第32話 第2章-第13話
20170215公開
2-13
河原を左右から圧迫していた峡谷が切れた途端に空が広くなった。
雲量は10%と言ったところで、日本でなら快晴と言いたい天気だ。
こちらの恒星も太陽系の太陽と同じスペクトル型はG2Vで、見た目はあまり変わらない。
強いて違いを上げると、この惑星が地球よりも内側に軌道が有るせいか、やや大きめに見える。
また、どの様な大気の影響か知らないが、正午を挟んだ1時間ほどは恒星の周りを薄っすらとした虹が囲む。
今も虹が囲んでいるのが見える。
何気に吉兆に思えて来るのだから、俺は意外とロマンチストなのかもしれないな。
視線を地上に落とした。
みんなが陣取っている丘の頂上を一瞬だけ確認する。そこはこの盆地の端から190㍍ほど進んだ、川の西側そばに在る高さ7㍍ほどの丘だった。
人間がそこに9人も居るとは思えないほどに自然に溶け込んでいる。
敢えて難点を上げると、不自然に草が多く生えているくらいだろう。
まあ、陸自は自然に溶け込む擬装がDNAレベルで教育されているからな。
野外演習をする時には身体の至る所に草や枝なんかをくっつける。演習場に生えている草は陸自にとっては一種の『装備品』と言って良いくらいだ。
峡谷での撃ち降ろしを破棄した第2案では元々擬装は予定していなかった。偽装しても場所がばれるなら無駄な時間になるだけだからだ。
俺もみんなと陣地で合流後は自分たちの身を餌にして、峡谷の出口から出て来るヤツラをひたすら叩く予定だった。
だから、丘が持つ7㍍と言う高さが重要だった。河原は地面から2㍍は低い。その結果、撃ち降ろしに近い効果を産み出す筈だった。しかも近付かれる程に角度がきつくなる。
この事で得られる効果は、意外と気付きにくいかも知れないが、射撃の有効投射面積の増大だ。
同じ高度からの、水平に真正面から射撃しても頭部が占める面積が大きくなる。
当たる場所によってはロクヨンの弾丸でさえ跳弾してしまう。
だが、少しでも角度が付けばどうなるのか? 頭部よりも柔らかい背中が投射面に入って来る訳で、しかも1頭1頭の重なりも減少する。
それこそが射撃の有効投射面積の増大だ。
だが、匂いでこちらの位置を掴むと分かった以上は、俺を生餌とした更に有効な第3案の作戦を採れる。
俺は地面から2㍍は抉れている河原から左、すなわち東に進路を変えて一気に駆け上がった。
そのまま膝下くらいの高さの草に速度を殺されながらも、俺だけの陣地に向かう。
『川島三曹、『災獣』の先頭は俺の120㍍後ろだ。かなり連れて来たので漏れの無い様に『おもてなし』を頼む』
『了解しました、店長』
俺が向かっている陣地は急遽造って貰ったものだ。
川から160㍍離れた場所に、草原から不自然に盛り上がった小さな台地が見える。
その盛り上がりの手前は、奥行40㍍、長さ100㍍、深さ1㍍に亘って三日月状に窪んでいる事は事前の視察で知っていた。
今回はその窪地を自然が造った簡易の濠として利用する。
『店長、『災獣』の先頭を視認。店長の後方120㍍で追い掛けています』
『よし、掛かったな。後は任せる』
草が邪魔で意外と速度が上がらない。秒速7㍍を切っている。
ヤツラは?
後ろを振り返ってしばらく確認したが、先頭を走るスカーフェイスはこっちよりも草の影響が少ないのか、明らかに俺よりも速い。
まあ、俺が通った跡を辿れば草の抵抗も少ないし、元々の体重差が効いて来る。
全速に近い速度を出せているみたいで秒速で言えば俺よりも3㍍は速い。
スカーフェイスの右横に右耳が欠けている『災獣)』が出て来た。
ドンドンと縦隊が増えて来た。
遂に俺を追い詰められると踏んだのだろう。
だが、俺の勝ちだ。
窪地も乗り切った俺が、周囲を掘った土で盛り上げられた陣地の頂上で息を整えていると突如銃声が連続して発生した。
川島三曹たちが遂に射撃を開始したのだ。
その頃には、競う様にして接近して来る右耳欠けとスカーフェイスが俺まで60㍍という所まで近付いていた。
知らず知らずに縦に長い縦隊になっている『災獣』の集団は、みんなが居る陣地に完全に横ッ腹を晒していた。
射距離は160㍍から170㍍といったところだから、ハチキュウでは致命弾は得られないが、それでも出血は強いる事は可能だ。
ロクヨンならば、当たり所さえ良ければ1発で仕留める事は可能だが、さすがに反動の大きい連射では狙って当たらないだろう。いや、ロクヨンの反動なら可能かも知れないか。少なくとも俺なら可能だ。
銃声をよく聞くと、ロクヨンの連射音とは別に聞き慣れない発射音も2種類混じっている。
深雪、松永君、松浦君がさっそく高初速化した銃弾アプリを使っているのだろう。
明らかにハチキュウとm1873本来の発砲音では無い。
もしかすれば、2倍まで高速化しているのかも知れない。
もし、その通りなら、発砲の衝撃さえコントロール出来るなら大きなアドバンテージを得ている筈だ。
銃弾が得る単純な運動量は4倍になるし、着弾までの時間が半分になるという事も大きい。
横切る様に走っている車輌を狙う場合、当てる為に照準するのはその車輌の前方になる。
どれだけ前方にずらすかは、車輌の速度×銃弾の着弾時間を車輌の長さで割ると求められる。
それを所要リードと言うが、初速が2倍になったという事は銃弾の着弾時間が半分になったという事だ。
所要リードも半分になる。これが命中率に係わってくる。
ハチキュウの初速は920㍍/秒だから2倍なら1840㍍/秒。射距離170㍍なら発砲後0.09秒で着弾する。
『災獣)』の速度を秒速10㍍とした場合、10×0.09÷4だから0.225になる。
90㌢相当前方に照準すれば良い。
この値が小さい程、修正値が小さいのだから、結果として当て易くなる訳だ。
現に、チラッと確認した限りでも何頭かは狙撃で倒されていた。
呼吸も整ったので〈戦闘装着セット(戦闘服2型)〉とロクヨンを呼び出す。
もう先頭の右耳欠けとスカーフェイスは窪地に躍りこんでいた。
必然的に背中が丸見えだ。
この角度なら背骨の位置がよく分かる。
言い換えれば、毛皮と脂肪層だけが装甲として機能しているだけだ。一番厄介な筋肉層は覆っていない。
切換えレバーを単発に合わせて、射撃を開始する。
俺の場合、照準の所要リードは他人よりも重要では無い。
なにせ、銃弾が飛んで行くのが見えるから、常に曳光弾を撃っている様なものだ。
当然ながら照準の修正が簡単な為に他よりも圧倒的に有利となる。
銃口から出た初弾が0.05秒後にはスカーフェイスの背骨を粉砕した。
発砲の反動で銃口は上を向いているが、強引に右斜め下に戻して一瞬で右耳欠けの背骨を狙う。
薬室内で7.62x51mm NATO弾もどきが装填されると同時に引金を引く。
後はこの作業の繰り返しだった。
10分後・・・・・
ニューランドの解放が確定した。
最終的に生き残れた『災獣』は当初の1割に満たなかった・・・・・・・・
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m