表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長編小説 4 『花纏月千(かてんげっち)』  作者: くさなぎそうし
第一章 花弔封月(かちょうふうげつ) 黄坂千月(こうさか ちづき)編
12/78

第一章 花弔封月 PART12 (完結)

  12.


 三月二十九日。


 凪の店に行くと、彼が店番をしていた。千月が手を上げると、彼もこちらを見て応えてくれた。


「よう、いらっしゃい」

「御前花をお願い。二つね」

「はいよ。入れて欲しい花はあるか?」

「いつも通りおまかせするわ」


 ぼんやりと花を眺めていると懐かしいものがあった。思わず見入ってしまう。


「これ、紫苑しおんでしょ」


 千月は紫の小花を指差した。

「珍しいわね、今の季節でもあるんだ。本当は秋の花なんじゃない?」


「いいや、これは違うよ」


 凪は大きく首を振った。

「それは春紫苑はるじおんだ。春に咲く紫苑で春紫苑。花言葉は『追憶の愛』っていう意味があるよ」


 ……花言葉は、追憶の愛。


 何気なく志遠から預かっている懐中時計を取り出してみる。相変わらず動く様子はない。今の彼の技術ではこれを直すことはできないらしい。そのため彼は四年間、スイスに留学することを決意した。


「ついでにこの花も入れてやろうか?」


 凪の視線には春紫苑がある。彼の薄ら笑いに悪意を感じるが、ここできっぱり否定するのも彼の思うつぼのようで気にくわない。


「……任せるっていったでしょ。好きにして」

「あいよ」


 凪はそういった後、茶化さず紫苑の花を加えた。

「その時計、彼氏の親父の形見なんだろ」


「そうよ。……彼氏じゃないけど」


 この時計は機械式時計でありながら装飾の要素の方が強い。数字は全て干支の文字が刻まれており、金縁の裏蓋には『花鳥風月』の文字がある。見ただけでかなりの年代物だとわかる。彼の父親の唯一の形見だそうだ。


 さらに特徴的な所がムーンフェイズ機能だ。画面の下に月の形が表示されており、当時の値段では計り知れないものだろう。


 現在示されているのは十一時三十分、ムーンフェイズは満月だ。


 タイムリミットはもうそこまで来ている――。


「早く直るといいよな、その懐中時計。そいつが直るためには後4年もあるんだよな」


 凪の店に飾られているカレンダーを見る。今は2008年三月二十九日を表示してある。紫苑が戻ってくるのは2012年2月29日。


 私の正式な誕生日に彼は帰ってくる予定だ。


「ねえ、凪。今日は何月何日の何曜日?」


「……今日は三月二十九日の土曜日だな。どうした、誕生日ならまだ一年近く先だぞ」


「……プレゼントの催促じゃないわよ」


 千月は彼の顔を見ていった。

「ねえ、凪にはさ、人にいえない秘密とかある?」


「もちろん、あるよ。俺が好きなのは千鶴ちゃんとかな」


「いってるじゃない」


 千月は唇を尖らせていった。

「まあ誰でも持ってるわよね、秘密くらい……」


「何だよ、何の話だよ」


「ヒ・ミ・ツ」


 千月が唇に人差し指を添えると、凪は舌打ちをした。


「何だよ。そんなこと聞くから、こっちは急にもやもやするじゃないか。自分だけすっきりしやがって」

「ごめんごめん」


 ……次に目を覚ました時、またあんたの笑顔が見れるのならそれでいい。


 千月は祈りを込めて凪の顔を見た。


 私に明日は来ないが、次の日に大きな選択をしなければならない。人生を左右する大きな選択だ。どちらを選んでも犠牲を纏うような二つの道が待っている。


 だけど私はその日のために夢を見てきた。現実には起こりえない夢を目を開けて覗き続けてきた。


 後は凪と一緒の電車に乗って気持ちを伝えるだけ。


 あなたとの未来を約束するために――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