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長編小説 4 『花纏月千(かてんげっち)』  作者: くさなぎそうし
第五章 『花纏月千(かてんげっち)』 阿紫花 志遠(あしばな しおん)編
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第五章 『花纏月千』 PART8

  6.

 

「どうもこのたびはお悔やみ申し上げます。葬儀を担当させて頂く亥狩と申します。さっそくご遺体を斎場の方に運ばさせて頂きます」


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 挨拶をしたのは喪主の子角源七ねすみ げんしちだ。年のわりにはきびきびとした表情でこちらに頭を下げている。どうやら彼の妻が亡くなったらしい。


 志遠は部屋を一瞥した。部屋の広さは10畳以上ある。そこそこの広さだ。和を感じさせる物が細々と飾られており高級感を醸し出している。中々の金持ちらしい。


「それでは故人様をお運びします」


「はい、よろしくお願いします」


 故人は和室の中心に眠っていた。畳の上に白い布団がしかれており顔には白い紙で覆われてある。体の小ささから女性であるのは間違いない。


 故人の体は思ったより重かった。死後硬直を起こしているため動かしにくいと聞いていたが想像以上に重い。男二人で運ぶにはいいのだろうが千月の体では負担が大きい。


 故人を載せたまま斎場へと舞い戻り、再び喪家の控え室へと故人を移動する。


「とりあえず、こんなもんだね」


 休憩室に辿り着いた後、亥狩は煙草に火をつけながらいった。心地よい香りが辺りを漂う。


「後は湯灌が体を綺麗にして化粧を施す。そのまま棺に入れて斎場へと運ぶだけだよ」


「思ったより淡々としているんですね」志遠は率直に言葉を述べた。「もっとややこしいものかと思っていました。色々な手続きがあるのかと気構えていましたが、そんなことはないんですね」


「そうだね。そんなに難しいものじゃないよ」亥狩は小さく溜息をつきながら頷いた。「今回のお客さんは天寿を全うしているからね」


「では、そうでない人達は?」


「……やっぱり難しいね」トントンと灰を落として続ける。「赤ちゃん、自殺者、事故、病気といった突然起こるものは難しい。対応にもそれなりに差が出てしまう。でもそういった人達は少ない。ほとんどが年によるものだよ」


「なるほど」


 亥狩は手の空いている方で上空を指差した。その上には今回行なう斎場がある。


「そういえば祭壇はもうすぐ出来上がるといってたよ。見にいってみたら? 今日のは豪華だから見ごたえがあると思うよ。今日は凪君も手伝いに来てたみたい」


 どうやら凪のことまで知っているらしい。もしかすると大分深い仲にあるのかもしれない。


 とりあえず行ってみよう。彼は煙草の香りを惜しみながら螺旋階段を駆け上がっていった。


 するとそこには幼馴染の凪がいた。


「よう。そういえば今日から出勤だったな。元気か?」


「お疲れ様です」志遠は凪に挨拶をした後、隣にいる大男にも頭を下げた。


「よう、じゃねえだろ」嵐は唐突に凪の頭を叩いた。ゴツンと鈍い音がする。「お前はヒップホップのDJか? 挨拶くらいちゃんとしろ」


「痛ってえな。千月しかいねえんだから別にいいだろ。それくらい」


「よくないからいってやってるんだ。お前が一人で来るようになってうちの評判が落ちたらただじゃおかんぞ」


 大男はどうやら凪の父親らしい。ポパイのような太い腕、顔は穏やかだが鋭い眼光、どっしりとした体格、どうみても凪には似ていない。


「そうだ、久しぶりになるよな。親父に会うのはな」凪がわざとらしい説明を施している。「こういった場なんだ、改めて自己紹介するべきだよな。俺は緑纏凪。で、こっちがうちの親父の緑纏嵐だ」


「よ、よろしくお願いします」


「大変だったな、千月ちゃん」嵐が低い声でいう。「だけどこれも何かの縁だ。これからはお互い頑張っていこうな」


「はい、ありがとうございます」


 頭を下げた後、志遠は後悔した。千月ならどういった対応を取るだろうか?


