第28話 第2章-第9話
20170119公開
2-09
ニューランド首脳部との打ち合わせを済ませた翌日、予定通りに『釣餌作戦』の準備の為に、俺たち『ニューランド特使部隊』は夜明けとともに前線基地を引き払った。
移動の手段は、ニコラス・ソウザ中尉が率いる軽槍兵小隊の生き残り8名が御者を務める4台の馬車だった。この島最大の巨体を誇る『益獣』に曳かれた馬車4台は時速5㌔ほどで南西に向かっている。
往路の時と同じ様に俺たち7人は幌を外した荷車の上で立った状態で周囲の警戒をしている。
いや、座っていても良いのだが、舗装されていない道の為にお約束の様に振動が酷くてお尻が痛くなるから、立っているという状況だった。
本当に、近代文明のサスペンションは偉大な技術だったと実感した。
ファーストランドを出発する時には荷車内の2/3を埋めていた食料や飲用水は半分くらいになっていたので、かなり余裕が出来ていた。まあ、いざとなれば生活魔法で水を生み出せるので、ベルト帯でよく見掛ける『草食獣』を狩れば飢える事は無い。
ちなみにウサギと呼ばれているが、実際は似ていない。毛が生えたアルマジロの身体に長い耳が生えている様な外観だと言えば、『どこがウサギやねん!』という第一印象を抱いた俺に同意してくれる筈だ。
第一、可愛くない。絶対に寂しさで死ぬような儚い生き物には思えない。
午前中の早くには三角州を抜けて1㌔ちょっとの場所に在る、『生餌護衛部隊』が居る乳牛牧場に着くだろう。
合流後は、『生餌』の牛たちを三角州内で前進と後進を繰り返させて、『災獣』を徐々に誘引させる予定だ。
ヤツラが最も好むのは人肉だが、牛肉はその次に好んでいる事は宇宙船による説明で分かっているから、『生餌』としては有効な筈だ。
最悪の場合は1頭ずつ囮として放す事で時間稼ぎをする事も想定しての14頭という数字だった。
異変に気付いたのは、そろそろ乳牛業者の自宅が見える頃だろうと言うタイミングだった。
100㍍の高度でランダムな軌道で自動飛行させていた『球体観測機(試Ⅱ型B)』の映像に異常が映った。
高度100㍍で見通せる距離は地球と同じ直径のこの惑星でも37㌔は有る。
当然だが、その視界内にはニューランドも収まっている。
そのニューランドの方向から、多数の生物がこちらに向かって動いていた。
「川島三曹、どうやらわざわざ釣り上げる必要が無くなった様だ」
「もしかして、自分達が生餌になったのですか?」
「みたいだな。むしろ俺を追い掛けて来たのかもしれんな」
『球体観測機(試Ⅱ型B)』を念の為に大回りで後方に向かわせた。
その間に深雪に電話を掛けた。
「深雪か? あと少しで到着するが、ストーカーの集団が後方に付いて来ている。大至急出発の準備をしてくれ」
『え、ストーカー? お兄ちゃんがしてるんじゃなくて?』
「そんな趣味は無いぞ」
深雪からの音声が2秒間ほど途絶えた。
これは地球での電話の時に受話器を覆うのと同じ様な動作をしている時の特徴だ。
きっと、周囲に状況を知らせているのだろう。
どうでもいい事だが、Sに居た頃には娑婆で言う『ストーカー』の語源となった『ストーキング(静殺傷術)』はさんざ訓練した。
もちろん、仕事でやるストーキングと世間で言うストーカーは全くの別物だ。
一番違うのが相手が警戒していて、且つ殺傷能力のある自衛手段を持っていると言う事だ。
訓練相手も自分と同じSの隊員だから当然だが、映画やマンガの様に簡単には無力化出来ない。
よく、口を手で覆って首筋を切るシーンが描かれているが、アレは演出だ。
口を覆われた瞬間に反射的に頭を思いっ切り後ろに逸らす癖を付ける事など造作も無い。
たったこれだけで、喉を掻っ切る事は不可能になるし、その一瞬で警戒を促す言葉を発せる。
