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長編小説 4 『花纏月千(かてんげっち)』  作者: くさなぎそうし
第四章 『風花紲月(ふうかせつげつ』 未橙 雪奈(みだい ゆきな)編
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第四章 『風花雪月』 PART9

  9.


「……未橙先輩?」


 隣で桃瀬が問いかける。


「もしかして今、寝てました?」


「いや、寝てないよ。ただぼんやりとしていただけだ」手にしていた煙草はすでにフィルターまで燃え尽きている。雪奈は慌てて灰皿で揉み消した。


「本当にこの曲が好きなんですね。先輩の締まりのない顔を初めて見ましたよ」


「失礼な奴だな」雪奈は掌で涎が出ていないか確認した。「誰だって仕事が終わればこんな顔になるさ」


「そうですけど。先輩のイメージには合わないですよ」


 そういって桃瀬は嬉しそうに微笑んだ。唇を舐めながら続ける。


「仕事の時の先輩、何を考えているかわからないんです。感情が表に出ないから、何が好きで何が嫌いかもわかりませんでした」


「ただの仕事の同業者だ。どうしてそこまで知っておく必要がある」


「私は知りたいんです。だってそっちの方が絶対楽しいですよ。色々なことがわかった方が仕事もはかどりますし」


「……そうかな」雪奈は酒を舐めながら反論した。「仲がよくなったとしても喧嘩することはある。そうなれば仕事は捗らないし逆に回らなくなってしまう。そんな間柄にあるのであれば最初から仕事だけと割り切った方がいい」


 雪奈の言葉が効いたのか桃瀬は急に固まった。その表情は冷たく唇まで閉ざしている。必要以上にいい過ぎてしまっただろうか。


「すまない。もちろん君との関係についていってるわけじゃない。あくまで一般論だ」


「いえ、いいんです。確かにそういった考えもありますよね」桃瀬はきゅっと唇を噛み締めた。


「先輩はこの職場に来て一年経ったといってましたよね?」


「ああ、そうだ」


「その前のことを聞いてもいいですか」桃瀬は細い声でいった。「前に聞いたことがあると思うんですけど、その時は教えてくれませんでしたよね」


「……今はまだいえないな」雪奈はぐいっとグラスを飲み干した。体の中を熱い液体が流れる。「心の整理がついていないんだ。今話すと、明日からの仕事に影響が出てしまう」


「そうですか……」桃瀬はそっと雪奈に視線を送った後、グラスの方に向けた。そのままグラスを空にして続ける。


「じゃあ整理がついた時に教えて下さい。それまで私、待っていますから」


 二人分の勘定を払った後、雪奈は煙草に火を点けようと箱の中身を探った。だがそこには一本も残っておらず、やせ細った箱だけが残っていた。


「桃瀬。すまないが、一本くれないか」雪奈は袋を圧縮していった。「さっきのでなくなってしまった。君も吸うんだろう?」


「……すいません。実は持ってません」桃瀬はばつが悪そうに微笑んだ。唇からは舌が出ている。「煙草を吸うというのは嘘です。だからありません」


「じゃあさっきの箱はなんだ」


「先輩が持っていたものですよ」そういって桃瀬は煙草の箱を取り出した。中は膨れているが一本も入っていない。


「どうしてそんな嘘をついた?」


「どうしてって。そんなの決まってるじゃないですか」桃瀬は恥ずかしそうに声を潜めた。「先輩のことが知りたかったからですよ」


 駅のホームに辿り着き桃瀬と別れを告げる。いつもは憂鬱になる帰り道だがなぜか心が安らいでいく。


 反対車線を覗くと桃瀬が手を振っていた。月明かりが彼女の表情を蒼く染めている。


「せんぱーい」桃瀬が手をメガホン代わりにして大声を上げている。「そういえばあの棺掛けの花言葉、なんでしたっけー?」


「さあ、何だったかな」


「んーと、えーと」桃瀬は悩みながら言葉を振り絞る。「あーくやしいなぁ。なんだったっけなぁ」


「……希望だよ」彼女に聞こえないような小さな声で呟く。


「えっ? 何かいいました?聞こえませんよー」


「いや……何でもない」


 手で合図すると、電子掲示板が音を立てた。どうやら桃瀬の方に列車が来るらしい。


「あっ、そろそろ来るみたいですね。それじゃあまた明日ですー」


 そういって桃瀬は腕を大きく振り始めた。それも両手でだ。


 ……まったく、騒がしい奴だ。


 だけど、嫌いなタイプじゃない。


 雪奈は仏頂面を崩しゆっくりと別れの挨拶を交わした。

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