第六十九話 最強のFランク
「流石【黒と白のアーツ】と言ったところか……」
ダークは、頑丈な岩の中から出てきて俺の側に立ち、そう言ってきた。
確かにダークの言う通り、【黒と白のアーツ】のお陰で倒す事は出来たのだが、最後に少しだけしか戦闘に参加していないダークに言われたくないセリフに、少しだけムッとなっていた。
「なんだよ? 文句あるのか?」
「別に……」
「まぁ……倒した事だし、聞かなかった事にしてやるよ」
「……」
何をですか? と聞きたくなった。
でも、俺はダークか何を言わんとしているのか知っているので敢えて聞かなかった。
それは……ダークは俺が敬語を使わないで、命令した事を指摘してきている。
本来なら俺はダークに敬語を使わなければならない。
『どんな理不尽な事があろうとも、目上の人間には絶対に敬語を使う事』
これは、アルディスにいつもしつこいぐらい言われ続けていた言葉だ。
でも、俺はダークに最後だけ敬語を使わないでいた。
余りにも役に立たなさすぎたから……
聞かなかった事にしてくれるのだ。
これ以上根に持たれても困るし、ありがたく思っておく事にした。
「すみません、以後気をつけます」
「あぁ……」
暗黒湿原を見渡しながら、俺はある異変に気がついた。
それは、スケルトン剣士(妖魔var)を倒したというのに暗黒湿原は、何一つ変化していない事だ。
子供の頃、色々な本を読んでいたおかげであの時は理解出来なかった事が、今になって知識となって理解する事が多くなっていた。
昔読んだ絵本には、一人の若者が魔王を倒す為に色々な魔物を倒して行き人々を救って行く英雄列然で大ヒットした『勇者王の道』。
魔物に封印された騎士の青年が、成長し次々と封印された場所を解放し街を建国して行く、『聖騎士王の繁栄』などと言った、絵本を読んでいた。
この他にも沢山の絵本を読んではいたが、どれも共通していたのが……
魔物の親玉を倒したら、その場所は解放される。
だった。
だが、暗黒湿原は俺には解放されたようには見えなかった。
「ダークさん……」
「なんだ?」
「スケルトン剣士(妖魔var)を倒したのになぜここは、暗黒湿原のままなんですか?」
「あぁん?」
「普通は、暗黒湿原は消え去って、ここにドーーンと緑豊かな場所が出来るはずでは!?」
俺は両手を広げながらダークに聞いて見た。
すると、目を丸くしながらダークは突然大声で笑い出したのだ。
「ぷははははははっ!!」
「なっ何が可笑しいのですか?」
ムッとなり敬語を使わないで言いそうになったが、ダークは次言ったら許さないだろう。
俺はグッと堪えた……
「それは、アルディスから聞いたのか!?」
目に涙を溜めながらダークは、必死に笑を堪えていた。
「……小さい頃、読んだ本に……」
口を少し尖らせ若干いじけ気味に、ゴニョゴニョ……と小声で俺は答えた。
「それは何てタイトルだ!?」
「えっとぉ〜『勇者王の道』と『聖騎士王の繁栄』ですけど……」
「ぷっ!!」
今度はミリシアが笑い出した。
「それは、五歳児ぐらいが読む絵本だろうが!!」
ダークとミリシアは、腹を抱えて笑い出していた。
“俺だって好きで読んでいたわけじゃないけど……アルディスさんが読めって……”
「絵本はあくまでも絵本だ」
「???」
ダークの言っている事を俺は理解出来なかった。
「意味がわかりません……」
ダークは、一呼吸し気持ちを落ち着かせてから話の続きをし始めた。
「あのな、絵本はそれが真実の物語だとしても、いい事しか描かれない事が多い」
「?」
