15 懐かしい味としょっぱい再会
パピヨン前回の続きとジョンフランクが柏木との約束の場所に行った後の話です。
俺は呆れている男を顔を見つめ笑った。
「まぁ、ほんのしばらくの間だけここにいるだけだから気にしないで」
男は笑った。いや、気になるんだ。
「それよりも腹へってないか?」
男は俺に親しげに聞いてきた。そりゃあ減っている。
「減った。」
俺は笑った。ここは素直になろうと思った。
「持ってこさせる。」
男は出て行った。どんなものが出るのだろう。俺は少しわくわくした。なんといっても美食の国。
スピーカーから音が聞こえた。
「飯の準備ができた。」
さっきまであったイスが引き込まれるように下がるとテーブルが上に上がってきた。
なんだこのシステムは。この分だと俺が踏んだところでイスが出てくるとは限らないな。
ドアのノックがしたかと思うとガタイのいい男がワゴンを押してきた。
男の体格を見ながら隙がないなと思った。それで俺の担当になったのか。
まぁいい。今はメシを楽しむ。
何気に良さげな予感。俺は嬉しくなった。
テーブルに皿が置かれワイングラスまで置かれた。囚われの身にしては良さげ。
そのテーブルの上にホカ弁が置かれた。
なんだこのミスマッチは!俺は叫びそうになった。
ワイングラスには水が注がれた。
マグカップが置かれるとお湯が注がれて味噌汁が出来上がった。
俺はフレンチが食えると思っていたのに。
「一体これはなんだ。」
俺は男に聞いた。
「柏木さんのリクエストらしいです。自分もコレ好きですよ」
ガタイのいい男は笑みを浮かべた。男の顔を見たがサングラスをしていた。顔を特定されたくないのだろう。
きっとパッチリお目目でミスマッチな顔に違いないと俺は思った。
なんかの折にはサングラスを外してヤツの慌てふためきのタイミングで逃げるのもいいかもしれないと思った。
「俺のリクエストはいつ聞いてくれるんだ?」
「何がいいですか?」
「この国の飯がいいよ。たまには。」
「了解しました。」
ガタイがいい男が下がると俺は割り箸を割った。それにしてもホカ弁とは久しぶりだな。
俺はホカ弁のフタを開けた。メシはいいね。
お米が立っているではないか。光っている。湯気がふわりと上がっている。
ご飯の量もちょうどいい。
おかずは…。フタを開けるとから揚げ。定番だね。ホカ弁美味し。
俺はリクエストをしたものの、次はカツカレーが良いと思ったのだった。
腹が膨れたところで、俺は自分の体を見た。忙しくて筋トレができていなかった。
俺は床の上で腕立て伏せ、腹筋など定番のトレーニングを始めた。とりあえず、定番トレーニングをして体を引き締めておこう。
暫くするとさっきのガタイのいい男が来て食器を下げにきた。
男は俺を見て腕組みした。
「それじゃぁ物足りないだろう。なんかトレーニングする?」
「ああ、器具とかあるか?」
「イージ?それともハード?」
「そりゃあ、ハードがいいな」
「OK」
「壁際に立って待っていて。」
えっ?
男は外の何かを操作し始めた。するとどうだろう。ベッドの床がくぼみ下に下がっていく。テーブルのあった位置の床も落ちてゆく。床が閉まった。
どれだけの人間がこの手の施設に収容されているか分からないがものすごく、ムダ使いしていると思うんだ。
「それじゃ、頑張って。ストップしたいときはストップって叫んで。メニューは壁に表示される。メニューをタップしてね。」
「よく分からないけどやってみるよ」
男はドアを閉めた。映像が壁に映し出された。その映像にはトレーニングメニューがあるだけのシンプルなものだった。
ハードの割にはメニューはコレだけか。俺は笑った。この組織意外とちゃっちいかもしれない。
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トレーニング ハード版
ロッククライム?
ランニング?
