17 視 線 交 差
エルザとの再会に心躍るパピヨン。
エルザは突然の人物の登場で戸惑いで妄想ワールドから涙の海に沈んでしまう。
ミーティングルームには見たことある連中が集まっていた。
その中に一際目立つ女もいた。由美…。お前は変わらないな。相変わらず。
長いスリットの入ったスカートから形の良い長い脚をゆっくり組み替えると俺の方に顔を向けて軽くウィンクした。
まったく。男どもの視線を集めやがってけしからん。俺もその一人だが。
俺の横には白いTシャツを着た柏木が座っている。少し面倒くさい顔をしながら小さく欠伸をすると俺に向かってボソっとつぶやいた。首を傾げてなんでだろう。似てるのに可愛らしく見えるのはしぐさか。
柏木は俺を見る時最近上目づかいに見る。甘えんな!
「俺は関係ないよねコレ。」
似すぎだ。鏡を見ているようだ。そのせいでリーダらしき男がギロと俺を見た。俺じゃないって…。
作戦は至って単純だった。警察に俺の情報を掴ませて追跡させミッシェルを誘きよせる。その後ミッシェルと俺が話をするというものだった。話なんてできるだろうか?
あいつがその気なら即俺を殺しにかかるだろう。この連中はそれを知っていてあえて作戦にしているとしたら俺の命なんて元から保障されていないに等しい。
それにしてもエルザはどうなったんだろう。
俺はエルザに会いたい。会ってどうこうというものでもないが由美とはもう終わっているんだし、それにもし殺されるならその前に好きな女に会ってからでもいいじゃないか。
「君、何か言いたいことでもあるのかね?」
リーダはそういうと俺の方に向かって歩いてきた。
「エルザはどうなるんですか?」
「彼女は参加しないよ。っていうかムリでしょ。」
「死ぬ前に会っておきたいと思ってね」
俺がそういうとその男は片方の眉を上げて驚いた顔で言った。
「そんなに会いたいなら会わせてもいいが。君の警護は任せておいてほしいね」
「エルザに会わせてくれ。この間の映像を見たが最低でも4人はいるじゃないか」
「わかった。連絡がついたら段取りしよう。たった4人なら大丈夫だろう」
リーダはそう言うと谷崎の方に行った。
どんな4人か分かっているのか。俺はリーダの後ろ姿を見ながら以前見たビデオ画像の大柄な男たちの姿を思い出した。
俺たちの会話をさり気なく聞いていた柏木が怪訝そうな顔をした。
「エルザって誰?」
「お前には関係ないことだ」
「ヤノさんの好きな人だね…。可愛いなぁ…ヤノさんって」
可愛いだと?俺に向かってその言葉がよく出るな…。
ミッション前に弱気になるのは禁物だが、やはり不安が残る。この作戦…どう考えてもうまくいかない気がする。ミッシェルはうまくこの作戦に乗ってくれるだろうか?問題はそこだ。この連中は安易に考えすぎる。
いや連中のことだ。正攻法ではいかないだろう。
俺は深いため息をついた。死ぬことに関してはとっくに腹をくくってきた俺だがやはり気が重い。生への執着は根強く残っていたのか。
こうなればエルザと会う権利はあるだろう。何を差し置いてでも…。
俺が死んだときエルザはどうするだろうか?少しは悲しんでくれるだろうか。
なんて俺は女々しい!
