第18話 第1章-第18話
20161106公開
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夕食後に始まった会議の議題は多岐に亘った。
新たに会議のメンバーに加わったのは3人だった。
召喚された側からは、俺たちの店が在る街の町内会の会長をしている根本鉄郎様(65歳)。
プラント教からは、プラント教行政府主任執行官のエイトール・メンデス氏(62歳)。
南半区住人代表としてアルベルト・ゴーン氏(87歳)。
これに初期のメンバー、俺、富田様(67歳)、カルロス・ヒル准尉 M1911攻撃魔法小隊小隊長(52歳)、リリシーナ『プラント様に仕えし至高巫女様』兼『神代教首代理』(12歳)に加えて、
ファーストランド商業組合代表のルイ・サレス氏(83歳)、
バウティスタ・ゴンザレス少佐 重槍兵中隊中隊長(55歳)
ロレンゾ・ジョビン大尉 弓兵中隊中隊長(44歳)
ベルナルド・サレス中尉 M1873攻撃魔法小隊小隊長(42歳)
ルーカス・ロドリゲス中尉 M1911攻撃魔法小隊小隊長(40歳)
ニコラス・ソウザ中尉 軽槍兵小隊小隊長(43歳) の13人が出席者だった。
うん、見事におっさんばっかりが集まったものだ。リリシーナが場違いに思えて来る。
だが、これから話し合う議題にも含まれるが、現時点で名目上は彼女が一番高い地位になる。
そう、『神代教首代理』を『プラント様に仕えし至高巫女様』と兼務する事が決まったからだ。
プラント教に於ける最高位は『神代教首』という位で、要は宇宙船を神様と崇め、その神様の代わりに教義を広める役目を担っている『教士』達のトップという意味を表している。
だが、現『神代教首』は害獣の侵入を許した夜から姿を発見出来なかった。周囲に居た『大教士』も全て姿が見えなくなっている事から、全員が死亡したものと思われる。
その事から思うところが無いわけではないが、一般向けの『真実』は歪められて伝わるのだろう。この後の展開は目に見える様だった。
まさに『汚い、大人って汚い!』の実例になるのだろう。
プラント教の高位者が揃って不在という事態は本来想定されていない出来事だった。
そこで残された『教士』達は、リリシーナを『神代教首代理』に祀り上げる事にした。
信徒の目に触れる事の少ない『プラント様に仕えし至高巫女様』だが、今回の『大獣災』に於いては、信徒たちに声を掛け続けた事で一気に認知されていた。
そして、宇宙船の神託に依り、ファーストランドを救った俺たちと最初から行動を共にして、住民の救助を常に願い続けた姿を衆目が見ていた事も彼女の人気を不動のものにした。
更には、宇宙船と直接言葉を交わせるという、これまでに前例の無い存在を人心の掌握に使わない手は無いという身も蓋も無い事情が、彼女を祀り上げる事に繋がった。
「それでは、自己紹介も終わりましたので、早速会議を始めたいと思いますが、その前に犠牲になった市民の冥福をお祈りしたと思います。『神代教首代理』猊下、お言葉をお願い致します」
全員が椅子から立ち上がった事を確認してからリリシーナがプラント教の故人に対する祈りを捧げた。
三宅部門長を送った時にも聞いた一節だった。
最後に全員で祈りを捧げる仕草(頭を下げながら手を組む格好)で犠牲者の冥福を祈った後で、着席する。
「今回の会議は議事録を残しません。結論のみの発表と言う事でよろしいでしょうか?」
今回の会議は、プラント教行政府主任執行官のエイトール・メンデス氏に司会進行を任せていた。
彼が生き残っていたのは僥倖だった。
数分間言葉を交わした印象だけだが、根が真面目で責任感も強いと判断出来る。
あの夜は市民台帳やその他の台帳を失火やその他の不慮の事態から守る為に行政府に泊まり込んだ程だった。
まあ、日本では災害時の対応としては当たり前だが、こちらでは日本人並みの仕事熱心な人間は少ないし、システムもマニュアルも整っていない。
実務上の権限も持っている彼が生き残っていたおかげで、復興は進み易くなるだろう。
メンデス氏に司会進行を任せた理由だが、今までの様に自由に意見を言い合うのもいいが、参加人数が増えた事と立場の違う人間が増えた事で利害の調整が難しくなる筈なので、それなりに場馴れした人物に進行を任せた方が良かろうという思惑から俺が提案したのだ。
まあ、メンデス氏は初めて会議に参加するし、他の出席者の情報もそれほど持っていないので、不慣れな部分も有るだろうが、そこは俺なり富田様なりがカバーすれば良い。
