第八十九話 メシュガロスへ……
遂に来てしまった。
メシュガロス奪還作戦開始、当日。
朝から周りのアーツハンターたちは、忙しく走り回っていた。
あれが足りないとか、これを確認したか?
とかまぁ、とにかく忙しなかった。
そして、俺も自分の体調を確認する意味も込めながら、軽く身体をほぐしていた。
“うん、特に問題ないな”
マーシャルに物凄く激怒されたが、前日の走り込みの影響も特に引きずってはいなかった。
「よしっ闘技場に行くかっ!!」
闘技場では、メシュガロスに行くと思われるアーツハンターたちが集まり出していた。
どうやら部隊は、六つに分けられるそうだ。
まず、メシュガロスの四ヶ所同時に侵入する為に必要な部隊が四つ。
ドランゴを倒す部隊。単独行動に近いがギレッドと俺だ。
そして、設置した本部と連携を取る事を目的としたマーシャルの部隊。
総勢五十名である。
時間が近づくに連れ全員が闘技場に集まりだし、マーシャルの号令を今か今かと待機していた。
次第にざわめき始めた頃、マーシャルはギレッドと共に現れたのである。
やや、緊張気味にマーシャルはアーツハンターたちを見渡し言葉を発する。
「コホン……我々の目的はメシュガロス!! 激しい抵抗が予想されます。ですが、私は一人の死者を出す事なく無事成功する事を、説に願っております!!」
「おおおおおおおおおおおっ!!!」
テンション高く応えるかのアーツハンターたち。
そして、ギレッドの叫び声が聞こえてくる。
「メシュガロスにおる、ドランゴは儂が必ず倒す!! それまでの間、お前たちは何がなんでもアーツバスター共を引き寄せておいてくれ!」
「はいっ!!」
ギレッドの言葉に返すアーツハンターたちには、マーシャルの時とは違って何処と無く気合が入っていた。
「向かってくるアーツバスターども全て、儂だと思え!! さすれば、お前たちは誰にも負けんわっ!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
“確かに、ギレッド先生の模擬戦闘のつもりで戦いに挑めば、気合は入るよな……そして負ける気もしない。うんうん”
一人で納得し、アーツハンターたちが盛り上がりを見せる中マーシャルは、更に叫ぶ。
「では、出発いたします!!」
マーシャルの号令と共に、俺たちはラッセルを出てメシュガロスへと向う……
目的は、メシュガロスの奪還。
その為にも、当初の予定でもあるドランゴを倒さなければならない。
“嫌な思い出しかない所だったけど、様々な出会いがここで出来たな。来て良かった……”
次第に小さくなって行くラッセルを見ながら、そんな事を考えていた。
そもそもメシュガロスとは、ヴィンランド領とガルガゴス帝国領の境にある国境の街である。
元々は、アーツハンターたちが拠点にしていたのだが、数十年前にドランゴの襲撃によりメシュガロスはアーツバスターの手に陥ちたのであった。
それからメシュガロスはドランゴの統治の元、新人のアーツバスターを育成する事を目的にした施設を建設し、更に強固な城塞へと変貌を遂げて行くのである。
そして、メシュガロス陥落後よりアーツバスターたちは、容赦なくヴィンランド領へと侵攻。
メシュガロスよりの領地のその殆どは、アーツバスターの手に陥ちて行くのであった。
俺の記憶に残る大きな出来事……
そう、アーツバスターによる各街同時侵略作戦だ。
アーハンター協会は今まで、人手不足と言う事を理由にしメシュガロス奪還を断念していた。
だが、ラッセル完成において遂に重い腰を挙げたのだ。
ラッセルを手に入れたアーツハンターたちは、メシュガロス奪還へと作戦を遂行して行く……
まさに歴史に残る戦い。
そんな大事な戦いに俺が行けるとは……
“感慨深いな……”
ラッセルからメシュガロスまでの道程で、アーツバスターの手に陥ちた村は廃村も含めると十を超えているとマーシャルは俺に申し訳なさそうに説明してくれた。
なぜマーシャルがそんな顔をするのかと思ったら理由はすぐにわかった。
俺の生まれ故郷でもあるロサも、そのうちの一つだった……
“あれから十年ぐらい経っているけど今、どうなっているのかな……”
行ける筈もないのに、行ってどうする訳もないのに……
少しだけ行ってみたいと言う気持ちが心に残っていた。
ーー話を戻そう。
