ヒーローはどうも遅れるようで
「日本支部の騎士は前線を押し上げろ!ロシアは援護に回ってくれ!」
響く怒号。それを聞いた日本支部の人間は恐怖を噛み殺す。
恐怖と踊れ。走れ。死神より速く。
「焼き焦がせ!『イラプション』!」
ロシアが詠唱を開始する。その腕より出るはさながら大噴火の如く。魔術師の援護だ。
「さすが名うてのロシア支部!助かる!」
自分を勘定に入れずに素直に褒め称える彼。
しかし彼こそ日本支部の五本の指に入る実力者。
身分は学生。やることは大将。それが彼の立場だった。
「まだやれるね!不知火君!春雨君!」
「もちろんです!隊長!兄さんが来るまでこの不知火!倒れません!」
「いいこと言うわね。深雪。そうよ。そうじゃなきゃあの人の隣なんていられないわ」
気合いを入れる二人を尻目に女が一人喚きたてる。
「気合いを入れろ!PC筋にグッと力を入れんか!あいつが来るまでは誰一人死なさんぞ!」
「先輩、それじゃあいつがきたらどうぞ勝手に死んでくださいっていってるようなもんだぜ?」
後輩がおいおいと宥める。しかし当の本人はどこ吹く風である。
「そうだ!後は勝手に死ねばいい!私はこれが終わったらあいつとラブラブする予定だからな!ライバルは少ないほうが良い!」
「独占禁止法違反ですよ!規定によって一週間接触を禁止します!」
「ここにいる全員が証人ですからね!先輩だけが甘い蜜を吸えると思わないように!」
「そうだー!私たち後輩にも甘い蜜をー!」
「ぐ……しまったああああああ!!!!」
今度は叫ぶなど感情にいとまがない彼女も五本の指に入る実力者。
身分は学生。やることは変態。
「ぐわあ!」
誰かが吹き飛ばされる。
いくら体が頑丈とはいえ生身の肉体が悲鳴をあげる。
「大丈夫ですか!?くそ!あの人さえいれば…!」
歯噛みする。こういうときあの人がいれば……と何回も夢想する。
「それは嘆いても仕方ないことさ。彼が来るまで…ね。それまで生き残るよ!」
「はい!負傷者を魔術師のところまで運びますから背中を任せました!」
「隊長を盾に使うとはね。でもそれでいい」
『異常』はじわりじわりと前線を削るように向かってくる。疲労困憊、士気低下。嫌な空気が戦場を支配した。それでも歯を食いしばり、震える足に鞭打ち、前を向くものが五人。
「ここで俺が下向いたら、隊長として示しがつかないじゃないか」
日本支部ナンバー3。堅物。隊長『間宮 堂』
「一週間…セクハラもだめ…だああ!!私に死ねとでも言うのか!この悪魔め!」
日本支部ナンバー4。セクハラの鬼。副隊長『伊良湖 葵』
「武士ならば…皆のため盾になるは役目!」
日本支部ナンバー9。武士道。副参謀『野崎 淡』
「早く来なさいよ……みんな待ってるんだから……!」
日本支部ナンバー11。肉弾戦のプロ。正隊員『不知火 京子』
「さ、馬車馬のように働きましょう。不屈の魂に通じよ…『ヒーリング』」
日本支部ナンバー10。呪術の祖。正隊員『春雨 カンナ』
それぞれが彼を知っている。
彼の優しさ。厳しさ。聡明さ。
わかっている。戦うことは彼にとって苦痛だと。
それでも彼を頼らなければいけない己が悔しい。
だからせめて早く、迅速に終わらせなければ。
「機動力を奪うよ!ここで止めるんだ!」
「「「「了解!」」」」
奇々怪々な十六本の足を奪う。
そこで前線を抑えることさえできればいくらでも態勢を整えられる。
生存率との相談だ。今は奇跡的に生き延びているがいつ死ぬかわからない。
隊を預かるものとして誰も死なせないという意志は固かった。
堂の大剣が。葵の魔法が。淡の刀が。京子の手甲が。カンナの呪術が。
すべて合わさって左右一本ずつ機動力を奪ることに成功する。
裏を返せばたった二本。十六分の二しか取れなかった。
間違いなく日本支部の渾身の一撃だった。
異常はただ悠然と歩くだけ。歩は止められない。
「う…そ」
思わず声を上げたのは京子。
声には他の四人も同じ思いだった。悟った。
常人では勝てないのだと。異常に尋常は敵わないのだと。
立ち上がったはずの五人の心にドロリと絶望という泥水が流し込まれる。
「…もうだめかも」
誰かがつぶやく。もう動く気力もない。
風が吹いてもその気力は立ち直ることはなかった。
「ふせろ。首が飛ぶぞ」
風が唸った。直後に感じる戦場を支配する圧倒的な殺意、力。
耐えきれない殺意に膝をつく。
頭を垂れた。そうしないと心が押し潰されそうだったから。
その上を灰色の斬撃が飛んで行く。機動力十四本すべてを切り落としてしまう。
支えが無くなった異常はその胴体を地面に叩きつけた。
「まだいけるだろ?京子、カンナ」
「横須賀より応援しにきました。実働部隊総動員で」
舞い上がる土埃の中、ずっと待っていた声がする。希望という名の男が二人。
「待っていたよ……紀伊君。尾張くん」
「お待たせしました。間宮隊長」
「これでも急いだんです。空路が使えないから海路をいくしかなくて……」
「説明ががなげぇよ。一。たてますよね?隊長」
差し出した手を堂はしっかりと握る。
華奢な体に似合わない力強さは泥水を追い出すのに十分だった。
左手で緑色の魔法陣を作る。
範囲回復魔法『オールヒーリング』。
風は戦場を吹き抜け、傷つき折れたはずの心を立て直す。
「「おまえらああ!!ここでへたってみろ!!後で全員ケツたたく!!」」
見事なハモリで怒号が響く。
彼らはすぐにわかっていた。希望たちは笑っていたことを。
無邪気に華のような笑顔だったことを。
「全員俺について来い!ついて来たら後で俺の手料理フルコースを食わせる!」
「あっ!言葉!ちっ……あ~もう面倒くさいな。全員突進。責任は言葉もちで」
「ふぅ…これは頑張らないとダメかな」
「やれやれ。ああゆうところが大好きだ。さすが私の夫」
「だれがあなたの夫ですか!私のです!」
「あらら、私よ?誰にも渡さないわ?」
「戦場でそんな悠長なことを…だがこういうのも悪くはない」
ロシア、日本。完全に活気を取り戻した騎士に笑いは絶えなかった。
時は十一ヶ月を遡る。




