第七十七話 決勝戦
決勝戦当日、流石に緊張していたのだろうか? 早目に目が覚めてしまった。
朝陽はゆっくりと登り、薄っすらと夜から朝に移り変わろうとしていた。
連日騒がしかったこの場所も、どうやら朝は静寂になるらしい。
宿屋の部屋から見下ろせる闘技場の舞台では、奴隷と思われる人たちが今日の決勝戦の準備をしていた。
観客たちはまだ寝ているのだろう。誰一人いなかった。
「静かだな……」
◆◇◆◇◆
宿屋を後にした俺は、腹ごなしを軽く済ませ控え室へ向かうべく歩み始めた。
その途中、道ゆく人たちが振り返り俺の姿を見つめながら話しのタネにしていた。
「ねぇねぇあの子……今日、決勝戦で戦う子かしら?」
「見覚えがあるし、間違いないだろう」
とか……
「あの子、どっち?」
「何でも自分の思いのままに消し去る事が出来る奴だよ」
「あぁ、盛り下がる事をしていた子ね。決勝戦もそのつもりなのかしら?」
「盛り下がるから辞めて欲しいんだよなぁ〜」
とか……
まぁ……別に向こうから話しかけて来るわけでもなく、対して気にも留めてはいなかったのだが……
「どっちに賭けた?」
「勿論、ブリュットさっ!」
「俺も俺もっ!」
「私は、ルークの方に賭けたわよ」
などと言った声が、聞こえて来たのであった。
これにはカチンッと来た。
“人の命を賭けの対象にするとか……終わっているなぁ……
おっと、いかんいかん。平常心、平常心……”
気持ちを抑え、気にしないで控え室に進む事にした。
集合時間よりも早く着いてしまったのだが、控え室のドアの目の前には既に案内係りの男が俺の到着を待っていた。
“随分と早いな……”
「おはよう、昨晩はこの世に未練がないよう過ごす事は出来たか?」
「……」
“俺が殺られる事、前提かよ!?”
ムカつきながらも黙って無視していると、男はドアを開け俺を中へと招き入れてくれた。
「時間になったら呼びに来る。それまでの間、死なないようせいぜい集中力を高めて置く事だな」
そう言い男は、闘技場内に続く廊下を歩いて行くのであった。
「ふぅ……」
“遂に決勝戦か……マーシャルさんは俺に指示を出した来た日が訪れたけど、この先一体どうするつもりなんだろ?”
そう、マーシャルが俺に渡して来た指示の文章には、『式典最終日の日、闘技場参加権利を確保しておく事』これだけだった。
多分マーシャルが指摘していた式典最終日とは、今日この日……
決勝戦の事だろと思う。
はっきり言って、マーシャルが何をやろうとしているのかなんて俺にはさっぱりわからなかった。
だが、願わくば決着が着く前に事を起こして欲しい。
昨日会いたくもない人間、ジルベッタの説明で俺と対戦相手である元奴隷のブリュットは、どちらか死ぬまで戦わなければならない。
そもそも、俺は殺し合いなんか望んじゃいない……
ブリュットとは昨日初めて会った人物だが、軽く握手を交わしただけで直ぐにわかった。
セルビアの使う【焔のアーツ】よりもブリュットはより強力な炎系のアーツ使いだと言う事を……
そんな相手に手加減しながら、果たして生き延びる事が出来るのだろうか?
