第20話 第2章-第1話
20161127公開
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スコープ上には並ぶようにして伏せている3頭の『災獣』の後ろ姿が映っていた。
その内の右端の『災獣』が身じろぎをする。
別に身の危険を感じたと言う訳では無く、ただ単に何かの音を捉えたのだろう。特徴的な頭上の2つの耳が両方ともに右側に指向された。
数秒程して耳がまた前を向いた。
そろそろ状況を開始する時間が近付いている。ホーム画面の「時計」を確認した。
状況開始の時間まであと5秒だった。
スコープに映る草の揺れを最終確認する。右から左に秒速1.2㍍といったところだ。
温度は24℃、湿度は40%くらいだろう。
4秒、
気象状況を踏まえた修正を加える。
3秒、
呼吸を止めてうつ伏せの上半身の動揺を完全に止める。下半身は待機態勢に入ってからは固定したままだ。
2秒、
1秒、
秒針が真上を指した瞬間に轟音が河原に響いた。
右肩に衝撃が走るが、うん、問題無い。
『状況を開始した。各自、アプローチ開始』
『位置シンク』上の9つのアイコンが動き出した。
すぐにスコープを標的の3頭組にもう一度合わせる。
今度は右端に居る『災獣』の頭部を狙う。
発砲してから1.2秒後に左端の『災獣』の頭部がいきなり爆ぜた。
何が起こったのか分からない残りの2頭がビックリしたように左を見た。
また引金を引くと同時に右肩に再び衝撃が走る。
3発目はさっきの3頭から右に100㍍ほど離れていた場所に1頭で佇んでいた『災獣』に狙いを付ける事にした。
そいつは何が起きたのか分からないのだろう。しきりに周囲を見渡していた。
ヘッドショットでは無く、胴体の真ん中を狙って引金を引いた。3度目の衝撃。
2頭目も状況の把握も出来ずに頭部を破裂させた。
最初の発砲から2.9秒後にやっと最初の発砲音が届いたのだろう。死を齎す12.7mm×99mm NATO弾が、秒速850㍍を超える高速で接近している事に気付かない3頭目の『災獣』の頭部に垂直に起立しているダイヤ型の2つの耳がこっちを向いた。
こちらに顔を向けて異常を探る様に首を動かした瞬間に命中した。ヘッドショットと違って、着弾点が胴体だった為に、却って爆散した肉体の破片が大きく後方にまき散らされた。
生き残った最後の1頭も、数秒後には89式5.56mm普通弾と7.62mm NATO弾の集中砲火によって、射殺された。
しばらく、他にも『災獣』が視界外に潜んでいないかを警戒したが、伏兵は居ないようだった。
『状況終了。各自持ち場で警戒しつつ待機』
その後、バレットM82A3(M107)をハチキュウに切り替えた俺は、4台の馬車と共にゆっくりと前進した。
『ニューランド特使部隊』のみんなと合流したのは15分後だった。
ニューランドに偵察として派遣された3人の弓兵は会議翌日の午後4時頃に帰還した。
『ニューランドはいまだ健在。取り囲んだ300頭強の『災獣』の侵入を許しておらず』
という偵察部隊からの報告は、すぐさま会議メンバー全員に伝えられた。
まあ、普通に考えれば、ファーストランドも本来であれば、『害獣』の大群にいくら囲まれようともびくともしない城壁を備えていた。
初めて経験する『害獣』の集団の襲撃に動揺して、プラント教上層部が強権を使って南門から深夜にこっそりと逃げようとしなければ、ファーストランドも無傷に済んでいた筈だ。
それほどに第2次植民陣が完成させた城壁の構築ノウハウは十分な域に達していた(現代日本なら鉄筋やコンクリや鉄条網を使ってもっと鉄壁な城壁を造り上げるのだろうが、煉瓦と木材だけでこれだけの城壁を造るのも見事としか言いようが無かった)。
緊急招集された首脳会議は新たな方針を決めた。
デメティール地域に対する疎開勧告と受け入れ態勢の構築を急ピッチに進めると共に、ニューランドへの特使の派遣と救援準備も同時に行われた。
ニューランドへの特使と救援の主力はファーストランド解放にも当たった俺たち10人だ。
俺たちの支援部隊としてニコラス・ソウザ中尉が率いる軽槍兵小隊の生き残り8名が選ばれた。
