表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長編小説 4 『花纏月千(かてんげっち)』  作者: くさなぎそうし
第四章 『風花紲月(ふうかせつげつ』 未橙 雪奈(みだい ゆきな)編
43/78

第四章 『風花雪月』 PART5

  5.


「……せんぱーい」桃瀬が横で呟く。「事務所につきましたよ。早く確認して下さいよー」


 桃瀬に急かされて事務所の扉をノックする。そこには事務員以外いなかった。


「申塚さんの担当者ですか? すいません、さっきまでいたんですけどね」


 どうやら担当者は不在らしい。そうなると、きっと二階の斎場だろう。


 桃瀬と共に斎場への階段を登ると、花屋が祭壇を作っている途中だった。いつもは一人で来ているが今回は二人で作っているようだ。息子の緑纏凪ろくまとなぎと父親のあらしが並び合って花を挿している。


「こんにちは、雪奈さん」


 凪が勢いよく声を上げた。「担当者を探しているんでしょ? 生憎ここにはいないよ」


「何、呼び捨てにしているんだ。お前は」


 雪奈が頷く前に嵐が凪の頭をがつんと叩いた。「年上の人に向かって失礼だろう。何様だお前は」


「何だよ、名前で呼んだだけじゃないか。ちゃんとさんを付けただろ」


「それが失礼だというんだ。苗字で呼べ、苗字で」


「構いませんよ、緑纏さん」雪奈は落ち着いた口調でいった。「それにしても立派な祭壇ですね。まるで音符が生きているようだ」


 横で桃瀬も唖然として声を漏らしている。そこには菊で綴られた五線譜が描かれていた。ト音記号を主要にしており様々な音符が立体的に浮かんでいる。まるで生きた楽譜のようだ。


「いやあ、今回の故人さんは音楽が大変好きだったみたいでね」嵐が嬉しそうに声を上げた。「それならと思って色々考えて挿してみたんだが、ごちゃごちゃになってしまった。おかげで金額以上挿しちゃってるよ」


「なんだ、やっぱり挿し過ぎてるじゃないか」凪が横から批判の声を漏らす。「俺には金額以上持っていくなとか、きちんと計算しろとかいっておいてどういうことだよ」


「うるせえっ」嵐の豪腕が再びホールに響く。「お前はまだ修行中の身だ。きちんとした仕事もできねえくせにほざいてんじゃねぇ。ほら、さっさと挿しやがれ。俺の分は終わってるんだからな」


 くそ、と捨て台詞を吐きながら凪は挿し始めた。大きな枝を鉄鋏で何度も切り込みを入れている。


 その枝には小さな蕾がたくさんついていた。蕾の色は仄かなピンク色だ。


「それ、桜ですか? 今の時期にもあるんですね」


「ああ、これかい?」嵐は凪が掴んでいる枝を差していった。「もちろん普通にはないんだけどな。注文して取り寄せたんだ。春の花で飾って欲しいということで俺らの準備が出来次第、葬儀をすることになったんだよ。遺体もドライアイスで何日か放置していたらしい」


 改めて故人の姿を想像する。確かに彼の姿は死後から数日経っている様子だった。


「桜だけじゃないよ、ほらこれも」凪はバケツの中から春の花を取り出した。「スイートピーにチューリップ、それにスノーフレークだってあるんだ」


「スノーフレーク?」桃瀬は腑に落ちないような表情で花を眺めている。「それってスノードロップというじゃないんですか? さっき棺掛けで見ましたよ」


「ああ、それはね。似ているけど違う花なんだ。スノードロップは冬にしか咲かないんだよ。これはスノーフレーク。こっちは春にしか咲かないんだ」


「何調子に乗ってるんだ、お前は」嵐が再び横から鉄槌を下す。ずしん、と鈍い音が鳴り響く。「能書きはいいから、さっさと挿しやがれ。こんなんじゃいつまで経っても終わらんぞ」


「いってえな、この野郎。ただ説明してただけじゃないか。これ以上馬鹿になったらどうするんだよ。俺は親父より脳味噌があるんだから、丁寧に扱ってくれ」


「何だとッ。使わねえ頭なんか持っててどうするっていうんだ。馬鹿になって花だけでも挿せるようになって貰った方がまだマシだ」


「このクソ親父、口だけは達者だな。そんなんだから店のもんは誰も続かないんだよ」


「はぁ? 俺のやり方が悪いと思っているのならいつでも出ていっていいぞ」


「自分でいったことくらいは守れっていってるだけだよ、バカ」


 再びいがみ合う二人。力が入りすぎているのか凪の手にあるスノーフレークは茎が折れそうな格好になっている。嵐の手に握られている桜もがたがたと震え上がって花びらを散らしている。


 どうやら自分たちは早くこの場を出た方がよさそうだ。沈黙で退散することにして事務所に戻ると、大声を上げてPCを睨んでいる者がいた。


「あーくそっ。もう。できんーっ」


 罵声を浴びせながらキーボードをクリックしている。だが上手くいかないようで画面はエラーを表示するばかりだ。


「失礼します」


 頭を下げ今回の担当者に視線をやる。疲れが残っているのか目はぼんやりとしている。PCの画面を見ながら欠伸を繰り返している所を見ると、どうやら昨日の夜も作業に勤しんでいたに違いない。


 雪奈は彼女の腕に注目した。右腕には何もついていないが、左腕には重たそうな機械式腕時計が巻かれてあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