16 月光の中の決断
ランニングマシーンが動く。
この数日間この調子でトレーニングばかりやっている。
飽きてきたぞーーーっ
と俺は叫んだ。するとランニングマシーンはさらに速くなった。
この調子だと柏木がマッチョになる日も遠くはない。
それに比例して俺もマッチョになるわけだが。
基礎体力はまぁヨシとして格闘技とか戦闘的なヤツはしなくてもいいのか。
そもそも体力を使うことがあるのか疑問かもしれない。
考え事をしていたせいかスピードが落ちてきた。
休むか…。
ストーープ
俺は叫んだ。マシーンは止まった。
ドアが開けられるとサングラスをした男が飲み物を持ってきた。
何ていうか特別扱いじゃね?
テーブルが自動的に上がってくるとそこに飲み物を置いた。
「ありがとう」
男はチラッと俺を見ると少し赤くなり出て行った。
俺は少し自信を失った。この分で行くと俺のモテ度というのも怪しい。
モテることはモテるが8割男からということになる。
っていうことは柏木も同じ比率ということになる。
何を考えているんだ。俺は。
俺は立ち上がるとサングラスの男が持ってきた飲み物を一瞥した。
水分は取っておかないとな…。俺は飲み物を飲んだ。ふぅーーー。とりあえずシャワーを浴びておこう。
シャワーの中でこの数日間の事を考えた。たった数日のことだったがとてつも長く感じた。まるで4ヶ月くらい経ったようにも。
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ヤノさん!
誰かが私の名前を呼んだ。その名前を言う人間は限られている。
本当の私を知るものはそれほどいない。
私が振り向くとそこにはとても懐かしい顔をした青年が立っていた。
この男によく似た男を私は知っている。かつての私の同僚のアイツだ。
しかし若い。どうしてこんなところにいるのか。どうして私を知っているのか。
「キミは誰だ」
私はこの青年に質問した。
「僕はジョンって言うの。」
「どうして私の名前を?」
「コレ落としたから」
青年は私のライターを持っていた。確かにライターには私の名前が彫られていた。しかし私はライターを落としていない。
この男は何等かの魂胆があって私に近づいてきたに違いない。
しかしなぜ?
「そう。どうも」
私は手短に礼を言い、そのライターを受け取ろうとした。
「ダメ」
青年はにこやかに笑った。まさか買えとでもいうのか。
私は不機嫌そうな顔をしその青年に交渉を持ちかけた。
「どうしたら返してくれる。カネが欲しいのか?」
「キスしてくれたら返してもいいよ」
青年は笑いながら言った。この男はからかっているのか。私は腹が立ったがその笑顔を見てるとあの男の顔を思い出した。
似ている。
私はジョンという青年に近づくと顔を少し持ち上げた。
ジョンは少し驚いた顔をした。
「してくれって言ったよね?」
私はジョンがライターを持っている方の手首を掴むと壁に押し付けた。
一瞬ジョンが怯えた顔をした。
私はジョンの唇に軽くキスをした。
ジョンは私の顔をまっすぐ見つめた。その目はアイツの目にダブって見えた。
「ライターを返して」
ジョンはゆっくり私にライターを渡した。
「ヤノさん。俺、バカかもしれない。」
「バカって?ライターが戻ってきたから別にもういいよ」
私はそのまま歩いて行くつもりだったがジョンは私の背中に抱きついてきた。
「バカっていうのは、こういうこと」
私は混乱し始めた。私は何もかも捨ててきた。本当になにもかも。
しかし、時にとてつもないものを拾うこともあるものだ。
「バカだね…。君は。ちゃんとした人と恋愛した方がいいよ。」
「アナタはちゃんとした人のように見えるよ」
「ちゃんとしていないよ。全然。」
「ネェ…俺たち少し似ているね。雰囲気かな。」
「顔は全然違うでしょ。でも、私の知り合いに君によく似た男がいる」
「へぇー。そうなんだ。興味あるなぁ。」
「その男今はどうしているか分からないけどね」
「恋人になれないなら、お願いがある」
