第九十八話 決意
剣の聖地ウイッシュに来てから一週間程経つと、俺の身体も本調子へと戻って来ていた。
リーサは一日に数回、暇を持て余している俺の所へ来て世間話をしてくる。と言っても、修行内容を話ししているだけであった。
最近、稽古が厳しくなって来た。と言う愚痴のようなものが殆どだったが……
それでもリーサは、激しい稽古を乗り越え更に強くなった。と誇らしげに俺に話ししていた。
「所でルーク。もう動けるようになったのよね?」
「あぁ、シュトラーフェさんにも動いて大丈夫だ。って言われたよ」
「そう……なら私たちと一緒に稽古する?」
「……」
リーサの質問に、俺は即答出来なかった。
稽古か……
たまたま、ギレットがシュトラーフェと知り合いで俺を死神の手から逃す為に、連れて来てくれた場所であって俺は剣の聖地ウイッシュの正式門弟ではない。
そんな俺をシュトラーフェは、稽古をつけてくれるのだろうか? 修行をつけてやる。と上手く事が進んだとして、他の門弟たちだって面白くないはずだ。
それに……
剣の修行をして、短期間で死神に殺されない強さを身に付ける事が出来るのだろうか? と言う疑問もあった。
「今やっている稽古は、一ヶ月で一年分の稽古だからかなりキツイけど、ギレット先生の教えを耐え切れたルークなら耐え切れると思うわよ?」
僅か一ヶ月で一年分の稽古か……
ふむ、ギレット先生並みにきつそうだな。
でも……
結局俺はリーサの誘いに対して、結論を出せずにいた。
更に一週間が経ち、俺にとって最悪の話しがシュトラーフェからもたらされるのであった。
「話しとはなんですか?」
リーサを通してシュトラーフェは俺に『大事な話しがあるから、ちょっと部屋まで来い』と呼び出してきたのである。
「あっあぁ……」
呼び出しておきながらシュトラーフェは、実に言いずらそうな顔をし俺とも目を合わさずにいた。
そして、ふぅ……とため息をついた後、意を決してかのように口を開き始めた。
「我々剣の聖地ウイッシュは、この件に関してかかわるつもりはない」
「はぁ……?」
「だがルーク、お前は違う。だから、伝えなければならない、とリーサと話し合いの末そう結論を出した」
そう言ってシュトラーフェは、再びハァ〜と深いため息を付き一番言いたくない言葉を、俺に伝えてきたのである。
「……ギレットに処刑命令がくだされた」
「なっ……!?」
ギレットは現在ローラの暗殺者として、逃走中であり捕まえるようにとアーツハンター協会から指令がおりていた。
そして、今だに一言も弁明もなく逃走を続けているギレットに対してローラ協会長を殺害したのは間違いないだろう。と結論を出しアーツハンター協会はギレットを見つけ次第、直ちに処刑するようにと通達を出してきたのであった。
達成した者には無条件でSランクアーツハンターに。と言う条件をつけて……
「おっ俺は、ギレット先生が殺したなんて信じちゃいませんよ」
「最早、そう言う問題ではないな」
「そっそんな……」
「ギレットは、何故今だに姿を表さず逃げ回っている?」
「きっと大逆転の情報を、手に入れようとしているんですよ」
「だとしたら、それは最早手遅れだな。処刑命令が出た今、ギレットが公の場に姿を表した所で弁明も証拠も、何一つ受け入れてもらえる事はないだろう」
「あいつの死は免れないだろうな……」
「何をしても無駄って事ですか?」
「あぁ、アーツハンター協会はギレットに対して逃げ回っていると言う事は、認めていると言っているのも同じだ。とそう決断を降したんだろうな」
「しっ真犯人が出てきたら変わりますよね!?」
「真犯人か……? アーツハンター幹部の者たちの目の前でその者が認めない限り、ギレットの汚名は払拭されないだろうな」
「……」
「最も真犯人が、ギレットに罪を被せたつけた以上名乗り出る事は、まず間違いなくないだろうな」
「ギレット先生……」
「最も、今のアーツハンター協会にギレットを殺せる程のアーツ使いはいない。と私は思うけどな……」
どうやってギレットを処刑するつもりなんだが……
とシュトラーフェは呟いていたが、その言葉は俺には届いてはいなかった。
確かにシュトラーフェの言う通りなのかもしれないが、俺はここにいるべきではない。
ここにいれば、ギレットに二度と会えなくなる。
これだけは否応にも理解せざるを得なかった。
“俺は、まだギレット先生に聞きたい事があるのに……”
ここから出れば、間違いなく死神見つかる。
見つかれば当然殺される。
そうなれば、今までのギレットの苦労が水の泡になる。
でも、俺はギレットに会いたい。
堂々巡りの中、ではどうすればいいのか? と考え始めていた。
そして俺が、導き出した答は死神に負けない力を。ギレットを救える力を……
今すぐにでも手に入れたいだった。
「……」
では、どうやってその力を手に入れるか? となり、リーサの嬉しそうに話していた『一ヶ月で一年分の修行の価値があるわよ』そんな言葉が、脳裏をよぎるのであった。
確かに一ヶ月ぐらいなら、ギレットは死なずに生き延びていそうな気がする。
リミットは一ヶ月。
その間に力を手に入れなければならないのだが、たかが一年分の修行で俺が望む力を手にする事が出来るのだろうか?