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俺はロッククライムを指で選択した。すると壁の一部がするりと落ち、下から別の壁が上がってきた。
その壁は上に伸びて行き他の壁と同じ大きさになった。
俺は一番下のボコとした石みたいなヤツに足を乗せ上部の大き目な石に手を伸ばした。すると下の方の凸凹は消える。こわい。
何この違和感。俺はちょっと気持ち悪くなった。それにイライラする。
このシステムで行くと俺はいつまでも一番下にいることになる。
俺は次々に上っていった。素早く。なるほど、これなら高所恐怖症の人間でもトレーニングができそうだ。
エルザはそういえば最初怖がっていたよなぁ。これならトレーニングできそうじゃないか。
俺はもくもくと上に上がり、デコボコももくもくと消えていった。しかし侮ってはならない。上がるにしたがって足場の位置が遠くなっていく。
さすがハードか。しかし少し物足りない。スリルが欲しい。
結構上ったが床はすぐそこだ。
俺は床に座った。ふぅーーー。
次はランニングを選択した。すると床が動き始めた。俺が後ろ下がって行くじゃないか。俺は慌てて走りだした。壁に激突してしまう。
おい、部屋の床全体がランニングマシーンになったぞ。なんだこのムダ使いは。
住みたい。
しかし電気代が高いだろうこれは。それにメンテナンスが大変そうだ。
しかしここに居れば天候が悪い時でも気軽にクライミングやランニングもできる。クライミングはともかくランニングは普通にマシーンで十分だと思うんだ。
だんだん速くなっている。ハードを選んだので速い。俺はもくもくと走った。頑張って走らないと壁に激突してしまう。ちょっと恐怖感があるな。
走りながら色々考えた。これからの事。
何にしても連中の指示に従わないことには自由にしてもらえない。
このまま脱走することも考えたが連中の持っている情報を公表されると俺やナインレターの組織の連中にも迷惑がかかる。
連中と接触の際何が一番手っ取り早いのだろう。
それは手配されることかもしれない。
俺が手配されることで連中は動きだす。連中は俺を助けるように見せかけここの組織と同じように俺を拘束する。
その後俺は矢野高次に殺されるかもしれない。
問題はここの連中にどうやって知らせるかだ。それが安全に知らせることができないのなら俺はその場で殺されるだろう。
ミッシェルは俺を恨んでいるだろう。デービットはあの場に居合わせ死んだ。実際はエルザがやったことだが俺が指示した。
ミッシェルにしろ、矢野にしろ俺に恨みがある。
汗が出てきた。まだまだ…。
エルザの事を考えた。彼女はどうしているだろうか。ここにいるのなら会いたい。
自由になったらどうするか。
俺は何をしようか。流れる汗が目に入る。そろそろ…・
「ストーーップ」
俺は叫んだ。床は止まった。俺は床に座った。Tシャツを脱ぐ。久しぶりに汗をかいた。
「シャワー浴びたいんだが。」
俺は部屋で言ってみた。壁の後ろのドアが開いた。俺はドアを開けると驚いた。ちゃんとバスルームがあった。
着替えも用意されている。TシャツにはPYとイニシャルがあった。
まぁいい。
俺はシャワーを浴びた。
俺がシャワーを浴び念願のイニシャルTシャツに着替え部屋に戻ると柏木がいた。
***
ジョンフランクは時間に遅れ焦っていた。柏木との面談に緊張し予想外に準備に時間をとってしまっていたのだ。
柏木に電話をかけてみたが通じなかった。
待ち合わせ場所となるホテルに電話をしてみると、電話は使われていないようだった。
ジョンフランクは信じられなかった。
柏木がまさかウソをついているとはとても思えなかった
柏木の携帯に電話をしたがダメだった。
仕方がないので現地に行ってみることにする。
ジョンフランクは遅く乗り継いだ汽車から降り駅のホームで固まった。
無人駅だった。
ジョンフランクは辺りを見回すと看板があった。タクシー会社の看板。近くにはバス停があった。バスの本数はやはり少なかった。
汽車の時刻表も調べたが本数が少ない。ここはタクシーに来てもらった方が無難かもしれない。
ジョンフランクはタクシーの会社に電話をした。電話の出た相手はどうやら運転手らしくすぐ向かうと言った。
