第八十八話 二つの喜び
次の日……
闘気を覚えようとしてから、あっという間に八日目の朝がやってきてしまった。
メシュガロスに出発するまで、後二日。
昨日ギレッドは、言った。
今日中に闘気を身につけなければ俺を置いて行くと……
確かに、時間的にも今日がギリギリだと思う。
連日の闘気の習得に俺の体力は、既に限界近かった。
それは、ギレッドも当然降りかかっていると思う。
幾ら化け物みたいな人物でも、所詮同じ人間。
体力の限界はいずれ訪れるだろうし、ギレッドの方が闘気を激しく使い消耗していると思う。
そしてもう一つ。
ギレッドは、ドランゴを倒すと言った。
万全の状態でなければ、ドランゴを倒すなんて無理な事だと俺は思う。
考えれば考える程、残りの二日間で体調を万全の状態までにする必要があると結論せざれなかった。
要するに、俺もギレッドにも休息が必要って事だ。
「ふぅ〜」
意を決意し、俺は闘技場へと足を進めて行く。
闘技場には、昨日俺が作り出した二つのクレーターがそのまま残っており、夢じゃなかった事を再確認させてくれた。
待っているのは、当然ギレッド。
そして、離れた場所にマーシャルがいた。
だが何故か、いつも俺を回復してくれる回復のアーツ使いたちはいなかった。
“なんでだろう?”
不思議な顔をしていると、マーシャルは察してくれたのか俺に話しかけて来てくれた。
「回復のアーツ使いたちは、メシュガロス作戦の為に休息に入ったわ。本日は私が回復致しますわ」
「……」
“なるほど……確かに毎日のように限界ギリギリまでアーツを発動していれば、当然疲労は蓄積されるよな……”
マーシャルの説明を聞き、静かに頷くのであった。
視線を再びギレッドへと向ける。
「……昨日夜に、轟音が響き渡った」
「はい」
「この二つのクレーター。ルーク、お前がやったのか?」
「……はい」
「そうか……では、その力本当に闘気なのか、儂が確認する事にするかの〜」
「……はい」
ギレッドが構えたのと同時に、俺も昨日の感覚を思い起こす。
“大丈夫。上手く行く!!”
心臓の高鳴る音。
高まる気持ちに落ち着け。と言い聞かせる。
ブォォォォォォォォォォン!!
ギレッドの周りに全身を包み込む、蒼白い楕円形をした丸い円。
今まで見る事も出来なかった闘気が見えていた。
「どうやら、闘気が見えるようになったのじゃな?」
ギレッドの問いに、俺は黙って頷いた。
ニヤリと嬉しそうに笑ったギレッドは、闘気の形を変化させて行く。
楕円形の形から鋭く尖った物を無数作り出していった。
それを、左拳にギュッと凝縮させて行ったのだ。
「……ギレッド先生」
「なんじゃ?」
「今までそんな感じで俺を殴っていたのですか?」
「うむ」
短く答えたギレッドに、改めて俺は闘気の凄さを再確認させられた。
“良く今まで生き延びていた者だ……”
「準備は良いな? もう一度言っておくぞ。儂の闘気をお前の闘気で相殺させてみろ」
「……はい」
“落ち着け、俺……大丈夫……大丈夫”
自分に言い聞かせながらも、やはり不安は拭い去れなかった。
これで実は出来ませんでした。
では、目も当てられないしな。
「ふぅぅぅぅ……」
昨日の感覚を全身に行き渡らせる。
“うん、大丈夫。昨日やった通りにやるだけ……”
「ムンッ!!」
ギレッドから放たれた衝撃波と同時に、俺も闘気を繰り出す。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
衝撃波と、俺の放った黒の闘気が中央で激突。
それと同時に突風が巻き起る。
全てを吹き飛ばす程の勢いをもった突風は、俺を後方へと吹き飛ばして行く。
「うっうわぁぁ」
「つぁ……いてぇぇぇ」
突風によって吹き飛ばされた俺の身体は壁に激突。
その衝撃により、背中はビリビリと電気が走る程度の痛みを持っていた。
だが、気を失う程の痛みではなかった。
“これも闘気のお陰か……”
目線を闘気が激突した中央へと向けると、俺が昨晩作り出したクレーターよりも更に大きく二倍以上大きな形をしたクレーターが出来上がり煙を上げていた。
ギレッドはと言うと後退はしていたが、俺とは違い吹き飛ばされる事なく耐え切っていた。
そこが、俺とギレッドの違いだと思う。
追いついたのかな? と思った背中は、まだまだ遠いようだ。
「ふむ……見事闘気を余得したようじゃな」
「……ギレッド先生には、まだまだ及ばないようです」
「フワァフワォフハハハハハ!!」
ギレッドはご機嫌に笑いだし、思わず俺も口元が緩んでしまった。
「約束通りドランゴとの戦い、見せてやるわっ!!」
「!!」
“やっ……やったぁぁぁぁぁ!!”