 彼女ならもっと明るく振舞うのかもしれない。暗い話題があっても持ち前の笑顔で吹き飛ばしているだろう。


 志遠がもじもじしていると、嵐が空咳を立てて続けた。


「何かの縁といったが、やっぱり千月ちゃんとこうやって話せるのは嬉しいよ。縁もゆかりもない人と仕事をするよりは知っている人の方が張り合いがでるからな」


「そ、そうですか。ありがとうございます」


 やはり彼との距離感が掴めない。千月なら敬語は使わないかもしれない。だがこうやって礼儀を重んじた挨拶ならきちんとした対応の方がいいのではないだろうか?


 凪は察してくれたのか、一歩前に出て嵐を促した。


「ほらほら、親父は帰った帰った。俺が残りの掃除はして帰るからさ、後は任せてくれ」


「偉そうに」嵐は鋭い視線を凪に浴びせている。「まあいい。花びら一輪でも残して帰るなよ」


「わかってるって。花屋のごみは目立つからだろ。ちゃんと綺麗にしてから帰るよ」


「わかっているのならいい」嵐はふんと鼻を鳴らしてから鉄で出来た扉を開けた。どうやら彼は非常口から出ていくらしい。「それじゃ千月ちゃん、後はよろしく頼む」


「はい、お疲れ様でした」


 バタンと扉が閉まると同時に凪の溜息が漏れた。


「やっぱりお前だよな」凪は志遠の腕を見ながらいった。「雰囲気で千月じゃないと思ったが、あたりだったな」


「ああ、今の所変化の兆しは見えない」


 志遠は左腕を見せながらいった。千月に戻った時と区別するために最近は腕時計を左腕につけている。彼女は右手に時計をつける癖があったからだ。


「そっか。それよりもお前、そろそろ女言葉を覚えた方がいいんじゃないか? 千月もそんなに女々しい奴じゃなかったが、無愛想過ぎると不自然だぞ」


「そうかな」


「ああ、親父もきっと違和感があったと思う。普段の親父ならもっと喋るからな。きちんと千月を演じないとこの先、乗り越えられないんじゃないか?」


「……そうだな」


「そうだな、じゃないよ」彼は口を尖らせている。「そうよね」


「そうよ、ね」


 志遠が呟くと、凪は苦笑いを浮かべた。


「ちょっと固いけど、しょうがないか。ちゃんと練習しておけよ、これも千月のためだ」


 千月のため、といわれれば仕方がない。あまり気はすすまないが練習する必要がありそうだ。


「了解だ。彼女が表に出る前にはできるようになっておこう」


「ああ、頼むぜ」


 凪から目を離すと巨大な祭壇が目に入った。


「……しかし凄いな、こんなにも迫力があるものとは知らなかった」志遠は溜息を交えながら感想を述べた。「本当に綺麗だ、これは本当に全部花なのか?」


 祭壇は亥狩のいう通り花で埋め尽くされていた。向日葵と菊でだ。しかもその菊が綺麗にラインをとってある。


 ラインを描いてあるのは一冊の本だ。一冊の厚い本が風に吹かれてページが捲れてあるように無造作に描かれてある。立体感もあり絵が飾られてあるといわれてもおかしくない。


「凄いだろう? 親父は菊で絵が描けるんだ」


「ああ、本当に凄い。なんといっていいかわからないけど、これが凄いものだとはわかる。本当に生花だとは思えない」


 近寄ってみるとラインは菊だけでなく淡い紫の花も入っていた。どうやら小花らしく枝分かれしているようだ。


「あの紫色の花は?」


「あれはスターチスという花だ」凪が説明を加えた。「花言葉は『変わらない心』。祭壇を飾る時はほとんどいれる花だな」


「へぇ、花言葉というのは何にもであるんだな」


「ああ、そうらしい。俺も今勉強している所だから多くは知らないけど」


 変わらない心、か。


 志遠はもう一度スターチスを眺めた。花びらは小さいがこじんまりと纏まった形が愛らしい。いつまででも眺められそうだ。