「『勇者王の道』と『聖騎士王の繁栄』の主人公たちは確かに実在している人物を、モチーフに絵本として世に生み出されたが、そこに描かれている事が全てではないって事だ」
「……と、言いますと?」
「絵本の通りの事が起きるなら、ここ暗黒湿原はお前の言うとおり緑豊かな場所が出来るはずだ」
「はい」
「だが実際はどうだ?」
「暗黒湿原のままですけど……?」
「だろ? という事は、絵本に書かれていない事だって、現実には起きるって事だ」
「じゃ、それを俺に教えなかった、アルディスさんが悪いって事ですか?」
「……そうじゃなくて」
ダークは俺の顔を見ながら、言葉を濁した。
「アルディスさんは悪くないのですか?」
「……」
俺の質問にダークは困ってはいたが、すぐに切り返してきた。
「そうだ、アルディスが悪い!」
“ふむ、そうなのか……”
「ロールライトに帰ったらアルディスに問い詰めるといい!!」
ドヤ顔のダークに俺は素直に頷き、帰ったらアルディスに聞こうと心に刻んだのであった。
「可哀想な子……」
ミリシアは誰にも聞こえないぐらい小さな声で、そう呟いていた。
「じゃダークさんどうすれば、暗黒湿原はなくなるのですか?」
「それは無理だな。暗黒湿原はあの黒いモヤモヤがある限り、なくなる事はない。そしてスケルトン剣士(妖魔var)もまた時間をかけて復活する事だろうな……」
「えっ!? そうなのですか??」
「あぁ……」
そもそも、暗黒湿原は昔っから暗黒湿原と呼ばれていたわけではなかった。
俺が依頼で採取に来る草原と暗黒湿原は、元々一つの平原だった。
だが、それこそ大昔……
【黒と白のアーツ】が暴走し世界の一部を消し去り、半数以上の人類を消し去った時……
暗黒湿原は誕生した。
【黒と白のアーツ】が暴走した時、この平原では大規模戦闘が行わられていたと言われている。
戦闘中に突如起こった無差別な惨劇に、誰一人生き残った者はおらずその怨念は凄まじかった。
国の為……己の出世の為……力の誇示……家族の幸せの為……
そう言った様々な想いから戦いに挑んだはずなのに、突如訪れた死に受け入れられる魂など一つもなかった。
行き場の失った想いは、ここに留まり一夜にして陽の刺さない暗い大地へと変貌を遂げたのである。
いつしか、スケルトン剣士が徘徊し始め……
討伐に来た者たちを返り討ちにさせ、同族にさせて行く事を繰り返していた。
倒しても倒しても一向に減る事を知らない、スケルトン剣士たちは今だに成仏出来ないのであった。
例え、今回のようにスケルトン剣士(妖魔var)を倒したとしても暗黒湿原がある限り、ここで死んでいった者たちの魂は解放される事はないのである。
“じゃ、俺がやった事は無意味だったのでは……?”
「だが、当分は大丈夫だろう」
「……当分と言いますと?」
「奴らは再び、お互い侵食を繰り返さなければならなくなった」
「侵食……?」
小声で言いつつ、アルディスの言葉を思い出す。
“あっ下克上の事だ!”
「だから、新たなスケルトン剣士(妖魔var)が誕生するまでの間、ここも平和になるだろ」
「平和……ですか?」
本当にそうなのだろうか?
ここには今だに、成仏出来ないまま彷徨い続けているスケルトン剣士は沢山いる。
それを放っておいて平和と呼べるのだろうか?
「あぁ、ここで取れる暗黒石っていう奴は希少価値が高い。俺たちアーツハンターに対する採取依頼もこれで増える事だろう」
ダークはそう言うが、俺には納得出来なかった。
そんなの俺たち生きた者の都合だ。
暗黒湿原をどうにかするのが、よっぽど大切なのでは?
