第16話 第1章-第16話
20161030公開
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元々今回の危機は、人類側が知らない場所で発生した異常繁殖が原因だった。
四国程の大きさの島である『ヘキサランド(6つの植民地が在る事でこう呼ばれていた)』の内陸部は、ほとんど探索が済んでいない。
人類の植民第3陣は、湖と肥沃な平原と鉱物資源が集まっているファーストランドに降り立った後は、湖から流れる川に沿って下流の河口に向かって生存圏を伸ばして良港となる地形の場所にニューランドを建設した。
だが、それ以外の地域の探索は行われなかった。
よほどの大部隊で無ければジャングルの様な内陸部に入る事は危険だし、後年になってもファーストランド以外の各植民地は海路で行き来出来るので、それほどの必要性が無かったのだ。
それが人類側の対応を遅らせていた。
ファーストランドの北西20㌔には高原が、サウスランドの北東30㌔には平原が、そしてウェストランド南東25㌔にも平原が、人知れず広がっていた。
今回の人類の危機は、偶然にもそれら3ヵ所同時に起こった『災獣』の異常繁殖が元になる。
それまで均衡が保たれていた、それらのエリアでの食物連鎖が崩れた結果は、『害獣』と『害獣』を巻き込む事になった。
異常繁殖した『災獣』のとばっちりを受けて、飢餓状態に陥った『害獣』と『害獣』が押し寄せた先がファーストランドだった。
「富田様とリリシーナ様も起こそう。サレス氏も呼ぶ必要が有るな。夜明け前には方針と対策を決めておかなければ、この情報が拡がれば避難民が騒ぎ出す。自暴自棄になって統制が取れなくなれば自滅だ」
「そうだな。トミタ殿は任せていいか?」
「ああ。なんならリリシーナ様も俺が起こす事にするが?」
「そうだな、オダならリリシーナ様の周囲にも信頼されている分、問題が起きないな・・・ 任せる」
リリシーナの身の回りの世話をしている信徒たちはすぐに取り次いでくれた。
これまでの交流でお互いの事が分かって来た事も有るが、プラント教が崇めている宇宙船直々に召喚されたという事実が大きいのだろう。信頼されていると言っても良い。
「リリシーナ様、お身体は如何ですか?」
「思ったよりも影響はないです。でも・・・ 未だ畏れ多い気持ちもあります」
リリシーナのピコマシンも換装されていた。4GBだった容量も6GBに増えている。
その増えた分も使って、俺たちと同じFOs9にバージョンアップされていた。
これで宇宙船ともお互いに意思疎通が可能となった。
歴代の『プラント様に仕えし至高巫女様』で初の名誉だった。
「その分、責任も重くなるのです。支えますから一緒に頑張って行きましょう」
「はい、有り難う御座います、オダ様」
そう言って、綺麗にお辞儀をされた。うん、相変わらず見事なお辞儀だ。
急遽開かれた夜明け前の会議の結論は、害獣からの『ファーストランド』奪還だった。
元々、6千人もの避難民を抱えた段階で、ニューランドへの避難は困難を極めたし、ニューランドを襲っているのが『災獣』ならば、逆に言えばこちらが襲撃される心配が無くなる。
むしろチャンスとも言えた。
投入される戦力は、俺と即自の6人、更には深雪と松浦君/松永君オタクコンビの10人が中核となり、避難民を見付けた時の為に、バウティスタ・ゴンザレス少佐自ら志願して重槍兵4個小隊の生き残り42人全員が支援部隊として随伴する事になった。
更には俺たちのスーパーから持ち出した5台の台車も持って行く事にした。
避難民の持ち出した荷物の運搬以外にも使用用途はいくらでも考えられたからだ。
倉庫に避難した避難民はそのまま引き続き屋内待機を続けて貰う事にした。
ただし、志願者を募って100人以上の人間に公園での炊き出しに協力して貰う。
でなければ、とてもでも無いが、6000人もの食事は賄えない。
避難民護衛の指揮は、北半区で助けた弓兵15名の指揮官だったロレンゾ・ジョビン大尉が執る。
彼は若いながらも(若いと言っても寿命を遺伝子操作で弄っているので外見を裏切って44歳だ。ヘキサランドの人類は20歳くらいまでは普通に歳を取るが、それ以降はゆっくりと老化して行く。だから外見プラス10歳~15歳を足すと実年齢に近い)、元々は南半区に居た弓兵中隊の中隊長だった。
城壁の哨戒をこなして就寝中に叩き起こされたのはM1873攻撃魔法小隊長のベルナルド・サレス中尉と同じだった。
その後の行動も同じで、仮眠中の2個小隊を召集し、『害獣』の群れを追い掛けて北半区に来たものの矢が尽きて白兵戦になったせいで甚大な被害を受けてしまった。短剣で相手にするのはかなりきつい相手だった。
城壁上に居た為に被害が少なかった(無傷では無い。『害獣』が城壁に設けられていた階段を上がって来たので、そこで損害が発生していた)残存2個小隊と合わせても56名に減ってしまったが、それでも一番多くの戦力を持っている為に避難民護衛全体の指揮を執って貰う事にした。
好奇心旺盛なオタクコンビが発見した、新たに解放されていた機能を試した後、掃討作戦の「状況」は夜明けと同時に開始された・・・・・
