられている深雪から通信が入ったのは歩哨に立って10分後だった。
『お兄ちゃん、ちょっといい?』
『ああ、構わないが?』
『えーと、ソフトボールと違って、変化球は苦手なんで直球で訊くんやけど、アヤッチの事、どう思う?』
『神崎君か? レジのバイトを引っ張ってくれているし、頼りにしているぞ』
『うん、それは知ってる。でもウチが訊きたいんは、もっと、こう、プライベートと言うか、好みと言うか、そう言う事なんや』
『それは、色恋沙汰と言う事か?』
『うー、まあ、そう言う事や』
うん、分かった。よく分かった。
深雪に恋のキューピット役は無理だ。
それを指摘すると拗ねるか落ち込むかしそうなので、敢えて口にしない。
『そうだな、しっかりと周りが見えて、気遣いも出来て、本当に良い子だと思うぞ』
『そやろ! ほんと、ええ子なんや! ウチが男やったら見逃さんで。ストライクゾーンど真ん中に入って来た棒球並みにええ子やで!』
何故か、彩君が褒められた気がしない・・・
『ほんと言えば、アヤッチが告白するのを待ちたいんやけど、どうもそれでは手遅れになりそうな気がするねん』
『ん? どういう意味だ?』
『考えてみたら、お兄ちゃんは英雄と言ってもええ活躍をしたんやで。こんな優良物件をほっとくとは思えん』
『誰が?』
『適齢期の未婚女性全部や。ニューランドに居った時、お兄ちゃんを見詰める若い女性の目に気付かんかった?』
どうだったっけ?
男女関係無く歓迎を受けたので、別に気にしていなかったのだが、側に居た深雪には女性ならではの観測結果が出てもおかしくないのだろう。
『すまんが、気付かなかったな。まあ、敵意なら気付いたかもしれんが』
『敵意って・・・ まあ、ええ。とにかく、アヤッチの事、考えたってくれへんかな? 本当にええ子やで』
『うーん、そうは言っても、結婚はまだまだ先だと考えていたからな。急に言われても、返事のしようが無いな』
『ウチが知らんだけで、好きな人でも居るん?』
『いや、居ないぞ』
本当だった。せめて深雪が成人するまでは結婚する気は無い。
女性の思春期に関しては良く分からないが、多感な時期と言う事は分かる。
そんな時期に下手に結婚すると、どう転ぶか分からないからな。
『ならええんやけど、考えとっ・・・』
そこで急に言葉を止めると、声の調子が変わった。
『なにかが近付いて来てるな。多分、『害獣』やな。数は5匹、距離は200ちょい。そっちには・・・ 今の所は反応無いで』
『念の為に警戒しておく。先制攻撃可能か? 応援を回そうか?』
『いや、問題無いと思う』
数秒後にまた言葉が聞こえた。
『排除完了っと』
『ご苦労様。引き続き警戒を頼む』
発砲音が聞こえなかったという事は、無音化して射撃をしたのだろう。
こういう、本来のハチキュウには無い機能が地味に役に立つな。
結局、その襲撃以前に排除されてしまった『害獣』の群れが唯一の会敵だった。
翌日、俺たちは大歓声を浴びながらファーストランドへの凱旋を果たした。
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m
P.S. 敢えて明記しておきますが、mrtkは水虫では有りませんよ(^^)




