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長編小説 4 『花纏月千(かてんげっち)』  作者: くさなぎそうし
第一章 花弔封月(かちょうふうげつ) 黄坂千月(こうさか ちづき)編
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第一章 花弔封月 PART7

  7.


 とても死の話の続きなどできそうにない。


 千月は祭壇に飾る果物を並べながら、目の端で彼らを追った。

 5、6人の遺族は呆然と立ち尽くしている。40代の男性と女性が中心となり、その周りを年配の人々が囲んでいる構図だ。


 日記には彼らの特徴に重なる部分がある。おそらくこの二人が両親に違いない。


「お世話になります、生花部のものです」


 凪は喪家の前に踏み込んだ。

「こちらに並べられている生花は故人様を慕って頂戴したものです。こちらに名札がございますので、確認して貰ってもよろしいでしょうか」


 ここに並んである名札はほとんどが個人名だ。会社からも来ているが、親族・友人一同の生花がほとんどだった。


「ええと……」


 遺族の一人が声を上げた。

「どういう基準で名札を選べばよいのでしょうか?」


「決まりはないのですが、うちの斎場では家族葬が主になっていますので、子供、孫といった親族名が先に来ることが多いです。もちろん会社関係が前に来ても構いません」


 葬儀会社によって札の順番は異なる。会社関係が先に来る所では親族が一番後ろに来るし、そうなれば一番前は務めていた会社が一般的だ。


 ここに存在している名札は両親、親族、友人一同が一対ずつ。それに個人名と故人の会社名の社長と従業員一同の三本。順当にいけばそのまま並べて終わりになる。


「じゃあ、それでお願いします」


 故人の母親は頭を下げながらいった。

「でもこの名札だけは会社の後に持って来てくれませんか」


 彼女は個人名の名札を見つめている。睨んでいるといってもいいくらいだ。その視線には嫌悪感が含まれていた。

 千月は咄嗟に気を引き締めた。


「後ろというのは……会社より後ろということですか?」

「ええ、会社の後ろにお願いします。一番後ろで構いません」


 千月は母親のいう通りに札を並べた。異例なことだが、遺族の言葉に従うのが基本だ。反論するつもりもない。

 その札には寅谷馨とらや かおると書かれてあった。何かこの人物と確執があるのだろうか?


 改めて並べ変えると遺族は満足そうに頷いた。


「昨日はすいませんでした。本当に失礼なことばかりしてしまって……」


 ……失礼なこと?

 何だろう。記憶を辿ってみるがやはり残っていない。打ち合わせの最中で揉めることはよくあることだ。きっと些細なことだろう。


「いえ、全然構いませんよ」


 にっこりと微笑むと母親はすいません、と再び声を漏らした。

「サイズが大きすぎたでしょう? あなたに差し上げるといっておいて不必要なものをお渡しして……」


 ……サイズが合わない服。 

 もしかすると今朝家にあったのは彼女から受け取った服なのだろうか。だが彼女の服ではないことは確かだ。彼女のサイズなら自分にも合うはず。 


「誠一は真面目な子だったんです。それなのにあの子の友達が無茶させたんですよ。それであの子は事故を起こしてしまった。いえ、起こさせられたんです。外泊なんて許可しなければよかった……」


 母親は毒を吐くように千月に思いを伝えてきた。


「本当ならこんな生花を送れるような立場にはいないはずなのに……罪の意識がないんでしょうね、きっと」

 彼女の視線には寅谷の名札がある。もしかするとこの人物が故人の死と関わりがあるのかもしれない。何と答えていいかわからずそのまま相槌を打つ。


 母親の怒りは収まらずさらに加速した。

「高校だってあの子なら楽に卒業できたんです。なのに悪い道に誘惑されたんですよ。バイクにだって乗るような子ではなかったのに……。本当に悔やみきれません」

「……お察しします」


 さらに続けようと母親は大きく息を吸ったが、隣にいた父親から宥められた。


「すいませんね、家内はちょっと正常ではない状態にあるみたいで……」

「何をいってるの、私は正常よ」


 母親は大きな声で彼を威嚇した。

「この子さえ見つかれば、ちゃんとした話が聞けるのに。葬儀屋さん、この生花が届けられた時、連絡先を聞きませんでした?」


「もちろん聞いてますよ」

 そういって千月は字札のメモを確認した。


「貸して下さい」


 彼女は強引に奪い取り、自分の携帯電話に番号を打ち込み始めた。

「……なんだ、やっぱり同じ番号か。電源が入ってないわ」


 くしゃくしゃになったメモ用紙を受け取ると、母親は再び大きな溜息をついた。


「何度掛けても駄目なんです。誠一の携帯にも登録されてあるんですけど繋がらない。彼女と一緒にいたのは間違いないのに」

「彼のバイクには同乗者がいたんですか」

「……ええ」


 母親は剣呑な目のまま頷く。

「事故現場に誠一のものじゃないヘルメットが落ちてたんです。ヘルメットには血もついていたんですよ。それに誠一の携帯から救急の番号が掛かっていたんです」


「それの何がおかしいんです?」

 