考えても仕方がない。死ぬようなヘマはしないでおくしかない。
それから数週間後、リーダが俺の部屋とういうか独房に来た。
リーダはゆったりとソファーに腰を下ろした。
「エルザと連絡がついた。明日着くよ。」
「そうか。」
俺は安堵した。久しぶりにあの女に会う。
「彼女、色々やらかしているよ。フフフッ」
「何を?」
「ああ、君は何にも知らなかったんだね。彼女大した女だよ。」
「だから何を?」
「男がいたんだ」
「なんだって!ど、どんな男だ!」
「大丈夫、君の方がイケメンだから」
「そういう問題ではなくて、今付き合っているのかっていうこと…」
リーダーは俺の方を見てゆっくり言った。
「なんだかんだ惚れっぽい女みたいだけど、やっぱ君一筋みたいだよ」
「なんでそんなことがわかる?」
「監視させていた…。彼女の安全のためだ。」
「おいおい、俺の時はやめてくれよ。今も監視させているのか。」
「まぁ移動の時は注意をしている。少しは我々を信じてもらいたいものだ。」
「ミッシェルがあの作戦に乗ってくると思えないんだ。乗るとしたら俺を殺すつもりで来るだろう?」
「君の替え玉を何のために用意したと思っているんだ?」
「まさか最初のセッティングを柏木にやらせるつもりじゃ…。」
「彼はね意外に動じないタイプだよ。何なんだろうね。素人なのに」
「動じないって言えばそうだな」
俺と最初に会ったときも動じていなかった。むしろ目をギラギラさせて好奇心むき出しで俺の方に歩いてきた。あれはなんだろう。
俺は今まで生ちょろい男のイメージだった柏木の中の目のふてぶてしい目の光を思い出した。
その光の中にわずかに似ている目の光を思い出した。
ジョンだ。あの男の目の光にも同じようなものを見た。
あの事件について柏木からの質問はなかった。
もしかしたら、ジョンの兄ではないか。まさか。俺は最初に二人に会ったときのことをおぼろげに思い出した。
容姿が似ていること以外で他に共通点はないだろうか。
はっきりとは言えないが感じた。あの目の光だ。俺に甘えてくる感じとか人に取り入る感じとか如才がないところだ。
考えすぎかもしれないが。
「どうしたんだ?」
リーダの男が不審そうな顔をして俺に言った。話したところで解決はしないがとりあえず話しておこう。
「もう一人の俺に似ている男がいる。あのホテルで死んだ男だ。」
「あの男か?死んだというより、君が殺したんだろう?それがどうした?」
「どうしてあの場所にあの男がいたんだろうってね。あの男の素性を調べていないのか?」
「客を探していたんだろう。調べたけど行方不明者なんて沢山いるからね。とりあえず調べているが多分不明だと思う」
「客はそれがたまたま俺だったってこと?」
「偶然だ。」
こうやって言い切れるものかね?俺はやはりこの組織にもこの男にも不信感が残る。
「兄がいたって言っていたよ」
「兄?」
「ソックリなね」
「君は何が言いたいんだ?」
「柏木が兄ではないかってね」
「それは飛躍しすぎだろう。それで?もしそうならどうするって言うんだ?」
「俺に対して何等かの復讐心はないかと思ってね」
リーダは腕組みをした。しかし少し笑みを見せると下を向きながら言った。
「あり得る話だ。しかし、柏木は違う。彼は国籍は日本でこっちでは仕事で来ているだけだ。死んだ男に関しては全く情報がないから分からないけれども」
自信がない時この男はこんな風に話すのか。
「火事があったって言っていた。」
「それだけの情報では分からないな。一応調べておく。エルザは明日来るよ」
リーダは言い残すと出て行った。
俺はトレーニングメニューを出すとランニングを始めた。
エルザに会えるのか。会ってガッカリされないように鍛えておこう。
リーダの言った言葉を信じることにして俺は黙々と走り始めた。
***
ふぅ…。私は車窓から景色を見ていた。いいなぁ…。陸続きっていうのは。
私はベルギーでワッフルの食い過ぎで若干太った。人間ヒマになるとロクなことがない。ヤケクソでベルギーに行ってみれば谷崎から帰ってこいと連絡がありテンションが下がった。
しかしパピヨンに会えるとなったら話は別だ。
そこにあの由美がいたとしても。やはり恋しさには負ける。
あぁあ…煩悩の塊よ。
私は美しい景色を見ながら自己嫌悪に陥り低い声で呻いた。
「あぁあ…嫌だ!」
隣の席には超イケメンが私を見て微笑んでいた。目の保養をしておこう。慣れて置かなければ。パピヨンに会った時に平然を装うように。私は微笑みながらその超イケメンに近づいた。もしかしたらそれほどでもないかもしれない。
超イケメンはパーカー姿にジーンズというありふれた格好をしていたが、やはり光る。後光とういうヤツか。神々しい。
実際に車窓から光が差し込み光っている。うーん。ああ、煩悩よ許したまえ!
