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長編小説 4 『花纏月千(かてんげっち)』  作者: くさなぎそうし
第三章 『花弔封影(かちょうふうえい)』 黄坂千鶴(こうさか ちづる)編
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第三章 『花弔封影』 PART10

   10.


      8月8日。


 千鶴は三周忌を迎えるため凪の店に寄っていた。父親の仏壇に飾る花を買うためだ。


 顔を出すと、凪の母親・楓が店の中にいた。


「お久しぶりです、楓さん」


「まあ、千鶴ちゃん。本当に久しぶりねぇ」


 楓に見繕って貰い仏花を作って貰う。


「ついでにアレンジメントもお願いしていいですか」


「うんうん。千鶴ちゃんなら、うんとサービスするわ」楓は壁に掛かってある時計を眺めながらこっちを向いた。「もうすぐしたら凪も帰って来るけど。せっかくだから凪に作って貰ったら?」


「そうですね。せっかくですし、そうして貰おうかな」


 彼女はキーパーの中を見回した。竜胆、向日葵、デルフィニウムと夏の花がぎっしりと詰まっている。


「そういえば、千月ちゃんに渡してある時計はどう? 悪い所はなかった?」


「ええ、大丈夫といってましたよ。今日で点検が終わるみたいです」


 楓が身につけている時計は凪が楓にプレゼントしたものだ。主にゆかりが毎月点検しているらしい。

 だがその時計は元を正せば千月のものだ。事故で動かなくなったものを彼女が手掛け再び動くようにしてある。


「大変よねぇ、機械式の時計は。点検というのは毎月しなくちゃいけないの?」


 千鶴は首を振った。


「いえ、4年に1度くらいでいいみたいなんです。けどその時計を手掛けたのがお姉ちゃんだから、やっぱり愛着があるんじゃないでしょうか」


「そうよね。私も毎日面倒だと思ってネジを巻いているけど、今日みたいに巻かない日があればしっくりこないもの」


 楓と雑談を交わしていると、凪が帰ってきた。


「やあ千鶴ちゃん。店に来るなんて珍しいね。お花なら葬儀場でいつでも分けてあげるのに」


 楓の冷たい視線が凪に刺さる。彼は視線から仰け反るようにして続けた。「っていうのは冗談だ。やっぱり親しき仲にも礼儀ありだよな。きっちりと頂くものは頂かないといけないよね」


「……そうだね」千鶴は苦笑いを浮かべた。「今日は両親のお花を買いに来たの。ついでに凪さんにアレンジメントを作って貰おうと思って」


「それもお供え用?」


「んーん。お見舞い用に」


「そっか。じゃあ香りがきついものは止めて置いた方がいいね」


「うん。夏だから涼しい感じがいい」


「うーん」彼は悩みながら花を選ぶ。「葉物多めのアレンジメントなんてどう? 白とグリーンだけだったら見た目も涼しいし、香りも少ないしね」


「そうね、それがいいわ。それでお願いします」


 彼は白い蕾の花を取り出した。


「それは何の花?」


睡蓮すいれんだよ。花言葉は『純潔』。花自体は持たないけど、がくが残るんだ。そのまま置いておいても可愛いよ」


「夏らしくていいわね。きっと喜んで貰えるわ」


 凪がラッピング用のリボンを作っている間、千鶴は横長の掛け軸に目を奪われた。そこには『月運花馮』と太い字で書かれてある。


「これさ。前から思ってたんだけど、どういう意味なの?」


「月の運は花に頼るっていう意味らしい。花屋は花がなければ何もできないからね」凪は淡々とした口調でいった。「月に叢雲、花に風っていう字を変えてあるらしいよ」


 なるほど。千鶴は頷きながら再び掛け軸を見た。わざわざ月運花風という熟語を作り文字を変えたらしい。


「面白いね。嵐さんが考えたの?」


「いや、じいちゃんが考えたみたいだ。今の意味も親父が勝手に考えただけで本当の意味は誰にもわからないんだ。なんせその本人はすでにこの世にはいないからね」


「へぇ、そうなんだ」


「他にもきっと意味があると思う。わざわざ字を変えてあるんだからさ、きっと」


 そういう凪の横顔は澄んでいた。きっと彼自身にも別の解釈があるに違いない。


 アレンジメントはリボンが添えられると共に完成した。白とグリーンの配色が心を穏やかにする。清潔感もあるし何より美しい。


「うわぁ、綺麗ね。これなら喜んで貰えそう」


「そうだろう? たっぷりとサービスしたんだからさ、今度お茶でも……」


「それとは別よ」千鶴は笑みを零していった。「凪さんの株が上がったのは確かだけどね。誘うのならお姉ちゃんにしてよ」


「あいつを誘うには月に一度しかないだろ」凪は唇を尖らせながら呟いた。楓に聞こえないくらいにだ。


「いいじゃない。月に一度でも。お姉ちゃんだって喜ぶよ」


「あいつを喜ばせても何の得もねえよ」


「あら、凪さんには何の得もないっていうの?」千鶴が挑戦的な目つきで見ると、凪は一歩後ずさりした。

 これ以上攻めても可哀想か。彼女は踵を返した。


「まあ、それでもいいわ。今度お姉ちゃんに会ったらいっといてあげる」


「ああ、わかったよ。その時はバイキングにでも連れていってやるといっといてくれ」


 まったく素直じゃないんだから。千鶴は口元を緩めてアレンジメントの入った袋を握った。


「それじゃあね。またお願いします」


「うん、ありがとう。んじゃ、またね」


 彼女は楓に挨拶を交わした後、病院へと向かうことにした。目的の病室へまっすぐにいくと、そこには見舞い相手がいた。


「午代先生、お花をお持ちしましたよ」

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