第九十話 侵入、アーツハンター
ガーゼベルトからメシュガロスに通じるゲートの入り口は、中央の建物にある。
この建物は五階建てであり、メシュガロスの街全体の半分を占める程の大きさを持つアーツバスター養成所であった。
四角く、中央部分をくり抜かれた建物は一階から四階まではアーツバスター候補生が使い、五階はドランゴや教官たちの部屋が存在している。
その五階の一部屋はゲート専用部屋とされ、普段は立ち入り禁止されていたのであった。
バスター訓練教官であるスノッサの部屋は、ゲートある部屋のすぐ隣あり物音に気付いたスノッサは何事かと思い自分の部屋を出て、ゲートの部屋を確認に赴いたのであった。
ドアを開けると、そこにはガーゼベルトで作戦遂行中である筈のドランゴが、なぜか立っていたのである。
思わず、スノッサは年下ではあるが、上司であるドランゴに敬語を使うのを忘れてしまったのであった。
「ドッドランゴ? お前、どうしてここに?? ガーゼベルトの作戦は??」
「あぁん?」
ドランゴの睨みにスノッサは直ちにに冷静さを取り戻し、慌てて頭を下げたのである。
「もっ申し訳ございません!!」
敢えてドランゴは、その事に関して追求はしなかった。
追求しない代わりに動き回ってもらおう、と結論を出したのである。
「まぁよい。スノッサ、丁度いい。日没後、アーツハンター共がここに来るぞ。皆に伝え準備を行え」
「えっ!?」
いきなりドランゴは現れて、アーツハンターたちが来る。そう言われてもスノッサは、すぐには頭は回らず理解は出来なかった。
だが、数秒置きスノッサは思考を整理し終える。
「了解致しました。直ちに迎え撃つ準備に取り掛かります。ですが、バスター候補生たちはいかが致しますか?」
「あぁ、奴らも出撃させろ。ここには俺だけが残る」
「了解致しました!!」
「うむ……」
ドランゴの指示を受けたスノッサは、慌てて駆け抜けて行く。
その後ろ姿を見ながらドランゴは、自らの部屋へと向かうのであった。
そして、部屋の窓から下にあるグランドを見下ろし、いない筈のルークがいた場所へと目線を動かす。
久しぶりの戦いに、ドランゴは高揚を抑えつけていた。
「……早く来い」
思わずドランゴは、抑えきれない思いを呟いてしまったのであった。
◆◇◆◇◆
マーシャルは、作戦通り四方同時にアーツハンターたちをメシュガロスに侵入させ、探知機を発動させた。
ワザとアーツバスターたちに気がつかさせ、自分たちに注意を向けたのである。
メシュガロスに侵入する前、マーシャルは四部隊のリーダーでもあるAランクアーツハンターを呼び最終確認の為、話しをしていた。
「いいですか? 貴方がたの目的は、アーツバスターたちをおびき出し足止めする事。その間にアーツバスターのリーダーでもある、ドランゴはギレッド殿が倒します」
「はいっ!!」
やる気満々のアーツハンターたちの姿を見ながら、マーシャルは無理だけはしないようにと念を押したのであった。
四部隊がメシュガロスに同時に侵入し探知機の音が鳴り響く中、マーシャルもメシュガロスへと向かう。
マーシャルの目的はギレッドと、ドランゴの戦いに邪魔が入らないようにする事。
ドランゴの危機を感じ取ったアーツバスターたちが、囮となっている部隊を無視してドランゴの元へと戻ってきてしまう可能性。
もしくは、部隊を全滅しドランゴの元に集合してしまう場合。
そうなれば、幾ら百戦錬磨のギレッドといえども、ドランゴを倒す事など不可能である。
考えてもキリがない程、沢山の不安材料はまだまだある。
例えば、ルークが足でまといになってしまう事とか。
その結果、ギレッドは実力の半分も出せずに敗北を喫するとか。
考えても切りがなく、胃が痛くなりそうになりながらもマーシャルは自分の目的を果たす為、ドランゴとギレッドが戦うであろう場所へと駆け抜けて行く。
そして、マーシャルと、もう一人アーツハンターは気づかれずにギレッドの到着を息を潜めながら待機するのであった。
「全てが上手く行きますように……」
◆◇◆◇◆
メシュガロス奪還作戦が開始され、既に四方では戦闘が開始された頃。
俺はギレッドと共に仮説テントで待機していた。
目と鼻の先にあるメシュガロスの四方からは、激しい戦闘の声とアーツ同士がぶつかり合う音が鳴り響いていた。
“今の所、マーシャルさんの作戦通りに事が進んでいるようだな”
メシュガロスを見ながらそんな事を、考えているとギレッドは俺に近づいてきたのである。
「おい、ルーク。そろそろ頃合いじゃ儂らも行くぞ」
「はい」