数分後タクシーが来た。なるほど早い。この駅を利用する人も少なからずいるようだ。
タクシーの運転手は色黒のアジア人だった。ナマリのあるフランス語だが現地でよく仕事しているのか話しぶりは流暢だった。
ジョンフランクはホテルの名前を告げるとタクシーの運転手は怪訝な顔をした。
「そのホテルとやらはもう営業していないよ。」
「そんなバカな。そこで俺は人と会う約束をしているんだ。とりあえず向かってくれ」
「はいよ」
タクシーの運転手は首をひねりながら車を走らせた。ジョンフランクは不安になった。前回電話で連絡があった時のメモをもう一度見る。
海の近くを走るにつれ、辺りの建物がなくなっていく。
ホテルらしき建物の前に来た。
閉店 解体工事予定
ジョンフランクは茫然とした。
建物はやや古いが十分まだ営業できているようにも見えた。
辺りに人はいない。
建物の中に入ろうとすると運転手に止められた。
「とりあえず、清算してもいいですかね?解体予定らしいからうかつに入るとケガするかもしれませんよ。」
「清算しますよ。少しみるだけですから。」
ジョンフランクは財布を出した。柏木はあの事件の調査報告を詳細なレポートにまとめて欲しいと言っていた。
それなのに、今日になって面談にも来ないなんておかしい。それにもしもの場合は連絡くらいするはずだ。
連絡ができない事情があったのか…。この建物のどこかに柏木がいるかもしれない。
ジョンフランクはこの周辺を少し見て回ることにした。
「しばらく待っていてください」
ジョンフランクはタクシーの運転手にそういうと余分にチップを出した。
ジョンフランクは現地に来た証拠を撮るべくカメラを取り出し正面から写真を撮った。中に入り数か所写真を撮る。
ジョンフランクは辺りを周ってみることにした。もしかしたら中にいるかもしれない。
裏庭の方に周った。閉店はしているものの庭はわり整えられていた。
裏庭の前方には立ち入り禁止のテープがはってあった。
ジョンフランクは裏庭も写真を撮った。
ジョンフランクはそのテープの中を入ろうとしたとき、ヘルメットを被った男が来た。顔はマスクをしており解体工事業者のように見えた。
「このホテルは解体するのですか?」
「そうだよ。今日。なんか用か?」
男はイライラしていた。今日一日やることが決まっており、邪魔が入っては困るということなのだろう。
ジョンフランクはホテルの名前を見た。合っている。
「実はここで面談の約束をしていたんだ。今日。」
ヘルメットを被った男は笑った。
「アンタ、体よくあしらわれたんじゃないの?」
「なんだって」
「面倒なヤツが何度も押しかけてくる場合そういうことやるヤツいるよ。」
「そんな人じゃない。俺は何度もその人と仕事をしているし信頼関係もできているはず…なんだ。」
ヘルメットの男は肩をすくめた。
「なんであれ、ここは営業はしていないよ。仕事の邪魔だから出てってくれ。今日は忙しいんだ。」
ジョンフランクは肩を落とした。なんてことだ。今月はなんとか収入はあったが来月の見込みがなくなったようなもんだ。
ジョンフランクはタクシーの留まっている場所まで力なく歩いた。
タクシーの運転手は何も言わなかった。こういう客は見慣れているのだろうか。
ジョンフランクはタクシーに乗り込んだ。
「お客さん…。どうしますか?」
「一本前の駅まで頼む。」
ジョンフランクはもう一度柏木の携帯に電話をした。通じなかった。正式採用が決まっていたのに。
しかしジョンフランクは落胆しているヒマはなかった。すぐネットに接続し仕事探しを始めた。
来月の生活が懸かっている。
サイトでは結構よい報酬でカメラマンの募集をしていた。
とりあえず、これに応募してみよう。柏木から連絡あった時はこの件を埋め合わせをしてもらう。
交通費、タクシー代、待ち時間。とりあえず帰ったらこれまでの請求書を作り柏木の出版社に送って様子をみよう。
ジョンフランクは早速カメラマン応募フォームに情報を打ち込んだ。
これでよし。
事件のレポートは柏木と連絡がつくまではストップすることにした。
しかし依頼された仕事を全うしないまま次に行くのも気が引ける。
柏木の電話の声を思い出した。誠実そうなヤツだった。
一度も会わないままこんな別れ方するようなヤツではない。何かに巻き込まれたんだ。事件?
