第一章 花弔封月 PART2
2.
「故人様は新たなる旅立ちに出られます。どうぞ、黙祷を捧げて下さい」
黄坂千月は頭を下げ目を伏せた。それに合わせて遺族が順に思いを込め始める。
……今日の告別式も順調にいきそうだ。
左手にある腕時計を眺めて確認すると、予定通りの配置に二つの針が重なっていた。このまま故人を乗せた車は出棺という形をとり火葬場に送られる手筈になっている。
霊柩車は大きく深呼吸するようにクラックションを鳴らした。それに伴い式に参加した人々は火葬場に向かうバスの方と、退出するために自家用車の方に別れて歩き出している。
バスが出るのを見送ってから千月は再び中ホールに向かった。遺族が戻ってくる前に初七日の準備をしなくてはいけないからだ。アシスタントへ指示を送りいつも通りの作業に入る。
「まさか正月早々から仕事が入るとはなぁ。それでも予定通りに終わらせるのはさすが千月だな」
そう呟いたのは花屋である緑纏凪だ。千月の仕事場・明善社の花屋部門に属しており、祭壇の花を手掛けている。千月とは幼馴染で家も近所だ。
「誰がやったって一緒よ。そんなことより早く生花を片付けてよ。今日はすぐ帰ってくるわよ、火葬場も空いているっていってたからね」
「へいへい、わかりましたよ。正月からもうるさいやつだな」
今日は1月3日、三箇日最後の日だ。今回の仏様は大晦日に亡くなったが、遺族の意向で通夜は2日、式は3日という日取りで決まっていた。それに元々、元旦は火葬場が閉まっており出棺自体ができない。
式はたった今終わった。後は初七日の準備をするだけだ。参列者の椅子を減らし祭壇のチェックを行なう。いつも通り蝋燭の火を点検し枯れた花がないか目を這わせる。この時期は暖房が入っており斎場の花は日持ちしない。
だが今回は特に問題なさそうだ。確認を終えた後、事務所に戻り一息入れることにした。
初七日の準備を終えて二時間後、遺族を乗せたバスのエンジン音が響いてきた。千月は玄関前に手を洗う水台を転がしながら喪家を出迎えることにした。
「お帰りなさいませ。それでは納骨した壷を祭壇に飾らせて頂きます」
「はい。お願いします」
故人の息子・子角八重太が声を上げた。
「後は初七日だけですね。本当にありがとうございました」
彼は骨壷を渡しながら頭を下げてきた。
「今回の祭壇も本当に素晴らしかった。母さんと同じようにして貰って父も喜んでいると思います」
「こちらこそありがとうございます」千月も彼に応じて頭を下げた。「ちょうど4年前でしたね、お母様のご葬儀があったのは……」
「12月だったから4年前になるのか。時が経つのは早いですね」
子角は思い出すように頷いている。
「あの時は父さんに任せっきりだったからなぁ。いやはや葬儀というのは本当に色々と手間が掛かり大変ですね」
「そうですね」
千月は相槌を打ちながらロビーに掛かってある『花弔封月』の文字を目で追った。
千月の父・明が亡くなる直前にこれを書いたらしい。この言葉には彼の想いが詰まっている。
「私もきちんとしておこうと思います」
子角は顎を引いて引き締まった声を出した。
「こういうことはうやむやにしてしまいがちになりそうですが、今回の件で思い知らされました。私もまだまだ、といえる年でもないので」
「備えることは大切だと思います。本当にいつ来るかわかりませんから、少し考えるだけでも全然違いますよ。私もこういう仕事をしていながらほとんど考えていません。おかげで身内で起きた時は慌てました」
「なるほど。やっぱりそういうものなんでしょうなぁ。是非今度、相談させて下さい」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
喪家が椅子に座ると故人が世話になっていた坊主が再び登場しお経を上げ始めた。
……今回のお経は長引きそうだ。
同じ宗派であっても坊主によって長さが違う。今回の坊主は念入りに唱える方だ。長くて40分といった所か。時間に合わせて料理も用意した方がいいだろう。
千月の読みが当たり40分後には初七日を終え精進落としに入った。料理を運びながら遺族の心中をそれとなく探る。昨日の通夜とは打って変わって明るい雰囲気に様変わりしている。今回も無事、故人との別れに決着がついたようだ。
彼女は胸を撫で下ろしながら部屋の扉を閉じた。




