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9 身代わりは自分?

パピヨンの逃走編です。

***


俺は車を運転していたが急にハシモトの事を思い出していた。

そして由美の死体がどうなったのかも少し気になった。ここからなら近い・・挨拶がてらハシモトの家に顔を出すのも悪くないだろう。今の孤独な俺にしてみればハシモトが唯一の友人のようにも感じる。

ハシモトの家に向かう。いささか遠い・・。しかし気になる・・由美の死体・・あの周辺。

犯罪を犯したものが絶対やってはいけないこと、それは現場に行くことだ。

もし目撃者がいたとしてその人物に会う可能性もある。刑事ですら現場百篇という言葉があるくらいだ。

運悪く刑事に会うかもしれない。


しかし・・気になる。

その場に行かずともどこからか見えるところまで行けばいい。


空は曇って雨がぱらつき始めた。雨・・か。雨が降ると人は外出が鈍る。もしチェックするなら今がベストだろう。俺は空を見た。この分だといづれ本降りになるだろう。


俺は地図を見た。ハシモトの家から近くに高台があった。そこから見えるわけでもないが、とりあえずそこまで行こうと思った。周辺にくると異変はあった。単なる高台と言うものはなくなっていた。そこには新たな建造物ができる予定だった。なにかのモニュメントだろうか・・前衛アーティストの作品でも並べるのか・・イベントなのか分からない。


