第37話 第2章-第18話
20170308公開
2-18
ファーストランド協議団は、リリシーナの慰問の後は旅装を解く事と汚れを流す為にすぐにホテルにチェックインをした。
歓迎の晩餐会は1時間後の予定だ(俺たちはもうこちらの時間で行動していた。こちらの時間も地球と同じく24時間・60分・60秒で区切られていたが、1日の長さが約26時間の為に日本に居た頃より少々長く感じる)。
みんなの表情に疲れが無いと言えば嘘になる。
日本に居た頃は45㌔なんて自動車では1時間も掛からない距離だが、未舗装の箇所も有ったり、舗装されているといっても簡単に石で舗装されているだけの道を、サスペンションの無い馬車による移動は慣れないと疲労が溜まって判断力にも影響する。
ましてや命の危険も覚悟した旅だ。
精神的にも疲れが溜まっている筈だ。
各自に宛がわれた部屋に案内された一行は、大急ぎで部屋に備えられた風呂に入る事にした。
「やっぱり、お湯はもうちょっと欲しかったね」
「でも、さすがに人力であれ以上お湯を運ばせるのもねえ」
「日本とちゃうからしゃあ無いって。ウチなんかこっちに来る間は野宿はするわ、生活魔法で出した水で身体を拭くだけやわ、っていう、結構乙女らしくない旅やったんやで。まだみんなはましやで」
「まあ、汚れも落とせて多少は温もれただけでも良しとしよう」
晩餐会の会場となる大広間に続く廊下を歩く俺の前を、レジッ娘4人組と深雪がお風呂の感想を言い合いながら歩いている。
こちらの風呂事情は日本と違って西洋風だ。日本人の風呂に対する感覚と違う。
日本人は浴槽には身体の疲れを取る為に入るが、こちらは汚れを流す為に入る。
だから、浴槽で身体を洗う様式になっていた。
そのお湯も人力で各部屋に運ぶ必要が有り、日本の様なお湯を好きなだけ使う贅沢な入浴では無かった。
「リリシーナ様、お疲れでは無いですか?」
俺は後ろを歩くリリシーナを振り返りながら、確認してみた。
「はい、大丈夫です。それに疲れたなんて言っておれません」
健気に笑みを浮かべたリリシーナが儚げで、思わず頭を撫でで上げたくなったが、さすがに自重する。
服装は初めて逢った時の衣装を更に豪勢にした感じだった。
裾が長く、リリシーナ付きの侍女役の女性信者2人が、その裾が地面を引き摺り過ぎない様に後ろで持ち上げている。白を基調としているせいも有り、イメージ的には豪勢なウエディングドレスと言った風に見える。
その女性信者2人が俺の眼を見て来た。
後ろを振り返った状態で首を傾げると言うアクロバティックな動作をして、意図を尋ねた。
女性信者は何も言わずにシンクロするかのように同時に首を微かに横に振った。
うん、疲れているな。
まあ、これまでは狭い世界に住んでいて、ほとんど運動をして来なかったのだろうから体力はそれほど無い筈だ。
ましてや、一気に立場が変わった事で精神的な疲労も積み重なっているだろう。
晩餐会自体は出席するしかないが、早目に休んで貰える様に根回しをしておいて正解だった。
晩餐会はこのホテルで最大の広間で行われる予定だ。下見したが30㍍×20㍍強の200坪ほどの大きさで、宿泊施設の棟とは別棟になっている。
会場に入場する前に俺たちは従業員によって幾つかのグループに分けられた。
最初に入場したのは、ファーストランド衛兵のグループだった。各部隊名と各指揮官の名前と階級が会場に伝えられてから入場する運びだった。
次に入場したのはプラント教行政府主任執行官のエイトール・メンデス氏とファーストランド商業組合代表のルイ・サレス氏及び官僚団だった。
入口に近付いたせいか、会場内から拍手されている事が分かった。
結構な人数が会場に居る事は明確だ。
次は俺たちの番だった。
先頭は富田様にお願いした。服装は甥の結婚式の時に着たブラックスーツをアプリ化したものだ。
「次に入場するのは、『プラント様が遣わした援徒』の皆さまです。もうご存じの通り、300を超える『災獣』を殲滅せしめた、我らニューランドの救世主です。どうか、盛大な拍手を!」
富田様がチラっとこっちを見て、苦笑いを浮かべてぼそっと呟いた。
「俺は関係無いんだがな」
俺の返事も、苦笑い混じりだった。
「ご愁傷様です」
従業員の合図で扉からゆっくりと会場に入った。
うるさい・・・
拍手がこれほどうるさいという経験は初めてだ。
しかも、富田様を除いて服装を敢えて〈戦闘装着セット(戦闘服2型)〉に揃えているせいも有るのだろうが、視線が痛い・・・
拍手は、俺たちが指定された席に着くまで続けられた。
ざっと会場を見た所、300人くらいは居るのでないだろうか?
チラッと見たみんなの表情は、緊張と興奮と困惑を3等分した感じだ。
特に、レジッ娘4人組は、感情の抑制が効いていないせいで、半分パニックになりかけだ。
その点、深雪は平常運転だった。ひょんな事から彩君が教えてくれた深雪の二つ名を思い出さざるを得なかった。確かに高校生とは思えない度胸と言える。
しかし、「アイアン・ミユキ」というのは、少々ネーミングセンスに欠ける気がする。
まあ、俺も他人の事は言えないが・・・
ゆっくりと潮が引くように拍手が収まって行く。
残されたファーストランド側出席者は、リリシーナとそのお付の女性信者2人だけだ。
咳一つしない静寂が会場を満たす。それに連れて、緊張感も高まった。
「最後に、『プラント様に仕えし至高巫女様』並びに『神代教首代理』のリリシーナ猊下の御入場です」
これまでで一番厳かさを感じる声音でリリシーナの入場を告げられた途端に、会場内に居た人間が一斉に膝を折り、胸の前で右手で左手を包む様に合掌した。
入場したリリシーナは裾持ちの女性信者2人を引き連れるかの様に、上座に設けられた特別席に向かう。
彼女は、晩餐会の間、退席するまでそこで1人で食事をするのだ。
うん、俺なら耐えられんな。
こうして、晩餐会が始まった。
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