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長編小説 4 『花纏月千(かてんげっち)』  作者: くさなぎそうし
最終章 『月花美陣(げっかびじん)』 
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最終章 『月花美陣』 PART1



  1.


 2012年12月29日。


冷たい雪風が舞う中、凪は東京の列車のホームで千月の帰りを待っていた。凍てつくような吹雪が身を襲い体が硬直していく。だがそれは寒さからだけではなく、精神的なものからきていた。


 再び時計のカレンダーを見る。今日は2012年12月29日。彼女の意識では2008年2月29日を迎えているはずだ。


 彼女は今日、4年前と同じ電車に乗る。そして事故など起こらなかった日常を体験するのだ。その電車に自分が誘導しなくてはならない。


 ……いよいよ最後の締めだな。


 凪は高潮する意識を抑え冷静に務めようと考えていた。今日の任務が無事に終われば本当の千月に戻ることになる。だがここで失敗すれば彼女の意識は今度こそなくなってしまうだろう。ゲッカビジンの花が咲くかどうかは自分自身に掛かっているのだ。


 ……志遠、お前の思いは無駄にしない。


 最後に会った昨日の彼を思い浮かべる。最後の彼は千月と本当に区別がつかなかった。二人で同じホテルに泊まり最後の別れを交わしたが、彼女の人格とほとんど変わらなかったため、別れたという意識が残っていない。


 だが今日の彼女を見て、彼がもういないのだ、ということは何となくわかった。彼の魂を感じなくなってしまったのだ。


 ……志遠、必ず成功させるからな。


 両拳を強く握る。もし失敗するようなことになれば彼に申し訳が立たない。彼は最後の最後まで黄坂千月として貫いたのだ。彼女の意識が戻ることを信じて止まず、彼女のためだけに己を通した。彼の行動が無駄にならないようにするために自分はここにいる。


 もちろん千月のために動いたのは志遠だけではない。妹の千鶴、ピアニストの雪奈などの助けがあったからこそ今の状況が作り出せているのだ。今から果たす任務は多くの人の思いが詰まっている。


 ……明日からはようやく千月と同じ時を過ごすことができるんだな。


 そう思うだけで心臓の鼓動が早まる。当たり前の現実を想像するだけで気持ちが昂ぶっていく。

 千月に対して恋愛感情など持ち合わせていない、それが彼の持論だった。ただの幼馴染だと自分に言い聞かせていた。どちらかといえば千鶴の方が好みだと周りに公言していた。


 だがそれは全て嘘だった。ずっと千月のことが好きだった。天真爛漫な彼女に嫌味をいいながらもずっと彼女の姿を眺めていたかった。友達以下の関係になることが怖くて微妙な距離を保っていた。


 何度も告白しようと考えた。だが彼女を目の前にすると言葉は泡のように消えていった。彼女の近くにいるだけで満足している自分の姿が鏡に映っていた。


 ……あの時に。


 あの時に自分の気持ちを告白しておけばよかったと何度も後悔している。駄目でもいい。きちんと告げておけさえすれば、彼女への気持ちを断ち切ることができた。


 ……自分の時間はあの時から止まっている――。


 凪は流れゆく電車を目で追いかけながら過去を回想した。時間を巻き戻すことはできない。たとえ彼女の時間を巻き戻した所で自分達の関係は変わらない。


 彼女を救いたい、この思いは確実だ。これで成功しなかったとしても別の方法を考えて必ず千月を救ってみせる。たとえ志遠の力がなくても、自分なりに新たな布陣を考えてみせる。


 彼女を存在させることこそが、自分の生き甲斐になってしまったのだから――。

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