マーシャルの作戦の一部に、廃村になっていない村五つ程アーツバスターの統治下のまま支配されている。
その村に、足を運びアーツバスターたちから村の解放し、メシュガロスに向かうとの事だ。
これは少しでも戦力を断つ事と後方の安全を確保する事を目的にしていたが、「ロールライト地方全てアーツハンターの手で取り戻しますわ」とマーシャルは言っていた。
だが、ラッセルが陥落した今アーツバスターたち全てが、メシュガロスに帰還した可能性もあるとの事だ。
いないに越した事はないが、仮にアーツバスターたちが村に滞在していた場合、戦闘も覚悟の上とマーシャルは付け加えていた。
そして……
三つ目の村に赴いた時。
村には、アーツバスターたちは一人も居らず戦闘する事はなかった。
多少拍子抜け感は否めなかったが、余分な力を消費する事なくドンドンとメシュガロスに向け進軍して行くのであった。
更に二日後……ラッセルを出発してから約五日後。
明日の昼頃には、メシュガロスに到着するとの事だった。
“ふぅぅぅ……緊張してきたぁぁ〜”
◆◇◆◇◆
マーシャル自体ドランゴは、メシュガロスにいるとばかり考えていた。
だが現在ドランゴはメシュガロスではなく、己の作戦遂行の為に滞在していたガーゼベルトに居たのであった。
そして、アーツハンターがメシュガロスに進行している事を耳にするのであった。
「報告致します!!」
ドランゴはガーゼベルトの貧民街……通称スラム街、その一角。
誰も使っていない空き家の屋敷で、密かに事を進めていたのであった。
屋敷は住みやすいように改築されており、ドランゴは己の個室で筋力トレーニングに励んでいたのである。
「どうした?」
両手の人差し指のみで腕立て伏せをしながらドランゴは、報告してきた一人のアーツバスターに腕立て伏せをやめずに話しかけていた。
「ラッセルから、アーツハンターたちは出撃しメシュガロスに向かっていると推測されます!!」
「おい……推測って。なぜ、報告が曖昧なんだ?」
ドランゴにギロリと睨まれ、報告して来た男は直立不動のまま質問に応えるのである。
「奴らは、我らが侵略していた村を解放しながら進んでおります!!」
「ほぉ〜」
ドランゴは考えた。
今後自分が、どう動くべきなのか。
メシュガロスに戻りアーツハンターたちを返り討ちにするか?
それとも、密かに進めていた作戦を遂行するか?
その二者択一に迫られていたのであった。
だが、ドランゴの目的でもある本来の作戦自体はいつでも実行出来る状況可であり、ドランゴは報告して来た男に再び問いかけたのである。
「それで、奴らがメシュガロスに到着するのはいつ頃か?」
「明日には、到着致します」
「ふむ……」
腕立て伏せを辞める事なく更にドランゴは考え始める。
明日か……
まず、状況を整理してみよう。
第一に、戦闘隊総司令官でもある、マーシャル・フォン・フライムはガーゼベルトにいない。
と言う事は、自らがメシュガロスの陣頭指揮をとっていると考えるのが妥当。
第二に、どうやって奴らがメシュガロスを取り戻すつもりなのか……
マーシャル・フォン・フライム。あいつの使うアーツは、月光のアーツ。
日が沈み月が出ている時の戦闘を好む傾向がある。
作戦開始は、早くても明日の日没後……が妥当だな。
第三に、奴らは俺を倒さない限り、メシュガロスを手に入れる事は出来ないと当然考えているはず。
この作戦を成功する為なら、俺はメシュガロスに戻らずガーゼベルトにいた方がいいだろうな。
その結果、メシュガロスがアーツハンターの手に再び戻ったとしても、総帥は俺を咎めはしないだろう。
……だが、そう安々と渡すのも癪に触る。
ならば、喜びの後に絶望を……天国と地獄を……
そう結論を出そうとした時、ある種の疑問が浮かび上がってきた。
だが、待てよ。
俺を倒す程の力の持ち主が、今のアーツハンターにいるとは到底思えん……
そうで考えれば慎重派で有名な、アーツハンター協会長ローラ・フォン・ミステリアが、メシュガロス奪還と言う指令をそもそも出すとは俺には思えん。
「ふっ……ふっふはははははは」
ドランゴは静かに笑い、腕立て伏せをを停止させルークの顔を思い浮かべていた。
まだ、俺を倒せる程の力を手に入れたとは思えない。
だがアーツハンターたちが、手段を選ばずあの坊主に力を与えたとしたら?