雨はさっきよりも強く降ってきた。視界が見づらくなる。


俺はその場に駐車せず、そのまま素通りした。通りすがりに由美を埋めた林があった。林をさり気なく見る。

林の一部は削られていた。伐採したのかは分からない。しかし何かしらの動きがあったように見える。

地面が緩むと死体が発見されやすい。しかし今あの場所に行くことはできない。


そのまま俺はハシモトの家の道まで車を走らせた。

俺はしばらく呆然とした。ハシモトの家が売地になっていた。あの家はどうなったのか。

仕事の都合で引っ越したかもしれない。しかし・・これは驚く。俺は建物も何もなくなった更地に突き刺さっている小さな看板を見た。


俺は車を停めた。雨足はさらに強くなった。

売地の看板には不動産会社の電話番号があった。


俺は電話番号を記憶した。それからそのまま車を走らせた。しばらく行くと公園があった。

俺はそこに車を停めてさっきの不動産会社に電話をしてみた。


俺はハシモトの家の通りを言いその周辺で土地を探していると言った。

電話の相手は機嫌の良くあの場所をセールスしてきた。


俺はさりげなく聞いた。


「その場所には何があったのですか?」


「家ですよ・・。日本人が住んでいましたがね。全焼したんです。

焼け跡から遺体が発見されたんです。あ、これは言わない方が良かったかな・・」


正直なヤツだ。


「そうですか・・それならちょっと考えます」


電話の相手はフォローをいれようとしたが俺は電話を切った。


全焼?いつだ・・。

俺は調べたい気持ちに駆られた。しかし、もう十分だ。これからこの地域を離れる。できるだけ遠くに行く。

例えば、そうイタリア方面とか・・。イタリア。未知の場所だ。やはり英語圏がいいか。

だとしたらイギリスか。それは手っ取り早い。

車はもうやめようか。この車はもともとハシモト名義だ。

警察はどこまでハシモトを調べたのか。所有物の確認はしなかったのか。

この車が盗難扱いされていても困る。すでに警察にナンバーが割れている場合は俺は容疑者もしくは重要参考人に手配されるかもしれない。

しかし不審火の線でも警察は当然捜索しているだろうとなると・・この車をこのまま乗り続けるのは危険だ。

移動手段を変えてもいいだろう。国境近くの寂れたモータースに破格で売り飛ばしてもいい。

イギリス側に行く前のモータス・・いや・・目の前に中古の車屋があった。

とりあえずここで売ってみるか。この際値段はどうでもいい。

しかし・・売るとなると名前とか聞かれるだろう・・。

俺は駅周辺の駐車場に乗り捨てることにした。鍵はワザと指しておく。

そして運が良ければ他人に盗難されるだろう。


泥棒を容疑者にしたてあげるとは傑作かもしれない。

俺は駅周辺の駐車場に来た。防犯カメラがあった。近頃は防犯対策に設置されている。どこもそうだろう。

それではマズイ。俺は駐車場を変えた。駅からだいぶ離れた場所だ。ここはカメラがない。

泥棒にわざわざ盗ませるのは俺ぐらいなものだろう。俺はニヤリと笑った。


俺はその駐車場に車を停め車内の指紋をふき取った。

荷物を一つにまとめるためナタリーからもらった紙袋を開けた。

袋の中には綺麗に洋服が畳んであった。俺はトランクに洋服をしまった。

待てよ・・着替えておくか・・この服を着て印象に残る行動をすれば誰か一人くらいは覚えているだろう。

俺は着替えた。右ポケットに違和感があった。俺はポケットに手を入れてみると中にメモが入っていた。


ブィザンスホテル 1345号 電話番号****-*****


これは何を意味しているのか。ここにナタリーが来るというのか?