モデル殺しの一件にもし関係あるとしたらどうだろう。
タクシーはスピードを上げ無人駅を通り過ぎた。
***
俺はギョッとした。
コイツは一体どうやって入ってくるんだ。
「オフロ入っていたんだ?」
「そうだよ。なぁ、気づかないか?」
「何を?」
柏木は可愛らしく首を傾げた。ビジネスライクの時はかっこよさげに振る舞うのに反則過ぎる。
いや、俺にもできるということか。次はソレを使わせてもらうよ。
「Tシャツ」
「ほお」
柏木は目を丸くした。
「イニシャルがあるね。なんでPなの?」
「ヘッ?」
「Pってなに?」
しまった。Pの事考えていなかった。
俺はやはりTシャツは無地が良かったと思った。
P…。どうしようか。PはパピヨンのPと言えたらどんなにラクだろう。しかしパピヨンの名前を話すと色々面倒なことになる。
「Pは連中のミスだろう。」
「そうだよね。Yは分かるけど」
俺は冷汗をかいた。
「それはそうと、どうやってここに入った?」
「頼んだ。谷崎さんに。トレーニング私もしましたよ。」
「イージ?」
「その方がいいと言われました。」
そーだろう。そうさ。お前は体力がないから。その足どうにかしろ。
俺は柏木の足を何気に見た。
前よりもたくましくなっているではないか。
なるほど、連中がTシャツにイニシャルを付けた気持ちも分からんではない。
この分だと俺がミッションに行っている間もトレーニングを続けて俺が帰った時は俺に本当にソックリになっているかもしれない。
「そういえば、あの人どうなったかな?」
柏木は物憂げに言った。
「あの人?海岸の女の人?」
俺は遠回しにエルザの事を言った。
「違う。部屋であった人だよ。下心があったから罰が当たったかもしれないな。」
「下心って」
「その人としちゃったんだけどね。遊ばれたみたいだな。でもここにいるような気がするんだよね」
「ほぉ…。しちゃったんだ…。誰と?」
俺は柏木の『しちゃった』発言に驚きつつそれがエルザではないことを知ると安堵した。
しかし、その発言は柏木がモテるということをリアルで証明したのだと思うと複雑な気分になった。
何だかんだ言ってコイツは俺と同様いや、俺以上にモテるのかもしれない。
俺は少し落ち込んだ。アホか。
「本当の名前は分からないよ。長い黒髪で色白で眉がスーッと気が強いようなイメージで。…とにかく美人なんだ」
俺は寒気がした。マジで?
アイツか?その特徴は由美に似すぎている。
まさか幽霊。いや、柏木はしちゃったと言っていた。
しちゃった…。
あの女生きていやがった。それにしても、どこまで尻軽女なんだ。
俺は別に嫉妬していない。てか、エルザはどうなったんだ?
スピーカーが鳴った。
『柏木さん部屋から出てください。面談時間は終了です。』
「面談時間なんてあるんだ」
「みたいですね。では失礼します。」
柏木は軽く会釈して出て行った。
俺はカメラに向かって話しかけた。
「由美って生きてるんだ?」
『ハイ』
「そ、そうなんだ。もしかしてこの建物の中のどこかにいるとか?」
『謝罪でもしますか?』
「何を?俺は被害者だぞ。いきなり背中から刺されたんだから。勘弁してくれよ。」
『なるほど。由美さんそちらに行かせますか?』
「いいよ。怖い」
『由美さん会いたがっていますよ。ああ、そっち行きました。』
「なんだって」
俺は立ち上がった。床という床を踏んだが何も変わらない。バスルームがあったドアを押してみたが開かなかった。
スーーーッと音がするとドアが開いた。
ああ、幽霊か。妖怪なのか。怖い。
黒髪のロングって、俺にとってはトラウマになりそうだ。
俺は壁に張り付いた。
コッコツというヒールの音を立てながら相変わらずの雰囲気を醸し出しながら部屋に入ってきた。
黒のワンピは必須なんだな。この女どんだけ黒のワンピ持っているのだろうか。
スリットは右の前にあって太ももが歩く度にあらわになる。けしからん女だ。
「お久しぶり。幽霊じゃないわよ。足あるでしょ?」
壁に張り付いている俺を後目にして由美はゆっくり俺のベッドに座った。
足を組み直して俺に来いと合図を送る。
俺はフラフラとまるで操られているかのように情けなく由美の方に歩いて行った。なんであれ、コイツを殺そうとしたんだからな。
まだミッションがあるから半殺しで済むかもしれない。俺は背中の傷が少し疼いたような気がした。
俺は由美の横に座った。
「やってくれるじゃない・・・。パピヨン。」
「お前こそ、柏木としちゃってさ。」
「やきもち?嬉しいわ」
「やきもちとかじゃなく、尻軽女ってこと」
由美は俺を睨むとビンタをした。
痛い…。ビンタってこんなに痛かったけ?
