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第19話  第1章-第19話

20161113公開

1-19



「それでは、次の議題です。市民の居住区への帰還をどうするかです。何かご意見は有りますでしょうか?」

「希望者は明日から帰宅して貰っても構わないと思う。いつまでも避難所で暮らすのは精神的に負担になる」


 今回の『大獣災』は人的被害は大きかったが、日本の災害と違って住居やインフラ施設が壊滅的な被害を受けた訳では無い。

 そういう意味ではハードの面では復興はさほど難しくない。

 だが、人的被害によって復興が難しい層も発生しているのも事実だ。


「人口の1/4を失ったのだから、大黒柱を失ったり、親を亡くした孤児も発生している筈だ。支援すべき市民と言えるが、その辺りは行政府は把握しているのだろうか?」

「ええ、犠牲者の被害把握聞き取り時に確認は済ませています」


 富田様と話し合った結果、多分指摘しないと抜け落ちるであろう側面のフォローは実行されていた様だった。


「家族を亡くして、保護や支援が必要な人数は700人に及びます」


 数字を聞いて、みんなから溜息が漏れた。

 生き残った人数のほぼ1割に匹敵する数字だった。

 それでも、一家で逃げようとして全滅した比率が高いと思われる数字だった。


「それだけの人数をどうやって支援するかの目途は立っているのだろうか?」

「本人の希望や親戚や親族による引き取り具合にもよりますが、『神代教首代理』猊下の指示の下、居住を教団施設に引き受けるべく動いています」

「いつ頃、準備が整うのでしょうか? 余り時間が掛かると生きる気力を失くしてしまいます」


 根本様が声を上げた。

 確か、阪神・淡路大震災で弟さんの家族が被災して、遺児となった甥と姪を引き取って育て上げた経験が有った筈だ。

 台風や地震に襲われ続けて災害に耐性の有る日本人でも、アフターケアが不十分だと精神的に追い詰められて自殺者が発生するのだ。初めて大規模な災害を経験するファーストランドの住人に日本人並みの耐性を期待するのは無理だ。精神的に立ち直れない人間が必ず大量に発生する。

 メンデス氏は全員の顔を見渡した後で声に力を込めて答えた。 


「明日の午後には受け入れを始める予定です」

「素早い対応だと思う。これで救える可能性が上がる」


 富田様がプラント教の対応を高く評価した。

 その上で質問をした。


「こちらの税には詳しくないのだが、市民が払う税にはどの様なものが有るのだろうか?」

「所得課税、消費課税、資産課税の3つが柱ですが、この聖都では寄進も重要な収入となります」

「施設に入らざるを得ない市民の所得税と消費税の免除は可能だろうか? ある程度の期間を免税にする事で、被害を受けた市民の復興の足掛かりに結び付ける事は可能だと思う。また、被害を受けながら自分の力で生きようという市民には助成金を出すのも考慮に入れた方が良いと思う」

「税の免除は明日から検討を開始します。結論は数日中に出せるでしょう。ただ、助成金というのはどの様な趣旨で規模をどの程度に想定すれば良いのでしょうか? 初めての事で具体的な実感が湧かないのですが?」

「例えばですが、子供が居る夫婦のどちらかの親御さんが亡くなっている場合なら、経済的な面か育児的な面のどちらか、もしくは両方が不十分になる可能性が高い訳です。その辺りをケア出来れば再出発がスムーズになると思いますよ。となれば、税の免除と併せて考えると生活に必要な金額を考慮に入れれば、おのずと必要な金額も算出出来る筈でしょう」

「では、助成金に関しても明日から検討を始めます。それと、育児的な面は新設する施設で一括管理するのも有効かと思います」

「はい、その辺りは実務に長けた方にお任せするのが良いでしょう」


 メンデス氏が目線で富田様と根本様に礼を言っていた。

 今回の『大獣災』に対する対応の多くには、ある意味災害慣れしている日本人の知恵を応用して富田様と根本様が関与する流れは根回し済みだ。2人とも東日本大震災時の被災者支援策を一般よりは知っている事は幸いだった。

