第11話 第1章-第11話
20161009公開
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後続にカルロスを呼んで貰ってやって来た彼に訊ねた。
「カルロス、どうする? あっちに合流するか?」
彼は戦闘中の友軍の状況を見定めてから返事をした。
「むしろ助けたいのだが、お願い出来ないだろうか?」
本音を言えば、可能な限り早期に脱出したいし、ここで足止めを食っている間に襲撃されて被害が出るのも避けたいが、脱出後の事も考えると見捨てた場合のデメリットが無視出来なくなるかも知れない。
一緒に行動している『プラント様に仕えし至高巫女様』のリリシーナの立場も有る。
『負け戦』後の立場を強化する為に、わざと発砲音を出して、逃げ遅れている市民の吸収を図っている現在の行動にも反する。
もう一度状況を確認してから判断を下した。
「助けよう。だが、戦力を割けんので、俺と交渉役の君の2人だけで行く。それで良ければ構わない」
「それで十分だ」
お互いに後続に事情を説明して、2人で救援に向かった。
俺は別に《勇者》でも《英雄》でも無いので、突っ込む真似はしない。煉瓦と木の柱で建てられた住居で構成される中世欧州風の街並みの中で、すぐ近くに広場に面した3階建ての建物を見付ける。正面の扉は閉まっていたのでカルロスとともにその建物の裏手に向かった。
勝手口と思われる扉は開いていた。警戒しながら中に入ると血の匂いが鼻についた。住人はもう食料として連れ去られた後だろう。道路まで続く引き摺られた様な血痕がそれを物語っている。
周囲の安全を確認した後で手を合わした。すぐに広場に面した3階の部屋まで急ぐ。階段は急で狭かった。
3階の部屋に到着して様子を外から聞える音で探りながら、木で出来た窓をゆっくりと押し上げて開いた。狙撃に必要な隙間を開けた状態でカルロスに抑えて貰った。
うん、この位置からなら十分に射界が取れる。
武装をM4carbineから64式小銃に切り替える。携帯弾数重視の小口径高速タイプの5.56mm弾よりも大口径低速弾の7.62mm弾の方が威力自体は上だ。弾頭の運動量が3割も違う。発射反動による連射時の命中精度低下も単発で撃つ限り問題無いし、14㌢も長い全長もこれからの戦い方に影響を及ぼさない。この距離だと通常の減装弾でも十分な威力を発揮するので規制子はそのままだ。槓桿を引いて安全装置を掛けた後に薬室内を確認して問題無いので戦闘弾入れから弾倉を引っ張り出す。
いつも思うが、この戦闘弾入れの中はどうなっているんだろう?
小銃を換える度に中の弾倉も切り替わっているのだろうか?
弾倉を装着した後に槓桿を少し引いてスライド止めを外す。スライドを少し前進させて薬室に初弾を装填した。少し息を吸ってから安全装置を《ア》から《タ》へ回す。
ゆっくりと息を吐き出しながら最初の標的に照準を合わせた瞬間に引金を引いた。命中。すぐに横に居る『害獣』の後頭部に照準、発砲。命中。50㌢横に居た『害獣』の側部眼球がせわしく無く動き出したので狙いをそいつにする。命中。この時点で何かが起きていると気付いた様だが、ヤツラの視界は水平に対しての割合が高い為に、俺という脅威の発見に至っていない。
丸ごと1つのグループ10頭を削った段階で、さすがに発砲音で気付かれたのか、『害獣』の1/3くらいが一斉にこちらの建物に向かって移動を始めた。2つのグループ相当だ。
さあて、ここから一気に『害獣』を削る事にする。3階の部屋の確保はカルロスに任せて2階まで一旦降りる。充分な数の敵戦力の誘引に成功したので発砲音はオフにする。
わざと開け放していた扉付近から何種類かのヤツラの鳴き声が聞こえた。コミュニケーション手段は持っている様だ。宇宙船の情報には無かったので、これは収穫だ。
それに窓の下に群がらずにこっちに回ったという事は、地形に対する認識能力が動物のレベルを超えている証拠だ。
階段に姿を現した『害獣』を丁寧に射殺して行く。死体が積み上がるが、それを乗り越えて来るヤツも着実に殺して行く。
2階の踊り場近くまで死体で埋まったので、そろそろ潮時だろう。一旦3階まで上がって、カルロスに異常が無いかを尋ねた。下の広場は膠着状態のままという返答が帰って来た。
しかし、実銃でこの状況だったら、今頃硝煙の匂いと発砲音で鼻も耳も利かなくなっていたかもしれんな。その点では攻撃魔法は硝煙が出ないし発砲音も自由にオンオフが可能なので助かる。
さすがに学習したのか、それとも銃撃が無い事に疑問を抱いたのか、そろりそろりという感じで階段を上がって来ていたヤツと目が合った。初めてまぶたを閉じた瞬間を目撃して、ふと笑いの衝動が起こったが、笑みは口の端だけで留めて、ソイツを射殺した。
気が付くと、新たに階段を上がって来る『害獣』は居なかった。