ジョンは上目づかいにお願いのポーズをした。多少の世間を知っている私ですら可愛らしく見えるポーズに笑った。
「お願いって?今度こそ金か?」
「まさか!お兄さんになってくれない?ええとなんていうだろう。」
「ムリがあるよ。それに私は人付き合いは苦手でね」
「それなら友達は?誰も友達がいないんだから本当に。お願い!」
「勝手にどうぞ。でも期待はしないで。」
私はしぶしぶ承諾した。そうでもしない限りこの場から離れられそうもなかった。
ジョンは笑顔で私の腕にしがみつくと歩き出した。
ジョンは金に不自由していないらしく店に入っても自分の分は支払った。
それどころか洋服売り場に入ると私にアレコレ着させようとした。
中にはびっくりするほどの金額の服を持ってきて本当に買おうとまでした。
私はジョンに言った。
「私はだれかを好きになることはないから」
ジョンは下唇を噛み涙を浮かべた。
「わかっているよ。最初から。でも俺は、俺はね。バカなんだ。それでもいいの。好きなの。側にいたいの。何も求めないよ。」
「好きにすればいいよ。今までと同じでいいなら。」
「うん。腕組むのはOKだよね?」
「まぁね。」
「キスは?してくれたよね?」
「あれはライターが身代わりだったから」
「あのライターか。あれはヤノさんにとって大切なものなんだね」
「大切な友達にもらったんだ。」
「ヤノさん、そういえばタバコ吸わないね?タバコ吸わないのにどうしてライターを持っているの?」
「簡単なことさ。タバコはやめたんだ。ライターはプレゼントだったから」
「そうなんだ」
その時ジョンのスマートフォンが鳴った。
「何?それで、報酬はいくら?危険な仕事はしないからもう。そう。OK。場所はあとでメールしてよ。」
報酬?ジョンが金に不自由していない理由が少しわかるな…。
この話しぶりでいくとジョンは過去に危険な仕事をした見返りに相当の報酬をもらっているに違いない。そして近々またその仕事をするわけか。
私は関係ないと思いながらもジョンが危険な仕事をするのではないかと不安になった。
「危険な仕事をするのかい?」
「ヤダ…。聞いていたんだ。心配しちゃった?大丈夫すぐ終わるよ。」
「いつ終わるの?」
「1、2日かな。相手次第だよ。これを最後にするから安心してよ。」
「うん」
「ネェ…本当は俺のこと好きなんでしょ?」
私はジョンの顔を見て笑った。
「その笑顔ズルイ。でも好き。好きだよ。」
ジョンが仕事に行くと言ってから数日が立った。
新聞には駅周辺のホテルで殺人事件の記事が小さいながらも目立っていた。
新聞には顔写真があった。それはジョンの顔だった。
新聞のタイトルに私は違和感が隠せなかった。
モデル殺人。モデルだと?ジョンが?モデルの名前はヤノと書いてあった。
私は自分が突き落とされて落ちていくのが分かった。
モデルの名前がどうしてヤノなのか。ジョンの顔は誰に似ているのか。
私は本屋でファッション雑誌を買った。
とても外で見る気持ちにはなれず、借りているアパートの部屋で雑誌を見た。
ヤノとは、この男だ。
あの男に違いない。この目。この笑顔。
私は部屋から一番近い店に行き久しぶりにタバコを買った。
部屋に戻ると雑誌のページからモデルの写真の男のページを破ると壁に貼りつけた。
私はタバコを咥えるとライターで火をつけた。
久しぶりに吸うタバコは苦く、頭が少し痛く感じる。
タバコの煙の合間から見える懐かしい笑顔はジョンではない。
お前だ。
お前がジョンを殺したのか?
捨ててきたと思っていたが、捨てていない感情も持ち合わせていたことに気が付いたよ。私は、ジョンを…。
もしかしたら、好きだったのかもしれないな。
私がお前と会ったらどうするだろうか?
お前は予測できるか?お前は私の名前を利用した。
それは許す。しかしジョンを殺したのだとしたら私はどうするのか。
窓辺から見える雲のきれぎれから月光が煙を白く浮かび上がらせた。
4ヶ月ぶりの投稿です。
変わらず訪問してくださる読者様に感謝いたします。