13 必然の再会
俺は身を潜め二人の会話をさりげなく聞いた。
風が吹いていた。近くに海があるせいか会話の内容はよく聞こえなかった。
時折笑うエルザの声が仲良さを感じる。
二人は俺の近くからいなくなったようだ。俺は少しホッとした。
俺は二人の行った方向を見た。どこへ行くのだろう。そうだここはホテルだった。
なら、俺は考えるだけバカだということか。
気が抜けた。
エルザを探してはいたが、自分の保身を考えるが先になり、とうとうこんな場所まで来てしまった。俺はジョンを殺してから冷静なっていなかったことを悔やんだ。
ここに来なければ俺はエルザと会うこともなかった。
いや、エルザに会いたかった。ただこんな形で会うのは辛かった。
俺は今なんて思った?
辛いって。あの男といたからか?男の顔は見ていない。どんな男なのだろう。
エルザが幸せならそれでいいんだ。生きているだけで良かったじゃないか。
俺は冷静になろうとした。今そんなことを考えている場合ではない。
警察は俺を追っている。公開捜査はしていないが警察は俺とジョンのカメラ画像を公開した。ジョンは下を向いていたが、俺は顔が見えている。
早くここから出よう。俺は裏側の木々の間から海岸へ向かった。
予想外な出来事は続くものだ。俺はエルザたちから遠のいたはずだった。
俺の前を歩いているカップルがいる。エルザたちだ。
俺は引き返そうと思った。
その時風が吹いた。
ゆるくフンワリ吹いてきた風に俺は気が抜けた。そして普段なら俺はこういう場合は物影に隠れるのだが、突然の事にその場から動けずにいた。その風はエルザの被っていた帽子を吹き飛ばした。
風で舞い上がったエルザの帽子は後ろに飛び、俺のいる方に飛んできた。
その時エルザが振り向いた。隣にいた男も振り向いた。
俺は素早くエルザの帽子を掴んだ。エルザは俺を見ると持っていたグラスを落とした。
俺はエルザを見た、そして男の顔も見た。
俺は息が止まりそうになった。
その男は俺にそっくりだった。
あのホームレスは死んだはずだ。この男はジョンではない。
ジョンよりも体の線が細い。恐らく肉体労働はやっていない・・デスクワークだろう。しかし顔は似ている。
意外な事が続き俺は言葉も失ったようにそこに立っていた。恐らく、無表情だっただろう。思考が停止し、体も動かない。俺は時間が止まったように感じた。いや止まってほしいと思った。
俺の驚いている顔を彼らに見られたくなかった。しかし遅い。
男は俺を見ると自分の顔を撫でた。苦笑いを浮かべこちらに歩いてくる。年齢は俺と同じくらい。まさに俺。
そのしぐさ、笑い方も気持ち悪いほど似ている。もしかしたら、この男あのホームレスの行方不明の兄ではないか。
それを質問することはできない。すべて崩壊してしまう。この男がもしあの事件を知っていたなら、そして関係者ならどうするだろうか。あの男の唯一の兄弟なら。お互いに探していたなら。どうするか。
恐らく、復讐する。もし仲の良い兄弟なら。そうされて当然だ。
「へぇ・・・良く似てますね・・。」
男は低い声で俺の前に来た。声も似ているような気がする。お互いに観察しあう。
しいて言えば、顎付近にあるヤケドのキズがないこと。
そして、俺よりも若干年下ではないかということ。髪の長さはこの男の方が長い。
笑った口元も良く似ている。
歯並びは若干違うが整っている。
総合的にそっくりだ。そしてイケメンで良かった。なぜか俺は安心した。これで性格が良ければいいんだが。
俺は合コンで出会った女に沸く心理を思い出した。違う・・・何考えているんだ。
この場を切り抜けるような質問をしろ・・。それははぐらかすことだ。どうやって?