私は車窓の窓の光に祈りを捧げた。パピヨンこれは浮気ではありません。内面の修行のためのシュミレーションです。私は繰り返し心の中で唱えた。
これだけの下心があるにも関わらず私の語学センスは進歩の片鱗さえ見えない。覚えるのは食べるモノくらいだ。ああ、向いていない。アノ仕事。
ブリュッセルからパリシャルルドゴールまでは1時間ちょっとの小旅行だ。こんな気軽に国外に行けるなんて羨ましい。
私はチラチラと神々しいイケメンを見ながら目を瞑った。パピヨンに会ったらなんて言おう。
煩悩の塊は思考を許さない。私の小1時間はすべて彼を見るために費やしたのであった…。
時間を見た。もうすぐ着くな…。誰が迎えに来るのだろう。列車が止まった。私はボストンバッグを確認し列車から降りた。
改札を過ぎると強い視線を感じた。誰かが見ている。私は何気にその視線の方向を見た。
その人は以前見たことがあった。誰だっけ。あれは…パピヨンが変装していた…
矢野パイロットではないか!
ええつ。いや矢野パイロットではないかもしれない。まぁ私の中でそうしておこう。
しかし矢野パイロットはパイロット服を着ているわけでもなかった。そうだろう。駅だし。
ベージュのジャケットに黒のパンツで靴は革靴でおしゃれに合わせているシャツは白シャツだけど何か色気を感じる。
あああ、重症かもしれない。似ているというか、別人、いや例えもし本人だとしてもパピヨンの可能性は低い。
大体変装しないといけない理由は…。あった。事件を起こしたんだっけ。だけど本人が迎えにくる確立は低い。
なんであれ私は矢野パイロットを眼見していた。
私の妄想モードはいつだって止まらないんだ…。ほっといてくれ!!誰に言っているんだ?
落ち着こう。矢野パイロットが見ている。ああ、どうしよう。
私は目が合ったがさり気なく逸らした。矢野パイロットは私を見ている…なんで?あ、私が見ていたからだ。
矢野パイロットは私に近づいてきた。まさかのナンパですか?なんで?
矢野パイロットは私に近づくと思いもよらない一言を私に呟いた。
「貴方は落合由美さん?」
私はアッパーパンチを食らったかのように天を見た。
なんでだ?
今、なんて?
由美だと?
こーーんな所で、どうして、こーーんなことを聞かれないといけないのか。
私は多分目が泳いでいたと思う。そして私はこれから先どのようなことがあっても
コノ手のシゴトには就かないでおこうと決めた。いや決めたところで頼まれたら仕方ない。
まーーったくどーすればいいんですか?誰か教えてくれ!!
私は半うつろで答えた。妄想モードはストップで意気消沈。意気消沈なんて言葉ここ数年脳内に浮かんだことすらない。
ああ、脳内引き出しがこのような形でオープンするとは!
しかし、ここで何か言わなければならない。沈黙はいつでも金ではない。
ここで逆に英語で切り替えしたらマズイ。日本人であることがバレバレである。しょうがない…。
「いいえ、違います」
ただ背丈が似ているだけだ。いや、違う。私は駅の改札付近にあるウィンドウ越しに自分の姿を見た。
意識はしていないが髪はストレートだ。長さはミデイアム。メイクは由美を意識していないが眉はやや上がり目に描いている。
意識していないけど、結果として意識していた…。
矢野パイロットは不思議そうな顔をし軽く微笑んだ。
「そうですか。すみません。でも…」
でも…なんだろう。気になるが長居は無用だ。私は歩こうとした。
矢野パイロットは私を見つめながら言った。
「似ている…。貴方の名前を教えてください」
えええつ。どうしてそんなことを聞いてくるのだろう。何かメリットがあるのか?
あ、そうなのか、ナンパなのか。フフフっ。
ようやくモテ期が来たのだろう。これがアタシの実力!私は心の中でガッツポーズをした。アフォだなー相変わらず。
「イチセミホです。」
あろうことか私はボーゼンとして本名を言ってしまった。熟慮できないタイプなのだ。ああっ。
まぁいい。一時的な恋のつもりで向こうも私を見ているに違いない。
私はアフォな妄想をし、一人で納得をしていた。浅はかな人間なんです。あああっ。穴に向かって叫びたい。
「ミホさん。可愛らしい名前ですね。もし宜しければお茶でも飲みませんか?」
矢野パイロットは紳士的に誘ってきた。うーーーん。イイ!!
