第七十八話 互いにひかぬ攻防
ヘル・バーストが直撃した場所には、白い蒸気と熱気が立ち込めていた。
ブリュットはこの時、手応えありっ! と感じていた。
会場が静まり返り、アナウンサーの声が響き渡る。
『ブリュットの攻撃は、ルークに直撃だぁぁぁぁぁ〜!!!』
白熱した戦いを目の前で、見せつけられたせいなのかアナウンサーは興奮状態だった。
『耐え続けるルークに対し、ブリュットは攻撃の手を休めなかった!!』
『白熱の死闘はブリュットの勝利となり、このまま終止符が打たれるのかぁ〜!!』
「……」
アナウンサーは実にブリュット寄りの実況だった。
だが、それでもブリュットは、戦闘態勢を崩さずヘル・バーストが直撃した場所を黙って見つめていた。
次第に白い蒸気は薄くなり、薄っすらと人影が見え始める。
『おぉぉ〜これはっ!?』
無傷とは行かず、紅炎の焼け焦げた煙が、痛々しく立ち昇る。
だが、それでも……
ヘル・バーストを耐え切った姿を、堂々見せつけたのである。
『生きてる、生きてるぞぉぉぉ〜!! 白熱の死闘はまだ終わらない〜〜!!』
一瞬ブリュットは驚いた表情を見せたが、その表情は直ぐになくなり微かに口元を笑わせていた。
「ほぉ〜」
見晴台の特等席にて観戦している中年の男は、足を組み直し顎に手を置きながら二人の戦いを見守り続けるのであった。
◆◇◆◇◆
「くはぁ……」
両腕を交差させ、咄嗟に黒と白の波動を二重にし身体全体に纏わせたのが功を奏した。
ヘル・バーストを何とか耐えきる事が出来た。
だが、極度の疲労感が全身を襲う。
限界ギリギリまでに黒のアーツを三連続発動させ、更には白のアーツも発動させている。度重ねた発動が招いた結果だと思う。
拳を握り締め、力加減を確認する。
“後二、三回ぐらいしかアーツを発動する事は出来ないかな……”
一方ブリュットはと、言うと……まだ余裕がありそうだった。
“おかしくねぇ!?”
ブリュットの使うヘル・バーストは、多分【業火のアーツ】と言われる神アーツの一つだと思う。
神アーツをそう何度も連発出来るとは思えないのだが……
そんな俺の思いとは裏腹に、ブリュットは再びアーツを発動させようとしている。
「ヘル……」
“もうっ無理!!”
だが、ブリュットはヘル・バーストを発動して来なかった。
どうやら俺と同様ブリュットもまた、アーツを発動させ続け過ぎたのだろう……
「はぁはぁ……」
「チッ……」
ブリュットはアーツを発動するのを諦め、俺に向かってくる。
“お互いアーツを発動出来ないとなると、後出来る事は接近戦だよなっ!”
迎え撃つ形で、ブリュットと再び肉弾戦が始まった……
どれ位殴り合っただろう……
拳と拳が幾度も交わり交差し、時にはぶつかり合う。
その衝撃は、観客席にいるものにも及び緊急結界が施された。
舞台から起こりうる衝撃を結界内に押し込める事で、この戦いを観客たちは安心して見る事が出来るのだ。
見晴台から俺たちの戦いを観戦している中年の男の所にも、結界が施しされようとしていた。
だが、男はそれを制止してきたのであった。
「本当に宜しいのですか?」
「構わん……互いにぶつかり合う衝撃。まだまだ未熟の域を出ないが、ふむ……中々心地良いものだ」
そう言い結界を張らずに中年の男は、余裕で結末を見る事にしたのである。
俺もブリュットも次第に決めてを欠き、無闇に体力だけを消耗させて行く事を感じてきた。
「ふぅ〜」
少し距離を置き深呼吸……
左拳に黒のアーツを纏わせ、再びブリュットに殴りかかって行く。
もう黒のアーツで消し去りたくないとか、そんなの考えている場合ではなくなった。
殺らなければ、殺られる。俺はここで死ぬ訳には行かないのだ。
ブリュットの身体の何処かに直撃すれば、それだけで終わる。
右足を前に出し左側の腰を落としながら、左拳を力強くギュッと後ろに引き気味に握り締める。
そこから、左足を地面を捻じりこむように踏み込みシフトウエイト。
シフトウエイトした反動を利用し、鋭く素早くブリュットに向かって左拳を突き出す。
高速とまでは行かなかったが、それなりに俺は速く繰り出した筈だった。
なのに、ブリュットは突き出された俺の左拳を苦もなく、楽々と内側から払うかのように受け流して行く。
「なっ!?」
払いのけた腕をよくよく見るとブリュットも俺と同様、紅炎を纏っていた。
黒の波動が紅炎だけを静かに消しさっていく。
体制を整える暇もなく急所をさらけ出している、俺の胸にブリュットの掌が触れる。
ブリュットは叫ぶ、紅炎を纏いながら……
「ヘル・ショック!!!」
ブリュットの触れていた所から熱を感じたと同時に、衝撃波が俺を襲う。
ボキッボキッ!!