しかしこの服は俺のために作ったと言っていた。これはナタリーからのメッセージか。


俺はその電話番号をネットで調べた。フランス・イギリスの中間に位置するホテルだ。

ここから割と近い。しかしナタリーのフルネームを知らない。


電話をしたとしてもホテル側は個人情報をもらさない。


それなら、いつごろ予約が取れるかだけでも聞いてみるか・・。


もし予約が入っているのならその日にナタリーは来るということになるかもしれない。

仮に予約が入っていなければ、俺が泊まればいい。


いや、この部屋でなくてもいい。このホテルに近いホテルに泊まる。

ナタリーに会うことはだめだ。彼女がどのような行動に出るかわからない。


紙袋は折りたたんでポケットにしまった。

ゴミは分別して捨てる。このゴミは次の公園で捨てよう。


俺は手袋をはめ車のドアを閉めた。鍵は指したままだ。


俺は走り通り過ぎの公園のごみ箱にレイプ男と一緒に居た時の服を捨てた。

雨はさっきよりは弱くなったが降っている。


それから遠回りをし、閉店しているカフェの軒先でさりげなく周辺を歩き尾行されていないかチェックした。

尾行はないが・・・泳がせているかもしれない。そして俺は次の公園まで走り紙袋を捨てた。

そこから俺は駅に走った。結構なランニングコースじゃないか・・。

これからは汽車を使う。いささか不便だが落ち着いてから車を購入してもいい。

何より車を使うせいか最近運動不足だ・・。トレーニングがてらいいかもしれない。前向きだなぁ・・俺は。


とりあえず鈍行に乗る。都市部でなくてもいい。しばらく身を隠す。

身代わりを用意する。身代わりは戸籍をもたない男。

ホームレスがいいだろう。持っていたらそれなりに使える。


雨足が強くなり俺は屋根のある狭い裏通りを歩いた。

たくさんのホームレスがいた。雨宿りか・・なるほどな。

俺はさり気なくその中で若い男を探す。年齢は俺と同じくらい。今日見つからなければ次の駅でもいいだろう。

しかし・・見ていくと若い男もチラホラいる。その中に大柄な男がいた。髭を生やし彫が深い。

日本人ではないがアジアの血が入っていそうだ。

男はフードをかぶり力なく座っていた。この年なら普通に働き口がありそうだが、まだ自分探しの途中だろうか。

俺はその男にタバコを出した。


「君は家族いないのかい?」


「アンタ・・俺のコト欲しいの?そういうオトコいるよ。

俺は本来そういうコトしたくないけど・・カネくれるならしてもいいよ。」


そんな風に見えるのか・・俺は少しがっかりした。


「俺は君の家族はいないのかって聞いているんだ・・」


「家族?・・みんな死んだよ・・火事で・・誰も身内がいなくてね・・一人いたけど、行方不明でそれで俺はココで育ったんだ。

アンタ・・俺をここから出してくれるのかい?」


抜け出せないもどかしさ。都会の影にはそういうものが潜んでいる。どこの国もそうだ。

ここで育ったなら戸籍もないも同然かもしれない。


「出してやるよ・・君の戸籍はあるのか?」


「アンタ戸籍が欲しいの?」


「両方だよ・・」


「戸籍と何が欲しいの?」


「君だよ・・ダメかな」


男は俺を見た。男はハッとした。


「アンタ知ってるよ・・。アンタの看板見たことある。アンタ・・何する気なの?俺を殺すの?」


「君はこのままああいう連中のようにここで一生暮らすのかい?そんなのいやじゃないか?」


「殺さないならいいよ。俺を・・どうするの?」


「まず君をキレイに洗ってそれからいい服を買ってあげるよ。そして家も用意する。勤め先も紹介してやる。


「金はくれるの?」


「ああ、たっぷり一生使えないほど・・どうかな?」


「話が上手すぎる。そんなのいやだね・・」


「そう・・それならどういうのがお望みなのかな?」


「俺に声をかけるヤツは大抵俺を買う。それだけだ。それが普通だよ」


「じゃあ、君を買おうか?それでどうかな?」


「いいよ。それで。それが普通だから。」


それが普通なんだ。この男はその普通で生活してきたのか・・。俺は気が重くなった。


「わかった・・。行こう・・」


俺はその男と路地裏のいかがわしい店に入った。この手の店に俺が入るとはな・・。この間から奇妙な空気が体にまとわりつく。男は嫌がっていたのに店に入った瞬間俺の手を握ってきた。

店に入るとフロントに高齢の老婆がいた。


「前金だよ・・。泊まりかい?」


俺はうなづいた。俺は金を多めに出した。老婆は微笑を浮かべた。男は俯きがちで下を向いたままだった。

老婆は俺に鍵を渡した。

鍵のナンバーは1345号だった。このナンバーは・・覚えがあった。あのホテルの部屋のナンバーと同じだ。

俺はこの老婆にこの店の名前を聞いた。


老婆は驚いた顔をして俺にマッチをくれた。


「何回も名前が変わって今はこの名前に落ち着いたよ・・。色々あってねぇ」


マッチには「ブィスホテル」と書いてあった。


名前は違うが似ている。何回も名前が変わったっていうことがひっかかるな。イヤな予感がする。

大方、事件が多くあり過ぎて評判が悪くなったので名前を変えたっていうパターンだろう

・・となると、ナタリーからもらった服のメモはもしかしたらこの

ホテルのことなのかもしれない。だとしたら・・・。俺は嵌められたかもしれない。ナタリーに?まさか。

あの時そのメモを入れることができたのは彼女だけだ・・。いや、デザイナーもいた。あの時あのモデルはあの場所にはいなかった。ということは、それができたのはあの二人だけだ。ナタリーでなければ・・あいつしかいないだろう。いや、あのメモを書いたのと入れたのは別人かもしれない。誰がどういう経緯で入れたにしろ、何が目的かだ。