「はぁ〜俺は、そんなに器用な人間じゃないよ……」
薄暗い控え室の天井を見上げながら、思わず呟いてしまった。
そして、やはり願わくは……
決着が着く前にマーシャルに事を起こして欲しいと思っていた。
「準備はいいか?」
案内係の男が俺に話しかけてきた。
どうやら、決勝戦の準備は終わったらしい。
「あぁ……」
返事をしながら頷き立ち上がる。
案内されるがまま狭い廊下を歩いていると、男は振り返る事なく俺に話しかけてきた。
「ブリュットは強い。せいぜい一秒でも長く生き延びる事だな……」
「……」
言葉にしようと口を開いた所で、外から大歓声が聞こえてきた。
どうやら大盛り上がりのようだ。
『ーーそれでは、皆様〜大変長らくお待たせいたしました。選手の入場です〜!!』
アナウンサーの声に、合わせていた訳でもないが俺が闘技場の舞台に姿を表すと、観客は拍手ではなく俺に向けられるブーイングの嵐だった……
“まぁ、殺さずに勝ち上がってきたから観客としては面白くないんだろうな……そんなの俺の知った事じゃないが……”
『瞬く間に対戦相手を消し去る男〜ルークッ!! 決勝戦もあっという間に消し去り、アーツバスターの道へと一気に駆け上がるのかぁ〜!!』
“別に、アーツバスターになんかなりたくないよ……”
舞台の右端に立つと、反対側からブリュットが姿を表した。
『ルークと対峙するのは、元奴隷。この素晴らしきラッセル建設に貢献してくれた男〜ブリュットッ!! 元奴隷からアーツバスターへと大出世する事は果たして出来るのだろうかぁ〜!?』
ブリュットも舞台の右端に立ち開始の合図を、静かに待っていた。
『えぇ〜それでは皆様開始の合図の前に、決勝戦のルール説明を致します』
アナウンサーは中央に立ち、観客にもわかるようにルールを説明し始めた。
これは昨日、ジルベッタから聞いていた話しと同じ内容であった。
同じ話しをまた聞く必要もなく、辺りを見回し始める。
舞台から見渡す光景は、円形状に幾つもの階層になった観客席があり満員御礼。
俺に向けられる多数の野次に、ブリュットの応援。
大盛り上がりだ。
更に俺とブリュットが立つ中央にはアナウンサーの男がいて、決勝戦の説明をしている。
そこから目線を右に向けると、大きな見晴台がありガラス張りの観客席が設けられていた。
すぐにわかった。
“あそこにいる人物は、今回の主賓なんだろうな……”
意識を見晴台の観客席に向けると、姿は見えなかった見に覚えのある独特の威圧感をヒシヒシと感じた。
これが、昨日会った中年男性なのかどうかは確認は出来なかった。
『最後になりましたが、この決勝戦にはアーツバスター総帥がご覧になられておられます』
アナウンサーが総帥の名を出した途端、一瞬にして静まり返る。
『ですが、総帥の存在は気にせず存分に決勝戦を観戦して頂きたいと思います!!』
“アーツバスターの総帥が見晴台にいる!?
そんなの俺や他のアーツハンターたちに狙って下さい。と言っているようなものではないか……”
と考え見晴台にいるのは偽物と決めつける事にした。
“確認出来ないしな”
『それでは、皆様瞬き禁止ですよぉ〜決勝戦を開始したいと思います!! 生き残った者のみが勝者です!!』
「やっちまぇ〜!!」
「ブリュット、頑張れ〜!!」
「ルーク、お前に全財産賭けたんだ! 必ず勝てよっ!!」
“……と言われましても”
大声援の中、アナウンサーが大きく息を吸い叫び出す。
『決勝戦、レディ……ファイットォォォォォ!!!』
アナウンサーの開始の合図と同時に、先に動いたのは俺だった。
真っ直ぐにブリュットの元へと向かって行き、左拳に力を込め下からすくい上げるかのようにアッパーを繰り出す。
だが、ブリュットはそれを難なく回避し半回転しながら、身体の外側から内側へと拳が曲線的な軌道を描く……ようはフックだ。
ブリュットの放ったフックを、腕を立てて受け止める。
受け止めた腕からミシミシと、嫌な音が聞こえてきた。
「いってぇ〜」
腕を小刻みに振るわせながら、痛みはあるが折れていない事を確認する。
“大丈夫っ! 折れてはいない!!”
ブリュットは攻撃の手を休める事はなかった。
それを俺は距離を取らずに応戦する。
避けたり、反撃したりと超接近戦が始まったのだ。
“本当にこれが、元奴隷の動きなのか!? 格闘センス優秀過ぎたのだろう!!”