そして、今回は特に議事録を残せない事情が有る。
何故ならば、かなり深い部分にまで議論を交わさなければならないからだ。
残してしまう方が将来の禍根になりかねない。
「特に問題は無いと思う」
俺の言葉に全員が頷いた。
「有り難う御座います。では最初の報告から致します。今回の『大獣災』により犠牲になった市民の数は2375名と見られています。勿論、死体の損傷がひどく、個々の特定が不可能な為にあくまでもプラント教行政府内に残された市民台帳からの逆算ですから、多少の誤差はお許し下さい」
『聖都』とも言われるファーストランドらしく、行政機能はプラント教本部が兼任していた。
そして、今回の『大獣災』と名付けられた害獣の襲撃による被害は、人口の1/4に及んでいた。
「直近で問題となるのは、害獣の死体の処理、犠牲になった市民の遺体の埋葬及び慰霊式典の開催と思われます。皆様の意見は如何でしょうか?」
「慰霊式典は後回しにしてでも、害獣の死体の処理と犠牲者の遺体の埋葬はすぐにでもすべきだろう。さっそく、明日の朝から取り掛かるべきだ。遅れれば遅れる程、疾病が発生する危険性が上がる」
「富田さんの言う通りでしょう。あの害獣の数を処理できる埋葬場所の候補地は有るのだろうか?」
「ファーストランド南部の丘陵地帯に共同墓地が在ります。墓地から少し離れれば十分な敷地もです。ただ、今回は規模が大きいので、かなりの人手が必要でしょう」
メンデス氏が根本様の質問に答えてくれた。
ざっと作業量を試算してから提案した。
「害獣の死体に関しては守備隊の半分に任せて俺たちは護衛に就こう。守備隊の半分は治安維持の為に市内に残す。犠牲者の遺体に関しては市民から志願者を募ろう」
「それならば、私が市民に呼び掛けましょう。同胞を弔う為です。きっと呼び掛けに応えてくれるでしょう」
「市内の生き残った馬車を総動員して、輸送は短期に済ませよう。慰霊式典は明後日以降に行うというのはどうだ?」
「出来れば、埋葬の前にしたいが・・・」
「それは諦めて欲しい。まずは感染症を抑え込むのが先決だ」
地球と同じ様に、こちらの星でも腐敗という現象は発生する。衛生環境を悪くする事も同じだった。
これは絶滅した植民第2陣が害獣との生存競争の途中で経験した事で明らかになった現象だった。
抗生物質も無いこちらで伝染病が発生したら、被害と損失と影響は下手をすれば害獣によるものを上回る。
「分かった。それとオダにこの事絡みで至急と言う事で頼まれていた布だが、ある程度は集まった」
「それは助かる。遺体をくるむ為にも必要だったんだ」
「遺体をくるむ?」
阪神・淡路大震災の時も、東日本大震災の時も、遺体安置所と棺と火葬場及び燃料の不足は深刻だった。
日本と違ってこちらは土葬が主なので、火葬関係は省けるが、それでも棺桶の調達は難しいだろう。本当ならば棺桶を用意したいのだが、さすがに在庫はそれほど無いだろう。
もっとも、ほとんどの遺体が原型を留めていない事は散々目にして来たから知っている。
だから、簡易的ながら布でくるんで土葬する事で埋葬までの時間の短縮に繋げる積りだった。
「そのまま埋葬する事はしたくない。せめて布でくるんで上げる事で哀悼の気持ちを捧げたい」
俺の言葉はこちら側の人間の虚を突いた様だった。
「さすがプラント様が召喚された人々と言う訳ですか。亡くなられた同胞、及び遺族に代わって、オダ様の配慮に感謝を述べさせて頂きます」
俺は頷く事でリリシーナの感謝の表明を受け入れた。
その後の話し合いで、死体処理と埋葬と慰霊式典のあらましは決まった。
「それでは、次の議題に移りたいと思います。食料及び日用品の流通の問題です。ご存じの通り、ニューランドも襲撃を受けている現状、物資の流入は見込めません。その辺りの調整をどうするかですが、何か提案が無いでしょうか?」
「通常はこの様な事態が発生した場合はどうするのか決まっているのだろうか?」
「プラント教行政府が必要な物資の供出を命令して、食糧などを確保する事になっています」
「ならば食糧に関しては、供出して貰った分は税と見做すのはどうだろう?」
「というと?」
「供出自体は仕方ないだろう。食糧の供出を命令して食料全般の売り渋りが発生するのも防ぎたいというのが行政側の本音だろう。業者側とすれば、ニューランドへの輸送が何時まで停まるかが不明な状況では市場経済が上手く回らなくなるのは確実だから、少しでも高値で売りたいところだし、その為には供出は避けたい。まあ、ありていに言えばタダで資産を取り上げられるのは面白くない。以上の事から、倉庫の食糧を供出して貰う事で税金の代わりとすれば必要な量は確保出来るし、業者側も全くの損では無いのだから納得し易いのではないだろうか?」