気がつけば、俺は小さなガッツポーズをとっていた。
「ったく……」
そう言って来たのはマーシャルだった。
「ギレッド殿、ドランゴとの戦いはこれ以上激しいと予想されるのですよね?」
「じゃのぉ〜」
「はぁぁ〜やはり私は、ギレッド殿の戦いに邪魔が入らないように手配する。それだけのようですわね」
「……すまぬな」
「いえ、思う存分大暴れして下さいませ」
“戦闘隊総司令官が、そんな事言っていいのだろうか……?”
疑問には思ったが敢えて俺は、その事を聞かないで置く事にした。
余計な事を言って、やっぱ連れて行かんと言われても困るし……
「さて、ルーク坊ゃ」
「はい?」
「あなたには、今までからAランクアーツハンターになってもらいます」
「へぇっ!?」
マーシャルの言った言葉に、俺は最初理解出来なかった。
“今、なんて言った?”
頭をフル回転させ、思考を巡らせる。
そして理解出来た時、俺は叫んでいた。
「俺がAランクアーツハンター!?」
「なんですの? 不満でもありまして?」
「いや、そうじゃなくて……嬉しいですよ。嬉しいですけど、いきなりAランクとかっていいんですか??」
「仕方がないではありませんか。ルーク坊ゃは闘気を身につけた。なのに、いつまでも最低ランクでは他の者にも示しが尽きませんわ」
“ふぅ〜ん。そう言うものなのか……?”
「それに……最低ランクだとメシュガロスにすら行けませんからね。ルーク坊ゃが、嫌なら最低ランクのままでも私は一向に構いませんわよ?」
「いやいやいやいやいやいや!! Aランク凄く嬉しいです。是非このままでお願いします」
「ウフッ」
“俺が、Aランクアーツハンター……”
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
喜びのあまり叫び声を、あげてしまったではないか。
ギレッドとマーシャルは俺を飽きれながらも見ていたけど、そんなのは関係なく只ひたすら嬉しかった。
「後……聞いてるルーク坊ゃ?」
「はっはい」
マーシャルは、更に話しを続ける。
今後の事について説明してくれた。
二日後……
マーシャル、ギレッド、俺を引き連れてアーツハンターたちはラッセルを立ち、メシュガロスに向かう。
これはもう決定事項で、変更する事はないとの事だ。
出発するまでの間、俺とギレッドは体力を整え万全の体制に整えて、必ずドランゴを倒す事とマーシャルから通達された。
俺は、ドランゴとギレッドの戦いは見ているだけだが、確かにマーシャルの言う通り体調は整えておこうと思った。
互いが全力でぶつかり合う闘気。
それに俺は、巻き込まれないようにしないと……
◆◇◆◇◆
その日の夜、俺はギレッドが居ると言われている酒場へと足を運んでいた。
出発する前にギレッドと色々な話しをするのもいいかなと思ったのだ。
「なんじゃ? 酒でも飲みに来たのか?」
「生憎ですが、俺はまだ未成年です」
「酒の味を覚えてもいい年頃だろうに……」
苦笑しながら俺は、ギレッドの隣に座るのであった。
「で? どうしたのじゃ?」
「弟子が師匠の酒飲んでいる所に姿を表す。不自然じゃないかと思いますけど?」
「それを言うのなら、酒を飲めるようになってから来んかい」
“まぁ、そうなんだけどさ……”
「あんた未成年だろ? 酒は出せないぞ?」
愛想のないマスターは、酒は出ないが出て行けとは言われなかった。
だから、もう少しだけ俺は居てもいいんだな。と勝手に解釈した。
「ジュースなんてあります?」
「……ノンアルコールカクテルなら、出してやる」
「じゃそれで……」
注文するとマスターは、綺麗な色をしているボトルを何本か手に取りシャカシャカと振り回しながら、作り出してくれていた。
「ほらよ」
マスターが持ってきた物を、一口飲んでみた。
口の中いっぱいに甘い果実が、充満されていくのであった。
“あっまぁっ!!”