このメモを通じて俺に何をしろといっているのか・・・。


何をしろと・・・。俺はこの男をさり気なく見た。この男も俺を見た。男は少し恥ずかしがって下を見た。

俺は目を逸らした。俺はマッチを受け取り階段を上がっていった。不思議な作りだ。2Fの角のドアに1345号の部屋がある。

部屋は普通角から順番に連なっているはずだ。しかしこの部屋の作りは角に5番がある。


普通じゃないぞ・・ここは。大丈夫か・・俺。この男がもしその手の組織だとしたら殺されるかもしれないか・・。

だとしたら、それはそれで運命だ。仕方がないさ。それなら一回くらい・・何を考えているんだ・・俺。


俺はそのドアに鍵を差し込みまわした。


部屋は小さい。変な色の照明がある。すぐ隣はユニットバスになっている。

変な臭いがする。この臭い・・あの廃工場の臭いと少し似ている・・・。不吉な予感がする。

ベッドは割と大きい。一応ベッドは清潔そうだ。まぁ・・いいだろう。


男は俺に向き直った。あの通りに居た時とは違い堂々をしていた。そして俺の目を見ながら言った。


「ねぇ・・・俺を買ったんでしょ・・してもいいよ・・。その前にお金ちょうだい。」


その目は路上でこれまで客を捕まえてきた強かさを持っている。そうでなければ生きてこれないよな。


「君の相場はいくらなのか?」


「アンタの相場でいいよ。アンタってイイオトコだよね・・自慢できる・・ふふふ」


この男は俺を強請る気かもしれない。なるほど・・金づるってヤツか。それなら定期的に絞りとれる。


「まず君をキレイに洗おう。」


それならまず、物色させていただく。それから俺の身代わりになるかどうか判断する。

そして・・・。


「お金が先・・だよ・・」


「わかったよ」


俺は男に金を多めに渡した。


「おにーさん・・リッチなんだね・・一杯サービスするね・・。」


サービスってどんなサービスだろうか・・。


「じゃぁ・・君をキレイにするよ・・いいね」


いささか自分がこの世界に慣れてきたみたいで怖い・・。


男は頷いた。この男もそれなりに緊張するだろう・・。どんな趣味を持っているか分からない相手だ。

俺は・・ノーマルだから!大声で叫びそうな自分を抑えて俺はこの男の衣服を脱がした。


背は俺と同じくらい。年齢は俺よりも若い。髭を剃ればそれなりに男前だろう。

目は俺の目を見つめ、わずかに誘惑の光を見せている。その光は単なる生活のために稼いでいるわけではなく、

はっきりとした欲望が見える。この男はもしかすると本当に俺を誘惑しているかもしれない。

それならよく物色できる・・好都合だ。


上半身を裸にする。肉体労働の経験があるのか筋肉も程よくつき締まっている。目立った外傷はない。

特徴となるホクロもない。

俺は背中にキズ跡がある・・由美に刺された傷。この傷痕を知っているのはハシモト、デザイナー、スタイリスト、あと後ろにいたモデル。ほとんど顔を忘れてしまったが、彼らが覚えていたとしたら俺でないのがバレてしまうだろう。しかし、活動していないモデルの体など忘れてしまう業界だろう。この服にはブランドタグがない。

その線から言ってもデザイナーまですぐにつながるとは思えない。

ただし、顔は残念ながらメディアにある程度出てしまった以上リスクはある。ほとんど無名に近いモデルとして出たがあのレイプ男ですら覚えていたのだから。


「ねぇ・・いつまでこうしているの・・。」


男がじれったそうにしている。


俺は男のズボンを脱がした。男はさっきの言葉と裏腹に反応している。

男を全裸にした。男の目は俺を直視している。どうしてなにもしてこないのか、少し怒っている。


「ねぇ・・もうこんなになっちゃったよ・・どうするの・・?」


俺も服を脱いだ。男は俺の体を見るなり口笛を吹いた。


「お兄さん・・イイカラダしてるね・・。」


俺も全裸になった。


「君もイイカラダしているじゃないか・・」


俺はとりあえず、この男に興味を示す必要がある・・。しかし・・どこまでやれるか自分でも自信がない。

それに比べてこの男は余裕だ。


俺はシャワーを出した。男の手をグィッと引っ張った。


「ねぇ・・おにーさん・・もしかしてオトコ初めてとか?」


男は少し笑いながら言った。ギクッとした。そうだ・・初めてだ・・。どうしてくれる。俺は高いぞ・・・。

本来なら金を貰うのはこっちだ・・いや・・まぁ・・いい。


「どうしてそう思う?」


俺はシャワーの反対側の壁に男の両腕を持ち、逃げられないように掴んだ。


「痛いよ・・おにーさん。怒っちゃった?ごめんなさい。」


「お前さ、その金持って出て行けよ・・優しくしていればつけあがって・・他のオトコ探すよ・・もっと素直な」


俺はバスルームを出ようとした。すると男が背中に抱きついた。


「いやだ・・。怒ったらあやまるよ・・ごめんね・・」


俺は振り向いて男の顎を掴で自分の顔の近くにグィッと引き寄せた。


「キレイに・・・して・・・欲しく・・ないのかな?」


「して・・・たくさん・・アンタがいいよ・・」


男は俺を見つめた。俺は内心ホッとした逃げられたら困る。

とりあえず、俺がリードするべきだ。洗いながらチェックしていく。ほぼ、OKだが。


どんな顔をしているのか。骨格は俺に似ているのか・・。

歯型は・・。シャワーで男の顔が明らかになっていく。

汚れていた泥、垢などはなくなり彫の深い顔が見えてきた。


「わぁ・・気持ちいい・・しばらくシャワー浴びてなかったから・・」


男は嬉しがった。幾つなんだろう・・無邪気だ。20代だろうか。だとしたら、さらに俺は気が重くなる。


顔がだんだん見えてきた。アジア系・・いや日本人に近い・・日系か。なんとなく俺に似ている。

ほぉ・・・これならモデルもいけるんじゃないか・・。あのデザイナーに紹介してもいいかもしれない。


俺はシャンプーを男の髪につけて泡立てた。男は笑っていた。あのデザイナーもこんな風に若い男と楽しんでいるんだと思うと少し納得ができた。無邪気に笑う姿を見ているとこの男に申し訳ない気持ちも出てくる。


