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長編小説 4 『花纏月千(かてんげっち)』  作者: くさなぎそうし
第一章 花弔封月(かちょうふうげつ) 黄坂千月(こうさか ちづき)編
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第一章 花弔封月 PART8

  8.


 仕事を終え事務所で熱い紅茶を啜っていると、千鶴が事務所に顔を出した。どうやら彼女も図書館での勉強を終えたらしい。


「お姉ちゃん。御節料理の残り持って来たよ」

「わあ、ありがとう」


 中を開けると、たくさんの料理が入っていた。数の子に、味の染み込んだしめ鯖。昆布巻きに黒豆。どれもが重箱の中で輝いている。


「ちょうどご飯にしようと思っていたの。早速頂くわ」


 御節を食べようとすると電話が鳴った。事務員はトイレにいっている、自分が出るしかない。

 千月は緩んでいた表情を引き締めて受話器を取った。


「はい、こちら明善社です」


「すいません、生花を一本お願いしたいんですが」


 男性の声だろうが、男にしては高い。もしかすると故人の友人かもしれない。


「ありがとうございます。お名前の方は……」


「ウサキノブヒロといいます」


 札はまたしても個人名だ。きっと故人の友人だろう。漢字を確認し届けは明日になることを告げる。生花店はもう閉まっている時間だからだ。


「通夜は終わっていますので、明日の朝一番でもよろしいでしょうか」

「はい、それでお願いします」


 そういうなり男は電話を切ろうとした。千月は慌てて電話を繋ぎ止める。


「あの、お支払いはどういたしましょうか?」

「ああ、ごめんなさい。後日伺うということではいけませんか」

「もちろん構いませんよ。電話番号と住所を控えさせていただきますが、よろしいですか」

「もちろんです」


 男は番号と住所を告げた後、ほっと吐息を漏らした。


「すいません。実は仕事の関係で県外にいるんです。助かります」


 男はこほんと空咳を一つした後続けた。


「故人は職場の後輩にあたるんですよ。ですので生花だけでも頼もうと思って連絡させて頂きました」


 どうやら友人ではないらしい。職場の同僚ということは肩書きを勧めた方がよさそうだ。


「もしウサキ様がよろしければ会社の名前をお付けすることができますが、どうしましょう」


「いえ、結構です」


 男はぴしゃりといった。

「従業員一同の名札があるので、私だけ肩書きをつけても不味いでしょう。そのままでお願いします」


「承知しました、それでは個人名のまま札をお作りします」


 千月は一人納得した。会社の同僚が参列した場合、彼の名前だけ目立っても不味いだろう。特に上司が向かうとなれば尚更だ。肩書きをつけない方がいい場合もある。


「はい、お願いします。私からも一つ、聞いてもいいでしょうか?」

「はい。なんなりとどうぞ」


「今日の通夜はどういった感じでしたか?」

「どういった感じといいますと?」


「ええと」


 男は躊躇いながらも言葉を漏らす。

「何か普通の葬儀とは違った点はなかったでしょうか。もちろんあなたから見てですが」


「そうですね……特に問題があった感じはなかったのですが。もっとも若くして亡くなられたので、弔う方の感情は昂ぶっていましたが」


「……そうですよね」


 男の溜息が漏れる。

「あいつはスピードを出す癖があったんです。自分の技術に自信を持っているような感じでしたし。だからあんな事故を……」


 故人は仕事外で単車に乗っている間、事故を起こした。場所は狭い路地で何かを避けるようなブレーキ痕が残っていたらしい。その日は路面も凍結していた。もしかするとただの脇見運転なのかもしれない。


「仕事でも他の奴らより多くの荷物を届けていました。規定の速度じゃ追いつかないくらいに。事故当日も飛ばしていたんでしょう」


「そうみたいです。お悔やみ申し上げます」


 そういって千月は妙な違和感を覚えた。

 今日姿を表した女性は怪我を負っているような感じはなかった。だがその子も同乗していたとなれば、ただではすまなかったはず。


 同乗したのは別の女性なのだろうか。


「ご両親はどういった感じでした?」信二は申し訳なさそうな声で尋ねてきた。


「そうですね、やはり気落ちされていました」


「何か事故に対することでいっていませんでした? 些細なことでもいいんです」


「……そうですね。同乗者がいたそうなんですが、その方がまだ見当たらないみたいなんです」


「へぇ……それは彼を置いて逃げ出したということですか。でもどうして同乗者がいたとわかるのですか?」


「逃げたのかどうかはわかりませんが、事故現場に血のついたヘルメットがあったみたいです」


 それにもう一つ奇妙な点がある。衣服が入った袋だ。バイクが転倒したとしても、命があれば自分の荷物を持ち去るはずだ。慌てていたとしても忘れることはないだろう。


「なるほど……それは同乗者がいたと見て、間違いないでしょうね」


「卯崎様は故人様と仲がよろしかったんですよね? 何か心当たりなどありますか」


「すいません、仕事では付き合いがあったんですが、プライベートでは……」


「そうですか……」


 プライベートで会わずに生花まで出すのは、よほど仕事で通じ合っていた関係なのだろうか。


 空咳の後、電話の主は口調を強めていった。


「近いうちに必ず支払いに向かいます。それではよろしくお願いします」

「承知しました。失礼させて頂きます」


 ……何か腑に落ちない、一旦情報を整理してみよう。

 故人・丑尾誠一は同乗者を連れて事故に遭った。だがその同乗者は事故から姿を消している。


 その同乗者は女性で寅谷馨だと推測する。その名の人物は今日、通夜には来ていない。


 通夜の前に姿を表したのが寅谷であればそれで納得ができる。だが彼女はバイクの転倒による傷を負っていなかった。転がっていたヘルメットは血に塗れていたのにだ。髪は綺麗な黒髪で傷口を塞ぐものはなかった。


 推測はできるがどれも決め手には欠ける。千月は考えるのを止め早速、凪の店にFAXを送ることにした。

 すると確認の電話が店から鳴り始めた。まだ店に人がいたようだ。


「おい。これ名札の名前、合ってるのか?」


 凪の声だった。急いでいるのか厳しい口調だ。

「間違ってるんじゃないか。確認をとった方がいい」


「えっ、どうして?」


 もう一度尋ねると、凪はきっぱりといた。


「さっき同じ名前でうちでも頼まれたぞ。そっちとは漢字が少し違う」

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