少し緊張気味に答えた俺の顔を見ながら、ギレッドは俺の頭をクシャクシャと撫で回してきたのだ。
「ギレッド先生……?」
「お前は、闘気を切らさぬように注意しておればよい。儂がドランゴを倒すその事だけ信じて、その目でしかと見届けろ」
「……はい」
「そして、酒を酌み交わす時、この戦いをセルビアに語れ」
「……?」
“なんで、セルビアさんなんだろうか? 誰でもいいと思うんだけど……”
「良いな?」
「はっい!!」
俺の言葉にギレッドは頷き、走り出す。
ギレッドから離れないように俺も後ろを駆け抜けて行く。
そして、メシュガロスの街へと入って行くのであった。
“ギレッド先生の勝利を信じるだけだっ……”
ギレッドは、堂々と入り口から侵入。
探知機が作動したような音はしたが、マーシャルの作戦通り誰も俺たちの元に来る者は誰一人としていなかった。
ギレッドは道に迷う事なく駆け抜けて行く。
それはまるで、どこに行けばドランゴに会えるのか? 既に検討はついているかのように、ギレッドは迷わず真っ直ぐ目的地へと向かっていた。
辿り着いた先は、大きな四角い形で囲われ五階ぐらいまでありそうな建物だった。
「!!」
建物を見た瞬間、俺の足は硬直して行くのであった。
それもその筈、この建物は俺の記憶を蒸し返し発狂させるのに十分過ぎる場所だった。
中央にはグランドがあって、アーツバスター候補生が訓練を行っている。
その場所に俺はズルズルと鉄球がついている足枷をされ歩かされる。
連れて行かれるのは、グランドの端にある直径4m四方の屋根のない部屋。
そして、ボロ雑巾のように殴られ蹴られる………
誰も助けてくれない……
「はぁはぁ……あっあぁぁぁぁぁぁ!!」
俺の叫び声にギレッドは、慌てて後ろを振り返る。
「おいっ、ルークどうした?」
「あっあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ルーク……?」
ここで負った怪我は、完治し今は後遺症も残ってはいない。
なのに、身体は覚えている。
走馬灯のようにここであった事が、フラッシュバックされて行く。
「あぁっ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
“嫌だ……嫌だ……死にたくない……俺は、ロールライトに……そうロールライトに帰りたい!!”
「ルーク、お前……??」
思い出したくない過去の思い出に、振り回されていた。
俺はドランゴの手から逃れようと、一生懸命走っている。
だが、足枷のせいで上手く走れていない。
“嫌だ……来るなっ!!”
見えないドランゴの手が俺を捕まえようとした時、突然頬に痛みが走った。
バチンッ!!
目の前にはギレッドがいる。
そうドランゴではなく、俺の師ギレッドがいた。
「はぁはぁ……」
「しっかりせんか!? ルーク!!」
「ギッ……ギレッド先生?」
“あれ?”
周りを見渡すも、ここは建物の入り口の前。
“あぁそうか。今のは俺の記憶か……妙に今、起こったような気がしてならなかった”
正気には戻ったが、俺にはこれより先にはどうしても進みたくはなかった。
気持ちと身体が一致し足が動かないのだ。
「すみません、ギレッド先生。俺を置いて行って下さい」
「なに?」
散々、ギレッドとドランゴの戦いを見たいと言っておきながら、いざその場になったら足が竦む。
情けない事だ。
だが、情けなくとも行きたくないのだ。
この場所その物が俺のトラウマとなって、ドランゴをより強大に見せている。
「すみません。足が動きません。」
「……」
この時、ギレッドは全てを察していた。
俺の身に何が起こっているのかを……
察していながらも、ギレッドは俺を連れて行こうとしたのだ。
「よいか!! ルーク。過去に振り回されるでないっ!!」
「っ……でも足が……身体が……」
そう身体が、これ以上行く事を拒んでいるのだ。
「はぁはぁ……」
再び死の恐怖が襲いかかろうとしたが、ギレッドは俺の両肩をガッシリと掴み取り怒鳴り出す。
「儂はお前をここで助け出した! それはお前にとってどんな出来事じゃた!?」
「えっ!? とても、嬉しい事でしたけど……?」
「良いか!? その気持ちを忘れるでない!! 今後ここで何が起ころうがどんな事が起ころうが、儂がお前を何度でも助けてやるわい!!」
「何度でも……?」
「あぁ、そうじゃ。何度でも、何度でも何度でも!! 儂が、カッコ良く登場しお前を助け出してやる!」
「……」
「だから、安心するんじゃルーク!! 何も心配する事はないっ!!」
「ーーっぁ」
“ギレッド先生っ!!”