ニコラス中尉はあの夜、『神代教首』から直接南門の開門を命令された軽槍兵小隊小隊長だった。
雲上人と言って良い『神代教首』の命令に逆らえる訳もなく、祈るような気持ちで開門した先に蠢く『害獣』の姿を見た時の絶望は彼の頭髪が一晩で白髪になる程だったらしい。
とっさに『神代教首』及び5人の『大教士』を守る様に円陣を組んだが、その努力は守ろうとした人々によって破られた。恐怖に駆られた『神代教首』達は円陣を強引に抜け出したのだ。勿論、力づくで止める事は可能だったろうが、物理的な制御は信仰心故に不可能だった為に為す術もなく『神代教首』達を円陣の外に行かせてしまった。
『害獣』の群れは、円陣を組んだ軽槍兵小隊をほとんど襲う事無く『神代教首』達を飲み込んだが、それでも最終的にその夜を生き延びた軽槍兵小隊は8名に過ぎなかった。
特使を派遣すると共に実施される事が決まったニューランド救援の作戦要綱は、『災獣』の全てを殲滅する事は不可能もしくは困難と言う前提で組み上げられた。
なんせ、『害獣』とは比較にならない程に『災獣』は巨体でタフなのだ。
平均的な『害獣』が、体長150㌢、体高70㌢、体重60㌔という体躯に対して、『災獣』は、最低でも体長4㍍、体高1.5㍍、体重480㌔という巨体なのだ。
しかも第2次植民陣との戦いで証明された通り、革が分厚く、第2次植民陣が中距離火力として多用した弓矢では致命的な傷を付ける事は不可能だったのだ。
確か弓矢の運動量は50ジュール程で、コルト・ガバメントで500ジュールだ。なんとか革を突き抜けられるが致命傷を与えるには全然足りない。ウィンチェスターm1873で1000ジュール有った様な記憶が有るので、対『災獣』用火器としてはこちらがヘキサランド守備隊の主力兵器となるが、実際は力不足だろう。
そして、ハチキュウの89式5.56mm普通弾は1700ジュール以上有るのだが、これでも心許ない。眼球から脳内に直接ダメージを与える以外は命中させても脂肪層と筋肉層で食い止められる可能性が有るのだ。
あくまでも予測だが、1頭の『災獣』を仕留めるのに、かなりの命中弾が必要となると思われた為に、300頭以上の集団の殲滅は難しいと判断した。
ちなみに先程、俺が1㌔程の距離からの狙撃に使ったバレットM82A3(M107)対物狙撃銃の12.7x99mm NATO弾は、ハチキュウの5.56mm普通弾の10倍の運動量を持っている。
もともとがブローニングM2重機関銃用の弾丸を使っているのだから、本当に桁が違う威力を発揮する。
とはいえ、この狙撃銃を扱えるのが俺しか居ない為に俺たちのメイン火力に出来ないし、機動性や取り回しなどでそれなりに運用に制約が有った。
ならば現有火力で『災獣』の集団をどうするのか?
新たな餌場に誘導するしかない・・・・・・
その任務に関する支援部隊は、またしてもバウティスタ・ゴンザレス少佐率いる重槍兵中隊だった。
彼らは俺たちの更に後方を、目的地点に向けて撒き餌と共にゆっくりと前進している筈だ。
『ベルト地帯』。
ファーストランドとニューランドを繋ぐ『ニューアマゾン川』沿いの広大な河原に造られた街道筋は直線距離で30㌔だが、直線では無いので総延長は45㌔になる。
ファーストランドから出発した場合、最初は川幅200~300㍍のなだらかな流れが15㌔ほど続いた後で、山岳部に至る。
ほんの2㌔ほどだが、この流域は一気に川幅が狭くなる。一番狭い所で100㍍しかない。
ここで幾つかの支流が合流して山岳部を超えればまたなだらかな流れに戻り、20㌔ほどは多少の蛇行をして最終的には分岐して8㌔の三角州になり、最後は河口に造られたニューランドに辿り着く。
『ベルト地帯』に侵攻を始めている『災獣』は数十頭は下らないと推測されていた。偵察隊がニューランドからの帰途で見掛けた数がそれくらいだったのだ。
今はもっと増えているだろう。
その推測を裏付ける様に、山岳部を超えて10㌔過ぎた頃から遭遇する『災獣』の数は徐々に増えていた。
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m