表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長編小説 4 『花纏月千(かてんげっち)』  作者: くさなぎそうし
第二章 『月運花馮(げつうんかふう)』 緑纏 凪(ろくまと なぎ)編
24/78

第二章 『月運花馮』 PART12

  12.


「凪、お疲れ様」

「おう」


 通夜が始まり凪が車に戻ろうとすると、千月が缶コーヒーを両手に待っていた。

 休憩室で一緒にプルタブを切る。一息つくと千月が声を上げた。


「遺族もこれで一安心ね。個人名ではなく会社のOBとしてなら困惑することもないでしょう。仮に本当の愛人の子だったとしても」

「そうだな」


 遺族はそれとなく探っていたのだろう。だが確信は持てなかった。龍三が話さなかったからだ。


「……ねえ、どういう手を使ったの?」

「人聞きの悪い。別に悪いことはしてねえよ」

「そうだろうけど、この短時間でできることなんて限られるでしょ。ひょっとして知り合いだったの?」

「いや、知り合いじゃない。でも繋がりはあった」


 翼との車でのやりとりが蘇る。

 


「私の会社でのカレンダーに毎年、『風花雪月』という言葉が入ってます。これは母が好きな言葉なんです」


 風花雪月。花鳥風月のように自然を愛でる言葉だ。


「どうしてこの言葉が好きなのか、と訊いた時、自分の大切な人がこの言葉を当て字にしていたみたいです。そしてその相手は……」


 こうなれば一人しかいない。


「俺のじいちゃん……ですね」


 翼の母・和巳も龍三と別れてちゃんとスタートをきっていたようだ。もちろん二人がどういう関係にあったのかはわからない。ここまでくればその考え方は野暮だ。


「その当て字の意味は、確かヒヤシンスの花言葉が掛けてあるといっていました。そしてもう一つ、仲間を思う言葉が入っていると」


 馮花運月。風花ヒヤシンスと運月。故人の苗字は運星。最初からこの三人はこの言葉によって繋がっていたのだ。なぜ故人がこの場所で葬儀をもう一度、したかったのかが感覚でわかった。


 それは本当の自分を取り戻すためだったのかもしれない。


 彼には死んで初めて戻れる場所があったのだ――。



「お互い生きたまま、分かり合えていたらどうだったんだろうね」


 千月の言葉に凪は胸をつかれる思いがした。


「どうだろうな。そればっかりは神のみぞ知る、ってやつだ。でもこれでいいんじゃないか。最後には納得できる死を見つけることができた。それは素晴らしい人生だと俺は思う」


 東雲翼は故人がこの世にいないからこそ、この場に来ることができた。生きている状況ではとても話し合える状態にはないだろう。亡くなっているからこそ、彼女は真実を知ることができたのだ。


 ……お前の場合はどうなるんだろうな。


 凪は斎場を振り返って思いを馳せた。仮に彼女が真実を知ったらどうなってしまうのだろう。それはやっぱりわからないし、今は知りたくない。


 今はただ前を向いて彼女の幸せを望むことしかできない。いや、彼女達に祈りを捧げることしかできないのだ。


 凪は千月の方を見らずに車に乗り夜空を見上げた。そこには満月が薄い雲に覆われながら緩やかな光を放っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