そう思うと、無性に腹立たしくなってきた。
「さて、ロールライトに帰って報告だ」
ダークは踵を返しミリシアの方へと歩いて行く。
「……」
「帰るわよ、ルーク」
“どう考えても納得出来ないよな……”
「どうした? さっさと行くぞ?」
俺は黙ったまま動かなかった。
「おいッルーク?」
「ダークさん、俺、納得出来ませんよ……」
「何がだ?」
「また、スケルトン剣士(妖魔var)が復活するなんて。やはり納得出来ません!!」
「それが、この暗黒湿原での輪廻なんだ。俺やお前がどうのこうの言った所でどうする事も出来ない」
「……」
ダークは俺を説得しようとしてくれていた。
どんなにダークに言われようが、納得出来ない物は納得出来ないのだ……
暗黒湿原がある限り、スケルトン剣士(妖魔var)は復活するとダークは言った。
それが、暗黒湿原での輪廻なんだ。と……
暫く黙ったまま一歩も動かないでいると、ダークは呆れながらため息をつき始めた。
「はぁ……これだからガキは我儘で困る……」
「子供は我儘ですよ……」
つらっと言い返して見た。
「どうしたいんだよ? 言ってみろ?」
「暗黒湿原がある限り、スケルトン剣士(妖魔var)は復活するんですよね?」
「あぁ、そうだ」
「ならば、俺は暗黒湿原その物を浄化したいです」
「!?」
「はぁっ!!!!」
「無茶苦茶な事を言うはね! この子は!?」
「……」
流石にこれは、今まで黙って見ていたミリシアも黙ってはいなかった。
ダークとミリシアは、必死に俺を説き伏せようと何かを言っていた。
でも既に俺には二人の言葉は何一つ耳に入ってはいなかった。
暗黒湿原の浄化……
普通に考えれば、無茶苦茶だ。
でも、暗黒湿原その物を浄化出来れば、この湿原に太陽の光を浴びる日が訪れる。
スケルトン剣士もスケルトン剣士(妖魔var)も誕生しなくなる……
彷徨っていた魂は成仏出来る。
“浄化したい”
そう思うと、どうすれば出来るのかそればかり考え始めていた。
“白のアーツでスケルトン剣士は浄化出来た……ならば、白のアーツで暗黒湿原その物を……”
「あっ……」
思い当たる節があった。
だが、それは一か八かだった。
“でも俺は一度成功している……”
ロールライトに始めて来た時……アードを待っている時、俺はセルビアに始めて出会った。
そして、無理矢理街外れに連れて行かれた。
そこには、花畑は枯れた花がいっぱいあって、何年も手入れがされておらず、雑草で覆い茂っていたのを覚えている。
それを俺は、セルビアの言う通りに白のアーツを使い浄化する事が出来た。
枯れていた花は全て咲き、雑草も消え去りそこには綺麗な池が現れたんだ。
“そう……俺は元の姿に戻す事が出来た”
あの時と同じ様に白のアーツを発動すれば出来るはずなんだ。
セルビアがいたから出来たのかもしれない……でも今はいない。
それはしょうがない事だ。
いつまでもセルビアに、負んぶに抱っこになっている訳にもいかない。
暗黒湿原を浄化したと聞いたらセルビアは褒めてくれるかもしれない……
強くなったな。とアルディスは言ってくれるかもしれない……
範囲もあの時とは違ってかなり広い。
だから、一か八かだ。
でもそれでも、やらないで後悔するより俺はやって後悔したい。
「具体的には?」
考え込んでいると、ミリシアは半分飽きれながらも俺に聞いてきたのだった。
「……一か八かです」
「ほぉ〜」
「ルーク。あなたはどうしてもここを浄化したいのね?」
「はいっ!」
ミリシアの言葉に俺は迷う事なく答えた。
「わかったわ。ダークは私が説得するから、必ず一度で成功させなさい。失敗は許さないわよ」
「はい」
頷くと共に俺は、暗黒湿原の中心地点へと歩いていく。
「ミリシア、お前……勝手に決めるなよな」
「あら? 子供が大人になろうと覚悟を決めた目を、私は背中をそっと押したまでよ」
「だから、それが……」
「ダーク。あなた、骨は拾う覚悟でルークを連れてきたのよね?」
