第22話 第2章-第3話
20161209公開
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さあて、これから俺は命懸けの鬼ごっこを始める。ちょっと真剣に走らざるを得ない。
ピコマシンを使った身体能力向上に関してはほぼ使いこなせるまでになった。
小学校と中学校時代に、おかしな時間感覚と異常に速い運動神経に付いて行けない身体能力とのアンマッチに苦しんだ経験が、今回は良い方に作用した。
他の人間ならきっと数週間単位の時間を掛けて慣れるしかなかったと思う。
今の俺の服装は、迷彩柄のTシャツと戦闘服のズボンだけという極端な軽装だった。武装もしていない。
これからする事に邪魔な〈戦闘装着セット(戦闘服2型)〉やハチキュウ等は、いざとなればいつでも一瞬で装着出来るので、敢えて消しているからだ。
昨日の夕方に、親書を届ける為に小沢士長に狙撃して貰った丘の上から見える『災獣』は昨日と同じで、3つの群れで25頭だ。
走り抜けるコースをトレースしてイメージトレーニングをする。
一番手前に居る邪魔な群れを避けるには、あそこの窪地を使って迂回するのが良さそうだ。
最大2㍍くらいのアップダウンは有るし、足場が石だらけなので安全マージンを考えて秒速10㍍くらいに抑えなければならないだろう。
イメージ通り抜けられれば、2番目に近い群れに余程すばやく先回りされない限り、後は邪魔される事なく城壁まで走り抜けられる筈だ。平均の秒速としては12㍍くらいというところか?
予定のコースは迂回する分を考えて310㍍くらいだから城壁到達には26秒弱といったところだろう。
・・・・・。
思わず苦笑いが出た。
陸上競技用のトラックでは無い不整地を半長靴で駆け抜けるのに、短距離走の世界記録を余裕でぶっちぎる様な速度で走ろうと言うのだから、苦笑いをするしか無い。
白い煉瓦組みの城壁の上に組まれた煉瓦と木で造られた上層回廊を見ると、黒山の人だかり状態だった。
そりゃそうだ。
きっと、彼らは困惑の極致にあるだろう。
正体不明の黒い球体が飛んで来て、なにやら円筒を落として行ったので回収すると、ファーストランド上層部からの親書が入っていたのだ。
書いてあった中身も本当の事なのか?と思わざるを得ないだろう。
プラント教の『神代教首』と5人の『大教士』全員が殉教した(事になっている)と書いて来たのが、ほとんど無名の『プラント様に仕えし至高巫女様』で、臨時に『神代教首代理』を兼ねているという時点で、いくらプラント教団の円筒と専用の便箋を使われていても半信半疑だろう。
そのまま信じると、いくら数が多くてもたかが『害獣』に、ファーストランドは想像もしていなかった未曽有の惨事を齎された事になるからだ。
その上、『プラント様が遣わした援徒』なる初めて存在を聞かされた者たちによりファーストランドの奪還に成功したと言うのだ。
ここまで来れば、何の冗談だと思っただろう。
更には、その『プラント様が遣わした援徒』なる者の代表が赴くので、交渉の全権を授けると書いてある。
もう、困惑以外の何物でも無いだろう。
まあ、親書を届けた方法が彼らからすれば異常なので、何かとんでもない事が起こっているとは分かっている筈だ。
そして、あと数分で、その代表がやって来るというメモも入っている。まあ、俺が書いたメモなんだが・・・
これだけの条件が揃えば、そりゃあ、黒山の人だかりの1つや2つは出来るな・・・
『災獣』たちにおかしな動きが無いかを再度確認していると、深雪からコールが入った。
『お兄ちゃん、今、かまへん?』
『ん、どうした?』
『バウティスタ・ゴンザレス少佐の重槍兵中隊と合流したんで報告だけしとこと思って』
『思ったより早かったな』
『うん、そうやねん。とりあえず、予定通り、ここで待機しとくな。もし、何か有ったら言うてや? すぐに行くから』
『サンキュ。あ、そうそう、これからちょっとアクロバットをするけど、動画を録画しておく。後で送ってやるので、楽しみにしとく様に』
『おお、それは楽しみや。でもあまり無茶せんといてや。ほんじゃな!』
『ああ、そっちも気を付けてな』
ベルト帯に設けた中継地点の安全確保と護衛役として置いて来た深雪たち3人が、『災獣』を釣り出す為の餌と合流した事で、計画は次の段階に移る準備が出来た。
そろそろ良い時間になったので川島三曹たちとボイスパーティを組む事にした。
『川島三曹、それでは行って来るので、後は任せた』
『了解です。店長、どうかお気を付けて下さい』
『まあ、無茶はしない様に気を付けるよ』