ついでに言えば、襲撃者の顔面に後頭部をぶつけて逆に怯ませる可能性も有る。
そうなれば、立場は一瞬で逆転する。
実際に無力化するにはもっと複雑な上に、或る臓器を狙うとだけ言っておく。
『球体観測機(試Ⅱ型B)』からの映像がハッキリと集団を捉えた。
やはり『災獣』の集団だった。軽く300頭は居る。
先頭集団との距離は5㌔弱、時速は10㌔といったところか。
確か『災獣』の普通の長距離の移動速度が時速5㌔だから、ヤツラにすればかなり速い行進と言える。
「『災獣』の集団と確認した。全部で300頭は超える。30分以内にそこに到着する筈だ。出発準備急げよ」
「うん、分かった。すぐに出発出来る様にするわ」
『球体観測機(試Ⅱ型B)』をそのまま『災獣』の集団の上空を通過させてニューランドの近くまで飛ばすコースに乗せるか一瞬悩んだが、そのまま集団の先頭をトレースする事にした。
「川島三曹、ドローンが見えるか?」
「ええ、見えます」
「あの下に『災獣』の先頭が居る。『生餌護衛部隊』には警告を出した」
「分かりました。で、どうします? どこかで待ち伏せしますか?」
「いや、こんな開けたところでは押し包まれる。『草食獣盆地』まで引っ張って行こう。削るにしても途中の峡谷で迎え撃たないと押し切られる」
「そうですね、それしか無さそうですね」
元々の計画でも、手に負えない数の『災獣』の誘引をしてしまった時には、最悪の場合は時間稼ぎの囮を使いながら『草食獣盆地』まで引っ張って行く計画だった。
とはいえ、さすがに300頭を超える『災獣』全てが一度に追って来るとは想定外だ。
乳牛の移動速度を考えれば、待ち伏せに適した支流の途中に在る狭隘な箇所に辿り着くまでに追い付かれるし、囮を放しても『災獣』の数が多過ぎて効果が薄い可能性が高い。
状況を把握した上で、作戦の修正を図る。
実行可能で、上手く行きそうな作戦が1つ有るが、反対されるだろうな・・・
だが、それ以外は破綻の予感しかしない。
『ヤツラが俺に固執する理由の推測は有るか?』
『個体名織田信之の質問を確認。ピコマシンの包含量を感知している可能性が高いと推測』
なるほど・・・
宇宙船の答えに納得した。
確かにそれなら、この惑星で一番ピコマシンを体内に常駐させている俺に拘る理由として成り立つ。
まあ、ピコマシンがフェロモンみたいなもので、そのせいでモテていると考えても嬉しくないし、美味しそうに思われていても嬉しくもないが・・・
後は、認可を貰うだけだ。
『富田様、ちょっとマズイ事になりました』
『どうした、店長?』
『どうやら、業界用語でモテ期というらしいのですが、『災獣』に個人的に目を付けられた様です。計画と違って『災獣』を全部誘引してしまいました。どう修正しても元の計画は破綻しますので、自分を囮に使って誘引をコントロールします』
『おい、大丈夫か?』
『少なくとも、逃げに徹したら絶対に追い付かれません。なんせ、自分が全力で走れば時速50㌔を余裕で越えますからね』
『ちょっと待ってくれ』
通話が再開されるのに30秒ほど掛かった。
『こちらに居る全員から同じ伝言を預かった。絶対に無理するな、という事だ』
『有難う御座います。では、後ほど余裕が出来たら連絡をします』
『信坊、本当に無理だけはするなよ』
『富田のおまわりさん、オイラが無茶した事ってありましたっけ?』
『そうだな。だが、それでも無事に還って来い』
『ええ、善処します』
俺の最後の言葉には笑いが含まれていた。
さあて、これから俺は命懸けの鬼ごっこを始める。ちょっと真剣に走らざるを得ない。
あ・・・ 昨日も同じ事を思ったな・・・・・
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