否。
力の差は一年では到底埋められる筈がない。
ならば……
シュトラーフェを見据えて、俺は決意した。
「シュトラーフェさんお願いがあります」
「なんだ?」
「リーサから聞きました。今一ヶ月で一年分の修行をしているんですよね?」
「うむ」
「……なら、一ヶ月で十年分の修行だって存在していますよね?」
その事を目を背けずにシュトラーフェ告げると。
「ふっ……ははははははっ!!」
思いっきり笑われてしまった。
俺は至って、真剣に言ったつもりなんだが……
「十年分の修行か……面白い事を言うな」
「……俺は至って大真面目です。それくらいの気持ちがなければ、ギレット先生を超える事なんて不可能でしょ?」
「ほぉぉ……ギレットを超えると言うか。言う事が、お前の父アルベルトにそっくりだな」
「……」
“むぅ……!!”
「ふっ……確かに一ヶ月で一年分の修行は存在する。だが、お前にそれを耐え切る覚悟はあるのか?」
「はい! ギレット先生の元に行く為にも!」
「……いいだろう」
「ってなぜかあっさりと認めるんですか? 俺はシュトラーフェさんの門弟じゃないんですよ?」
「……以前ギレットの会話の中で話さなかった部分があったよな?」
「ありましたね。修行がどうのこうのとか……」
「そうだ」
あの時、ギレットは俺をここで匿っている間少しでも強さを手に入れる事が出来ればいいと思い、シュトラーフェに修行を……と提案したのだが、却下されていた。
しかし、条件として俺が、俺の意志でシュトラーフェに話しした時。
その時は修行をつけてやる。言われて強くなるより、自らの意志によって強くなりたいと願う方が修行効率も何倍も違うと言い、シュトラーフェはギレットに納得させたのであった。
“そんな意図があったのか……確かにあの場では言えないよな”
「では、ついて来い……」
「はいっ!」
その後散々『無茶すぎる。今なら間に合うから撤回した方がいいわよ!』とリーサに言われ続けていた。
リーサには悪いが、俺の意志は変わらず首を縦に振る事はなかった。
そして、休む暇もない怒涛と一ヶ月が幕を開けていく。
◆◇◆◇◆
瞬く間に一ヶ月が、過ぎ去ろうとしていた。
ギレットは処刑命令が出された後も、今だに行方をくらませ続けていた。
探しても見つからないギレットに対して、既にヴィンランド領ではなくガルガゴス帝国領に身を潜めているのではないか? となれば、アーツバスターにギレットは寝返った。という噂も流れ出していた。
それの噂の殆どはアーツハンター協会から出されたものであって、ギレットを知る大勢の弟子たちは誰一人として信じる者はいなかったのである。
俺はと言うと、連日連夜足腰立たなくなるまでの修行内容にギレット以上の厳しさを痛感していた。
一ヶ月で十年分の修行は、無謀すぎたか? と最初の頃は後悔する事もあったが、自分の想いを果たす為ひたすらやり通していた。
その結果……
剣の太刀筋は以前よりも遥かに速く、そして力強くなっており、一ヶ月前とは明らかに体力、筋力のつき方も変わって行くのが、今では手に取るかのようにわかってきた。
更に闘気だってあの頃とは比べ物にならない程に成長を遂げ、今では自由自在に扱えるようになっていた。
「はぁはぁ……」
現在俺は、三日月の月夜を見上げ、大の字に両手を広げながらへばっていた。
「もうおしまい? ルーク?」
夕食後からの修行は、一番きつかった。
なにせ、相手から一本取るまでは睡眠出来ないという内容だったからだ。
修行当初は、剣の聖地ウイッシュの中で俺は最弱で誰からも一本も取れる事が出来ず、相手にも悪かったが不眠不休の日々が続いていた。
しかし、今ではシュトラーフェとリーサ以外の門弟たちなら、余裕で一本取れるようになっていた。
因みに、パラケラルララレ学校での同級生ディア、サン、ゼーンも手合わせをする事があり、昔話に華を咲かせた。と言う事もなく真剣なやり取りを行い、お互い今後の刺激になる事が出来たと思う。
同じパラケラルララレ学校に行った中で、どうやらリーサが一番強いようだ。
師範代だから当然なのかな?