言葉が出てこなかった。
だが、俺に対するギレッドの気持ちは確かに伝わった。
ギレッドの言葉は俺をを救ってくれた。
そして、勇気を与えてくれた。
言葉の通りギレッドは、何度でも何度でも俺を助け出してくれる……
俺は一粒の涙を流していた。
「……わかったな」
と言うギレッドの静かで一番頼りになる声に俺は、無言に頷いていた。
涙を拭き終えた俺にギレッドは、背を向ける。
もう大丈夫だと思ってくれたんだろう。
確かに落ち着いた。
「では、行くぞっ!」
そう言ってギレッドは、両足に闘気を集中させ空高く飛び上がり始めた。
「えっ!?」
“まさか、俺も同じようにやれと!?”
「はよ、こんかーい!!」
空中を飛ぶギレッドの叫び声に慌てて、見よう見真似で闘気を両足に集中させていく。
そして、膝を曲げ地面を蹴り上げるように力を込めジャンプ。
一瞬にして、空高く舞い上がる事が出来た。
“うわっすご!!”
そこからは、メシュガロス全域が見渡せた。
マーシャルの話しを聞いていた通りの戦況になっていた。
四方では、既にアーツ同士の戦闘が行わられている。
“みんな頑張っている。俺も言われた事をやろう……”
ギレッドに続いて俺も地面に着地。
そう、五階の建物を一気に飛び越してグランドに着地したのだ。
闘気は凄いなと感心しながらも心を落ち着かせる。
“惑わされるな……”
直径4m四方の屋根のない部屋に目を向けるも、先程みたいな混乱はもう俺にはない。
ギレッドの言葉のお陰て落ち着く事が出来たのと、最早余計な考えをする暇は生まれなかった。
何故なら、着地した俺とギレッドの目の前にはドランゴが待ち構えてからである……
「久しいな。ルーク……」
「……」
ドランゴだ……
目の前にいるドランゴは相変わらず強そうで更に力強くさえ俺の目には映っていた。
「そして、ギレッド・フォン・ゼーケ 」
「ほぉ……儂の名を知っておるとは、光栄じゃの」
ドランゴと対峙したのと同時に、建物を取り囲むかのように結界が出来上がって行く。
「なにこれ?! 結界!?」
「うむ。結界じゃ、儂がマーシャル殿に頼んでおったものじゃ」
「結界か……」
動揺する事なくドランゴも辺りを見渡していた。
「だが、これで良いのか? お前たち助けを呼べなくなるぞ?」
「構わん。これで邪魔者が入らなく儂は、お前を思う存分叩きのめす事が出来ると言うものじゃ!!」
「フッ……アーツハンター最強と呼ばれる者が相手とは、光栄の極みだな」
「……」
「ルークお前は下がっておれ。闘気忘れるでないぞ」
「はっはい……」
言われた通り俺は後方へと下がる。
そして、これから始まる戦いを静かに見守る……
「なんだ? 二人同時にかかってくるのではないのか?」
「儂と一対一じゃ!」
「……死にぞこないの老人ぶっ殺しても詰まらんだけなんだがな。だが、貴様を殺してルークを手に入れると言うのもまた一興、楽しみの一つだな。ふむ……どれ一つ軽く軽く遊んでやるよ」
「……」
ギレッドは黙っていた。
俺なら頭に血が上って殴りかかって行きそうなのに……
冷静だな。
ブォォォォォォォェォンッ!!
闘気の風が頬に当たる。
闘気を発動していなければ、今ので俺は弾き飛ばされて気絶していた事だろう。
ギレッドの周りに楕円形の闘気が出来上がって行く。
「ほぉ……」
それに応えるかのようにドランゴも、闘気を形成して行く。
全身を取り囲んでいるのは、竜の形をした薄紅い闘気。
“これが、ドランゴの持つ闘気!!”
間合がジリジリと狭まる中、互いが射程距離に入ったのと同時に互いの拳と拳がぶつかり合う。
激しい音と二人の立っている地面はへこみクレーターへと出来上がっていく。
「ふむ、どうやら少しは楽しめそうだな」
ドランゴの一声に、ギレッドは口元を僅かに上げ口を開く。
「それは、儂のセリフじゃな」
互いに引かない攻防は始まったばかり。
闘気を会得したばかりの俺に、この戦い最後まで見ている事が出来るのか?
それだけが、心配だった……