「くすぐったいなぁ・・おにーさんったら・・今度は俺が洗うよ・・おにーさんの・・」


今度は男が俺の髪をシャンプーしてきた。俺は笑顔を作った。警戒心をお互いに解かなければ、コトを運べない。

コト?もちろん・・殺すことだ。しかし、無邪気な顔だ。どうしてこんな笑顔を見せることができるのだろう。

こんな笑顔を見せられると殺しにくくなる。男は丁寧に俺の髪をシャンプーしている。これもサービスなのだろう。

そう思うと少し空しく感じる。なんで?今は考えてはダメだ。落ち着け。


「どうしたの?おにーさん、暗いなぁ・・。せっかくだから楽しくしようよぉ・・」


「人に洗ってもらったことないから・・変な気持ちだ・・」


「へぇーっ・・おにーさんって意外とウブなんだね・・なんか可愛い・・キスしたいなぁ・・」


「まだ・・ダメだ。」


「いつならいいの・・・。」


まっすぐな瞳にたじろぐ。

まだ・・・って言ってしまった。後からならいいのか・・。妥協と言葉がある・・あのレイプ男がOKでこの男がNGでは不公平だ。ここは公平にするべきだろう・・そんなこと考えている場合ではない・・。

男は俺の顔を至近距離で見つめている。見ないでくれ・・そんなに。


「おにーさん・・名前なんていうの?俺さ・金返すよ・・金なんかいらないよ・・。アンタと一緒に居たいな。」


「それはどういう気持ちなのかな?君はさっき・・金・・」


そう言いかけたとき、男は俺にキスしてきた。髭が当たって痛い。何よりシャンプーが目に入る。


「髭が当たって痛いよ・・」


「ゴメン・・でも好きになっちゃった・・ダメ?俺・・みたいなのキライだよね・・。」


「君・・名前を教えてくれないか」


「名前・・・聞いてどうするの・・」


「名前を呼びたい・・」


「ジョンだよ。ありきたりだよね。」


「そんなことない。いい名前だ」


シャンプーした髪をシャワーをかけて泡を落とす。


シャワーの中でジョンは俺に抱きつきキスしてきた。慣れているなぁ・・これもサービスなんだろうな・・。

好きでもない男と恋愛する・・サービス。しかし俺はいささかこの男にハマリそうになるのを食い止めた。

とりあえず、俺はノーマルだし。


洗面所にはカミソリもあった。顔全体が見たい・・。俺に似ている気がする。


今この男を殺すこともできる。俺はカミソリを手に取った。まず、顔を見る・・それからだ。


「髭も剃ってくれるの。アンタ優しいね・・」


「君の素顔が見たいんだ。」


「ほとんどの客がヤって終わりなのに。おにーさんって変わってるねっ。でもそういうトコ好きだなぁ・・」


ヤるのはもっとNGだ。証拠が残る・・連中の大好きなDNA鑑定で色々詮索されるのも面倒だ。


ジョンはバスタブに座った。目を閉じている。


この男を殺すこともできる。しかし血が出るのは後々面倒だ。俺は石鹸を泡立ててジョンの顔につけた。


俺は髭を剃っていく。他人の髭を俺がまさか剃るとは思わなかった。

意外と上手い・・・何をやらせても上手いなぁ・・・自惚れるな・・・集中しろ・・間違っても傷つけてはならない。

だんだん顔全体が浮き彫りになっていく。俺は唖然とした。俺は信じられなかった。

目の前にいる男は俺にそっくりだった。この間のレイプ男と比べれば格段にこっちの方がいいが、似ている分やりにくい。自分を殺すみたいで気が億劫になる。しかしこの場合一番ベストな選択だろう。


