第30話 第2章-第11話
20170207公開
2-11
俺はざっと『災獣』の集団の動きを確認した。
河原より小高い土手に登っているおかげでヤツラの動きが手に取る様に分かる。
一番近いのは真っ直ぐにこちらに向かって来ている先頭集団だ。1頭だけ突出して先行している『災獣』が渡河の為に川に突入する直前だ。
バラけているが数はざっと70頭と言ったところか。
統制が取れずに押し合いになっているせいで身動きが取れない中央集団は半数近い140から150頭と言ったところだ。
ただし、いつまで身動きが取れないのかは神のみぞ知るところだ。
左手の上流に向かって別れて行く集団が居た。数は50頭前後。
右手の下流にも60頭ほどが回り込もうと別れて行くのが見える。
俺の後ろは森が迫っているので、このまま行けば3方向から包囲される。
もちろん、別に森に入っても良いのだが、その場合は『災獣』の集団のコントロールを握るのが難しくなる。それでは意味が無いので選択肢から除外される。
ともあれ、うん、『災獣』は実に賢い。
人類でも、軍や警察(特に機動隊)などの様に訓練をされて指揮系統がしっかりとした集団でさえ、個々の部隊長が隷下部隊の指揮に対する自由度の高い権限を持たされていたり、誰かが全体を指揮しなければこれだけ見事に包囲に向けた連携は取れないと思う。
『災獣』には、もしかすれば指揮系統の為の序列が有るのかも知れない。
少なくとも、左右に展開する集団には指揮系統らしきモノが備わっていて、集団を率いる事が出来る個体が居るか、もしくは群れで狩りを行う事が可能な知性か本能が有ると考えた方が無難だろう。
そう言えば、ニューランドを包囲していた『災獣』は城壁から50㍍は離れていた。
これはウィンチェスターm1873の有効射程を把握して距離を置いていたと考えても良い気がする。
当然ながら、俺も攻撃魔法で呼び出したm1873を試射したが、拳銃弾と言う事と基となった実銃の個体の精度の問題も有って、癖を把握した後でさえまともに狙えるのが100㍍くらいだったのだ。
自慢では無いが、俺はスナイパーとしてもかなりの能力を持っている。その俺でさえ100㍍で限界ならば、衛兵が狙えるのはそれ以下だ。無駄にピコマシンを消耗させない為に線引きされたのが50㍍だったと考えると、それを見切れる『災獣』はかなり頭が良い。
それらを考え合わせると、『災獣』は字の通りに『害獣』とは比較にならない脅威と言える。
俺が向かうべきは上流の方向だから、左手の集団が特に邪魔になる。
普通に考えれば、その集団か、一番接近していて真っ直ぐに向かって来ている先頭集団を叩く事を考えるだろうが、敢えて俺は下流の集団を最初に叩く事にした。
初弾が装填されているロクヨンの銃口を地面に向けて下流に向かって走る。
ほんの10秒で集団の真正面に到達したが、ちょうど川に足を踏み入れた所だった。
距離はもう100㍍前後になっている。かなり接近している。
だが、川の流れが緩やかと言っても渡るには速度を殺してトルクを重視するしかない。秒速で3㍍も出せない。だから川を渡り切るには20秒くらいは掛かるだろう。
間引く様に間隔を開けて0.5秒ずつ連射を重ねる。
確実に殺す射撃では無く、敵戦力を漸減させる為の射撃と言える。
10秒程で切上げたが、それでも弾倉2個分はばら撒けた。川面に何本もの黒い筋が出来ている。被弾した『災獣』が流す黒い血が筋になって下流に向けて流れているのだ。
これで下流に回った集団の1/3が手負いになったと判断して構わない。流血と銃創により刻一刻と動きが鈍って行くので、仕上げは後回しにしても構わないだろう。
中央の集団に目を向けると、突出している先頭は川をほとんど渡り切っていた。残りが川を渡り切るのにあと10秒、河原を渡り切って土手の上まで辿り着くのに更に5秒として15秒しか残されていないが十分だ。最初に先頭のヤツを無力化して、残りに対しては走りながらの射撃になるので秒速10㍍まで速度を落とすが、15秒も有ればヤツラの目の前を突っ切れる。
それに走り抜ける間に弾倉5個分の銃弾をばら撒けるので、20~30頭にはダメージを与える事が出来る。
先頭集団の目の前を走り抜けた時には、上流の集団が渡河し終えたところだった。
射撃に時間を割く事を嫌って、全速で土手を駆け抜けたが、間一髪と言ってもタイミングだった。
いや、正直に言うとかなり肝を冷やした。
だが、これで、40頭から50頭に手傷を負わせる事に成功したので、序盤戦としては十分な成果と評価出来るだろう。
速度を緩めながら上流に向けて数分走ると、対岸に乳牛業者の自宅が見えて来た。
後ろを振り返ると、中央集団は混乱から回復したのか、向こう岸をニューアマゾン川に沿う様に走っていた。
俺の後ろ100㍍にも渡河した集団が追い駆けて来ているのが見える。
そろそろ川島三曹たちが支流に辿り着いた頃だろう。念の為にVoLTEの位置シンクで現在位置を確認した。
おっと・・・ 思ったよりも速い移動速度だった様で、早くも1㌔ほど支流を遡上していた。
川島三曹をコールする。
『川島三曹、速いな。そのペースを維持出来るか?』
『はい、行けます』
『了解。こちらもなんとかコントロール下に置いている。状況を開始出来る様になれば教えてくれ』
『はい、了解です』
うん、順調と言えば順調だ。
だが、綱渡りには違いない。
第一このまま上流に真っ直ぐ向かっていては、待ち伏せ部隊の準備が間に合わない。そろそろ、一度調整の為の時間稼ぎをするタイミングだろう。
俺はいきなり土手を駆け降りて、一気に河原を横切って、渡河を始めた。
これには『災獣』どもも意表を突かれたらしく、統制が乱れた。
その隙に渡河を済ませてしまう。
接近した中央集団とは100㍍しか離れていないが、十分だし理想的な距離だ。
河原の足場を確認した。ざっとここから上流300㍍は砂場になっている。小石がところどころに落ちているが問題無い。俺の反射神経なら、踏んでしまってもバランスの修正は可能だ。
さあて、アクロバチックな攻撃を始める事にしよう。
俺は速力を落とさずに振り向いた。
そのまま後ろを向いて走ったまま、100㍍後方を走っている先頭の『災獣』にロクヨンの照準を合わせる。
その『災獣』と目が合った気がした瞬間に、短く引き金を引いた。
ハチキュウに比べてやや重めの発砲音が5発鳴り響く。
5発全てが頭部に命中して、その『災獣』の顔が撥ね上がった直後にソイツの身体から力が抜けて転倒した。すぐ後方を走っていた『災獣』が纏めて巻き込まれて行く。
そうやってランダムに10頭を射殺した直後に前を向いて、いきなり右に進路を変えた。
ヤツラはまた軽く混乱を始めた・・・・・
うん、ここまでは十分に上手く行っている。
なんせ、俺はヤツラに【100㍍前後】で、【数発の連射】しか見せていないのだから・・・
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m