川島三曹以下6人には、いざと言う時の援護射撃をしてもらう予定だ。
計画を立案したファーストランド出発前に確認しておけば良かったのだが、嬉しい誤算というか、昨夜分かった事だが、全員が予備自衛官として訓練する際の装備品は64式7.62㎜小銃だった。
自分自身が防大時代に触れてから途中で89式小銃に切り替わったので、みんなは時期的に64式小銃に触れていない(岡一士が最初から64式小銃を出していたのに気が付かなかった)と思い込んでいたのだ。
そういう事情から、彼らが呼び出している小銃は全員が64式小銃だった。
市街戦では取り回しに苦労するが、こういう野戦では64式小銃の方が頼りになる。
ましてや、攻撃魔法で呼び出しているから実銃では頭を悩ますガタは来ていないし、部品の脱落も発生しない理想の64式小銃だ。
身体能力の向上もあって、装薬を減装していない7.62x51mm NATO弾を使用するので、弾頭の運動量は3304ジュールになる。ハチキュウの89式5.56mm普通弾の1767ジュールの1.87倍という数字は『災獣』を相手にする場合、大きな意味を持つ。
音を立てない様に低木の根元から下り勾配の斜面を匍匐前進する。
4㍍ほど下ったところで雑草(地球の雑草よりも頑丈な茎が邪魔だった)が一旦途切れている。その手前で息を吸って、集中力を高めた後で、姿勢がやたら低いクラウチングスタートをきった。
全力で踏み出せば地面を削るだけで前進力に結び付かないから敢えて抑え気味に両足を伸ばす。
それでも右足の第1歩目が着地する直前には2㍍は進んでいた。
半長靴が滑らないギリギリの力加減を心掛けながら加速して行くと思ったよりもスピードが乗って秒速13㍍くらいに達した。前方を確認するとこちらも思ったよりも最初の群れの反応が早い。
『川島三曹、援護射撃は未だしなくていい』
『了解です』
出来れば、こちらの手札を曝したくないので敢えて伝えておく。
想定していたよりもやや大回りなルートに変更しながら想定よりも速い速度で窪地を抜けた。
・・・ 次の群れも動きが早い?
加速しようが、コースを変えようが、どうやっても右端の2頭が邪魔になりそうだ。
『川島三曹、目測でいいから、どれだけ飛んだか、後で教えてくれ』
『え?』
俺は地面が許す限りの加速をして、2頭の『災獣』の7㍍手前で踏み切った。
体感で高度は2㍍半くらいだろうか? 高校時代の体育の授業で習ったハードルを飛び越える時の姿勢を取りながら下を見ると、2頭の『災獣』は完全に俺を見失っていた。
秒速14㍍オーバー(100m走競技で言うと7秒前半の記録になる)で1秒以上は空中に居たが、俺は記録よりも無事に着地する事に全神経を集中した。今の状況は時速50㌔で走行中のワゴン車の上からジャンプして飛び降りたに等しい。
幸い着地点は土に覆われていたので着地の衝撃はさほどではなく、むしろベクトルを地面に平行に上手く持って行けた。
『店長、20㍍近く跳んでましたよ・・・』
呆れた様な川島三曹の報告が届いた。
それって、3段跳びの世界記録を超えてないか?
遺伝子操作で3割以上の身体能力が向上しているのに、更に俺の場合はピコマシンで200%上乗せなので当然の結果なのかも知れないが、それでも実際に体験するととんでもない能力になっていた。
気になって、城壁上の反応を見ると、言葉に出来ない衝撃を受けているのか、誰も口を動かせていない。
俗に言うアングリと言う奴だな。
少し大回りしてから城壁の6㍍手前に埋まっている大きな岩に進路を向ける。かなり大きな岩の様で、高さ2㍍の尖った頭を出しているが大部分は地面に埋まっている様だ。
この角度なら、黒山の人だかりにツッコむ事も無いだろう。
4㍍手前で踏み切って、右足で岩の頂点を足場にして更に上方に向けて跳び上がった。
このままでは城壁を飛び越えてしまうので、高さが5㍍に達した段階で〈戦闘装着セット(戦闘服2型)〉を呼び出した。一気に自重が増えた為に重力の影響で運動エネルギーのベクトルが下方に修正された。
すぐに〈戦闘装着セット(戦闘服2型)〉を消して、着地時の慣性を減らす。
ほぼ狙い通りに城壁上層の櫓の開口部に飛び込む事に成功した。
人でごった返している方を見ると、何十人と言う人間と目が合った。
実際は百人を軽く越えた人間がその場に居たのだが、後ろまで見通せなかったのだ。
俺から見える全員が目を見開いている。
ふと脳裏に、『目も口と同じ様にアングリと言ったっけ?』という場違いな感想が浮かんだ。
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m