「女にモテますか?」
やや拍子抜けかもしれない。しかしお互いに似ていたことは好都合。これ以上の話題はないだろう。
いきなりエルザに質問するのは酷だ。
俺は笑いながら聞いた。モテるだろう・・モテなきゃおかしい。いや、モテるべきだ・・。
国語の授業を思い出す。なんだったっけ・・そんな事を考えるな・・。
男は笑った。その笑顔も似ているような気がする。違う。そりゃそうだろ。
「私の方はモテませんよ。貴方は?」
へぇーー意外だな・・ということは、何がいけないんだろうか。出会いがないだけだ。大方男に囲まれているんだ。
もしかしてゲイかもしれない・・・。それはさすがに聞けない、そうだと答えたら俺はショックで失神するかもしれない。
「俺は、なぜか男にも女にもモテるよ」
しかし俺の答えは自らゲイと告白していた。違う。少し勝った気がした。ィエイー。アホか・・俺は。
<男にも>と付け加えた。が少し失敗した気がした。エルザの顔がわずかに曇ったからだ。マズイ・・。俺としたことが墓穴を掘った。モテないと言えば良かったのか。さっき勝ったと思ったが俺は少し負けたような気がした。しかしこのわずかな期間の統計数を少し自慢したかった・・。
統計の詳細は明かせないが。
相手の男は笑った。
その笑顔にやっぱり俺は負けた気がした。なんか、由美に似てる。やっぱりコイツはジョンの兄かもしれない。
この男は落ち着いている。もしかして年上なのか。デスクワークは老けやすいのかもしれない。
「へぇ・・どうすればいいんですか?秘策を教えてくださいよ・・。」
男は丁寧な物腰で訪ねてくる・・っていうか、アンタ本当はモテるだろう・・。しかし俺はさっき多少自慢したので、どうしても何か言わなければならない。今頃になって物陰に隠れなかったことを悔やんだ。
隠れていればこんな失態をさらさなくても良かっただろう。
「うーん。よく分からないな。」
俺は笑いながら言った。笑顔は自信あるんだ。
男はニッコリ笑った。この男もイイ笑顔をするがちょっと俺と違うな。
影があるのは俺と同じだが。
「ありがとう・・。自己紹介・・私は柏木祐樹です。出版関係に勤めています。貴方は」
「・・・俺は矢島高次・・通販とかのモデルやってるよ。一応スカウトされたんだ。」
「ほぉ。ならば私にもモデルのチャンスがありそうですね!モデル・・華やかでいいですね。出版関係はこもりっきりが多くてね・・人とあまり会わないんですよ・・もちろん取材もありますがね・・。大方そういう仕事は他に任せちゃうんで出会いないんですよ。」
「なるほど・・編集長さんですか・・。お忙しいでしょう。」
「はい・・弱小なので細々したことも私やってますよ・・あなたの方がいい」
話してみるとなかなか感じの良い男だ。それに落ち着いている。俺が女ならこの男にする。
え・・?何を考えているんだ。俺は。
柏木は俺に好意を感じているらしく、名刺を出した。ビジネスなら当たり前か。少し赤くなった俺を見てエルザは驚愕した。ちがう・・ノーマルなんだ。俺は。
「矢島さん、貴方とまたお会いしたいです。モデルの話も聞きたいし。せっかくだからインタビューしたいな・・特に、モテる秘訣を個人的に伺いたいです。あ、本を出版も考えますよ・・。貴方は・・・自分で言うのもなんですが他人とは思えないんです。」
俺も柏木も笑った。話が合いそうだ。ずっと話していたい。古い友人にあったようなそんな気分さえ感じてしまう。
しかし、柏木は物腰は柔らかったがすぐにビジネスに結びつけるなどするところからなかなか仕事ができる男のように感じた。そして自分と似ている男か良い男で良かったと俺は安堵した。
しかし出来過ぎる男ほど胡散臭い。俺も含めて。てか俺は怪しすぎる。自分で言うのも何だが。てかこの接触はマズイ今。
柏木が通報するかもしれないじゃないか。ジョンの事もあるしもし通報したならそれはそれで受け止めるしかないか。
もし、あのジョンがここにいたら・・・もう考えないでおこう。
しかし全てが終わったらこの男に謝罪をしよう。そして、潔く死んでもいい。
すっかりお互いの話に夢中になっていた俺たちは急にエルザの存在を忘れていたことに気付いた。