 これまでの会話から、俺が北半区で害獣を掃討している間に予定よりもかなり動いてくれていた様だった。

 ごく自然と対策が決まって行く。

 根本様が頷いて返礼をした後で、発言した。


「その事に関連して、私からお願いが有ります」

「なんでしょうか?」

「その施設に我々も入らせて貰いたいのですが?」

「『プラント様が遣わした使徒』様達をですか? 皆様には別途、余裕のある施設をご用意する予定ですが?」

「いや、一緒の方が良いと思う。正確に事実を言うならば、我々はこちらでは職に就いていない存在となる。もちろん、タダで飯を食べさせて貰う積りもないが、我々自身にどの分野でどの様な貢献出来るのかを見極める時間は必要だ。なんせ、気が付いたらこちらの世界に居た訳だからな。その見極めが出来るまで被災者と一緒に暮らすのも有意義だと思う」


 富田様の狙いは、裏を返せば、『救世主』とも思われている『プラント様が遣わした使徒』を軽く扱う筈が無い事を逆手に取った被害者支援策の強化だった。

 支援が必要な老人や孤児に対する扱いは確実に良くなる。


「分かりました。トミタ様の御意向に沿う様に致します」


 ここでリリシーナが発言した。

 彼女が許諾したと言う事は、それはそのままプラント教の決定事項となる。

 現に、メンデス氏がリリシーナに拝礼をした。

 富田様がリリシーナに微笑みながら答えた。


「身寄りが無い者同士、助け合って行きたいだけですよ。同じ境遇の人間が身を寄せ合って前向きに生きて行けば、きっとなんとかなると信じていますから」


 さすがだ。

 こういった、場を纏める上手さは経験でしか得られない。俺には無理だ。

 ここでのキーワードは【同じ境遇の人間が身を寄せ合って前向きに生きて】だ。

 俺たち日本人とこちらの人間を、災難に見舞われた者同士にする事で仲間意識を植え付け、一緒に頑張って行こうというメッセージを織り込んでいる。

 そう、一緒に、の部分が日本人の強みでもある。

 支配や上から目線ではなく、自然に協調する選択を採れる事で、相手の警戒心を薄れさせるのだ。

 現にファーストランド側の出席者全員が『その通り』という具合に頷いている。



「さて、今の議題に関連する議題ですが、『プラント様が遣わした使徒』の皆様の事についてです」

「と言うと?」

「言い難いのですが、どの様なお立場で、どの様に教義と擦り合せるのかを判断し難いのです」

「なるほど・・・ 自分の事ながら、そう言われると扱いに困るわな」


 富田様も、根本様もメンデス氏の説明に首を捻っている。

 まあ、自分がいきなりキリスト教でいう使徒や聖人の様な存在にされかねないのだ。

 仏教や多神教の神道、更にはキリスト教という具合に色々な宗教観が、節操が無いくらいにごちゃ混ぜに生活や考え方に入り込んでいる俺たち日本人にとって、落ち着かなくなる話題だ。


「畏れ多くもプラント様の御神託が有り、プラント様により遣わされ、その類稀なる力でファーストランドを救った功績も有り、更には復興の為の知識さえも豊富となれば、決して軽く扱う事は出来ません」


 確かに言われてみれば、我々は結果的には『異世界から召喚された勇者』そのものと言える。

 こっちにすれば、最初は生き残る事に必死だっただけだ。

 まあ、途中からは打算も有って助力したが、結局は今後も生き残れる様に動いただけだ。


「とは言っても、君たちには悪いが、信じてもいない神様に仕えるというのは、その様な振りをしてもいつかボロが出ると思う。だから使徒とか聖者とかは避けた方が良いと思う」


