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Arts hunter   作者: kiruhi
青年編 ー逃げ場のない戦闘への誘い
82/118

第八十一話 後処理

 

 

 

 


 

 ドクンッ!!


 再び感覚が戻ってきた……そんな気がした。


 “あぁ、そうか。俺はブリュットに殺されて、あの世に行った。だから感覚が戻ってきた……のかな?”


 そう思っていたが、実は違っていた。

 感覚が戻るのと同時に聴覚も復活。

「ーークッ!」

 何やら、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ーー坊ゃ!! ルーク坊ゃ!」


 もう二度と開く事はないと思っていた重たい瞼は、再び動きだす。

 目の前には、月光のアーツを使いながら俺を回復してくれているマーシャルの姿と、三人ぐらいのアーツハンターたちが俺を囲い回復してくれていた。


「……マーシャルさ……ん?」

 消え入りそうな声で俺はマーシャルの名を呼んでいた。

 マーシャルは言葉を発する事が出来た俺の姿を見て、ホッとしているように見えた。

「ルーク坊ゃもう大丈夫ですわよ。よく耐え切りました」

「……」


 “本当にそうなのだろうか?”


 マーシャルは必死に俺を励ますかのように話しかけしてくるのだが、紅炎(プロミネンス)は今だに俺の体内を巡っていた。

 巡りながら紅炎(プロミネンス)容赦なく焼き尽くしていた。

 内蔵は焼けるような痛み、それに連動するかのように骨は軋み悲鳴を上げている。

 そんな感覚が今だに残っていた。


 “ーーと言うか、なぜ俺はこんなにも死にかけているんだ?”


 実はと言うと、俺は倒された記憶が全くない。

 微かに覚えているのは……


 ブリュットの拳が砕け後退したから黒のアーツを発動して、放とうとした……


 ここまでだった。

 だが、今この現状が物語っている。

 無慈悲に俺を諭してくれている。


 “あぁ……俺はブリュットに負けたんだな”


 と……

 そう思うと俺の心は、ブリュットに対する敗北感で一杯だった。


「ルーク坊ゃ? ……泣く程辛かったのね?」

 無意識に涙が流れていたらしい。

 涙を拭こうにも、まだ身体は満足に動かす程回復している訳ではなかった。


「遅れてごめんなさい。でもラッセル解放作戦は無事成功致しましたわ」

「……」

 確かに敗北した俺が死なずに回復を受けている時点で、作戦が成功したのはわかる。

 だが、仮にマーシャルが間に合わなかったら……


 ……

 ………

 …………


 とてもじゃないが、素直には喜べなかった。


「間に合わなかったら(わたくし)、セルビアに怒られる所でしたわ」

「……!?」


 “いやいや、それだけでは済まないような気がしますけど……”


 突っ込みをいれたくなるマーシャルの会話に思わず口元が、緩んで行く。

 

 “はぁ……取り敢えず俺は、ブリュットには負けた……

 でも……マーシャルさんのお陰で生き延びる事が出来ている。

 またセルビアさんに会える……

 負けた事は凄く悔しい。でも今はその事に喜ぼう……”


 自分の中で心の整理をつけると、再び意識が失いそうになってきた。

 どうやら回復が追いついていないようだ。


「安心して眠りなさい。ルーク坊ゃ。(わたくし)回復頑張るわ」

「……」


 “んんっ!?? 実は思いっきりヤバイのですか!?”


 一抹の不安が脳裏をよぎる。

 だが俺の意志とは裏腹に、身体がマーシャルの言葉を受け入れてしまった。

「お疲れ様、ルーク坊ゃ……」

 うっすらと意識は霞んで行く、いや視界は真っ白になって行くと言った方が正解かもしれない。

「あら、これはヤバイわ!! ルーク坊ゃ白目向いちゃっているじゃない!?」

 マーシャルの焦り声が妙に印象に残っていたが、何も出来ず……

 そこから先の記憶は何一つ覚えちゃいなかった。




 ◆◇◆◇◆



 次に目が覚めた場所は、舞台ではなかった。

 あの世でもなく、ベットの上だった。


 “あぁ……生きてる……”


「気がついたか……」

 聞き覚えのある声に顔だけを声のする方へと動かす。

「!?」

 隣のベットには、片膝を折りもう片方の膝を伸ばしベットに座っているブリュットの姿があったのである。

「ヴェ……ブリュット?!」

「……そう身構えるなよ」

「いや……でも……なんでここに!?」

「戦いは終わったんだよ」

「……終わった?」


 “ブリュットの勝利で?


 そう言葉を続けようとすると先にブリュットに言われてしまった。

「そうだ、引き分けでな……」

「引き分け?」

「あぁ……だから俺もお前も、今こうして生きているんだ」

「……本当に引き分けなの!?」

「?」

「ブリュットが本当は俺に、勝っていたんじゃないの!?」

「お前……俺に今ここでトドメを刺せと言っているのか?」

「いや、そうじゃないけど……」

「どの道、無理な注文だな」

「えっ?」

 目線を落としブリュットは両腕を見つめ始めた。

 ブリュットの両腕は上腕から指先まで包帯を巻きつけられていた。

「その両腕……?」

「あぁ……【業火のアーツ】を発動しすぎたみたいで、暫く安静にしてろってさ」

「……」

「お前も暫くは安静状態だろ。余計な事は考えずに今はお互い少し眠ろうぜ」

 そう言いブリュットは俺に背を向けるように、布団の中に潜り込んで行ってしまった。


「……」

 身体は動かない筈なのに、頭が妙に冴えていた。

 でも、何も考えられない。

 何を考えたらいいのかわからなかった。

 状況が全く解らないのだ。


 そもそもなぜ、引き分けなの?