骨の折れる鈍い音を聞きながら受け身など取れる筈もなく、転がり周りながら舞台の端まで弾き飛ばされてしまうのであった。
「がはっ!!」
舞台の端に首だけをダランと下げ、両手を広げて仰向けの状態で指一つ動かす事は出来なかった。
だが、妙に意識だけははっきりしていた。
身体からは、紅炎を受けたせいなのだろう。
無数の白い煙が、燃えカスのように立ち昇っていた。
“ブリュット……強すぎだよ……歯が立たない”
自分の力のなさを実感するのと同時に、半分諦めかけて行く。
ブリュットはゆっくりと俺に近づいて来てくる。
「はぁはぁ……」
肩で息をしながら、ブリュットもまた立っているのも辛そうに見えた。
“少しだけ追い詰める事、出来たって事か……”
「……これで……はぁはぁ……終わりだっ!!」
視界に白い光が覆い尽くし、赤い何かが揺れ動きながらブリュットは何かを唱えていた。
“ーーったくマーシャルさん遅すぎだよな……後で、セルビアさん激怒してね”
ゆっくり瞼を閉じようとした時、観客席側に見覚えのある男の姿を確認し気になった……
瞼を閉じるのをやめ、見覚えのある姿を誰だったか考え出す。
“あぁそうだ。あの人、ロールライトで見た事がある……ここにいるって事は、アーツハンターなのか?”
その男は、俺と目が合うと口パクで何か言っているようにも見えた。
“んっ? 何言っているんだ?”
視界も既にぼやけ始めており、男の言っている言葉など理解する事は不可能だった。
でも、それでも男は俺に一生懸命口パクで何かを言っているのだ。
“俺には読心術の心得なんか、持ち合わせてはいないよ?”
ブリュットの攻撃が俺に突き刺さろうとした瞬間、ようやくその言葉の意味を理解する事が出来た。
【もう少し耐えろ!! マーシャル殿は、もうすぐ来るぞ!!】
唇を読む事が出来たのか、声が聞こえて来たのか……
それは、わからなかったが確かに俺の脳は男の言葉をそう認識したのと同時に、振り下ろされる破壊力抜群のブリュットの拳を無意識に右手で受け止めていた。
「!?」
白のアーツが静かに光り輝き発動するのと同時に、ブリュットと俺の周りに優しい光が包み込み始める。
そこから発動するのは、勿論白のアーツによる回復だ。
光は消え去り、ブリュットは後ろに飛び去り俺との距離を置き質問してくるのであった。
「一体……今、何をした?」
むくっと立ち上がった俺に、ブリュットは驚きが隠せないでいた。
確かにそうだろう。
俺は満身創痍で死にかけていたのだから。
「……白のアーツで回復した」
そう短く答えた。
今まで試してみた事はなく、一か八かだったが上手く行って良かった。
白のアーツは本来、俺自身を回復する事は出来ない。
だが、ふと思った事がある。
相手を回復する際に、例えば3割で全快するのに対してそれ以上の力を込めて白のアーツを発動した場合……
その余った回復分はどこに行くのだろうか? と……
ブリュットを全快までに回復させてしまったが、全快以上に白のアーツを発動させた結果……
俺にも白のアーツの恩恵を預かる事が出来た。
折れていた骨も痛くないし、ヒリヒリと痛かった火傷のような物も回復している。
“うん、予想通りっ!!”
だが、体力は回復していなかった。
アーツに意識を向けると、言いようのない脱力感を感じた。
どうやら白のアーツでは、体力を回復する事は出来ないようだ。
残っている体力をかき集め、身を削りながらアーツを発動させたとしても後一回……
上手く発動するかどうかさえ不明だ。
ブリュットにもそれは同様の事だと言える。
彼もまた限界ギリギリなのだから……
その後一回の攻防を制した者から、放たれる大技で勝負は決する。
「……」
ぶっちゃけその後一回ですら、放つ自身は俺にはなかった。
しかし、マーシャルがもう少しで来ると言うのだ。
それまでの間……
もう少しだけ、持ち堪える事が出来れば……
「ふぅ……さぁ第二ラウンドだ」
現界ギリギリな事をブリュットに悟られないよう、俺は不敵にそう呟いた。
◆◇◆◇◆
互いに引かぬ戦いを見晴台から観戦している中年の男……
「ふむ、確かに二人共死ぬには惜しい人材ではあるな……」
アーツバスター総帥はそう感想を漏らしていた。
(僕にあの少年を殺せと命令して置きながら、君はそれを言うのかい?)
気配を消しながら、誰にも悟られる事なく総帥に話しかけていた。
そして、それに答えるかのように総帥もまた、小声で応えるのであった。
「死神か……」
(僕としては、ここであの少年が死んでくれると仕事が一つ減って物〜凄く楽になるんだけどね)
「……」
(でもそうなると、君からの報酬なくなるよね?)
「……あぁ」
(う〜ん、それは困る。少しだけあのブリュットって少年の手助けして来てもいい?)
「好きにしろ。どうせ生かしては置けぬ命だ」
(報酬は半分でいいよぉ〜ん)
死神は、それだけいい静かに総帥の元から気配を消したのである。
「ふむ……ドランゴのお気に入りか」
総帥は、黙ったまま戦いに見入る。
だが、それも本の一瞬であった。
決着を見ぬまま突然席を立ったのである。
「あっあの? 総帥?」
ジルベッタは突然の事に焦りながらも、総帥に話しかけて来た。
「ガルガゴス帝国領に帰還する」
総帥の言い放った一言にジルベッタは、冷や汗を隠しきれなかった。
それでも震える身体を押さえつつ更に質問するのであった。
「決勝戦終了後、総帥にはーー」
「……アーツハンター共が地下で動き回っているぞ」
「えっ!? そんな馬鹿なっ!?」
ジルベッタの言葉を遮るように総帥は語りかけ、何かを探っているようにも見えた。
「ふむ、もう手遅れのようだな」
それだけ告げた総帥は、ジルベッタの制止を無視し静かにその姿を消したのである。
「……一体何が?」
ジルベッタは何が起こっているのかさっぱり分からず……
決勝戦を中止させるわけにも行かず、途方に暮れてしまいながらも二人の戦いにジルベッタは目を離せないでいた。