 富田様が敢えて釘を刺した。

 こちらの人間にとっては神様かも知れないが、我々にとっては全く別の次元の存在だ。俺たちを無許可でコピペ召喚した相手だ。

 崇めるのは土台無理と言うものだ。それなのにその相手を崇める宗教の使徒や聖人にされる違和感は半端無い。


「助っ人、補助者、補佐人、サポーター、庇護者、お手伝い、アシスタントみたいな感じで何か適当な言葉が無いでしょうか?」

「『プラント様が遣わした使徒』の『使徒』の部分を言い換えれば良いのでは? 『お使い』ではなく、援護する者というか、援助する者というか、そういう類の言葉を当てはめると言うのは?」

「援護も援助も、援という字が入っていますね。ならば『援徒』というのはどうでしょう? 日本語に『援徒』なんてものは無かったと思いますが、造ってしまえば良いのでは? まあ、こっちの言葉では有るのかは知れませんが」

「『援徒』ですか? それに類する言葉は有りませんね」

「まあ、慣れれば、そのうちにしっくり来る様になるだろう」

「それではそれに添う様に教義を考える様に指示を出しておきます。よろしいですね、行政府主任執行官?」

「はい」


 取敢えず、富田様と根本様のやり取りとリリシーナの裁断で『プラント様が遣わした援徒』を仮に称する事にしたが、悩んだ割にはすぐに違う称号に替わったのだから世の中は分からない。

 もっとも、密かに俺が考えていた『支援者』は言わなくて良かった。自分のセンスではこれが限界だった。

 ちなみに翌日、深雪に何か無いかと訊いたら、『援軍』と即答された・・・

 どうやら俺の命名センスよりは上の様だった。

 とはいえ、女子高生のセンスでも無いと思う。



「次に『ベルト地帯』に関しての報告です。同地からの避難民は現時点で1000人に及びます。今後も増える可能性は有ります」

「偵察に出した3人には、『ベルト地帯』の住民と宿泊客にファーストランドに避難する様に知らせる役割を持たせているからな。ニューランドを襲っている『災獣レックス』の一部が『ベルト地帯』沿いに移動を始めたら、住人と宿泊客が全滅してもおかしくないからな」


 弓兵中隊隊長のロレンゾ・ジョビン大尉が補足の説明をしてくれた。


 ただ単に『ベルト地帯』と呼ぶ時は、それはファーストランドとニューランドを繋ぐ『ニューアマゾン川』沿いの広大な河原に造られた街道筋を差した。

 本家の地球のアマゾン川程ではないが、日本の一級河川並みの流量を誇る『ニューアマゾン川』は、大昔はもっと流量が多い時期が有った様で、最大で幅500㍍近い河原を形成していた(一番狭い箇所は100㍍)。

 その河原を通って植民第3陣は海岸まで到達したが、後に多数の拠点と道路を地盤が固くて標高の高い部分に建造した。それが『ベルト地帯』と呼ばれる回廊だった。

 おもな産業は『ニューアマゾン川』で獲れる地球の鮎やマスに似た淡水魚と大きな沢蟹もどきを特産とする宿泊業兼リゾート業、それと質の良い砂金産出だった。

 特に砂金は幾つかの支流から流れ込んでいた為に埋蔵量が多く、植民第3陣が初めて造った貨幣が金貨だった事からも産出量の多さが知れる。

 今もヘキサランドで流通している硬貨は、『ベルト地帯』で採れる砂金を使った金貨と銀貨、それとファーストランドの南に在る鉱山から産出される銅から造られる銅貨の組み合わせだった。

 どうでもいいが、通貨の単位はエレクトロンで、どうやら地球での世界最古の鋳造貨幣から来ている様だった。

 一方の宿泊業とリゾート業は、『聖都ファーストランド』巡礼の信徒とニューランドからのリゾート客に人気で、それなりの経済圏を作っていた。

 