中央でブリュットと俺の両手が互いに交わりあい、力比べの押し問答へと発展して行く。
すると、ブリュットは睨みつけながら俺に話しかけてきた。
「何故、本気で来ない?」
「えっ?」
“別に手加減しているつもりじゃないけど……”
「何故、そのアーツで俺を消し去ろうとしない!!」
「っ!!」
図星だった……
確かに黒のアーツで決着を付けれるなら、それに越した事はないし。
別に俺は、マーシャルが来るまでの間時間稼ぎをすれば良いとさえ思っていた。
だから、黒のアーツを発動する事はしなかったのである。
どうやらそれが、ブリュットには気に食わなかったらしい。
「ふざけるなぁぁぁぁっっ!!」
ブリュットは叫び、再び俺との距離を開けたのである。そして……
「本気で来ないなら、本気にさせるまでだ……」
ゆっくりとブリュットは、右手を俺の方に向けアーツ発動を唱え始めた。
「燃えたぎる溶岩を閉じ込めし、地獄の業火よ。我の為に力を貸したまぇ。そして、汝に命じる我の敵となる者を焼き尽くせ……」
ブリュットの右手に宿るアーツが赤く、紅炎のように光り輝き始めたのと同時に叫んでいた。
「ヘル・バースト!!」
「っ!!」
一直線だった……
ブリュットが放ったヘル・バーストは太陽の熱気のように熱く、身体の全てを覆い尽くしてしまう程の巨大きな紅炎の塊が俺に襲いかかる。
「黒のアーツ発動っ!!」
黒のアーツをすかさず発動させ、左手で紅炎の塊を受け止める。
だが、紅炎方が威力が大きすぎた。
黒のアーツでは一気に全てを消し去る事は出来ず、両足で踏ん張りながらも地面をえぐりながら後退し耐える事しか出来なかった。
「くっ!!」
“消し去るんだ、黒のアーツ!!”
黒のアーツは、俺の思いに答えるかのように黒く光り輝き紅炎の塊を徐々に消し去って行く。
次第に小さくなり、やがて跡形も無く消え去って行く。
「ふぅ〜」
その直後、再びブリュットはヘルバーストの二発目を放ってきたのである。
「なっ!」
“防がなくては……”
と思ったのと同時に、左手を無意識に動かそうとしていた。
だが、左手はビリビリと痺れが走り俺の思いとは裏腹に、ピクリとも動く事はなかった。
“こんな事は始めてだぞ!?”
迷っている暇はなかった。
紅炎の塊が直撃する直前、黒のアーツではなく右手を挙げ白のアーツを発動。
なんとか防ぐ事は出来たのだが、紅炎は威力が増しているのだろうか?
身体にかかる負担が先程までの比ではなかった。
白のアーツでは、これ以上防ぎきる事は出来そうになかった。
「くっ……そぉ!!」
“押さえきれない……”
ふとっ、左手の痺れが無くなっている事に気がついた。
グーパーと素早く動かし感覚が戻っている事を確認し、黒のアーツを発動。
二発目のヘルバーストも何とか消し去る事に成功したのであった。
「はぁはぁ……」
二発目もどうにか耐え切る事は出来たが、酷使させ過ぎた。
両足はガクガクと震え、今度は両手も痺れだし立っているのがやっとだった。
“……マーシャルさんまだっ!?”
一瞬、マーシャルの事を考えてしまった。
死闘繰り広げていると言うのに雑念が入ったのである。
その結果、俺はブリュットから意識を手放していた。
再びブリュットに意識を向けた時、ブリュットは太陽の光を背にし飛び上がり俺の目の前にまで詰め寄ってきていた。
そこから放たれるのは、三発目のヘル・バーストだった。
「ヘル……バーストォォォォォォォォッッッ!!!」
「なっ!」
“マジかよっ!?”
避ける事も出来ず、紅炎の塊は直撃した。