それは、俺の本当の目的を果たせる可能性も秘めている。
一度、メシュガロスに戻るか。
とドランゴは、結論を出しアーツバスターたちを招集させたのであった。
数十分後、ドランゴの元にアーツバスターが集まったのである。
「ドランゴさん、ほぼ皆揃いましたわ」
ドランゴの側近とも呼べる、正気のアーツを使うミステリアの言葉にドランゴは振り返り集まったアーツバスターたちを見渡し、ゆっくりと口を開くのであった。
「あぁ」
短く答えたドランゴは、今の状況を説明し始める。
そして、説明が終わるとアーツバスターの中で、少なからず動揺は生まれていた。
ざわめく中、ドランゴは言い放つ。
「何を恐れる事がある?」
「しかし、ドランゴさん。メシュガロスが奴らの手に堕ちれば……」
そう話すのは、誘惑のアーツを使うスフェラだ。
彼女は、ドランゴを恐れずに質問してきたのであった。
「そうです。俺たちの帰る場所が……」
更に他の者もやはり不安は拭い去れないのであろう。
そんな不安が取り巻く中、ドランゴは言い放つ。
「俺たちは今まで、何の為に数カ月もここガーゼベルトのスラム街にひっそりと隠れ住んでいた?」
ドランゴの問い掛けに、誰もが口を揃える。
ガーゼベルトを陥落させる為。と……
「そうだ。俺たちはその為に今までここにいた。だが俺は、立場上メシュガロスで奴らの相手をしなければならない。だが……」
そう言い放った途端、更なる混乱の声が響き渡る。
「では、作戦を中止するのですか?!」
「俺たちの今までの苦労は!!」
反乱寸前であった。
ドランゴは最後まで話しを聞け、と思いながら鎮める事はしなかった。
不安や不満は一度吐き出させた方がいいのだ。
言わずに、溜まらせるのは精神安定を脅かす。
それは、作戦をにも影響が顕著に出てくる事をドランゴは知っていた。
だが、中々鎮まらない不満に対し嫌気を指していた頃、ミステリアは言い放つ。
「あなたたち、少し黙りなさい。ドランゴの話しはまだ途中よ」
ミステリアの静かな声に、急激に不満を言っていた者たちは静まり変える。
彼らはわかっている。
ミステリアに歯向かえば、どうなるのかを……
そんな状況をドランゴはフッ……と笑い、話しを進める事にした。
「俺は居ないが、お前たちはだけで明日の日没後、作戦を開始しろ」
「おおっ!?」
「遂に、この時が来たのですね!?」
「うむ」
「でも、ドランゴさんがいないと作戦失敗する可能性もあるのでは?」
空気を読めない一人のアーツバスターがそんな質問をしてきた。
盛り上がる中、その一言で再び沈黙が訪れてしまうのであった。
「俺がいなくとも、連日お前たちは俺の作り上げた作戦を全て遂行していた。後は最後の一押しをするのみ……何も不安はない」
だが、それでも不安は拭い去れないようだ。
誰一人やるぞ。と言い出す者はいなかった。
ミステリアはゆっくりとドランゴに近づいてくる。
「要するに、俺はいないがお前たちだけで、ガーゼベルトを陥落させてみよ。そう言う事ね」
「そうだ」
「ガーゼベルト陥落は、総帥の悲願なのよ?」
「その通りだ」
「それをドランゴ抜きで、私たちに任せるって事よね?」
「あぁ」
「それは、ドランゴ自身が私たちなら出来る。そう信じているから言える言葉よね?」
「うむ」
ドランゴの一言にミステリアはニヤリとほくそ笑む。
「皆、今の言葉聞いたかしら? 独断専行が大っ好きなドランゴが、私たちにこの作戦を任せるって言い出したわ」
ミステリアの言葉の意図を察したのかスフェラも助長し始める。
「ねぇねぇ、ドランゴさんが戻って来た時に、大威張りで作戦成功したぞって皆で報告しなくない?」
「!!」
ミステリアとスフェラの言葉に皆が皆、一斉に言い出す。
「やる!!」
と……
各自で気合を込めながら、口々にドランゴに意気込みを言い出してきていた。
そんな言葉を聞きながらドランゴは、「なんだかな……」と小声で言いながら少し納得出来てはいなかった。
だがミステリアとスフェラに後は、任せたと告げドランゴはメシュガロスに通じるゲートを使い、ガーゼベルトからメシュガロスへと移動を遂げたのであった。
◆◇◆◇◆
「おいっルーク。ぼぉっとするな」
「すっすみません」
俺は今メシュガロスの目と鼻の先にある、仮説テントの中にいる。
ここまでは工程全て予定通りだった。
仮説テントは、ラッセルを陥落させた時と同じ方法を用いて、先に先遣隊を派遣し『透明のアーツ』を発動。
アーツバスターたちに悟られる事なく、仮設テントを設置したとの事だった。
「良いか? 儂とお前はこれから休息を取る」
「休息ですか?」
「うむ。目覚めた時、マーシャル殿が全て準備万端に事を進めておいてくれておる。その上で儂らはドランゴと戦いに挑む」
ゴクリ……
「寝ろっ」
とギレッドに毛布を渡されてしまう。
いきなり寝ろと言われて寝れる筈もなく、緊張と抑えられない気持ちを無理矢理押し詰めて眠りにつくのであった。
そして、俺とギレッドを残した日没後。
マーシャルたちは、メシュガロスに侵入したのであった。