俺が複雑な表情をしているとジョンは笑った。自分が一番この状況を楽しんでいるかのようだ。

俺の看板を見たと言っていた。自分と似ている男が日の光を浴び、自分は薄暗い寂れた路地に身を寄せるホームレスなら、ある種の妬みを持つだろう。

この男はあの場所で客を待ちながら抜け出せない苦しみと妬みで生きてきたに違いない。

ジョンの笑顔は無邪気だが、それらの心の闇を持っていないとは言えない。

その真意を確かめたい。それでどうする・・。殺さない方法の提案だ。

もしその世界での成功を望むのなら、あのデザイナーでも紹介してやる・・・。

その際、俺の身代わりは別に探す必要があるかもしれない。

しかし、この青年を殺さずに済むのならそれに越したことない。



「最初見た時にさ・・驚いたんだ。行方不明のお兄ちゃんかとも思ったよ・・。アンタ見ていると

双子みたい・・こんなのってあるんだね・・。お兄さんって呼んでもいいかな・・」


「君は俺と似ていて憎しみのような感情を持ったことはないのか?」


「憎しみ?あぁ・・。でも俺はさぁ・・モデルなんてできないよ・・そんなの無理っ!

おにーさん カッコイイね・・。」


「俺みたいになりたいか?」


「ねぇ・・さっきからさぁ・・そんな話ばっかり・・ちがうコトしたい!」


「なりたいか?」


「・・ムリだよ・・できない・・確かにアンタに少しは似ているかもしれないけど・・

それは・・したくないなぁ・・」


「どうして、結構カネになるよ・・。こんなところで相手なんかしなくても良くなるんだ。」


「したくないよ!俺は、ねぇー・・おにーさん・・」


「何・・」


「おにーさんと・・・したいの」


俺は耳を覆いたくなった。

悪夢だ・・・。その顔で言うな!いや・・言えるが、俺の前で言わないでくれ・・。

俺はジョンを張り倒したい気持ちをどうにか抑えた。

その様子を見てジョンは無邪気に笑った。俺が何をしに来たかわかったんだな・・。

危ない橋はこの男も渡りたくないのだろう。


提案は却下か・・それなら仕方がない。これからこの男を殺す・・・戸籍は持っていないも同然だ。そして俺は幽霊になる。


俺はカミソリを洗面台に置いた。どうやって殺そうか。俺はこの男の顔を見た。男は無邪気な笑顔で俺を見ている。


「アンタも剃ってあげようか・・。必要ないね・・ああ、綺麗な顔してるね・・・・。アンタのコト本当に好きになったかも」


俺はギョッとしてジョンの顔を見た。好きって言葉は易々使う物ではない・・。


俺はシャワーでジョンの泡を流した。鏡を見ているようだ。俺と同じ顔の人間があんな場所で他の男に抱かれていたと思うと自分が犯されたような気分になった。そしてこの男は今俺と寝ることを覚悟を決めている。なんてことだ。

俺は溜息をついた。ジョンは洗面所の鏡に自分の顔を写し見ている。そして同じくその鏡に映っている俺を見た。


「キレイに剃ってくれてアリガト。ねぇ・・・カッコイイよね・・俺たちって・・ふふふ。」


この男は無邪気さを装ってはいるが、やはり闇がある。そしてその闇の中でこの関係の中でしか築けないぬくもりを求めている。この男はそのぬくもりを愛だと思うことにしてこの仕事をやっていたとしたら、こんなに悲しいことはない。そして由美に少し似た狂気を感じる。


「そうだな・・。」


俺は内心動揺していたが鏡の中で笑顔を作った。こんな出会いでなければいい友人になれたかもしれない。

恋人にはムリだろう・・。


「ねぇ・・お兄さんって・・呼んでもいい?」


俺の顔を手で触れながら唇は俺を求めている・・。行方不明の兄がいると言っていた。微かな希望はその兄と一緒に住むことなのだろう。そんな時兄に似ている人物が現れれば、例えどんな関係でもいいから一緒にいたいと思ったのかもしれない。よく分かった。しかし俺は何もできない・・・お前を殺すしか・・。