俺の提案にみんなが考え込んだ。
カルロスが口を開いた。
「だが、それで当座を凌げても、長期的には無理が有るのではないか? 気付いたら税金以上の負担になっていてもおかしくない」
「だが、無償で供出を強制する事は、ただ単に供出を命じられた業者に不満を蓄積させるだけだ。なんらかの見返りは必要だろう」
ああ、オタクコンビがこの会議を聞いていたら、茶番だと言うかもしれない。
何故ならば、カルロスが反論する様に事前に根回しをしたのは俺だからだ。
「まあ、在庫量に対しての人口比を考えれば、微々たるものとも言えるから、多少の譲歩も構わないか・・・。どうだろう、プラント教行政機関としては受け入れられるだろうか?」
「市民が飢えなければ問題は有りません。ただし、小麦以外の食料の市場価格の上昇が目に余れば、介入致します」
「当然だな」
ファーストランド商業組合代表のルイ・サレス氏が目礼で感謝を送って来た。軽く返礼しておく。
だが、実は問題は小麦などの穀物、すなわち食糧では無い。
塩だ。
こればかりは、ニューランドからの輸送が必要となる。
ニューランド建設の理由で一番大きかったのは塩の確保だ(驚く事にこの星の海水は地球とほぼ同じ成分だった。また、採れる魚貝類も多少の姿かたちの差異は有れど十分以上に食料になった。ファーストランドの近くに在る岩塩鉱脈が尽きる前にニューランドを建築する原動力になった事は宇宙船の説明フェーズで知っていた)。
「サレス殿、現在の塩の備蓄はどれほどだろうか?」
「全ての在庫はさすがに把握出来ていませんが、多分半年は持つ量は有る筈です。『災獣』の被害が発生しだした頃から投機目的で買い入れを行っていた業者も多かったですからな」
「なるほど・・・ 我が店にも在庫は多少有ります。それを全て供出するので、一元管理しましょう」
供出の本命は小麦などの穀物では無い。
塩だ。
だから、穀物で行政側に譲歩させて、代わりに塩を確実に統制下に置く為の芝居を打ったのだ。
みんなと同じように俺も損を被るから、企業側に譲歩する様に仕向けた訳だ。
ルイ・サレス氏は一瞬考え込んだが、すぐに気持ちを切り替えた様だ。
「そうですね、致し方無しでしょう。ですが、早目にニューランドとの交易を再開しないと、お互いに手元に相手側が欲しい物が有るのに手に入らないと言う状況になります。先ほどオダ様が言った市場経済が回りません。その辺りの配慮もお願い出来ますか?」
「もちろん。ただし、ニューランドの状況が分からない状況では対処の方法も決まりませんよ」
「実はもう偵察隊は出している。弓兵中隊に『益獣』を乗りこなせる部下が3人居たので、さっそく送り出しておいた。名馬ラスとケードの直系の3頭に乗っているので、明日には戻って来るだろう」
弓兵中隊隊長のロレンゾ・ジョビン大尉が答えてくれた。
まあ、偵察を頼んでおいたのは俺なんだが。
今朝、アントニオ・シルバ氏が明かしてくれたニューランドの状況は思ったよりも深刻だった。
収穫したばかりの小麦は流通量が一気に増える事で市場価格が下がるのは当たり前だが、備蓄して来た1年前の小麦はそれ以上に下がる。
だから、収穫の1か月間は必要最低限の量しか購入しないのはニューランドでは普通だった。
そして、豊作だった小麦の今年の新麦市場価格が下がったのが、『大獣災』の日だった。当然ながら古麦の市場価格も底値を出した。ニューランドとファーストランド間に『害獣』が大発生した事を知らせてくれた隊商も、底値を出しそうな古麦の買い付けがメインの来訪目的だった。
その他の生活物資も、売り渋りによる価格上昇をある程度は黙認するが、ある一定の基準を超えれば、プラント教行政府が介入するという事で合意した。
もちろん、南半区住人代表としてアルベルト・ゴーン氏が強硬に主張したからだ。
彼を呼んだ理由に、この会合に市民の声を反映させるという狙いが有ったが、サレス氏は良い人選をしてくれた様だ。
日本ではさすがにここまで政・教・産・民が顔を揃えた中で腹を割った話は出来ないだろう。
誤解を承知で言えば、お互いの利益と権利を守る為の話し合いにしか他ならない。
ああ、本当に『汚い。大人って汚い!』って奴だ。
そして、そんな大人の汚さを目の当たりにしているリリシーナに同情を禁じ得ない・・・
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m