エルザは困った顔をしていた。エルザを探していたと言うのに俺ときたらついついこの男に引き込まれてしまった。
俺は手に持っていた帽子をエルザに渡した。
エルザは小さく会釈した。
他人行儀過ぎるお互い。しかしこの状況で色々話せない。
俺はエルザの方を見てから柏木の顔を見た。エルザに直接話しかけたかったが他人のフリをした方がいい場合もある。
「ああ、この人は私とたまたま汽車で同席したんですよ。この辺はさっぱり分からないので案内しているんです。」
俺に似ているだけでなく、この女をサポートするところまで似ているなんて俺はこの男に少なからず縁を感じた。
普通に俺も生活をしていたならこんな感じだろう。実際仕事はパイロットだったが妻がいたし。もう遠い記憶だ。幸せだったのかすら覚えていない・・。
「あの・・私部屋に戻ります。失礼します。」
「あ、ミホさん。すみません。私も行きますよ」
男はエルザの方を見て申し訳ない顔をした。
ミホ・・。そうかミホという名前で生活しているのか。エルザもだいぶ成長したように感じる。
体もだいぶ絞ってスタイルが良くなっている。顔も・・なんだか美人になったような気がする・・。
俺はエルザの顔を見て初対面の挨拶をした。
「この可愛らしい人はあなたの恋人ですか」
俺はこのセリフをなぜかドキドキしながら言った。
エルザは真っ赤になった。どうしてだろうか。
柏木は照れた顔をしながら首を振った。
「今アタックしているんですがね・・なかなか落ちてくれないんですよ。矢島さんならどうしますか?」
柏木は照れながらもエルザに対し好意を否定しないで俺にやんわり警戒してみせた。
なかなかやるな・・。この男。
「俺なら・・押し倒しますけどね・・」
エルザは真っ赤な顔をした。エルザ・・もしかして俺の事を・・・。
「なるほど・・」
柏木は真顔で頷いた。
「冗談ですよ・・。なるほど・・では俺もアプローチするチャンスがあるということですね」
エルザは体をモジモジしている。俺はエルザを引き寄せたい衝動に駆られた。
しかしエルザも新しい生き方を模索しているのだろう。
もう、よそう。エルザは生きている。良かったじゃないか。
「二人でアプローチしていたら、どっちがどっちか分からなくなりますよ」
柏木は笑い出したが急に時計を見てすまなそうな顔をして言った。
「矢島さん。またぜひお会いしていただけますか?もっと貴方の事を知りたい・・今から人と会う約束がありまして・・」
「・・・ぜひ。でも俺は色々と飛び回っているから難しいかもしれないよ」
「ショーがあるときはお知らせください。伺います。」
「では、また・・」
柏木は走って行った。
「あの・・」
エルザは俺に何か言いたそうだった。
「お元気でミホさん」
エルザはコクンと頷いた。少し泣きそうな顔をしている。
俺は自己嫌悪に陥った。あれはないんじゃないか。少なくとも惚れた女にあの態度は。俺は俺自身に悪態をついた。
俺は歩き出した。なんだ・・・なんだ・・・。何か流れてくる。俺は泣いていた。なんで?
いや感情は当になくなっていて情報が判断できずに涙腺が崩壊しているだけだ。
いや、悲しいんだ。単純に。これが失恋か。久しぶりに打撃が強いもんだ。
俺はポケットからサングラスを出した。サングラスをかけて急ぎ足で車に乗り込んだ。
エルザは一人海で俺の後を追って歩いていた。
「エルザ・・」
俺はエルザに駆け寄った。逃げてきたのに駆け寄るなんて滑稽過ぎる。でもこれが本当の俺なんだ。情けないもんだ。ここに来たのが間違いだった。
「パピヨン・・びっくりした」
エルザは泣きそうな顔をした。
「ごめんな・・声かけにくかったんだ。お前の新しい生活の邪魔はしないよ」
エルザは首を振った。
「あの人とはなんでもないの。偶然知り合ったけどね。」
「そうなんだ。・・俺は・・今更だけど・・お前のこと・・好きだ」
「ええええっつ・・ホント今更だね・・。」
「今更じゃあダメか?」
「ダメではないけど状況が変わったの。色々あってね。私は婚約したのよ」
「誰と・・あの柏木って男か?」
あの男なら許せる・・自分と似ているし。
エルザは首を振った。