「兄弟ならこんなことはもうできないよ・・。やめよう・・」


男は泣きそうな顔をした。やめてくれ・・そんな顔するの・・俺がそういう顔をしているみたいじゃないか。


俺はこの男に逃げるチャンスをやった。できればあのドアから出て行って欲しかった。

身代わりは別の駅で探してもいい。


「怒った・・?ごめんなさい」


ジョンは素直に謝った。可愛い・・。気持ちが持っていかれてそうだ・・戻って来い・・・俺はノーマルだ・・。

同情と恋愛感情を混同してはいけない。同情は禁物だ。

しかし・・俺はなんてものを拾ったんだ。神様はいないと思っていたが、こんな偶然があると神様のイタズラってあるのかもしれない・・。俺には時間がない・・今決断するしかない・・。


「ねぇ・・洗ってくれるんでしょ・・約束守ってよォ・・」


やや上目使いに俺を見てくる・・。その言葉づかいやめてくれ・・。

俺はジョンを見つめ顔を引き寄せた。ジョンは唇を少し開けた。


「黙っていたら洗ってやるよ・・」


「わかった」


俺はジョンの顔を掴んでいたが離した。


「・・・・キスしてくれないんだね・・いじわる!せめてキスぐらいしてくれてもいいのに・・。」


ジョンは少し俺を睨み駄々っ子のように言いながら口を閉じた。

マジで勘弁して欲しい。一瞬キスしようと思ったぞ・・。おおい・・。

しかし、俺はあの虫唾の走るレイプ男にキスした経験がある。それから見たらこの男は十分魅力的ではないか・・

ノーマル・・・俺は心の中で唱えた。次は叫ぶかもしれない。落ち着け。

しかしこの手は年上のマダムに使えるかもしれない。


俺はこの場に及んでジョンのしぐさ、目つき、立居振舞を脳に焼き付けた。いつか役に立つだろう・・。


俺はスポンジでジョンの体を洗ってゆく。ジョンの体は反応していた。


「ねぇ・・ソコも洗ってよ・・あ、アンタの俺が洗ってあげるよ・・」


そう言って俺の体を触ってきた。


俺は反射的にジョンの首を腕に抱えヘツドロックしてしまった。

俺の腕の中でダラリと力なくぶら下がっている。

しまった・・・やってしまった。いや、これでいいんだ。

俺は深呼吸した。

首元の動脈をチェックした。

死んでいる。


一瞬、何も考えられなくなった。その時腕の力は抜けてジョンはユニットバスにもたれかかる状態で倒れた。

その瞬間シャワーが俺に当たった。俺は茫然とした・・。考えろ!動け!動くんだ!