 凪は首を傾げながらいった。

「彼が掛けたんじゃないんですか」


「誠一は即死してるから、無理に決まってるじゃない。あいつが掛けたのは間違いないわ」


 母親の眼が狂気に満ちていく。

「目撃者がいないから彼女が掛けたのよ、絶対。警察の人も行方を探しているみたいだけど、まだ見つかっていないの」


「綾子」


 父親が再び彼女に注意を施す。

「いい加減にしないか。今は誠一の供養が先だ。他の方にも迷惑だろう」


 父親の声に我に返ったのか母親はうな垂れるようにしてホールを後にした。残りの遺族達も控え室に戻っていく。


「何だよ、人のせいばっかりにしやがってよ」


 凪は千月にだけ聞こえるような小さな声でいった。

「友達が悪いの一点ばりじゃないか。自分は悪くないっていうのかよ。綺麗な顔していうことはいうよなぁ」


「自暴自棄になってるだけよ」


 千月は視線をホールの外にやりながら続けた。

「化粧が濃かったでしょ? あれはきっと何度も直して目の周りだけ厚くなったんだと思う。自分のことを攻めすぎてどうしたらいいかわからなくなってるのよ」


「……そうかもな」


 凪は肩をすくめて吐息をついた。

「子供に先立たれれば、ああなって当然なのかもしれないな」


 改めて個人名の名札を見る。後ろに置かれたスタンド花が妙に寂しく映ってしまう。


「こいつがそそのかしたのかな。バイクに乗せてって」

「そうかもね。そして名札の主はさっきの子だと思う」

「どうしてそう思うんだ?」


 千月は部屋にあった紙袋について述べた。


「私のサイズにしては大きすぎる服があったの。きっとあの子の服よ」


 ショートパンツにレギンス。彼女の趣味には合わないかもしれないが、大きさ的には合うはずだ。


「ふうん。何でそれをお前が持ってるの?」


「多分、故人の母親から貰ったのよ」


 千月は目を反らせながらいった。

「事故現場に落ちていた服を私が処分しようといったの。だからさっき私に謝ってきたというわけ」


「なるほど、そういうことか」


 凪は千月を見ながら頷いた。

「つまり、さっき来たゴシック女は故人の彼女で、二人でドライブしていたと。そしてその途中で事故に遭った。彼女は自分の荷物を置いて逃げ出したという筋書きか」


「そう考えるのが妥当ね」


 寅谷馨。女性の名前が妥当だろう、そしてきっと彼女のことだと推理が働く。


「確かに。じゃああの子は自分が来ることを拒まれてるから、先に来たっていうのか?」

「きっとそうよ。遺族がいない前に葬儀場を確かめたかったんだと思う」


「中々ややこしい葬儀になりそうだなぁ」


 凪は手に掴んだ黄色に光るオンシジウムと共に背中を丸めた。


「ま、俺には関係ないけどな、後は頑張れよ」

「何をいってるの。幼馴染でしょ。こういう時こそ力になってやるぞっていうもんじゃないの」


「彼女だったら助けてやろうと思うけどな」


 彼は口元を緩ませながらいった。

「俺はお前の彼氏じゃないし、お前の彼氏を知ってる」


「だからあの人は彼氏じゃないっていってるじゃない、何回いったらわかるのよ」


 鋭く威嚇するが彼には全く効果がない。

「それに彼、山奥に住んでいるみたいでそんな環境にないみたい。ま、インターネットが繋がっていても意味ないけどね」

「どうして?」

「彼、機械オンチなの。ビデオの録画も取れないくらい駄目なのよ。だからメールもだめ」


「……なんじゃそりゃ」


 凪は大袈裟に溜息をついた。

「それで本当に時計の修理を学びにいっているのか?」

「うん。デジタル式に弱いだけだから。本当に腕は立つのよ」


「ふうん、怪しいもんだなぁ」


 凪は祭壇を完成させた後、生花の名札をそれぞれのスタンド花に挿していった。最後に寅谷馨の名札を刺すと、彼はぼそりと呟いた。


「この寅谷さん、通夜に来るかな?」


「来ないと思うわ」


 千月はきっぱりといった。

「わざわざ誰も知り合いがいない時に来たんだからさ。きっと通夜が終わった後にこっそりと来るつもりじゃないのかな」


「なら大丈夫だ」


 凪は笑いながらいった。

「問題が起きるはずがない。よかったじゃないか」


「もし来たら?」

「その時は諦めるしかないな」


 杞憂な心配を余所に寅谷馨という名の人物は通夜に来なかった。無事に通夜を終えた後、千月はそのまま夜勤を迎えることになった。

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