「海軍の人よ。長期出張が多くてろくに会えないけど」
なるほどでは彼氏がいないということか。それはそれで好都合かもしれない。最後に・・。不純過ぎる。俺は自分を戒めた。
「エルザ・・俺は色々あってその、なかなか自分の本心が分からなかった。あと色々と整理もしたかったし。
君の生活の邪魔はしない。君が幸せならそれでいいんだ。」
「ありがとう・・。」
「ここはいつまでいるの?俺はもう少ししたら、フランスを出るよ。」
「そうなの。」
「今夜・・空いているか・・さっきの男と約束していなければ、一緒にメシでもどうだ?」
「今夜、とういうかずっと空いている。あの人は仕事でこっちに来ているみたいだし、今夜は約束がありそう。
それに、今夜じゃなくて今からでもいいわ」
「そうか・・それじゃ・・ちょっとドライブでも行こう。」
俺はエルザの前を歩いた。エルザは後ろからついてくる。
「エルザ・・手をつなごう。今日くらい恋人でいさせてくれるか」
エルザは泣きそうな顔をした。そして怒っていた。
「もっと早く言ってくれれば婚約なんかしなかったのに。」
俺はエルザの手を両手で掴んでエルザを上目使いに見た。
「ごめん・・」
「卑怯すぎる・・そんな目で見るなんて」
えっ・・卑怯って・・どんな目で見たのか自分でも分からないが必殺技で落とすテクの一つになるということが分かる。
俺はエルザと手をつないで歩いた。海沿いの砂浜を歩く。風が吹いている。少し寒い。
「寒くないか?」
俺はエルザを抱きしめた。
「寒い・・パピヨン。」
「このまま、俺とどこかへ行かないか?お前の行きたいところに連れてってやるよ。」
「・・どこって聞かれても・・困る・・それに・・私は・・」
「エルザ・・。オバカさん。」
俺はエルザの唇にキスする・・抱きしめながら・・初めて恋人らしいキスをこの女にすることができた。
このまま死んだとしても・・俺は・・本望だろう・・なんか疲れた。俺は・・眠りたいと思った。死にたいが正しいか。
エルザは目を潤ませている・・そして下を向いた。辛かったのだろう・・。この女にも悪いことをした。
今日ぐらいは二人でこうやって楽しんでも罰は当たらないだろう。もしかしたら例外もあるかもしれないが。
「向こうに車が停めてある。ドライブに行こう。この辺は景色がいい。」
俺はエルザに車まで促した。エルザはついてこない。
どうしたのだろうか。そうだろう・・婚約したなら男の事を考えたら俺は軽率な行動したかもしれない。俺は振り向いた。
エルザは銃を持っていた。一瞬俺は何も考えられなくなった。エルザは辛そうな顔をした。
何が何だか分からない。でもこうなったとしても、俺は文句はない。
この女は運が悪かった。そして組織の誰も謝罪しなかった。だからと言って俺がその事を思ったところでなにも解決はしなかった。今彼女が引き金を引く理由がそれならば、納得しようと思った。
エルザは目を瞑り引き金を引いた。俺は逃げなかった。
しかし感触が変だ。痛みが違う・・目の前がユラユラと焦点が定まらない。ああ、わかった・・。これは麻酔銃か・・。ヤツら・・エルザをオトリに使ったんだ。
これでお相子だな。
俺は親指を上にあげてエルザに笑いかけた。
エルザ・・ミッション成功おめでとう。俺は倒れた。
エルザは震えていた・・。銃を落とした・・。後ろから白いコートを着た谷崎が現れた。
「よくやったエルザ・・なかなかの演技だったよ・・。」
次の瞬間谷崎はエルザにビンタされた。
「なにをするんだ・・」
「人の恋路を利用するなんてサイテー。今夜くらいパピヨンと過ごさせてくれてもいいじゃない!もう少しで・・・だったのにぃ・・・落合由美は女として十分楽しんだのにこれは差別じゃないの・・」
エルザは泣き出した。
別の男が来てパピヨンを運んだ。
「段取りがあるんだ色々と・・・エルザ・・ホテルに戻って楽しんでもいいよ・・誰だっけ・・柏木さんとどうぞ」
「彼は・・・用事があるって・・もう・・・・ぅ」
「しょうがないなぁ・・じゃぁ・・俺とどう・・?」
海岸ではもう一発さっきよりも大きなビンタの音が響いた。
いつもお読みいただきありがとうございます。