前回の記憶が蘇る。あれはパピヨンの変装だったろうが今回は本人かもしれない。
しかし…。
私は何故か素直に喜べなかった。矢野パイロットは紳士なカンジなのに。
ああ、そうか、落合由美の名前が出たからだ。
えっ…。となると満更パピヨンとつながる可能性も出てくるんだ。これはいいことなのか?
私はお茶を断ることにした。ザンネンである。本当に。なんでーーーー。
「あの、急いでおりますので失礼します。」
「どこへ行かれるのですか?宜しければお送りしますよ」
そんなに気に入られたのか。
私はスミマセンといい歩き出した。
私が歩き出すと矢野パイロットは私の腕を掴んだ。
倒れそうです…。もう初っ端からこんなコト。
「由美さんでしょう。私はアナタを探していたんですよ」
な、なんですと!
とんだ勘違いに私はバカバカしくなった。モテていたのは由美で、私ではなかった!
泣きたい。滝のごとく流れる涙は海へと続く。妄想ワールドは涙の海へといざなう。もういいよ。ハッキリ言うんだ、私!
この精神状態から回復するためにやることを考えた。私は自分が落ち込んだときにやる10の項目第一位をやることにしようと思った。何だったけ?その前に言うんだ、私!
「あのねー。私はミホっていうのよ。全然別人なの。触らないで」
私は矢野パイロットを払いのけ足音を立てて歩き出した。
なんでこうなるのかしら。ムカツク。あ、私が由美を意識しなければいいんだ。
とりあえず、髪はブラウンにでも染めよう。チキショー。
私が歩いて行くとカフェに黒いワンピの女が待っていた。
「エルザ、待っていたわ。」
飲んでいたコーヒーのカップを置くと組んでいた足を下ろし立ち上がった。今日はワンピ短いじゃん。
ヒールも高いせいか一段と威圧感が増す。勝負アリって感じ。
心地よいヒールの音を鳴らしながらゆっくり歩いてくると由美は私を馴れ馴れしく抱きしめてきた。
チキショウ。由美のふっくらした胸が当たる。大抵の男はこれで落ちるだろう。
うううっ色っぽいし良い香りがする。もう、そっちの方にいきそうです。落ち着くんだ私。
やっぱベルギーに戻りたくなってきた。
しかしあえて私はニヤリと笑い由美に言った。
「駅の改札にアンタの彼氏がいるわよ。私のことアンタだと思って聞いてきたのよ。」
由美は驚いた顔をしたが鼻で笑った。こんなことには動じないのは分かってるし。
「私、彼氏たくさんいるから。」
それは単なる尻軽女じゃね?ツッコミたかったが言えない悲しさよ。
「会わないの?」
由美はしばらく考え私に聞いた
「どんな人」
「背丈はパピヨンと同じくらい。雰囲気もなんとなくだけど似ている。」
そういうと由美の顔を見た。一瞬由美はハッとし駅の中を見つめた。表情は変えていないが動揺が走った瞬間を私は見逃さなかった。関係があるのかもしれない。
「由美、会わないの?」
「もしかしたら…振った男かもしれないけど」
何ですと!矢野パイロットにアッパーを食わされ、由美にはカウンターをもらって私はもうKO状態。あああっ。
矢野パイロットをもし振ったのなら私がいただいてもいいかしらという言葉を飲み込んだ。
言えない。てか知っているだろう。彼女にとってはどうでもいいコトなのだ。
由美は私の顔を見て微笑を浮かべると私の荷物を持って歩き出した。
駅のカフェにはベージュのジャケットにサングラスをした男が座ってコーヒーを飲んでいた。
男の手にはライターが握られていた。
女二人が歩いていく姿を見ると男はタバコを取り出しライターで火をつけた。
煙を吐いた時、黒髪のロングヘアーの女が振り向いた。
久々の更新です。
次いつ更新できるかわかりませんが、たまに読んでいただけると嬉しいです。