部屋に戻って、窓から外を見下ろすと、重槍兵の集団が残った30頭前後の『害獣』に余裕を持って対処をしていた。残りの『害獣』を更に半分削った段階で、生き残った『害獣』は逃走に移った。
さすがに疲れた。一気に40頭近くを殺した筈だ。
水筒から1口分だけカップに水を移して飲んだが(中身は店で売っていた美味しい六甲の水だ)、いつもより甘くて旨く感じる。
ちょっと呆然としていたカルロスにも勧めたが、彼は飲んでる途中でむせてしまった。
生活魔法の「給水」でカップを洗ったが、最後は締まらない閉幕となってしまったな。
階段を降りるのも苦労しそうだったので、第1空挺団出身者らしく3階の窓から五点着地で降りたが、3階の窓を見上げると、カルロスが化け物を見たという目でこっちを見ていた。
重槍兵部隊の方を見ると、そっちも全員が同じ目をしていた。
第1空挺団では当たり前の芸当だったが、こちらでは落下傘降下自体が無いから珍しいのだろう。
「やっぱり、とんでもないな、オダは・・・」
カーテンを結び付けて3階の窓から降りて来たカルロスは首を振った後で肩を竦めた。
ああ、やっぱり日本人には出来ない程に様になっている。
200年未来の人類はかなり混血が進んでいたのと、遺伝子操作による美形化が進んでいた様だが、これまでに出会ったこっちの人類は確かに例外なく美形揃いだ。
当然ながら、重槍兵残存部隊を率いているバウティスタ・ゴンザレス少佐相当も美形で渋めの中年だった。
「まずは素直にお礼を言わして貰う。本当に助かった。あのままではジリ貧で一か八かの突破しか残されてなかった。そうなれば、市民にも我々にも多大な犠牲が出てたのは間違いない。重ねてお礼を言わさせて欲しい」
「助ける判断をしたのはカルロス准尉だ。俺はその要請に従っただけだ」
「カルロス准尉、助かったぞ。それと、これからの方針だが、どうするのだ?」
周りでは助かった現地の市民に給水が行われていた。
彼らも自分自身で生活魔法で「給水」は可能だが、ここまでの逃避行で魔法用のピコマシンのエネルギーを使い切っていた。今は再度エネルギーが溜まるまで半休眠状態の筈だ。
こちらの女性陣で余裕のある人達が志願して「給水」に当たっていた。あちらこちらで交流が発生している。
その傍らで子供たちが怪我人に手を差し出している。
リリシーナも姿を現して市民を励ましていた。彼女なりに自分の立場と役割を理解しての行動だろう。
「この都市を脱出して、ニューランドに向かう予定だ。『災獣』が姿を現していないうちに辿り着かないとかなり厳しいからな」
「君達でもきついのか?」
「多分な。図体がでかい割に速いから、どうしてもピコマシンの消費量が跳ね上がる。このまま『害獣』だけなら何とかなるだろうが、『災獣』も相手をするなら心許ない」
「そうか・・・ 我々も一緒について行っても構わないだろうか?」
「手を貸すと決めた段階でその予定だ。自分で歩けない重病人や怪我人が居れば馬車を使ってもいい。我々は多少の治療は可能だ」
「それは助かる」
三宅部門長が死んだ後で判明した事実だったが、実は俺たちにインストールされている生活魔法は、こっちの住人の生活魔法よりもかなり進化していた。こっちの住人の生活魔法が1GBしか容量を食っていないのに比べて、俺たちの生活魔法は3.1GBも容量を食っていたので新しい機能が有っても当たり前の話なのだが、全ての機能を調べる時間が無かったので分かっていなかったのだ。
そして、拡張された機能の1つに《活性化》が紛れていた。
齎される効果は細胞の自己治癒力の活性化だ。好中球と活性化マクロファージを強制的に傷口に増加させて線維芽細胞さえも生み出す。この過程を通常の数十倍の速さで行える能力だった。縫わないといけない筈の傷が塞がったのはこの機能のおかげだ。
自身の傷は自動で作動するが、他者に対しても行う事が出来る。
その場合は自分の身体中に居るピコマシンを、一時的に他人の身体に移動させて強制的に活性化を行う。
もちろん、往復の移動の為にエネルギー効率も落ちるし、活性度合いも落ちるが、現代医療以上の効果が有るのも事実だ(緊急時には傷口を舐めるという手段も有る。直接ピコマシンを送り込める為にこれはかなり効率が良い)。
かなりの数の怪我人は子供たちの《活性化》により症状が軽くなったが、残念ながら守備隊の5人と市民の7人は間に合わずに息を引き取った。
治療に当たってくれた子供たちは泣きながら親に頑張ったけど死んでしまった事を告げた。
俺はきっと、ひどい事を子供にも強いている。
だが、他人を助けるという事は、自身も犠牲を払う覚悟が必要だ。
その覚悟の結果が、子供を『命の現場』に向い合せるという無茶に繋がっていた。
こっちに来てから感じていたが、どうやら本当の俺はかなり非道な人間の様だった。
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m