第10話 第1章-第10話
20161006公開
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みんなの前では気丈に振る舞ったが、さすがに堪える。
全員を無事に安全な所に連れて行くと決意していたが、更に深い意識領域では、被害も無く脱出が出来るとは思っていなかった。
だが、いくら覚悟していても実際に犠牲者が出れば精神に来る。
三宅部門長は奥さんと小学3年生の長女の3人暮らしだった。自宅が店の近所に在る為、奥さんと娘さんがいつも夕方に買い物に来ていた。娘さんはしっかりした子で、俺にいつも『父がいつもお世話になっています』と挨拶をしてくれていた。そう言えば深雪とも仲が良かったな。
三宅部門長本人は車を弄るのも乗るのも大好きで、休みの度に弄ったりドライブに出掛けていた。
なんせ、家族で出掛ける用と自分だけが乗るドライブ用とで2台の自動車を持っていた程だ。ボーナスを貰う度に改造キットを買うのが奥さんの悩みだった。きっと運転席で死ねなかったのは未練だったと思う。
走馬灯の様に三宅部門長の思い出が浮かぶが、この集団の行方を握っているのは俺だ。冷たいと思われようが平然とした態度で先に進むしかない。
ここまでで俺は27頭の『害獣』を殺していた。みんなが殺したのが7頭だから、合わせて34頭だ。数百頭の目撃情報が正しければ、守備隊がどれほど殺したかは分からないが焼け石に水だろう。
行進を再開して、5分後に厩舎に着いた。
その間にも3度の小規模な襲撃を受けたが、なんとか撃退していた。
「ゼフ、よくぞ待っていてくれました」
リリシーナが声を掛けた相手は、初老の男性だった。
何故か「セバスチャン」という名前が浮かんだのだが、理由は不明だ(半分くらい分かっているが分からない事にしておく)。
「『プラント様に仕えし至高巫女様』こそ、よくぞ御無事で。出発はいつでも可能ですぞ」
リリシーナが俺を見た。
「2人を埋葬したらすぐに出よう。発砲音が聞こえなくなった」
俺の言葉が意味するものを推察したのだろう。リリシーナが周囲の信徒に聞こえる様に言葉を発した。
「苦難が待ち構えていますが、これもプラント様が与えたもうた試練。我らはもう魔法を超える御加護を授かっております。この試練を乗り越えれれば、我らに更なるお恵みをお与え下さるでしょう。心を一つにして乗り越えて行きましょう」
若い奥田君と岡君の2人に、亡くなった2人を埋葬する為の穴を掘る事を頼んだ。身体能力が向上しているのと、店のみんなもそれぞれの〈戦闘装着セット(戦闘服2型)〉に含まれる携帯ショベル2形を使って手伝ったので10分ほどで穴は十分な深さになった。
送る言葉はリリシーナが述べた。
《星を巡り、この地に辿り着いた様に、2人の魂が安住の地を見付けからん事を・・・》という言葉が印象的だった。
俺たちが出発する直前に、7家族30人が近所の家から合流した。
全員が大きな荷物を抱えている。後で聞いたら大部隊くらいしか出せない程の銃声が近付いて来たから救援が来たと思ってやって来たらしい。どおりで俺たちの格好を見てギョッとしていた筈だ。総勢137人に膨れ上がったが、警護する人数は増えていない。どんどんと難易度が上がるのは、何かの罰ゲームなのだろうか?
まあ、ガバメント班(合計4度の襲撃を受けたせいで、実戦慣れをしたのか、近距離域ではかなり頼りになる様になった)が予想よりも早く戦力としてある程度の計算が出来るようになったのは嬉しい誤算だったが・・・
兄としては複雑だが、それ以上に深雪が即応予備自衛官並みの戦力として開花したのは大きい。
岡一士に戦闘の経緯を確認すると、報告の最後に深雪のセンスが素人離れしていると言っていた。
例えば、『害獣』に襲われて悲鳴を上げた女性を目の前にして硬直してしまった大人たちを鼓舞したり、敢えて『フレンドリーファイヤー防止』策を逆手に取って連射で射撃をしたりと、一瞬の判断としては実に素人らしからぬ的確さだったという評価だった。
『さすが、店長の妹さんですね』と言われても、反応に困るだけなんだが。
便宜上、馬車と言っているが、曳く動物は地球原産の馬では無く、こちら原産の動物だった。
『益獣』と言う名の4本足の巨大な動物だ。体高は2㍍を軽く超えて、2㍍10㌢以上は有る。体重も1.5㌧ほどは有るだろう。さすが、この島最大の動物だ。巨大で怪力の割には性格は大人しく、割と人懐っこい。『害獣』の印象が恐竜とドーベルマンを足した感じに対して、『益獣』はカバ3と馬1をブレンドした感じだ。草食が基本だが、偶に返り討ちにした肉食性の動物も食べるから、意外と外観に似ずに獰猛なところも有る。歯の並びも人間と同じ様に前歯は噛み切る為に鋭いが奥歯は臼状になっている。
馬車も大きな車体だった。積載能力は軽く4㌧を越え、全長6㍍弱、横幅は1.5㍍は有る。それが2台用意されていて、曳く『益獣』の名前は「ベビー」と「ショーティ」という冗談みたいな名だった。
馬車を曳く『益獣』とは別に、2本足の『益獣』も5頭連れて行く事にした。
『益獣』も雑食性の益獣で、少数ながら騎乗用として人類に貢献してくれている。
印象は肉食恐竜2に馬1、更に柴犬1を混ぜた感じに見える。