「向日葵は夏の花だよな。今の時期にあるのか?」


「いや、ないよ」凪は小さく首を振った。「注文で取り寄せたんだ。大抵の花は注文すれば仕入れられるのさ、高いけどね」


「なるほど。花屋は季節を変えることができるわけだ。ところで君も手伝ったのか?」


「俺はまだまだだよ」凪は首を振って笑った。「掃除をしたり、親父が挿す花をとってやるくらいだ。今は親父の挿し方を見て勉強している所だな」


「そうなのか。じゃあ早く覚えて貰わないといけないな」


「え? ああ、そうか。親父がいたら落ち着いて話もできないからだな。俺が早く来れるようになった方が千月が出て来た時に困らないようにするためだな」


「それもあるが……」志遠は人差し指を上げて続けた。「千月は時を遡らなければならないだろう? なら季節を変えなきゃいけない。冬が来れば次は秋だ。僕の予測通りに動くなら、半年分開きがある時期がくるんだ。そのためには花の力が必要になる」


「なるほど……」凪は手を上げて降参の合図をとった。「お前は本当にできると思ってるんだな。お前の揺ぎ無い自信の方が凄いと思うよ」


「揺るがないわけじゃないが……。彼女の意識を取り戻すためには何だってやるさ」


「それにしてもだよ。まだ千月が出てきてもいないのにさ、よくそこまで頭が回るよな」


「回るんじゃない。これしかすることがないだけだ」


「ふうん。じゃあさ、今まで通り生きていたらどうするつもりだったんだ?」


「今まで通り生きていたら?」


「そうだ」凪は首を縦に振った。「もし志遠として生きていたらだよ。一つくらいあるだろう、やり残したこと」


「そうだな。夢はあったなぁ」志遠は思い出すように目を閉じた。「マリーアントワネットという時計を知っているか?」


「いや、まったく」


「……だろうな」彼は笑いながら説明した。「一言でいうのであれば不可能を可能にした時計だ。僕はこの時計を一生掛けてでも作りたいと思っていた。そのために本気でスイスに留学することを考えていたんだ」


「ということは、留学はしなかったわけだ」


「……ああ」志遠は小さく呟いた。「千月と共に時計店を切り盛りしようと思ってな。仕事より家庭を選んだんだ。僕の両親は不仲でね。暖かい家庭を築いてみたかった」


「……そっか」凪は暗い顔のまま口元だけ緩ませた。「どういっていいかわからないけどさ、あんまり落ち込まないでくれよ。千月の顔で困られると心臓に悪い」


 凪の表情を見て心が穏やかになっていく。どうやら彼は千月のいっていた通りの人物らしい。情に熱く人の気持ちがわかる優しい人。予想はしていたが、自分の想像を超えたお人良しのようだ。やはり彼になら任せることができるかもしれない。


「ありがとう。君は優しいんだな」


「そんなわけないだろ、全部あいつのためだ。……それより千鶴ちゃんを説得しなくちゃいけないといっていたけど、そっちは大丈夫そうなのか?」


「いや、まだ考え中だ。色々考えているんだが、どれも論理性に欠けてしまう。中々いい案が思いつかない」


「そうかぁ。俺も考えているんだけど、中々難しいよなぁ。お前が乗り移っているってそのまま伝えてもいけないしなぁ」


「そうなんだ」志遠も一緒に腕を組む。「これが本当に難しい。それにいつ千月に変わるかわからない。なるべく早く解決したいんだが」


「……どうしたの、二人で腕を組んじゃって」


 二人で話し込んでいると、亥狩が姿を見せた。手には小皿がありその上にはおにぎりが載っている。


「悩み事があるなら聞くよ。僕にできることであればね」

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