「アタシは貴方を愛していたというのに貴方ときたらエルザを…。」
「エルザは関係ないよ。君のそういう奔放なところは魅力的だとは思うけど、一般の男には理解できない部分もある」
「フッ…一般のナニ?貴方が?笑わせないでよ。貴方が一般の男だなんて思っていないわよ」
由美は俺を笑いながらも怒りを見せながら俺に言った。
「俺が一般でないならナニ?」
「貴方は私の中で一番ってことよ。寂しくて柏木さんとしちゃったくらい」
「それで?俺とヨリを戻したいとかいうのか?俺を刺したくせに。」
「それはデービットを殺したから。エルザがやったことかもしれないけど、貴方が指示したことでしょ。許せないわ」
「それなら俺とはムリだろう。謝罪はするけどヨリ戻す気はないよ。」
由美は下を向いた。この女のプライドを気づ付けたかもしれない。
「わかったわ」
由美は立ち上がった。本当に分かってくれたのか?コイツまた俺を…。まぁ次は殺されてもいいさ。
「会えた良かったわ。ミッションではもしかしたら一緒に行動するかも。その時は指示に従ってよ」
「分かった」
俺はとりあえず安堵した。仕事の場合は別だ。俺は少し億劫になった。早く片付けたいが由美と行動を共にするとあの誘惑に勝てるかどうか。
由美はドアに近づいて行く。
突然由美が振り向くと俺にもう一度近づいてきた。えええっ…。技をかけられるのか?
俺は身構えた。
由美は俺の顔を掴むとキスをしたのだった。不意打ち過ぎる。
由美は俺の顔を離すと俺にウィンクした。
ドアを開けると俺の顔を見ないで出て行った。
俺はしばらく立っていた。
その手の感情はなくなっていたというのにどうだろう。
俺の目から水が流れている。左の方から。
これってナニ?これって…。なんなんだ。俺って男は。エルザの事を想っていたの思ったのに違うのか?
『再会はしょっぱかった?』
谷崎の声だ。次は容赦なく骨折してやる。
「さぁね。ところでさ、エルザはどうしてる?」
『アンタがここに来た段階で晴れて彼女は自由の身だよ。彼女どこに行ったのかね?』
「あの子は一人にしたらマズイだろ。心配だな」
『ほっとけないところが魅力?』
「お前には関係ない」
『監視してるよ。当分ね。ベルギーに行くとか言っていたけど戻ってくるかもしれない。』
「なんでまたベルギー?」
『チョコとワッフルが好きだからだそう。アンタにも責任はあるんだ。』
「責任?」
『エルザは由美とアンタとの関係に嫉妬していたんだ。これからの生活で一緒にいるところ見たくないと思ったんだろう。』
「なるほど。いつから女の気持ちが分かるようになったんだ?」
『エルザに怒られっぱなしだったから。アンタさえ良ければミッションで会うことも可能だよ。』
「少しでいいから会いたい。俺はミッションで死ぬかもしれないから」
『忠告しておくよ。』
「何を?」
『そんなんじゃぁ殺されるよ。アンタ。アンタを見くびっていたかもしれないな。』
「見くびっているかもよ。俺はこうして捕まったわけだし。人選をもう一度した方がいい。」
『それなら柏木さんに頼むよ。あの人結構やるよ。筋力もついてきたし。』
何だと…。柏木に頼む…。素人じゃないか。なんかムカツク。
「アイツにはムリだ」
『今のアンタよりはマシだ。しっかりしろよ。』
谷崎に言われる筋合いはない。
「作戦は俺抜きではムリだろう。ミッシェルは見破る。その時関係のない人間が無駄死にをするのは我慢できない。」
『それを聞いて安心したよ。それでは』
やってしまった。
俺は結局ミッションを承諾したのだ。
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