第29話 第2章-第10話
20170203公開
2-10
俺が今居るのは周囲から5㍍ほど盛り上がっている丘の上だ。この高さなら10㌔近くは見渡せる。
左の方向に目をやると、50㍍先に河原と森の境目が見える。のしかかる様に森が迫っている。
そして鬱蒼とした森の中は暗い。森の中からは様々な獣の声が聞こえる。地球程の数の種類の動物は居ないと言う事は知っているが、それでも生命に溢れていると実感する。
どうでもいい事だが、この惑星には昆虫に類する生物は居ない。
まあ、それはそれで少しだけ寂しいと言う気もする。男の子なら一度はカブトムシやクワガタに心を躍らせる記憶が欲しい物なんだが。
まあ、黒い悪魔のGが居ないと言う事だけは有り難い。
ヤツに対する恐怖だけはSの異常な訓練でも払拭出来なかった。
右に視線を向けると穏やかに流れるニューアマゾン川と向こう岸の河原が見える。
ざっと見た所、水深は膝から股下くらいまでだろう。川のあちこちに大昔に増水した時に流されて来たと思われる岩が転がっている。
対岸の河原はこちらに比べると幅が狭い。どういう理由かは知らないが、この幅の違いは上流から三角州に入るまで続く。だからファーストランドとニューランドを結ぶ街道はこちら側に造られていた。
そして、視線を前に向けると、ニューアマゾン川が僅かに蛇行しながら流れて行く様が見える。
ニューアマゾン川はこの辺りは流れが緩やかな大きな1つの川だが、少し下流に行くと幾つかに分かれて三角州を形作っていた。
森の中から、トンビの様な鳴き声が聞こえて来た。
何匹かが合唱するかのように鳴き声を重ね始めた。
何故か、のどかな田舎の朝を連想する。
天気も良いし、思わずピクニックをしたくなる。
だが、実際はピクニックどころでは無い。
理由は、少々歪なダイヤの形に隊列を組んだ『災獣』の集団が俺の視界に入っているからだ。
昔テレビで見た数万から数十万頭の規模に膨れあがるヌーの大移動ほどの迫力は無いが、それでもなかなか大した光景と思う。
ヌーって確か平均で2㍍ほどの体長だった筈だ。『災獣』は太めの尻尾も有って体長が倍くらい有って、体格や体高でもヌーを上回るだけに個々で見れば確実に存在感は上だ。
第一、顔が凶悪なんだよな。宇宙船に見せられた映像よりも実際に目にした方がインパクトが有る顔だった。
恐竜のままならむしろ地球で復元図を見慣れているから馴染み易いとさえ思える。中途半端に哺乳類ぽさが有る分だけ、ああ、異星の生物なんだという納得と違和感を同時に抱く。
まあ、目が左右2対で4つ有る時点で違和感の方が上回るが・・・
そう言えば、害獣にしろ災獣にしろ移動時の印象は、2足歩行の上に筋肉と関節の動き方もCGで復元された肉食恐竜そのものに思える。
テレビで見たティラノザウルスの特集番組で知ったが、T-REXは元は小さな恐竜だったらしい。
それが、進化の過程であの大きな身体と強力な顎を手に入れた事で覇者となったと言っていた。
この辺りは『害獣』と『災獣』に似ているな。
進化に要した時間と切っ掛けが違い過ぎるが・・・
わざわざ自分の姿を晒しているのはエサとして認識させる為だった。
馬車を降りるまでに指示は出し終えている。
後は、『生餌護衛部隊』と俺たちを輸送してくれていた軽槍兵小隊の馬車が離脱出来る時間を稼いだ上で、川島三曹たちが先行して向かっている支流の峡谷に誘導するだけだ。
接近して来る『災獣』の集団を見ながら、『球体観測機(試Ⅱ型B)』を使って地形を確認すると同時に、どのルートを辿るかの目算を付けていく。
敢えて挑発する事にした。
ヤツラの眼前を斜めに横切る様に走り抜けて、そのままニューアマゾン川も渡河してしまおう。最接近時で1㌔を余裕で切る距離まで接近するが、この機動でヤツラの眼を引き付ける。
渡河予定の辺りは流れが緩やかで河原が広いし、渡った先に良い感じの高さで土手が在るのが有り難い。ヤツラとしては追い掛けたくなる地形だが、俺からすれば迎撃に適した地形だ。
追い掛けて来れば、土手の上からこちら側の河原、渡河途中、あちら側の河原とかなりの時間を迎撃に割ける。この段階で20から30頭は削れるだろう。
もし、俺を追い掛けて来ない様であれば、川越しに攻撃を仕掛けて注意を引く。
それでも無視するなら、まとわりつく様にして数を削って行く。
まあ、多分、そんな事にはならないだろう。
ヤツラがずっと俺を見ている雰囲気から考えると・・・
「さあて、始めるか」
状況開始をわざと言葉にした。
時速20㌔ほどで丘を駆け降りながら、視線を『災獣』に向ける。
『災獣』どもは速度を上げた様だ。土煙が一層大きくなった。
「喰い付いてくれよ」
そう言葉に出して事前の予定を変更して、11時の方角に若干の軌道修正を入れる。
ヤツラにすれば、わざわざ交叉する進路に変えたと考えるだろう。
例え罠だと考えたとしても、物量で踏みつぶせると踏む筈。
よし、喰い付いた。
走る速度を上げて1時の方角に進路を取る。このまま行けば、ヤツラの先頭に斜めから突っ込む形になるが、ギリギリまでこの進路を維持する。命を賭けた一種のチキンレースだ。
ヤツラの動きを観察したが、見える限りの『災獣』に落伍者は居ない。全頭が一斉にこちらの転進に合わせて進路を変えている。正面からぶつかる気だ。
集中力も高まって来ている。4つの眼全てで俺を見ていると感じる程に俺に意識を集中している。
後は釣り上げるだけだ。
再び速度を上げて、また進路を1時の方角に修正する。
更にタイミングを見て3度目の進路変更を入れて、一気に時速50㌔まで加速する。
ここまで加速すると、耳を打つ風切音が結構気になる。
一番近い『災獣』との距離は300㍍といったところか?
最接近時は200㍍を切るな。
結局、ヤツラの鼻先を掠めた時の距離は100㍍も無かった・・・
今、ヤツラは進路変更をしようとして中央部は軽い混乱に陥っている。
俺は最初の目的地に向けて渡河の最中だ。やはり水深は膝から股下の間だった。転がっている岩の周辺は急に深くなる事が有るので避けながら強引に渡り切る。
後ろを振り返ると、先頭集団がばらけた状態でこちらに向かっていた。
一気に河原を突っ切り、土手を昇る。向こう岸の河原の真ん中辺りまで進んで来ている先頭集団との距離は200㍍といったところか?
確実に釣り上げる為に近付いたせいで想定よりも離せなかったが、渡河の最中は速度が落ちる。
そこを確実に叩く。
先頭集団に目をやりつつ、深呼吸を3回して呼吸を整えた。
濡れた下半身はそのままにロクヨンと〈戦闘装着セット(戦闘服2型)〉を呼び出した。
そして、槓桿を引く金属音が河原に響いた・・・・・
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m