「ニューランドの状況次第だが、しばらくはここで預かる他ないだろう。確か巡礼者用の宿泊施設は余っていたと思うが?」


 バウティスタ・ゴンザレス少佐の言葉にメンデス氏が頷きながら答えた。


「少佐が仰る通り、宿泊施設は現在のところ余裕が有ります。降臨祭はまだ先ですから」


 植民第3陣の尖兵5千人が初めてファーストランド建築に降り立った日は暦の上で新年の初日、元旦に当たり、その前後を含めた7日間は『降臨祭』として祝日とされていた。


「限界まで受け入れた場合、どれ位の避難民を泊められるんだ?」


 富田様の質問にメンデス氏が即答した。


「通常で1万人ですから2万人までなら無理すれば可能でしょう」


 その答えは、余裕が有る様で実は微妙な答えだった。

 何故ならば、ファーストランドが抱える穀倉地帯の住民の事が有るからだ。


「次にデメティールの状況が分かりましたので、御報告致します。接触出来た限り、被害は発生しておりませんでした。むしろ聖都が害獣に襲撃された事に驚かれる始末でした」


 デメティールと言うのは、ファーストランドの北部に拡がる穀倉地帯を指す。

 デメティールという地名は『豊穣の土地』を意味して、『ニュー』こと松永君によると出典は『デーメーテール』というギリシャ神話に出て来る豊穣の神らしい。しかも人間に穀物栽培を教えた神とも言われているので、かなり縁起の良い地名と言える。

 ちなみに、何故彼が知っているかと言うと、自分の作品を書く参考にギリシャ神話を調べた事が有ったからだった。

 もっとも、この島、『ヘキサランド』では、その神の役目は宇宙船プラントが担ったと言う事だ。

 では、誰が地名を付けたかと言うと、当然ながら宇宙船プラントが開墾を始める時に神託で授けていた。こういった事が宇宙船プラントを神として崇める土台を作っていた。

 

「それは、『大獣災』に遭ってから初めて聞く朗報だな」


 ファーストランド商業組合代表のルイ・サレス氏が心からホッとした口調で呟いた。

 今は良くても、デメティールが機能不全に陥れば、ファーストランドもニューランドも1年も経たずに飢餓に見舞われる事は必至だった。


「メンデス行政府主任執行官、デメティールの人口と戸数はどれくらいなのだろうか?」

「17000人ほどで3500戸ほどです。オダ殿、何故それを?」

「デメティールを失う事はファーストランドとニューランドの死活問題だが、害獣や災獣に対する守りは十分なのだろうか?」


 答えてくれたのはバウティスタ・ゴンザレス少佐だった。


「害獣の群れ1つくらいなら各集落とも柵や自警団で何とかなるが、今回の様な規模ならひとたまりも無いな。かと言って、今から手を打とうにも、時間も人手も資材も足りん」

「ならば、昼間の作業は守備隊のパトロール下でするが、夜はここで過ごしてもらうのはどうだろうか? 作業効率は落ちるが、気が付いたら全滅していました、なんて事は避けなければならん。放牧している牛などはファーストランドの南に拡がる丘陵地帯に連れて来る必要が有るだろうが」

「だが、デメティール全域をカバーする人員は居ないぞ。襲撃を受けても守り切れるとは思えん」

「守備隊には襲撃時には住民の避難誘導をしてもらう。そして各隊の連絡手段を我々が提供出来るかもしれない」


 結局、会議はその後1時間続いた。

 最後の方はリリシーナがあくびを堪え過ぎて涙目になっていた。

 幼い頃から『プラント様に仕えし至高巫女様』として育った彼女にとって、早寝早起きの規則正しい生活は彼女の生活リズムそのものだった。

 だが、『大獣災』以降、そんな健康的な生活は一変した。



 もっと悲惨な運命に見舞わられた被災者は多いのだが、その小さな肩に掛かる重圧を考えると、やはりリリシーナには同情を禁じ得なかった・・・



お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m

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