「いや、それは……言葉のあやで……」
「諦める事ね」
「おいおい……俺、アルディスに殺されるのか?」
「ここまで連れてきたダーク。あなたの責任ね」
「マジかよ……」
ニコリと他人事のように笑うミリシアに、ダークは渋々覚悟を決めるしかなかった。
「いや、それにここはよ……」
「もう無理よ。あの子やる気だし……」
「これだからガキは嫌いなんだよ!!」
「大人の都合なんて、子供に理解出来るはずないわ」
「しかし……」
「ダークとしてならルークを守る事は出来ないけど、 ダーク・フォン・ウォルトとしてならルークを守れるじゃなくて?」
「チッ……」
ミリシアの言葉にダークは舌打ちし、俺がこれからやろうとしている事を止める事はなかった。
スケルトン剣士(妖魔var)が最後に残した剣を両手で握り締め、限界ギリギリまで白のアーツを発動し始める……
「行きます!!」
暗黒湿原の真ん中に位置する地面に、剣を突き立てた。
「白のアーツ、発動!!! 浄化ぁぁぁぁぁぁっ!!」
剣を突き刺した地面から、白の波動が地脈に乗り地面を這い暗黒湿原全体覆い尽くし始める。
「おぉ〜」
その光景にミリシアは、言葉を飲み込み凝視していた。
ダークはと言えば、もう好きにして……そんな顔をしていた。
そして……
暗黒湿原の入り口でもある、黒いモヤモヤは浄化されていくのが感覚でわかった。
それと同時に俺の意識も一気にもって行かれそうになる。
「くっ!!」
クラクラ……
と視界が滲み出し少しでも気を許せば気を失いそうだった。
黒のアーツをほんの少し発動し、白のアーツを全面に出し過ぎたのだろう。
身体への負担が大きすぎる。
だが、これ以上黒のアーツを発動しようにも、折角白のアーツで浄化した部分が再び闇に陥りそうな……
そんな気がしてならなかった。
だが、このまま白のアーツを発動し続ければ、俺の寿命は減っていく。減り尽くせば死だ。
何とかして黒のアーツで、相殺しなければならなかった。
でも俺には何も思いつかなかった……
こんな時、セルビアがいれば……
アルディスがいれば……
と甘えてしまう自分がいた。
「おいっ、ルーク!! 白の波動が押し戻され始めているぞ」
ダークの声に、俺はなりふり構っていられなくなった。
“セルビアさんもアルディスさんも今はここにいない!! やらないで後悔するより、やって後悔したい! そう決めたはずだ!!”
その思うと、吹っ切れた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 全開!! 白のアーツ!!!」
俺の叫び声に答えるかのように、白の波動は巻き返してくれた。
一気に白の波動は、暗黒湿原を完全に覆い尽くし円形状のドームへとなって行く。
上空中心から白の波動が渦を巻いて突き刺した剣、目指して落下。
「ふっ……封印!! 黒のアーツ発動!!」
今までの白のアーツの負担分を補う程の量の黒のアーツを発動し、俺は暗黒湿原の鍵とした。
暗黒湿原は白のアーツで浄化され、黒のアーツで封印された。
地面に突き刺さっている剣を抜かない限り、再び暗黒湿原になる事はない。
そして、剣を抜くには黒のアーツが必要なのであった。
「あぁぁ〜〜マジで浄化しちまったよ……」
ダークは空を見上げながら、呟いていた。
そして、ミリシアはクスクスとダークの顔を見ながら笑っていた。
「しょうがないじゃない、ルークはFランクの中で最強のアーツハンターなのだから……」
「こんな事、俺の予想外だ!!」
ダークはこれから先、起きる事に頭を抱えていた。
でも、俺は後悔はしていなかった……
「くはっ!! はぁはぁ……」
もう体力も精神力も限界だった。
堪らず、仰向けに寝転がり空を見上げる。
「はぁはぁ……思っていた通りだ。綺麗な青い空が見える……」
俺の目の前には、雲一つない晴天が広がっていた。
それだけで無理してまで浄化して良かったなと思った。