もし『益獣』が居なければ間違いなく地球の馬と同じ地位を築いたであろう。『益獣』が島最大の動物だとすれば、『益獣』は島最速の動物だ。体長4㍍越え、体高150㌢、体重500㌔の身体は瞬間最高時速で50㌔を捻り出し、『災獣』よりも10㌔も速い。
残念ながら時速50㌔は限られた時間しか出せないが、それでも機動の選択肢は大きく広がる。
『益獣』も『益獣』も、移民第2陣が生き残る為に色々と実験した置き土産と言って良い。おかげで機動力が格段に向上した上に、大多数を占める攻撃魔法を使えない人間にも、限定的ながら『災獣』に対抗出来る力をもたらした。
『益獣』5頭は血が繋がっており、父馬の名がラス、母馬の名はケードと言う。どうやら番の2頭はもちろん、その子供世代も優秀な軍馬を輩出していて、かなり有名な『益獣』一家らしく、ここで失うには惜しいらしい。
馬車にはリリシーナと、プラント教の最重要書類(歴代の『コミュニケーションズ・プロトコル』が授かった《御神託》の原文記録)と、俺たちの店から持ち出した食料や飲料、それにこちらでは手に入らないかもしれない製品、それと小さな子供が優先的に乗せられた。
まだ数名を乗せる空間は有るが、病人や怪我人が発生した時の為に開けておいた。
リリシーナと交代要員を含めた4人の御者以外の人間は全員が徒歩で馬車について行く事になる。
総勢137人の集団は、聖都脱出の為に歩み出した。
街の中は血の匂いに満ちていた。
現在進んでいる大通りの街路の至る場所に引きずられた様な血痕が残されている。
今、路地裏に入ると地獄絵図が展開されている事は確実だ。
出発して10分ほどは特に襲撃を受けなかったが、あちらこちらで新たな害獣を見掛けた。
『害獣』だ。
こいつらの習性はどちらかと言えばハイエナに近い。
死んだ草食獣の死骸や、『害獣』が倒した『益獣』や、『災獣』が倒した『草食獣』の食べ残しを漁るのだ。
外観は『害獣』に近いのだが、何故か小賢しいと思ってしまう顔をしていた。
身体は『害獣』よりも小さな体長1㍍、体高40㌢ほど。牙を飛ばさないが、身体能力よりも知能の方が厄介だ。いざとなれば同数の『害獣』を翻弄する集団行動を取る事が有る。
もし飢えている10頭の『害獣』と、同じく飢えている同数の『害獣』と遭遇したとすれば、どちらが厄介かと言えば、『害獣』の方だ。最高時速は時速25㌔の『害獣』に勝る32㌔だし、なんせ小回りが利く。フットワークに翻弄されて気が付けば懐に入られて被害を受けるらしい。
そして、久々に都市防衛の任に就いている守備隊に遭遇した。
街の要所要所で造られている交差点兼広場で交戦中の守備隊は重槍兵と呼ばれている兵科の部隊だった。
こちらでは相手が『害獣』や『災獣』といった主に散兵戦主体の敵だった為に、ファランクスの様な密集した隊形は取られる事は少ないが、それでも大盾と長槍装備の兵科は必要とされていた。
『災獣』討伐隊には機動力の低さから派遣されなかったので、4個小隊100名全員がこの都市に残された筈だが、目の前で『害獣』に包囲されて広場で円陣を組んでいる重槍兵の数は半分以下だろう。
円陣の中には避難し損ねた住人が多数居るようで、頭が見えている。ざっとこちらと同じ人数くらいか?
包囲している『害獣』の数は50頭を超えているが、集団として統一された動きには見えない。
どちらかと言えば5つ以上のグループに分かれている様に見える。
今は膠着状態だが、これ以上『害獣』が集まって来ると、悲劇の結末しか訪れない事は明白だった。
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m
ちょっと時間が開きましたが第10話をお送りしました(^^)
一気に異星の動物が登場したので簡単に紹介しておきます。
『害獣』
体長:150㌢ 体高:70㌢ 体重:60㌔ 肉食 2本足 最高時速25㌔
『災獣』
体長:400㌢ 体高:150㌢ 体重:480㌔ 肉食 2本足 最高時速40㌔
『害獣』
体長:100㌢ 体高:40㌢ 体重:30㌔ 肉食 2本足 最高時速32㌔ (レックス原種)
『益獣』
体長:500㌢ 体高:216㌢ 体重:1500㌔ 雑食 4本足 最高時速36㌔
『益獣』
体長:420㌢ 体高:150㌢ 体重:500㌔ 雑食 2本足 最高時速50㌔
『益獣』
体長:120㌢ 体高:60㌢ 体重:200㌔ 草食 4本足 最高時速21㌔
『草食獣』
体長:300㌢ 体高:120㌢ 体重:250㌔ 草食 4本足 最高時速29㌔
『害獣』を原種として進化した『災獣』が出現するまでは『害獣』が島最強の肉食動物でした。害獣も災獣も頻繁に狩りをしなくても済むので(深刻な食糧難になり難い)、今も多数が生息しています。
『益獣』は元は肉食の『害獣』の近似種だったのですが、大昔に雑食になった為にかなり違った進化を遂げています。天敵が居ないので繁殖し放題の筈でしたが、出産数が少ない為に意外と少数でした。現在の『益獣』は人類が多産個体を選別した上で繁殖させているので、それなりに増えつつあります。
『益獣』はぶっちゃけ豚さん代わりに食べる事が可能です。まあ、改造前の人類では細胞を分解出来る酵素を持っていないので無理なんですが(人体の毒になる細胞は無いのですが、消化出来ずに確実にえらい目に遭います)。
しかし、益になるか、害になるかで分類するセンスがなんとも言えませんね(^^;)




