第五章 『花纏月千』 PART14 (完結)
12.
2009年2月28日。
志遠は一階の和室で祭壇を組んでいた。明日は3月1日。事故に遭ってから一年ということもあり、志遠の一周忌法要をするため和室が貸し切られている。二階の斎場では創設者・黄坂明の一周忌が行なわれるそうだ。
「お、やってるな。もうすぐできそうじゃないか」凪は縦長のダンボールを抱えながら入って来た。「それにしても異常な光景だよな。自分の祭壇を自分で作るなんてさ」
「……ああ。まったく変な感じだよ」志遠は彼に視線を寄せた。「千月の体を借りているとはいえ、このまま成仏してしまうかもしれない」
「面白くない冗談は止めてくれ」凪は大振りに手を振った。「今お前にいなくなって貰ったら困る。例の
作戦が台無しになるからな」
「わかってる。ところでスターチスは持ってきたか?」
「ああ、もちろん。お前の好きな薄紫のものを持ってきたよ。この花言葉が好きなんだろ?」
スターチスの花言葉は『変わらない思い』。
作戦を多少変更することになったが、あの時に誓った思いは今も変わっていない。
「それにもう一つ面白い花を持ってきたぜ」そういって凪は紫の小花を取り出した。「可愛いだろ? 名前は春紫苑。花言葉は『追憶の愛』。今のお前にぴったりだ」
「……確かに間違ってない」志遠は小さく笑った。「今ここにいるのが僕ではなく千月だとしてもあっているよ」
そう、自分は今、千月の過去を追想している。
千月のために彼女の過去を変える物語を作っているのだ。彼女はその夢を現実として受け入れ順応し始めている。彼女の記した日記がそれを物語っているからだ。
「……所で例の作戦のことなんだが」凪はもぞもぞとダンボールから花を取り出していった。「お前と話す時、いつも例の作戦の話といってるだろう? こういっちゃなんだが、例の作戦とか怪しすぎるだろ。そこで誰に聞かれてもいいように作戦名を考えてきたんだ」
凪から小さな紙を手渡された。そこには『月花美陣』と書かれてあった。
「ゲッカビジンと読むのか?」
「ああ、そうだ。ほら、二ヶ月前に話しただろ。月下美人は夜にしか咲かないけど、夜に光を当て続けていれば昼間見ることができるって」
「そういえばそんなことをいっていたな」
「千月にしても同じことだろ。あいつの時間を逆転させなきゃいけないんだからさ。あいつ(月)とお前(花)が入れ替わる布陣を作らなきゃいけない。だから月花美陣ってわけ」
「なるほど、一応意味があるわけだな」志遠は小さく頷いた。「だが布陣なんて格好のいいもんじゃない。せいぜい背水の陣だ」
「……ま、そう固くなるなよ」凪は大袈裟に笑った。「先は長いんだ。気楽にいかないと身が持たないぞ」
「すでに身はないけどな」必要以上に口元を歪めてみせる。「でも君のいう通りだ。これから先、長い付き合いになることが確定した。これからもよろしく頼むよ」
ふと、千月の言葉が脳裏に蘇る。
――月下美人の花言葉はね『もう一度だけ会いたくて』っていう意味があるんだよ。
その願いは永遠に叶うことはないけれどそれでもいい。
君の悲しみが癒えるまで僕はずっと君の側にいる。
誰よりも近い場所で――。
彼は胸にある懐中時計をぎゅっと掴んだ。裏蓋には花鳥風月の文字が彫られてある。その文字を右手の親指で順になぞることが習慣だった。
……だけど、今日からは『逆』に変えよう。
志遠は右手に持っていた時計を左手で握り返した。そして息を吹き込むように親指で反対側からなぞることにした。