「結局何しに来たのじゃ?」
「いや……ギレッド先生と話ししたいな。と思いまして……」
「例えばなんじゃ?」
「ギレッド先生みたいな、闘気にするにはどうすればいいのか? とかですかね」
「……儂がお前に教えたのは、闘気の初歩的な事にしか過ぎん。更に磨きをかけたければ先ずは走れ。走って走りまくれ。そして体力をつけろ」
「セルビアさんが言っていました」
「おいっ? 何故そこでセルビアの名が出て来るのじゃ!?」
「『師匠の教え方は不器用ですわ。でも最後まで信じていく事で、終われば納得できる強さを手にいれていました』って」
「ほぉ〜」
「パラケラルララレ学校で教えてもらっている時も、ギレッド先生は基礎が大事と言い続けていましたよね」
「その考えは今も変わってはおらんぞ」
「あの当時は、納得出来ませんでしたけど……今なら、その言葉の意味がわかるような気がします」
「……」
そうわかる。ギレッドがなぜそう言い続けていたのか。
幼い頃から、基礎を積み上げて行った事で今の俺がある。
基礎を積み上げずに攻撃力がないと嘆いた所で、元から生み出す力が備わっていなけば意味がないんだ。
仮に急増し攻撃力を手に入れたとしても、長年から積み上げて来た力との間には大きな差が生まれている。
「結局、何が言いたいんじゃ!!」
「要するに、ギレッド先生が俺の師匠で良かったって事ですよ」
「こいつっ」
ギレッドは俺の頭を軽く小突いた。
それはあまり調子に乗るなよ。と警告していたのだと思う。
「話しを戻すが……」
「はい?」
「走り込んで、それでも行き詰まった時……剣の聖地に行くといいじゃろ」
「剣の聖地『ウイッシュ』ですか?」
「そうじゃ、そこにおる最強剣士に会うといいじゃろう」
“最強剣士……誰だっけ……あっ!!”
「シュトラーフェさんですか?」
「なんじゃ、知っておるのか?」
「はい、風の街サイクロンで会いました」
「そうか、顔見知りなら話が早いわい。あやつに会うと良いじゃろ」
「会ってどうなるのですか?」
「なんでもかんでも多くは求めん事じゃ。今はまだ、その力を使いこなせ。多くを望めば、その先は破滅じゃ」
「……わかりました」
驚いた。
まさかギレッドから、剣の聖地の名を聞くとは思ってもみなかった。
そう言えば、剣の聖地に行くと約束していたよな。
近いうちに行かないと……
そうなると、またロールライトを離れる事に……
“今すぐ行わけでもないし、よし、今は深く考えないでおこう”
「ルーク」
「はい?」
「儂とドランゴの戦い、一途きも目を離すでないぞっ」
ギレッドは静かにそう言った。
だが、それは強敵と戦う戦士の喜びにも見え、ギレッドはいつどこにいても頼もしい存在だなと再認識したのであった。
そして、後に俺は後悔した。
この日……
もっとギレッドと色々な事を、話しておけば良かったと……
◆◇◆◇◆
メシュガロスに出発するまで間、俺はマーシャルの言われた通り体調を整える事に専念しようと思った。
思いっきり寝るぞぉ〜
と心に秘めベットに潜り込む。
予想していた通り、かなり体力を消耗していたらしい。
目が覚め起き上がった時には、昼はとっくのとうに過ぎ太陽は沈みかかっていた。
「うわぁ〜よく寝たな。俺……」
自分の睡眠時間に感心しながらも、身体をほぐし軽くラッセルの外周を俺はひたすら走る事にした。
“いよいよ、明日……”
ギレッドがドランゴを倒せば、俺もあいつに狙われる事もなくなる。
倒してみたかった。
と言うのも少しは、本音だった。
だが、闘気を身につけたとは言えまだまだ、歯が立たないのも事実。
だから、俺は最後までギレッドの戦いを見守る。
そう思いながら走り続けていた。
四時間後ーーー
マーシャルに呼び出され、俺はめっちゃ怒られた。
限度と言う物覚えなさいと……