 結局マーシャルは来たのか?


 “何となくマーシャルさんの顔覚えているな……”


 だが、それだけだった。


 天井を見つめながら答えの出ない疑問に、いつしか諦め眠りについていた。




 ◆◇◆◇◆



 マーシャルは、作戦終了したラッセルの後処理に追われていた。

 まず、解放された奴隷たち……

 これは当初の予定通り『風の街サイクロン』が受け入れてくれるとの事で問題はなかった。

 だが、『風の街サイクロン』には行かずにここに留まりたいと言う者が出てきたのであった。

 アーツハンター協会……いやこの国ヴィンランド領自体が奴隷に対する制度がきつ過ぎるのだ。

 ラッセルに留まると言う事は、また辛い日々が待っているかもしれないと言う事をマーシャルは言っていた。

 だが、留まりたい者の意志は変わらなかったのである。

 ならば、どうするか……?

 一番良いのは、ラッセルも『風の街サイクロン』と同じようにする事……

 彼らに給金と住まわせる場所を提供し、人間らしい生活を。

「難しいわねっ!!」

 マーシャルはそう呟いていたのであった。


 第二にラッセル。

 アーツハンターの手に入れる事が出来たとは言え、今後どう活用して行くか?

 放棄するのにはもったいなさ過ぎる施設の充実差に、当初の予定とは大幅に修正が必要だと考えていた。

「これも、(わたくし)の考える事じゃないですわよねぇ〜」


 第三にこれからの方針。

 奴隷たちと、ラッセルの今後についての問題点は、既にアーツハンター協会に報告済みである。

 だが、今だに方針が決まらずマーシャルは、本当にラッセルを拠点にしメシュガロスに進行するのか? それすらわからない状態であった。

 行けと命令が降ればマーシャルは遂行する。

 命がけで……

 だが、彼女もまた一人の女性である。

 戦闘隊総司令官と言う責務はあるが、心の準備と言う物はやはり必要なのである。


 書類に目を通していたマーシャルだったが、流石に嫌気が刺してきた。

「考えていても、何も解決しないわね……」

 クルクル……と回転する椅子を回りながらぼやき、マーシャルは気分転換に司令官室を出て行ったのである。




 解放されたのと同時に、闘技場は閉鎖。

 それに伴い観客席には誰も人は集まらなくなった。

 牢屋には、捕らえたアーツバスターたちがおり、今後彼らはガーゼベルトに護送される事だろう。


 ふと、牢屋の前でマーシャルは立ち止まり考え込む……


 ガードベルトには、現在アーツバスターたちがゲートを使い今だに侵入を果たしているとの報告を、マーシャルは知っていた。

 その度にゲートを封印はしているが、正確な数は把握しきれずかなりのアーツバスターたちはガーゼベルトにいると推定されていた。

 幾らアーツが発動出来ないとは言え、このままではいけないと思い対策をヴァルディアに指示を出しては来たのだが、不安は拭い去れなかった。


 そして、ここにいるアーツバスターたち……

 彼らもまたガーゼベルトへと行く……

 もし潜伏しているアーツバスターたちと、合流を果たしてしまったら……? そうなれば、ガーゼベルトに残っているアーツハンターだけでは抑えきれない。

 何かを企み、何もわからない状況。

 だが、これだけはわかった。


 アーツバスターたちは何か企んでいる。


 一番有力なのは、セルビアの父アッシュ・フォン・タルトの暗殺。

 だが、マーシャルにはそれだけでは、ないような気がしてならなかった。

「はぁ……報告する事が増えてしまいましたわ」

 頭のメモに書き留めマーシャルは、再び歩き出す。




 数日前までは大盛り上がりだったラッセルも、今は静かに刻を刻んでいた。

 ここには、アーツハンターたちと奴隷たちしかいないのだ。

 それでもすれ違う者たちは、マーシャルの姿を見ると話しかけてくる。

 気づかなかった問題点や今後の事……

 それに答えるかのようにマーシャルもまた受け答える。

 気分転換のつもりがあだとなったとしてもマーシャルは別にそれは苦ではなかった。

 奴隷たちがビクビクする事なく、話しかけて来る事が嬉しかったのだ。

 彼らもまた、ルークと同様に自由な生活を送って欲しいと心から願うマーシャルであった。



 一通りラッセルを見終わったマーシャルは、外の空気を吸いに外のベンチに座り込んでいた。

「ふぅ……流石に疲れましたわ……」

「何をそんなに考え込んでおる?」

「いや、問題は山済みだなと思いまして……!?」

 聞き覚えのある声にマーシャルは思わず素で答えてしまったが、その声は本来ここにはいない人物の声であった。

 顔を上げ、声の主を確認するとマーシャルは言葉を忘れてしまった。

「っあ……!?」


 手入れの行きとどった甲冑は光輝き、顔には額から左目を通り頬まである大きな傷。

 今までどこで何をしていたのか? 行方すら解らなかった老兵が、マーシャルの前に豪快な笑い声と共に現れたのである。

「フワァハッハッハッハッ!! 鳩が豆鉄砲食らったような面をしておるわぃ?」

「おっ……お久しぶりです」

「うむ」


 衝のアーツ使い。

 歴戦の修羅場を幾つも超え、その強さを持ってアーツハンターを育ててきた百戦錬磨の老兵……

 ギレッド・フォン・ゼーケ。



 ギレッドの参上は、ルークを更なる戦いの渦中へと導く……

 だが、それはルークもマーシャルも今はまだ何もわからないのであった。






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