『お兄ちゃん、次の角近くには居ないけど、右の方100㍍先に5匹の『害獣』が居るで』
『了解、ツー、スリー、フォー、任せる。残りは警戒を緩めるな』
俺は同時に、後方に居る重槍兵部隊にハンドサインで待機を伝達した。
俺たちのコミュニケーション能力は一気に向上していた。
まさか、VoLTEの『ボイスパーティー』機能が使えるとは思ってもいなかった。
日本ではリンゴマークのスマホには不可能だった機能だ。
『ボイスパーティー』機能だけでは無い。『シンクコール』機能も使える様になったので、お互いの位置や視界の一部が共有可能になっていた。後はマップ機能が使えれば完璧だが、そこまでは宇宙船も解放をしてくれていない。
『3,2,1、Now! ・・・クリア!』
『よし、次の角まで前進する』
『ツー、了解』
『スリー、了解』
『フォー、了解』
『ファイブ、了解』
『シックス、了解』
『セブン、了解』
『姫、了解』
『ソラ、了解』
『ニュー、了解』
再び、後方にハンドサインで前進を指示した後で前進を再開する。
後方の重槍兵と新たに救助した避難民17人も俺たちの前進に合わせて、動き出した。
後方にはハンドサインのみで指示を伝えるが、後方からの伝達事項は口笛だった。
短音と長音の組み合わせで10種類のシグナルを決めてあった。
『お兄ちゃん、20㍍先、右側建物に人間3人。どうする?』
『25㍍前進後、一旦停止する』
『ツー、了解』
『スリー、了解』
『フォー、了解』
『ファイブ、了解』
『シックス、了解』
『セブン、了解』
『姫、了解』
『ソラ、了解』
『ニュー、了解』
俺たちは2組に分かれて大通りを南下していた。
東側の歩行者道を進むのは即自の6人だった。
西側は俺を先頭に深雪、松浦君、松永君が続く。
一見、俺の班の方が戦力的に劣る様に思えるが、俺と深雪がそれを穴埋めしていた。
家族全員が揃っていた昔の事だが、我が家では物が無くなったら探す前に深雪に訊くと云うのが常識だった。
今考えたら、我が家は揃って変わり者だったのだろう。誰も疑う事無く平気で深雪に訊いていた。
深雪の能力程ではないが、俺も大概だった。時間の感覚と反射神経が他人と違っていたのだ。
最初は気付かなかったが、小学生になる頃にはどうやら他人とは違うという事をなんとなく自覚していたと思う。
異常なほどの運動神経は諸刃の剣だった。
下手に真剣に球技などをすると筋肉や筋を痛めるまで肉体を酷使してしまうので、中学時代までは陸上のトラック競技しか全力を出せなくなっていた。
運動神経と肉体の反応がやっとバランスが取れたのは高校に入学する直前になってからだった。
おかげで高校入学後に始めた剣道では敵無しだった。
それは防大在学時も、部隊に配属された後も俺の大きな武器となってくれた。
普通のサラリーマン生活では活かし切れない才能だった。
俺たちは倉庫の警備に就いていた為に逃げ遅れていた避難民を追加で31人救出しながら、遂に南門前広場に到達した。
南門前の広場も中央門前広場同様に血糊で黒ずんでいた。
さすがに時間が経っていたせいで、水溜りの様な場所は無かったが、血生臭さと腐敗臭は増していた。
『深雪、周囲に生命反応は有るか?』
『うーん、居ないと思う。問題無いんじゃないかな』
『分かった。一気に突っ切るぞ』
『ツー、了解』
『スリー、了解』
『フォー、了解』
『ファイブ、了解』
『シックス、了解』
『セブン、了解』
『姫、了解』
『ソラ、了解』
『ニュー、了解』
『GO!』
南門前広場を一気に走破した後、南門を閉めてから俺たちは本格的な害獣掃討に移った。
俺たちは丸1日を掛けて、南半区の害獣を掃討した。
大きな区画割りと倉庫街と言う組み合わせが掃討戦を優位に進める要因になった。
北半区の時は交戦距離が数㍍から十数㍍くらいだったのが、南半区では数十㍍から百㍍くらいに伸びたのだ。対人時とはいえ有効射程が500㍍にもなる89式小銃には丁度良い距離とも言えた。
また、南半区東側に在る工区に居た鍛冶職人と家族が全員無事だった事は朗報だった。
夜中に悲鳴が聞こえた段階で、全員が自宅に立てこもったおかげだった。
南半区を確保した事で、籠城しても食料の心配は無くなった。
なんせ、収穫されたばかりの小麦を始め10万人以上の胃袋を満たす食料が保管されているのだ。
これで問題点は2つに絞られた。
北半区の解放とニューランドとの連絡だ。
直近の問題は北半区の解放だが、南半区に残っていた害獣の数が予想より遥かに少なかった事を考えると、かなりの数が北半区に入り込んでいると考えて良い。
明日に備えて早目に寝る前に、宇宙船に、或る装備をアプリ化してもらって試運転後に歯磨きをしてテントに潜り込んだ。
身に纏うのは、これもアプリ化して貰った自宅で愛用していた有名なスポーツ用品メーカーのジャージ上下セットだった。
やはり、いつもの格好だと精神も休まるのか、それとも疲労が蓄積していたのか、それとも現役時代に培われた休める時は休むという習慣が蘇ったのか、寝袋に入ったらあっさりと眠りに入った。
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m




