第21話 第2章-第2話
20161203公開
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結局、俺たちがニューランドに辿り着くまでに殺した『災獣』の数は18頭だった。
もちろん、遭遇する『災獣』全てを殺した訳では無いし、『ベルト地帯』に居た全ての『災獣』に遭遇した訳でも無い。
あくまでも俺たちの第一の目的は、ニューランドにファーストランドの現状を伝えると同時にニューランドの現状も把握した上で今後の連携を図る事なのだ。『ベルト地帯』に居る『災獣』の掃討ではない。
「あと1時間もしないで日没になる。どうする? このまま待機して、隙を待つか?」
俺の横に、同じ様に寝そべりながらニコラス中尉が訊いて来た。
俺たちが身を隠す様に伏せている丘の200㍍先には高さ8㍍にもなるニューランドの白い城壁が左右に伸びていた。この星の粘土で造る煉瓦は強度が高く、地球と違って組成の関係で焼き上げれば白くなる。
こうして遠くから見ると、高さも有り白塗りの鉄壁の守りに見える。
城壁は地面から3㍍くらいまでは15度くらいの傾斜を持たせていた。真正面から『災獣』がぶつかっても、運動量のある程度のベクトルは上方に持って行かれる様にした工夫だ。
かと言って、『災獣』がその勢いを利用して城壁を越えようにも、6㍍の地点に突き出ている木の棒がバレーボールのブロックの様に『災獣』を真下に叩き落とす。
城壁は、体長4㍍を超える『災獣』さえも越えられない鉄壁の守りと言えた。
だが、この城壁を考案した第2次植民陣でも最後は滅ぼされたのだ。
俺たちが伏せている低木の根元から見える範囲だけでも『災獣』の群れが3つは居た。頭数にして25頭だ。
この場所に自衛隊経験者の7人しか居ないとはいえ、不意打ちと火力の集中で25頭の排除は可能だろうが、万が一にも他の群れが集まってくる事態になれば、厄介極まりない。
たった7人では、二桁の『災獣』に対応出来ても、三桁の『災獣』にはさすがに飲み込まれてしまう。
ニコラス中尉の問いに幾つかの案を考えたが、結局残ったのは1つだけだった。
「取敢えず、親書だけでも城内に届けよう。一旦、下がろう」
俺たちはゆっくりと後ろ向きに這ってみんなの所に戻った。
俺は周辺警戒をしている川島三曹の所に向かった。
「川島三曹、誰が一番狙撃が上手い?」
「確か小沢士長が射撃徽章準特級を持っていた筈です」
「了解、確認してみる」
訊いてみると、確かに小沢士長は射撃徽章準特級を持っていた。
今はさすがに取った当時ほどの腕は無いだろうと言う話だったが、これからやろうとしている事には狙撃手並みの腕が必要だ。
「でも、店長の方が腕が上だと思うんですが?」
「いや、俺は俺で役割が有るんでな。まあ、1発で決めなくてもいいから、気軽に狙ってくれればいいよ」
「なんか嫌な予感がしますが、了解しました」
そんな訳で、思い付きに近い作戦の準備に入った。
まずは、ニューランド主席行政官宛てのリリシーナ『神代教首代理』とエイトール・メンデス
『行政府主任執行官』の親書、更にはファーストランド商業組合代表のルイ・サレス氏からニューランド商業組合代表への手紙、ついでにニューランド救援を頼んで来たアントニオ・シルバ氏の私的な手紙も一まとめにして、預かって来たプラント教本部謹製の円筒に入れる。それと俺からの伝達事項を書いたメモも入れた。
次に馬車に積んであった細めのロープを1㍍ほどに切って、『球体観測機(試Ⅱ型B)』を呼び出す。
舵の動作に邪魔にならない骨組みにロープを括りつけて、もう一方の端に円筒を結んだ。
「店長、まさか、狙撃対象って、そのロープじゃないですよね?」
「ん、そのまさかだよ。大丈夫、なんとかなる。ほら、為せば成るって言葉も有るし」
