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長編小説 4 『花纏月千(かてんげっち)』  作者: くさなぎそうし
第二章 『月運花馮(げつうんかふう)』 緑纏 凪(ろくまと なぎ)編
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第二章 『月運花馮』 PART5

  5.

 

「へぇ、星を運ぶか、いい苗字だな」


 葬儀場につくと、すでに神式の祭壇が組まれていた。看板には運星龍三うんせい りゅうぞうと書かれてある。凪は車から非常階段を登り荷物を運ぶことにした。


「お前にしては準備が早いじゃないか、千月」


 斎場に入り彼女の仕事の速さに言葉が漏れる。すでに花が挿せる状態にあったからだ。


「昨日からわかってたのよ。亡くなる前から相談を受けていたこともあるけれど」


 葬儀の八割は仏式で神道は珍しい。そのため仏式の祭壇が普段から組まれているため、神道では祭壇を組み替えなければならないのだ。


「ありがたい、助かるよ」


 凪は礼をいって名札をもう一度見た。

「ふうん、運送会社の社長と聞いているが、特に要望はないんだな?」


「うん。スタードライバーって聞いたことない?」


「ああ、あの会社か」

 彼は頭の中で納得した。


「二匹の龍に囲まれたロゴマークだろ? 確か真ん中には花が咲いていたなぁ。何の花だったっけ」


「ヒヤシンスよ」


 彼女の手には会社ロゴが入った大旗がある。その中心にはヒヤシンスの花が緩やかに倒れ掛かっている。


「ヒヤシンスの花を入れることを提案したんだけど、あくまでも神道で貫きたいみたい。それに社葬はすでに東京で組んでるみたいで、こっちでは密葬で済ませるみたいよ」


「密葬で百万とは豪華だねぇ。ってことは地元がこっちなのか?」


「そうみたい。親族はいないみたいだけど」


 祭壇の端に大旗を並べると、千月はそれを見ながらぼそりと呟いた。


「そういえばヒヤシンスの花って色によって花言葉が変わるんだよね」


「……そうだったっけ?」


「もうしっかりしてよ、花屋でしょ」


 千月は顔を膨らませてみせる。

「今日もきっちりと決めてよ。神式は初めてでしょ?」


「……そうだよ」


 凪は深々と頷いた。

「親父にもはっぱをかけられた。兵隊挿しでいこうと思っているんだが、それでいいか?」


「兵隊挿し?」千月は首をかしげている。


「ああ、そっか。お前は初めてだったな」


 凪は頭を掻きながら説明した。

「菊を直線に挿していく左右対称の形だ。一定の間隔を空けて菊で直線を作っていくから、兵隊が行進しているようにみえるんだ。だから兵隊挿しという」


「なるほどね」


 千月は顎に手を当てて祭壇を眺めた。

「いいわ、それでお願い」


 彼女は三方にお供えものの鯛や米、清酒を載せた後、頭を下げて斎場から姿を消した。


 ……よし、気合を入れてやろう。


 凪は精神を統一しイメージを膨らませた。

 まっすぐ、まっすぐにだ。力を抜き祭壇に菊のラインを思い浮かべる。菊の点は無数に続き、それはやがて線となるように。


 頭の中で白線を描き終えた後、10本束になった菊を掴み茎を半分に折るとすんなりと折れた。今日の菊はすごぶる状態がいい。菊の頭の角度、茎の太さ、咲き具合までラインをとるのに全てが揃っている。これを使わせて貰えるなら親父の祭壇にだって引けをとらない。


 勢いにのって花を挿していると、カツンとヒールの音がした。


「お世話になります」


 擦れたハスキーな声だった。凪は手を止め祭壇から降り挨拶を交わした。


「こちらこそお世話になっています」


 振り返ると、細い中年の女性が無愛想に頭を下げて来た。その隣には幼稚園児くらいの少女が女性の裾を掴んでいる。


「こちらに構わずどうぞ、続けて下さい」

 中年の女性の声がホールに響く。


 ……故人の妻なのだろうか?


 それにしては若いと彼は思った。少なく見積もっても40代、多く見積もっても50代に突入したくらいか。きっと故人の娘と孫なのだろう。そう考えれば納得のいく年齢ではある。


 弔い用の椅子に座る音が聞こえる。どうやらこのまま居座るつもりのようだ。


 ……挿しにくいなぁ。凪は振り返り女性に声を掛けた。


「控え室はすでに準備ができております。ご遺体はまだ到着しておりませんが」


「いいんです、ここであの人の祭壇が作られるのを見たいので」


 そういわれれば仕方がない。祭壇に集中しよう。

 右側の菊のラインどりを終えた後、女性がひっそりと声を上げた。



「神式でも、菊を挿すんですね。あの人は嫌いだったのに……」


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