そして、修行も本日で終わりを告げる。
明日、どれくらい強くなったのかを再確認するべく、俺はシュトラーフェと一戦を交えて一ヶ月と言う長く短かった濃厚な日々は終わりを迎える。
その為にも、この寝る前の修行は早々に一本とって早めの就寝。体調を万全に整えるべきなのだが……
今日の相手はリーサだった。
「まだまだ……」
「そうこなくっちゃ!」
リーサとの勝負は明け方まで続き、不本意ではあったがリーサの疲れと朝日の光を味方につけていたようだ。一瞬の隙を逃す事なく俺の剣はリーサから漸く一本とる事が出来た。
体力面では、俺の方が一枚上手のようだ。
幼い頃から歯が立たなかったリーサに対して、初めての勝利とも言えた。
「よっしぁ……ぁぁ……」
ガッツポーズ取りながら、その場で倒れこむように眠りに着いてしまうのであった。
「すぅーすぅー」
「油断か……?」
「……いえ」
眠っている俺を他所におき、シュトラーフェは悔しそうにしているリーサに話しかけていた。
「朝日の光で一瞬、ルークの姿が視界から外れたのは確かです。でも、その後も油断していたつもりは一切ありません」
「ふむ……そうか」
シュトラーフェはリーサに強くなったな。とそれだけ告げ俺を抱えて部屋へと戻って行くのであった。
◆◇◆◇◆
一方、ギレットはと言うと……
何年も前にアーツバスターの襲撃により全滅。
放置されていた事により風化し、今では瓦礫の山と化している廃村の地下にギレットは、ひっそりと身を潜めていた。
だが、ギレットはあの時から起きた情報全てを手に入れていた。
それはひとえにガーゼベルトから脱出する際に、無理矢理連れ出した雷電のアーツの使い手ベイウルフ・デーンのお陰とも言える。
ベイウルフも一連の事情を知っており、アーツハンター協会に進言するとギレットに言ったのだが、ギレットは『お前まで追われる身になるべきではない』といい、提案を却下したのであった。
その代わりにギレットは自分が隠れている間、ベイウルフには情報収集をしたり食事の提供をして欲しいと頭を下げたのである。
ベイウルフは、ギレットを裏切ろうと思えばいくらでも出来た。
アーツハンター協会にギレットの隠れ家を、報告すればいいだけだった。
秘密にしている以上、見つかれば己の身も危ないとをかっていながらも、ベイウルフは敢えてそれをしなかったのである。
それは、ここまで成長する事が出来たギレットへの恩返しも含まれていたのかもしれない……
荷物を持ってベイウルフは地下へ降りて行く。
部屋は薄暗く、蝋燭の灯りのみで辺りは照らされていた。
「生きてますか? 師匠」
「もちろんじゃ」
ベイウルフは、いつもこの地下にいる訳じゃない。
頻繁に出入りしている事で、ギレットの居場所を特定されないように、一週間に一度だけ顔を出し食材と情報を提供しているのであった。
「すまんな。ベイウルフ」
ベイウルフが持ってきた食材を頬張りながらギレットは、らしくない言葉を発言したのであった。
「気にしないで下さい」
「……して今の状況はどうなっておる?」
「相変わらず死神とやらの行方は、一向に掴めません」
「そうか……」
「後……」
「んっなんじゃ?」
「……」
ベイウルフは言いづらそうにアーツハンター協会が、ギレットに対して処刑命令を発令したのを告げたのである。
「ふっ、幹部の馬鹿共はローラが死んだ事によりいよいよ持って、邪魔な儂を処分する気だな」
「力及ばず……申し訳ないです」
「構わぬ。儂とてタダで死ぬ気は毛頭ない。だがベイウルフ、一つ頼みがある」
「はい、なんですか?」
「剣の聖地ウイッシュに赴き、ルークに儂がここにいる事を伝えよ」
「そっそんな事すれば、もしかしたら……」
居場所がばれてしまう。とベイウルフは言葉を続けようとしたが、ギレットはその言葉を言わせなかった。
「ベイウルフの言うとおり、アーツハンターたちはここに来るじゃろうな。儂を殺しに」
「それがわかっているのならなぜ?」
「ルークが来なくともいずれ見つかる事じゃろう。ならば儂はお前と同様、あいつにも最後の稽古をつけてやらねばならんだろ?」
あぁ……ギレットの覚悟はもう揺るがないんだな。とベイウルフは感じ取り、何も言えずに只々黙って頷く事しか出来ずにいた。
剣の聖地ウイッシュに赴きながら、ベイウルフは己自身の力のなさに悔しがっていた。恩師であるギレットに何も出来ない言う現状に腹立たしささえ芽生えていた……
何も出来ないのなら責めて、己の成長した姿をギレットに見せつけてやりたい。
対峙しているだけで、勝てそうにもないと思わせる相手とベイウルフは、最後の師匠孝行を盛大にやろう。そう決心したのであった。