自衛隊を辞めて娑婆の空気を吸ったせいで、俺はかなり柔らかくなったと自分でも思う。
少なくとも、現役時代ならこんな命令は絶対に出さない。
日没まで時間が無いので、さっさと見通しの良い丘まで進む間に、こちらの拠点を隠す為に『球体観測機(試Ⅱ型B)』を大回りでニューランドの方に飛ばしておく。
射点に着いてから、ニューランドの方を確認すると射距離は250㍍といった所だろう。
高度100㍍に固定していた『球体観測機(試Ⅱ型B)』をゆっくりと下降させる。
あ、弓を射られた・・・
まあ、得体の知れない黒い球形の物体を警戒するのは分かるが、そっとしておいて欲しいのだが・・・
「と言う事で、小沢士長、急かす様で悪いが、射ち落とされる前に頼む」
「・・・了解しました」
結局、スコープも付けていないハチキュウで、250㍍先の揺れるロープに15発目で狙撃を成功させたのだから、小沢士長の腕は確かと言えた。
まあ、みんなの許に帰る途中で、わざわざロープを狙撃しなくても『球体観測機(試Ⅱ型B)』を消してしまえばファイノムで呼び出していないロープと円筒は残るから楽に届ける事が出来た事に気付いたのだが、素知らぬ顔で小沢士長の腕を褒めた俺は、確実に娑婆の空気に毒されたのだろう。
この時期のニューランドは偶に霧が出ると聞いていたが、翌日は早朝から快晴だった。
指定した時間までの間に入念に身体をほぐして行く。
十分にほぐれた段階で『宇宙船』に声を掛けた。
「それではまずは1分間だけ解放を頼む」
『個体名織田信之の要請を確認。身体強化開始』
途端に体中の筋肉が蠢くのが分かった。
なんというか、自分の意志とは関係なく筋肉が収縮と膨張を繰り返す感覚は予想よりも気味が悪い。
近い感覚としては電気的な刺激で筋肉を反応させる低周波治療器をもっときつく、全身に電極を取り付けた様な感じだ。
本来なら、運動神経に負担を掛けない様に徐々に開放する予定だったが、ニューランドと連絡を取る為には、無理を承知で身体強化を前倒しにする必要が有った。
初めて解放するので試しに1分間と区切ったが、体感時間はもっと長く感じた。
それでも最後の10秒程は馴染んだ気がしたので、5分間に伸ばして試してみた結果はほぼ違和感なく身体を動かせる段階まで進めた。
最後の1分間はどれほど向上したのかを試してみた。
俺の防大時代の成績はかなり優秀で同期では群を抜いていたが、遺伝子操作とピコマシンまで使った身体強化の結果は『人間辞めました』としか言いようのないものだった。
防大時代に計測した身体測定の助走無しの垂直跳びの最高記録は87㌢だったが、身体強化を解放した今は2㍍を軽く超えた。
確かアメリカのトップクラスのプロバスケ選手の記録が120㌢か130㌢だった筈なので、みんながポカンとした顔をした気持ちが分かる。今ならダンクシュートのし放題だ。むしろ走り高跳びの世界記録と比較した方が近い気がする。
助走をしてのジャンプも試したが、恐怖を感じたほどだった。
想像して欲しい。いつもの視線から一瞬で5㍍を超える高さから見る景色に変るのを・・・
ほぼ5㍍から見下ろすと、みんなが足元の更に下で見上げているという状況になる。
身体が本能の様に3点着地をこなしてくれたが、空挺レンジャー以外の人間なら怪我は必至だと思う。
そして、みんなの反応はドン引きだった。
まあ、俺も我が事ながら引いているので、みんなの気持ちは分かる。
変な例えだが、今の俺なら、1階からエスカレーターを使わずに跳躍だけで2階に上がれるかも知れないのだ。本当に『人間辞めました』としか言いようが無い気がする。
まあ、これからする事を考えたら、これだけの身体能力はかなり役に立つので有り難いのは事実だった。
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m