最初からこれを望んでいたことだ。

俺はシャワーを自分の顔に当てた。落ち着け。これからやることは逃走だ。

まず、死亡推定時刻をずらす。体を温める。

俺はシャワーをジョンの体に向けた。


結局殺してしまった。それが俺にとって望んでいたことだったが、

いざやってしまうと後悔の念が沸く。憎んでくれ、俺を。ジョンの顔を見た。

ジョンは殺されたにも関わらず穏やかな顔だった。

しかし時間とともに絞殺の線が出るだろう。


「キスぐらいしてくれてもいいのに・・って言っていたな・・。」


俺はジョンが横たわっている所に屈み、ジョンの唇に軽くキスした。


「ごめん お前のアニキにはなれないよ」


俺は深呼吸した。なぜだろうか・・俺は涙が流れていた。自分が死んだようにも思ったのか。バカな。所詮他人だ。

この涙は状況を把握できずに脳が勝手に・・出したものだ。この男に恋愛感情など湧くはずがない。あるとするなら同情だろう。俺は・・・このまま・・・走り続ける。

このまま逃げてそして最後は連中の手にかかり死ぬ。だとしても恐らく俺は最後まで走り続けるだろう。

無意味だろう。しかしそれが俺なんだ。この男がそれを知ったなら同情するだろう。俺が望むものよりもまだこの男の方が人間的だ。


俺はもう一度ジョンを見た・・。涙は止まった。そうだ・・それでいい。

落ち着け・・これはラッキーだ。俺は自分に言い聞かせた。

いかなる状況でも何か行動に出る時は肯定的でなければ失敗しやすい。


こうなった以上この男をヤノに仕立て上げるしかない。

あのデザイナーは俺のヤノという名前しか知らない。

俺の特定の情報は分からない。いや・・あのカフェのマリアが俺の情報を持っている。

使用した部屋の指紋を調べれば特定される・・・。その間に誰か別の人間に貸せばわからなくなるだろう。

それまで時間を稼げばいい。


もう一人いる。ジョン・フランクだ。あの男と俺は映画館で偶然出会いそれからバーに行きしばらく話した。

その際、俺の顔を良く見ていた。俺の顔のヤケドのキズも目ざとく気づいた。

それからランウェイでも偶然会っている。あの時ヤツはカメラマンだった。俺の写真を撮っていた。

当初の俺と最近の俺を知る人間が割といる。

ジョン・フランクが出てくると面倒なことになりそうだ。

その場合は、発見を早まらせ次のターゲットを探して成りすますしかない。


一時的には大丈夫だ。それに・・ヤノが特定されたとしても俺はいない。俺は既に死んでいる。

焦るな。ヤノは偽名だ。しかし俺を探しているヤツらは分かっているはずだ。それが一番手強い。


とりあえず今これから俺はこの男になる。

俺がこの男の服を着て、この男にはこの服を残す。

残念だがナタリーの服を置いていこう。

この服があれば警察はヤノに行きつく。そしてヤノは事実上死ぬ。


情事の上ホームレスの男に殺されるという、ゴシップはデザイナーの服の売れ行きにも貢献するかもしれない。

もし由美の件で捜査上に俺が浮かび上がったとしても俺が殺されてしまえば、そこで捜査打ち切りだろう。


俺は体をタオルで拭き、トランクから俺のもともと着ていた服を着てその上に薄汚れた汚いジョンの服を着た。

頃合いを見計らってこの汚い服を脱ぎ捨てる。


俺はフードをかぶって全身をミラーでチェックする。


念の為俺は財布を抜き取り自分のポケットに入れた。金目当ての犯行にするのがいいだろう。


俺は窓を開けた。雨はまだ降っている。下は細いバルコニーがある。そこを辿ると細い避難階段がある。

あそこから逃げるか・・。雨のせいか人はいなかった。もし目撃者がいたとしても服装からあのホームレスだと判断するだろう。そしてこの男が金を盗んだところでこの界隈の人間が警察に通報する人間ではないだろう。

なぜなら、彼らもそれなりに犯罪を犯している。彼らが通報するときは死体が出てからだ。


俺は窓からバルコニーを渡り階段から逃走した。雨は本降りになってきた。


ジョンの顔、体にはやや熱めのシャワーがかかっている。


俺は足早に走り路地裏に入った。俺は物影に隠れ着替えた。

寒い・・・。俺は走った。駅まで来ると俺は汽車を探した。すぐ出発するやつ。場所はこの際どこでもいい。


俺はキップを買った。これから先は運任せだ。次のターゲットを探しそのターゲットに成りすます。

問題は相手だ。次は俺に似すぎていても良くない。


シャツだけというのは浮くな・・。俺は店のウィンドウに映る自分の姿を改めて見た。

今日はジャケットを着ていたり、レインコートを着ている人が多かった。

俺は駅前の店の紳士服コーナーに入ると適当なジャケットを購入した。

店員は俺にタオルを貸してくれた。


「お客様・・ステキですよ・・。本当に・・どこかでお会いしたことがあるのですが・・」


「今日初めてここに来たのでね・・ではこれをいただきます。」


俺は手短に店員とのやりとりをしてすぐに支払を済ませた。


「このまま着てゆかれますか?雨のせいか寒いですね」


「着て行きます。」


店員はタグを外してくれた。


「本当によくお似合いです。」


俺は店員に礼を言って別れた。


「あの人、何回も会っている気がするんだよなぁ・・」


店員の男はタオルを片づけようとスタッフルームに入った。

スタッフルームにはポスターが貼られている。

ディスプレイの参考にするためだ。

男はタオルを洗濯袋に入れた。


一瞬その男の表情が明るくなった。


ああ、ヤノさんだ。俺今日ヤノさんと話したんだ。


男は嬉しさのあまり、ブログに記事を投稿した。


***

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